光のもとで1

葉野りるは

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Last Side View Story

43~44 Side 司 01話

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 秋兄にエスコートを譲ってレストランへ行くと、晩餐会のときとは違うテーブルセッティングになっていた。
 家族ごとのテーブルに着き一言二言朝の挨拶を交わすと、ウェイターがオーダーを取りに来た。
 メニューは和食洋食を選べるようだが、同じテーブルに着いている人間が皆洋食なのだから、ここは合わせるべきだろう。
「洋食で」
 答えると、すぐにあたたかなパンやコーヒーが運ばれてきた。
 テーブル中央には花が飾られたケーキスタンドがあり、オレンジ色のゼリーが並んでいる。
 色彩的に翠が好きそう……。
 思いながらレストランの出入り口に目をやるも、人が現れる気配はない。
 レストラン内を見渡せば、秋兄と翠の席ふたつを残しすべての席が埋まっている。
 共同戦線を張ったとはいえ、秋兄に翠を譲る必要はなかった気もする。でも、自分が翠に歩き方を教えられるとは思えなかった。
 物理的な問題として重心のバランスを考えるのは簡単だ。けど、歩くにあたっての注意事項までは知らない。
 ……翠がバランスを崩したとき、秋兄に遅れをとった。
 勝敗を分けるとしたらそこ。だから、行きを譲った。それだけ。
 朝食後は自分がその手を取れる。
 慣れない靴を履いていきてくれてありがとう、と思わなくもない。履き慣れた靴ならこんなことで手を取れることはなかったと思うから。
 ――否。秋兄なら、男は女の子をエスコートするものだ、とか適当な理由をつけて何がなんでもあの手を取るかな……。
 視界の端に動くものを捕らえた。
 ウェイターではない。翠と秋兄だ。
 翠はレストランを見渡し、秋兄が立つ反対側にある静さんたちのテーブルをじっと見ていた。
 たぶん、どのテーブルにも置いてあるケーキスタンドを見ているのだろう。
 注意がおろそかになった翠を難なくエスコートして歩く秋兄に少し嫉妬する。
 自分なら、声をかけてしまうに違いない。危ないからこちらに意識を戻せ、と。もしくは、手を強く引いてしまいそうだ。
 秋兄はそのどちらをすることもなく、翠を目的地まで完璧にエスコートした。
 悔しい――
 どうやっても抗えない経験値の差。

 翠がサロンに移動するタイミングを見計らって席を立った。
 背後から近づくと、俺に気づいた碧さんがにこりと笑う。
「翠葉は司くんに送ってもらいなさい」
「え?」
 振り向いた翠は口を開けて驚愕する。
「司くん、翠葉をお願いできるかしら?」
「はい」
 翠は席は立ったものの、なかなか俺の手を取ろうとはしない。
「早く行ったほうがいいぞ」
 同席していた昇さんの言葉に苦笑を返す始末だ。
「秋兄の手は借りたのに俺の手は借りられないとか言うつもり?」
 笑みを添えて尋ねると、ようやく手を重ねてもらうことができた。とても遠慮気味にちょこん、と……。
 重なる手があまりにも遠慮の雰囲気を漂わせるから、エスコートになっているのかが非常に怪しい。
 ちら、と半身後ろ見ると、ヒールの分だけ縦に伸びた翠はいつもに増して華奢に見えた。
 折れるんじゃないかとか、倒れるんじゃないかとか、とにかく手を差し伸べ支えたくなるほどに。
 ふとした拍子に手が離れそうになって、思わず引き止めるように手を握った。
「翠」
 一度の呼びかけでは反応せず再度呼ぶと、
「え? あ、何っ!?」
 バッ、と顔を上げてすぐに俯いた。
 俺、ここまで避けられるようなことをした覚えはないんだけど……。
 思いつつ、歩き方の話を振る。
「……くどいくらい足元を見るように、とでも秋兄に助言された?」
「されてない……」
 答えはするものの、顔を上げようとはしない。そして、さっきから少し気になっていた。やけに肩が上下していると。
「息、上がってるけど……」
「え? あ、それはたぶん心臓のせいで……」
「不整脈?」
 歩みを止め、預けられていた手の脈をとる。
「ち、違うの。心臓は心臓でもそうじゃないっていうか……」
 言ってることが支離滅裂……。でも、いつもの突飛な言動とは種類が違う気がする。
 なんていうか……困ってる人。
 認めたくないけど、それ以外に思いつかなかった。
「……ひとつ訊きたいんだけど」
「な、に……?」
「今、何に一番困ってる? ……今、何に困ってるのか知りたいんだけど」
 訊いてどうする? 自分に対して困っていると言われたら、俺はどうするつもりなんだろう。
「え? あの……何にって――」
 てんぱってるのか、呼吸がさらに荒くなった。
「翠、深呼吸」
「あ、うん。深呼吸――え? 深呼吸?」
 俺が口にした言葉以前、自分の言葉すら理解していない。なんでそんなぱにくってるんだか……。
「少し落ち着いてくれないか? 息上がってるから、まずは呼吸整えて。答えるのはそれからでいいから」
「あ、はい」
 翠は律儀に五回ほど深呼吸を繰り返した。
「で……何に困ってるのか知りたいんだけど」
「……ツカサに」
「……今の、文の途中? それとも終わり?」
「……終わり」
「……困ってる理由が俺?」
 無言で頷かれて以上終了。
「絶対的に言葉が足りてないと思う。俺に困っているなら俺の何に困っているのか知りたいんだけど」
「……顔?」
 その返答に頭を抱えたくなる。
「翠。前にも言ったけど、顔は急に変わらないし変えられない」
 この顔が好きだったんじゃないのか? そう思っていたのは俺の勘違いか?
「笑われると……困るの」
 つまりは笑うなということだろうか……。
「……翠はこの顔が好きなんだと思ってたけど――」
「好きとか嫌いじゃなくてっ。……あのっ、困るだけだからっ。……それから、手……」
「……手って、これ?」
 確認のため、脈に触れたままの左手を上げて見せると、
「そう。暑い、から……」
「暑い? ……冷たいの間違いじゃなくて?」
 俺の指先にはひんやりとした感覚が伝っているというのに?
「冷たいけど暑いのっ」
 ……完全なる拒絶。
「……わかった。つまり俺の手は不要ってことね」
 俺の手は拒まれ、挙句、笑うと困るとか……俺の顔に問題があるらしい。
 でも、それを言うなら俺だって言いたい。
 翠の存在自体が俺の悩みの種だと。
 もし、自分になんの問題もないと思っているなら、どれだけめでたい思考回路なのかと罵りたい。
 そのくらい俺だって動揺しているのに、翠は全部俺が悪いように言う。
 そのくせ、翠の前を歩けばどうしてか必死な様子で話しかけてくる。
 こいつ……どうしたいんだか。俺をどうしたいんだか……。
 そんなことを考えているうちにサロンに着いた。
「あ、りがと。送ってくれて」
「別に何もしてないけど」
 現にエスコートさせてもらえたのはレストランから回廊までのほんの十メートルくらいなもの。
「行ったら? あとがつかえる」
 そう言って、翠をサロンの中へ追いやった。

 ゲストルームに戻ると兄さんは窓際で本を読んでおり、秋兄はパソコンを見ていた。海斗は携帯をいじりながら、無駄に長い足を投げ出しソファに座っている。
 イライラしていたのかもしれない。気づけばその足を蹴飛ばしていた。
「痛っ。何すんだよっ」
「あぁ、悪い。邪魔だった」
「一言どいてって言ってくれればいいじゃん」
「あぁ、悪い。面倒だった」
「司……おまえ、悪いって言いながら全然悪いって思ってないだろ」
「あぁ、悪い。そのとおりだ」
 窓際のふたりがクスクスと笑っている。
「同じ顔ふたつが笑ってると気色悪いんだけど」
「ちょっと……お宅の弟刺々しすぎやしませんか?」
「申し訳ないくらいにあれがデフォルトなんだけど……」
「「いつもより数割り増し?」」
 実は双子です、と言われても誰も疑わないような、ふたりの声の重なり具合に嫌気が差す。
「なんだよ。翠葉送ってきたんだろ?」
 海斗に言われて冷ややかな視線を向ける。
「送ってきたから何?」
 そこで嫌なことが起こるとは考えないのか。
「なんかあった?」
 兄さんに声をかけられたけど、ここで話すほど素直でもない。
「まぁ……お姫様は難しい子だからね」
 ため息と苦笑を交えて言ったのは秋兄。
「翠葉ちゃんのことだ。司の手がなくても歩けるとか言われたんじゃないの?」
「…………」
「黙秘は肯定って教えたろ?」
 わかっていても黙秘以外の手段がないときだってある。
 第一、答えるイコール肯定でもあるのだから、どちらでもかまわないじゃないかと思った。
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