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第4章 守る力・守り抜く覚悟
兵站
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「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、ありがとう。明日も頼むわね」
「へへっ、お安いご用さ」
舞奈は今日も、明日香といっしょにサチを支部まで送り届けた。
幸か不幸か、先日の襲撃から数日、敵には目立った動きはない。
なので、舞奈は明日香と別れて『太賢飯店』へとやって来た。
赤いペンキが剥げかけた横開きのドアを、ガラリと開ける。
「アイヤー! ……なんだ舞奈ちゃんアルか」
長袍《チャンパオ》を着こんだ禿頭の太った男が出迎えた。
饅頭のような顔に落胆の表情を浮かべてドジョウ髭を揺らす。
この店の店主、張である。
「そっちから呼びだした時と比べて、えらい態度の違いだな」
舞奈は口をへの字に曲げる。
「舞奈ちゃんだって、その日の最初の客がツケで食べてく常連だったら凹むアル」
「この前来たときは千客万来って言ってなかったか?」
軽口を叩きながらカウンターの席に着く舞奈を、張は恨みがましい視線を向ける。
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
だが、すぐに不敵な笑みを取り戻した。
「それにな、今日のあたしはツケの客じゃないぞ」
「お金払う気になったアルか?」
意外そうに言った張に、舞奈はニヤリと笑って紙片を取り出す。
「今日はサービス券を貰って来たんだ。へへっ、フィクサーがくれたんだぞ」
差し出された紙切れを見やって、だが張の眉毛が八の字に歪む。
ツケだろうが食券だろうが、現金が入らないことには変わりない。
「それに、この券じゃタダにはならないアルよ」
「なんだって!?」
「半額になる券アル。ほら、ここに書いてあるアルよ」
「ああ、本当だ……」
舞奈はしょんぼりうなだれる。
張はやれやれと肩をすくめる。
「……残りはツケにしておくアル」
「さっすが張! 話がわかる!」
笑顔を取り戻した舞奈を残し、張は厨房へと消えた。
張が料理を準備する間、年季の入った店内にこびりついた様々な料理の匂い、そのなかに混じった香の匂いを楽しむ。
そうするうちに、舞奈の前に料理の皿が並べられた。
「へへっ、こいつは美味そうだ、遠慮なくいただくぞ」
言い放つ。
そして小皿でラー油とタレを混ぜ、焼き餃子をつまむ。
皮の端がパリッと焼けた大ぶりな餃子を、たっぷりタレにからめ、一口で食べる。
甘辛いタレの旨みと、皮の食感、ジューシーな肉汁がたっぷり染み出たニラとひき肉が、口の中でハーモニーを奏でて至福のひとときを演出する。
舞奈は餃子を幸せそうに咀嚼する。
「舞奈ちゃんは、本当においしそうに食べるアルね」
実質的なタダ食い状態にもかかわらず、張は目を細めて笑う。
気の良い張の店は、美佳と一樹がいた頃からの行きつけだ。
当時は定期的にツケの代金を支払っていたらしいが。
なので、実は張との付き合いは明日香より長い。
そんな張の、低学年の子供を見守るような視線を感じながら、餃子をつまむ。
「――この前、執行人《エージェント》が襲われた。相手は泥人間の妖術師だ」
おもむろに、舞奈は言った。
張は無言で先をうながす。
「2回襲われて、手口はどちらも同じ。いきなり戦術結界を張って、術で操った脂虫と泥人間をけしかけてきた。どっちも返り討ちにしたらしいがな」
そんな話を、闇の世界とは縁もない中華料理屋にしても意味はないはずだ。
それに仕事人には守秘義務がある。だが張は、
「道士アルね。相手の属性はわかるアルか?」
何でもない風に詳細を尋ねる。
「1回目は木行、2回目はたぶん土行だ」
舞奈も当然のように答える。
「それじゃ、あと3回は襲撃があるアルよ。金行に水行、それに火行の術者が機会をうかがっているいるアルね」
「数は確かなのか? 木行がもう1匹いたりとかしないのか?」
「その心配はないアル」
張はドジョウ髭を揺らして笑う。
「あいつらは五行でひと組アル。同じ行の個体がいたら共食いを始めるアルよ」
「共食いか……まったく泥人間らしいな」
「そうアルよ。魔力から生まれたあいつらは、魔法の法則からなる本能に逆らえないアルよ。そこがあいつらと、修練によって術を修めた人間の道士の違いアル」
「あんたとの違い、か?」
「そうアル」
舞奈に言われて、張の饅頭みたいな顔一面に笑みが広がる。
人気のない中華料理屋を営む禿げて太った張だが、その正体は台湾人の道士だ。
さらに舞奈は、彼が【機関】の執行人《エージェント》だったとも聞いている。
「そういえば張、あんたも泥人間に魔道具を奪われてたっけな」
「舞奈ちゃんに壊された例の鏡のことアルね」
「……根に持ってたのかよ」
舞奈は口をへの字に歪める。
「そうじゃなくて、その時の状況を教えてほしい」
「鏡を持って店を出たら、いきなり結界に閉じこめられたアルよ」
「同じ手口か。……ひょっとして同じ奴だったのかもな」
「その可能性は高いアルね」
「そっか。で、その時は何行の道士だったんだ?」
「道士はいなかったアルよ。ニンジャとサムライだけだったアル」
「執行人《エージェント》の道士が、ただの泥人間相手に大事な荷物を奪われたのか?」
「今は執行人《エージェント》じゃないアルよ」
「だいたい、術者もいないのに結界がひとりでにできるわけないだろ」
「そうアルが……」
張は言い淀む。
舞奈は気にせず張に尋ねる。
「どんな結界だった? 聞いた話では、木行の結界はねじれた森だと聞いた。土行の結界は岩場だったらしい」
「たしかに行が偏った道士の結界は、行の性質が表に出やすいアルが……」
「……張、なんか隠してるだろ? 今さら他人行儀するような仲か?」
「隠してるわけじゃないアルよ。ただな……」
素直で気の良い張は、眉をハの字に歪めて言い淀む。
舞奈は無言で促す。
張もついに観念したか、
「……あの時の結界は、赤いレリーフの結界だったアルよ」
その答えに、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
だがすぐに、何食わぬいつもの笑みを取り繕う。
「描かれていたのは戦士か?」
問いを返す。
「そうアル。槍を持った騎士、刀を持った武士。おそらく、この世界に現存したあらゆる種類の戦士が描かれていたアル」
張の答えに「そっか」とだけ答え、舞奈は元気よく天津飯を頬張る。
誤魔化すような舞奈の様子に、張はこっそり苦笑する。
戦術結界には、それを形作った術者の性質が顕著に表れる。
魔力による本能に支配された泥人間の道士の結界は、五行の象徴。
魔改造修道服が目にまぶしいアイオスは、まあ、あんな感じの結界。
そして舞奈は、戦士を描いた赤いレリーフの結界を張る術者を知っている。
だが彼は、もうこの世にはいないはずだ。
ピクシオンが滅ぼしたからだ。
「舞奈ちゃん、杏仁豆腐はどうアルか? 自信作アルよ」
舞奈が物思いにふけっている間に、張が小皿に盛られたデザートを持ってきた。
「へへっ、待ってました! こいつがないと締まらないからな」
シロップがかかってアンズが乗った杏仁豆腐を見やり、舌なめずりする。
そしてスプーンで一口すくい、口に運ぶ。
いつもの杏仁豆腐ほど甘みを感じなかったが、舞奈は笑った。
3年前は可愛い幼女だった舞奈も、今はこんなに素直じゃない。
そんなことを考えて、張は有無のわかりづらい肩をすくめた。
その翌日も舞奈と明日香はサチの護衛をした。
その後で、舞奈はスミスの店を訪れた。
「あ~ら志門ちゃん、いらっしゃい」
「スミス、いい加減に看板直せよ」
看板の『画廊・ケリー』のネオンは、相変わらず『ケ』の横線が消えていた。
「しもんだ!」
「よ! リコも元気にしてたか?」
「リコは元気だ!」
「おう、そりゃよかった」
幼女のバードテイルの頭をわしゃわしゃとなでる。
そして我が物顔で商談用の丸テーブルの椅子に座る。
するとスミスは、テーブルに2人分の皿とサラダ、カレーライスの鍋を並べた。
「そういや一昨日の給食もカレーだったな。へへっ、食べ比べだぜ」
「たべくらべだ!」
2人は言うが早いか料理を貪る。
やや甘口で具も定番な学校給食のカレーと違い、スミスのカレーは牛肉の欠片がたっぷり入った辛口のビーフカレーだ。
リコには辛すぎると思いきや、慣れているのか美味そうに2皿も平らげた。
対面の舞奈は言わずもなが。
やわらかく煮込んだ牛肉の食感とスパイスの心地よい辛さを楽しむ。
なので、すぐに鍋は空になった。
腹がくちくなったリコは、スミスが皿を片づけた途端につっぷして寝た。
「しもんはからいのニガテなのか? 子どもだなー」
「……もう平気だよ」
リコの寝言に、舞奈は口をとがらせる。
3年前の舞奈はリコと同じくらいの年で、正直なところ辛いものは苦手だった。
感覚が鋭すぎて、辛みを痛覚として意識していたのだ。
だが肉がいっぱい入ったスミスのカレーは好きだったから、顔をまっ赤にしながらお代わりを何度もした。
辛いのが平気なリコは、年上の舞奈のそんな様子に優越感を感じていた。
そんな2人を見て、美佳も一樹も笑っていた。
「――スミス、特殊弾を頼む」
舞奈は口数少なくそう言う。
いつの間にか口元に浮かんでいた、やわらかな笑みを誤魔化すように。
「たぶん1箱もあれば足りると思う」
「あら志門ちゃん、特殊弾だなんて、ずいぶんお金持ちになったのね?」
「【機関】から実入りの良い護衛の依頼を受けたんだ。それに今回は厄介な敵がいる」
「厄介な相手?」
身をくねらせてシナを作るスミスから目をそらし、
「泥人間の道士がいる。通常弾じゃ防御魔法を貫けないからな」
そう言って、口元に乾いた笑みを浮かべる。
本当に厄介だ。
敵は美佳と一樹と力をあわせて倒したエンペラーの結界と、同じ種類の結界を張るかもしれないのだから。
そして、その翌日も舞奈と明日香は護衛の任についた。
「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、今日もお願いするわね」
待ち合わせのウサギ小屋では、いつものようにサチが待っていた。
「任せな! まあ、どうせ今日も何もないだろうけどな」
「そういうこと言ってると、足元をすくわれるわよ」
2人もいつも通り、サチと共にウサギ小屋を後にした。
去り際に、サチがふとウサギ小屋をふり返った。
でも2人は気にせずサチに続いた。
その様子を、ウサギの寝室の陰から園香が見ていた。
園香は今日も護衛の奈良坂と一緒に帰る手筈になっていた。
だが、その奈良坂が待ち合わせの時間になってもまだ来ない。
だから待ち合わせ場所のウサギ小屋を少し離れて、奈良坂を探していた。
でもやっぱり見つからないので戻ってきた。
そうしたら、高等部の制服を着た先輩がいた。
奈良坂でも小夜子でもない、初めて見た顔だった。
ひょっとして護衛がまた変わったのだろうか?
訝しんでいると、舞奈と明日香があらわれた。
思わず小屋の裏側にある木製の寝室の陰に隠れた。
そんな目撃者の存在に気づかず、2人は園香が知らない先輩と楽しそうに話をしながら、去って行った。
「マイちゃん……」
舞奈のジャケットには、でかでかと朝日旗が描かれていた。
明日香の鉄十字と対になるように。
そんな彼女たち背中が見えなくなった校門を見やり、園香は寂しげに笑った。
「そーのーかーさーん、遅れてすいませんー」
奈良坂が走ってきた。
「実は居眠りが見つかって放課後に説教をされていまして……」
「い、いえ、いいんです」
小学生を相手に本気で言い訳する奈良坂を見やって、くすりと笑う。
この小鹿のような先輩が、なぜか自分を励ましてくれている気がした。
それに、校門を出たところで小夜子とチャビーと合流することになっている。
4人で楽しく帰れば、きっと先ほど見たもののことを忘れられる。
そう信じようと決意して、なのに無意識に校門を見やった。
「園香さん、どうかしたんですか?」
心配そうに上目使いに見やる奈良坂に、誤魔化すように笑いかける。
「ううん、なんでもないです」
「そっか。そ、それでは行きましょう!」
元気よく言った奈良坂に答えるように、園香もうなずく。
そして園香と奈良坂もウサギ小屋を後にした。
「へへっ、お安いご用さ」
舞奈は今日も、明日香といっしょにサチを支部まで送り届けた。
幸か不幸か、先日の襲撃から数日、敵には目立った動きはない。
なので、舞奈は明日香と別れて『太賢飯店』へとやって来た。
赤いペンキが剥げかけた横開きのドアを、ガラリと開ける。
「アイヤー! ……なんだ舞奈ちゃんアルか」
長袍《チャンパオ》を着こんだ禿頭の太った男が出迎えた。
饅頭のような顔に落胆の表情を浮かべてドジョウ髭を揺らす。
この店の店主、張である。
「そっちから呼びだした時と比べて、えらい態度の違いだな」
舞奈は口をへの字に曲げる。
「舞奈ちゃんだって、その日の最初の客がツケで食べてく常連だったら凹むアル」
「この前来たときは千客万来って言ってなかったか?」
軽口を叩きながらカウンターの席に着く舞奈を、張は恨みがましい視線を向ける。
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
だが、すぐに不敵な笑みを取り戻した。
「それにな、今日のあたしはツケの客じゃないぞ」
「お金払う気になったアルか?」
意外そうに言った張に、舞奈はニヤリと笑って紙片を取り出す。
「今日はサービス券を貰って来たんだ。へへっ、フィクサーがくれたんだぞ」
差し出された紙切れを見やって、だが張の眉毛が八の字に歪む。
ツケだろうが食券だろうが、現金が入らないことには変わりない。
「それに、この券じゃタダにはならないアルよ」
「なんだって!?」
「半額になる券アル。ほら、ここに書いてあるアルよ」
「ああ、本当だ……」
舞奈はしょんぼりうなだれる。
張はやれやれと肩をすくめる。
「……残りはツケにしておくアル」
「さっすが張! 話がわかる!」
笑顔を取り戻した舞奈を残し、張は厨房へと消えた。
張が料理を準備する間、年季の入った店内にこびりついた様々な料理の匂い、そのなかに混じった香の匂いを楽しむ。
そうするうちに、舞奈の前に料理の皿が並べられた。
「へへっ、こいつは美味そうだ、遠慮なくいただくぞ」
言い放つ。
そして小皿でラー油とタレを混ぜ、焼き餃子をつまむ。
皮の端がパリッと焼けた大ぶりな餃子を、たっぷりタレにからめ、一口で食べる。
甘辛いタレの旨みと、皮の食感、ジューシーな肉汁がたっぷり染み出たニラとひき肉が、口の中でハーモニーを奏でて至福のひとときを演出する。
舞奈は餃子を幸せそうに咀嚼する。
「舞奈ちゃんは、本当においしそうに食べるアルね」
実質的なタダ食い状態にもかかわらず、張は目を細めて笑う。
気の良い張の店は、美佳と一樹がいた頃からの行きつけだ。
当時は定期的にツケの代金を支払っていたらしいが。
なので、実は張との付き合いは明日香より長い。
そんな張の、低学年の子供を見守るような視線を感じながら、餃子をつまむ。
「――この前、執行人《エージェント》が襲われた。相手は泥人間の妖術師だ」
おもむろに、舞奈は言った。
張は無言で先をうながす。
「2回襲われて、手口はどちらも同じ。いきなり戦術結界を張って、術で操った脂虫と泥人間をけしかけてきた。どっちも返り討ちにしたらしいがな」
そんな話を、闇の世界とは縁もない中華料理屋にしても意味はないはずだ。
それに仕事人には守秘義務がある。だが張は、
「道士アルね。相手の属性はわかるアルか?」
何でもない風に詳細を尋ねる。
「1回目は木行、2回目はたぶん土行だ」
舞奈も当然のように答える。
「それじゃ、あと3回は襲撃があるアルよ。金行に水行、それに火行の術者が機会をうかがっているいるアルね」
「数は確かなのか? 木行がもう1匹いたりとかしないのか?」
「その心配はないアル」
張はドジョウ髭を揺らして笑う。
「あいつらは五行でひと組アル。同じ行の個体がいたら共食いを始めるアルよ」
「共食いか……まったく泥人間らしいな」
「そうアルよ。魔力から生まれたあいつらは、魔法の法則からなる本能に逆らえないアルよ。そこがあいつらと、修練によって術を修めた人間の道士の違いアル」
「あんたとの違い、か?」
「そうアル」
舞奈に言われて、張の饅頭みたいな顔一面に笑みが広がる。
人気のない中華料理屋を営む禿げて太った張だが、その正体は台湾人の道士だ。
さらに舞奈は、彼が【機関】の執行人《エージェント》だったとも聞いている。
「そういえば張、あんたも泥人間に魔道具を奪われてたっけな」
「舞奈ちゃんに壊された例の鏡のことアルね」
「……根に持ってたのかよ」
舞奈は口をへの字に歪める。
「そうじゃなくて、その時の状況を教えてほしい」
「鏡を持って店を出たら、いきなり結界に閉じこめられたアルよ」
「同じ手口か。……ひょっとして同じ奴だったのかもな」
「その可能性は高いアルね」
「そっか。で、その時は何行の道士だったんだ?」
「道士はいなかったアルよ。ニンジャとサムライだけだったアル」
「執行人《エージェント》の道士が、ただの泥人間相手に大事な荷物を奪われたのか?」
「今は執行人《エージェント》じゃないアルよ」
「だいたい、術者もいないのに結界がひとりでにできるわけないだろ」
「そうアルが……」
張は言い淀む。
舞奈は気にせず張に尋ねる。
「どんな結界だった? 聞いた話では、木行の結界はねじれた森だと聞いた。土行の結界は岩場だったらしい」
「たしかに行が偏った道士の結界は、行の性質が表に出やすいアルが……」
「……張、なんか隠してるだろ? 今さら他人行儀するような仲か?」
「隠してるわけじゃないアルよ。ただな……」
素直で気の良い張は、眉をハの字に歪めて言い淀む。
舞奈は無言で促す。
張もついに観念したか、
「……あの時の結界は、赤いレリーフの結界だったアルよ」
その答えに、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
だがすぐに、何食わぬいつもの笑みを取り繕う。
「描かれていたのは戦士か?」
問いを返す。
「そうアル。槍を持った騎士、刀を持った武士。おそらく、この世界に現存したあらゆる種類の戦士が描かれていたアル」
張の答えに「そっか」とだけ答え、舞奈は元気よく天津飯を頬張る。
誤魔化すような舞奈の様子に、張はこっそり苦笑する。
戦術結界には、それを形作った術者の性質が顕著に表れる。
魔力による本能に支配された泥人間の道士の結界は、五行の象徴。
魔改造修道服が目にまぶしいアイオスは、まあ、あんな感じの結界。
そして舞奈は、戦士を描いた赤いレリーフの結界を張る術者を知っている。
だが彼は、もうこの世にはいないはずだ。
ピクシオンが滅ぼしたからだ。
「舞奈ちゃん、杏仁豆腐はどうアルか? 自信作アルよ」
舞奈が物思いにふけっている間に、張が小皿に盛られたデザートを持ってきた。
「へへっ、待ってました! こいつがないと締まらないからな」
シロップがかかってアンズが乗った杏仁豆腐を見やり、舌なめずりする。
そしてスプーンで一口すくい、口に運ぶ。
いつもの杏仁豆腐ほど甘みを感じなかったが、舞奈は笑った。
3年前は可愛い幼女だった舞奈も、今はこんなに素直じゃない。
そんなことを考えて、張は有無のわかりづらい肩をすくめた。
その翌日も舞奈と明日香はサチの護衛をした。
その後で、舞奈はスミスの店を訪れた。
「あ~ら志門ちゃん、いらっしゃい」
「スミス、いい加減に看板直せよ」
看板の『画廊・ケリー』のネオンは、相変わらず『ケ』の横線が消えていた。
「しもんだ!」
「よ! リコも元気にしてたか?」
「リコは元気だ!」
「おう、そりゃよかった」
幼女のバードテイルの頭をわしゃわしゃとなでる。
そして我が物顔で商談用の丸テーブルの椅子に座る。
するとスミスは、テーブルに2人分の皿とサラダ、カレーライスの鍋を並べた。
「そういや一昨日の給食もカレーだったな。へへっ、食べ比べだぜ」
「たべくらべだ!」
2人は言うが早いか料理を貪る。
やや甘口で具も定番な学校給食のカレーと違い、スミスのカレーは牛肉の欠片がたっぷり入った辛口のビーフカレーだ。
リコには辛すぎると思いきや、慣れているのか美味そうに2皿も平らげた。
対面の舞奈は言わずもなが。
やわらかく煮込んだ牛肉の食感とスパイスの心地よい辛さを楽しむ。
なので、すぐに鍋は空になった。
腹がくちくなったリコは、スミスが皿を片づけた途端につっぷして寝た。
「しもんはからいのニガテなのか? 子どもだなー」
「……もう平気だよ」
リコの寝言に、舞奈は口をとがらせる。
3年前の舞奈はリコと同じくらいの年で、正直なところ辛いものは苦手だった。
感覚が鋭すぎて、辛みを痛覚として意識していたのだ。
だが肉がいっぱい入ったスミスのカレーは好きだったから、顔をまっ赤にしながらお代わりを何度もした。
辛いのが平気なリコは、年上の舞奈のそんな様子に優越感を感じていた。
そんな2人を見て、美佳も一樹も笑っていた。
「――スミス、特殊弾を頼む」
舞奈は口数少なくそう言う。
いつの間にか口元に浮かんでいた、やわらかな笑みを誤魔化すように。
「たぶん1箱もあれば足りると思う」
「あら志門ちゃん、特殊弾だなんて、ずいぶんお金持ちになったのね?」
「【機関】から実入りの良い護衛の依頼を受けたんだ。それに今回は厄介な敵がいる」
「厄介な相手?」
身をくねらせてシナを作るスミスから目をそらし、
「泥人間の道士がいる。通常弾じゃ防御魔法を貫けないからな」
そう言って、口元に乾いた笑みを浮かべる。
本当に厄介だ。
敵は美佳と一樹と力をあわせて倒したエンペラーの結界と、同じ種類の結界を張るかもしれないのだから。
そして、その翌日も舞奈と明日香は護衛の任についた。
「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、今日もお願いするわね」
待ち合わせのウサギ小屋では、いつものようにサチが待っていた。
「任せな! まあ、どうせ今日も何もないだろうけどな」
「そういうこと言ってると、足元をすくわれるわよ」
2人もいつも通り、サチと共にウサギ小屋を後にした。
去り際に、サチがふとウサギ小屋をふり返った。
でも2人は気にせずサチに続いた。
その様子を、ウサギの寝室の陰から園香が見ていた。
園香は今日も護衛の奈良坂と一緒に帰る手筈になっていた。
だが、その奈良坂が待ち合わせの時間になってもまだ来ない。
だから待ち合わせ場所のウサギ小屋を少し離れて、奈良坂を探していた。
でもやっぱり見つからないので戻ってきた。
そうしたら、高等部の制服を着た先輩がいた。
奈良坂でも小夜子でもない、初めて見た顔だった。
ひょっとして護衛がまた変わったのだろうか?
訝しんでいると、舞奈と明日香があらわれた。
思わず小屋の裏側にある木製の寝室の陰に隠れた。
そんな目撃者の存在に気づかず、2人は園香が知らない先輩と楽しそうに話をしながら、去って行った。
「マイちゃん……」
舞奈のジャケットには、でかでかと朝日旗が描かれていた。
明日香の鉄十字と対になるように。
そんな彼女たち背中が見えなくなった校門を見やり、園香は寂しげに笑った。
「そーのーかーさーん、遅れてすいませんー」
奈良坂が走ってきた。
「実は居眠りが見つかって放課後に説教をされていまして……」
「い、いえ、いいんです」
小学生を相手に本気で言い訳する奈良坂を見やって、くすりと笑う。
この小鹿のような先輩が、なぜか自分を励ましてくれている気がした。
それに、校門を出たところで小夜子とチャビーと合流することになっている。
4人で楽しく帰れば、きっと先ほど見たもののことを忘れられる。
そう信じようと決意して、なのに無意識に校門を見やった。
「園香さん、どうかしたんですか?」
心配そうに上目使いに見やる奈良坂に、誤魔化すように笑いかける。
「ううん、なんでもないです」
「そっか。そ、それでは行きましょう!」
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