銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第4章 守る力・守り抜く覚悟

園香

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「……それらしい生徒の一覧を作ってみたわ」
 端末から顔をあげ、テックが言った。

 ここは高等部校舎にある情報処理室。
 無論、本来ならば授業中以外は施錠されている部屋である。
 だがカードロックの錠なんてテックにかかれば無いも同然だ。
 学園御用達の警備会社を親に持つ明日香が隣で渋い顔をしているが、おかげで舞奈たち以外に人はいない。

「ふにーっ」
 背後でみゃー子がのびをしているのが気になると言えば気になる。
 だが、追いはらっても出て行ったりはしないだろうから放置してある。

「国歌斉唱時の不起立教師や生徒をリストにしたりして、愛国心にでも目覚めたの?」
 いつものサロペットを着こんだテックが、舞奈のジャケットを見やった。
 ジャケットの背中には、でかでかと朝日旗が描かれている。

「いや、話せば長くなるんだがな……」
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 極東に位置する小さな島国は、泥人間の大規模な発生源である特定アジアと地理的に近く、また国産の神術が穢れに弱いという特性を持つ。
 そのため魔除けの効果を持つ歌と文様を、それぞれ国歌と国旗にしていた。
 どちらも泥人間の精神をかく乱する効果を持つ。

 整形によって人間に化けた泥人間は、国歌や国旗を前に正気ではいられない。
 道士や意志力に秀でた個体は正体を現すようなことはない。
 だが、それでも普通の人間と同じように国歌に敬意を示すことはできない。

 だから国歌斉唱の際に不起立を貫いた教師や生徒を警戒することによって、サチを襲おうとしている泥人間を未然に発見しようという算段であった。

「いちおう高等部の奴らをまとめて、小夜子さんの携帯にメールしてやってくれ」
「チャビーのお隣に住んでるって人? 番号知らないわよ」
「そっか。じゃ、明日香の携帯から転送だな」
「自分でやりなさいよ」
「そんなん言われても、転送のやり方なんか知らないぞ」
 平然と言い放つ舞奈に肩をすくめ、テックは無言の無表情で、明日香はぶつくさ文句を言いながら作業する。

「そういえば」
 ふとテックが思い出したように言った。

「今朝、市議員の何とかいう人が視察に来てたわよ」
「視察だと?」
「そんな話は聞いてないわよ」
「明日香が聞いてなくても、今日の10時くらいに検問を通ったのは確かよ」
 言いつつテックはキーボードを叩く。

 端末の画面に警備員室の様子が映し出された。
 保存された動画か何かを再生したようだ。

 カメラは強欲そうな中年女と、その取り巻きらしき2人の男を捉える。
 女は絨毯みたいな柄の赤いスーツが痛々しく、頬骨がエラのように張っている。
 2人の団塊男も薄汚い色のスーツを着て、女と似通った顔立ちをしている。

「まあ、確かに市議会議員の――」
 明日香がいかにも訳知り顔で、聞きなれない響きの名前を言う。
 無論、舞奈の知らない名前だ。
 だから口をへの字に曲げて、

「誰だよ、こなんのを議員に選んだ奴は」
 そんなことを言って不貞腐れる。

 カメラの中で、議員は警備員と揉めてるようだ。

「声は出ないのか?」
 舞奈はテックに尋ねる。
「マイクないの?」
 テックは明日香に尋ねる。
「……音声も記録するよう通達を出しておくわ」
 学園御用達の警備会社を親に持つ明日香が面白くなさそうに言った。

 それはさておき、見ているうちに状況はなんとなくわかった。
 中年女がベティに喚き散らしているようだ。
 そしてひとしきり文句を言ったか声が枯れたか、火病の女は押し黙る。
 するとベティは詫びる気もなく頭を下げる。
 ついでに頭に乗った旗を取る。

「……お子様ランチの仮装か何かか?」
「あなたが言ったのと、同じことを言っておいたのよ。来客にさりげなく日の丸か朝日旗を見せて、泥人間かどうか確認するようにって」
「いや、あれじゃわからんだろう」
 舞奈は苦笑する。
 たとえ普通の人間相手でも、あれではふざけてると思われる。

「けど、あそこまで極端なのは……」
 テックが無表情なりにドン引きして見せる。

 画面の中の市議員は、ベティから旗をひったくって踏みにじっていた。
 よほど日の丸が嫌いなのだろう。
 ベティはいつもと同じ笑い顔でペコペコ謝りながら旗を拾う。

 市議員は気が済んだのか嗜虐的な笑みを浮かべる。
 ベティは旗の残骸を、部屋の奥にあるゴミ箱に捨てる。

 その背中には朝日旗のゼッケンがついていた。
 舞奈のジャケットを見てネタ的においしそうと思ったのかもしれない。
 適当な四角い布にマジックで書いたと思しき手作り感あふれる朝日旗が、微妙な脱力感を誘う。

 舞奈は不覚にも吹いた。
 明日香も笑った。
 テックも顔を背けて笑いをこらえている。
 無表情な彼女が笑うところなんて、今まで見たことがなかった。
 ベティの笑いのセンスにちょっと嫉妬する。

「けど、こいつは普通じゃないな」
 舞奈は半笑いのままテックに向き直り、
「こいつら来たの何時だっけ?」
「だから、10時くらいよ」
「2時間前か……。明日香、こいつのことも小夜子さんに教えといてくれ」
「メールくらい自分でもできるでしょ」
 そんな言い合いをしていた、その時、

「フ――ッ!!」
「うわっ!? びっくりさせんな」
 背後でみゃー子が毛を逆立てていた。

 みゃー子が見やる先は、画面の中の中年女。
 火病の女は、ベティの背中に向かって爆ぜたように叫んでいる。
 動物じみたみゃー子の目には、エラの張った議員たちが不吉な何かに見えるのかもしれない。さらに、

「……!?」
 無言で驚くテックの目前で、画面に不自然なノイズが走った。
 ノイズは黒い霧となって3人の議員を覆う。
 そして異形の影へと形を変える。
 まるでそれが中年男女の本性であると伝えようとするように。

「……こいつは小夜子さんの術だな」
「ええ。警告か、救援要請よ」
 明日香の言葉に、舞奈は舌打ちした。

 その一方、

「ほ、ほら、ひとりで歩いてたって平気じゃない……!」
 虚勢のように声を上げつつ、サチはひとり裏庭を歩く。
 びくびくしながら周囲を見回す。

 校内にサチを狙う泥人間が潜伏している可能性が高いと皆は言う。
 だからサチは同じクラスの小夜子と一緒にいることになっていた。
 小夜子はネガティブ思考を活かして様々な危険を想定し、サチを見張っていた。
 学校の中では、小夜子がサチの護衛だった。

 だが今は、その護衛をまいて教室を抜け出し、びくびくしながら歩いている。
 無論、それには訳があった。

 先日、護衛の舞奈たちと帰路に着く直前、誰かが舞奈を見ていたのに気づいた。
 彼女が奈良坂と一緒に襲われたという真神園香であることはすぐにわかった。
 舞奈からも話を聞いていた。

 そして、彼女が舞奈を見つめていたことにも気づいていた。

 機械に弱いサチだが、その反面で人の心の機微には敏感な方だ。
 だから園香が舞奈を見つめる視線が、友情以上のものだと気づいていた。
 そして舞奈が自分の護衛をすることで、園香が心を痛めていることにも。

 サチは誰かの心の痛みを見過ごすことができない人間だ。
 穢れを嫌う古神術士は、それを放っておけない。
 誰かの痛みを見て見ぬふりをする穢れた心を持つ者は、そもそも神術士になれない。

 だからサチはひとり、園香を探して初等部と高等部の校舎を結ぶ中庭を歩いていた。

 小夜子を連れてくれば安全だと考えはした。

 だが相手は小学生だ。
 高校生が2人で押しかけたら怖がるだろう。
 なにより小夜子は愛想がない。

 そもそも、この学園の警備員はすこぶる有能だと聞いている。
 サチを狙う泥人間が、簡単に侵入できるとは思えない。

「それに、わたしだって古神術士だもの、襲われても逃げ出すくらいできるわ!」
 無理矢理に自分を鼓舞しつつ、初等部のほうに足を向ける。

「そ、それに、初等部の近くなら舞奈ちゃんたちが来てくれるはずだし……」
 情報処理室に向かった舞奈と入れ違いになったことには気づかない。
 その代わりに、

「あ、いたわ」
 探していた少女を見つけた。

(マイちゃん、給食食べた後にすぐどっか行ったりして、どうしたんだろう……)
 園香は校舎のはずれで、たたずんでいた。

 なんとなく舞奈たちを追って教室を出て、校舎を出てみた。
 舞奈と明日香、テックは高等部に向かったらしい。
 でも小学生の園香には、舞奈たちを追って高等部の校舎に入る勇気はない。

 だから舞奈の幻を追うように校舎を眺めていたら、

「真神園香ちゃんね? 少しお話しいいかしら?」
 突然、話しかけられた。

 見やると、高等部の女の人が笑いかけていた。
 以前に舞奈と一緒に見たことがある。
 ウサギ小屋で待ち合わせをしていた人だ。

「わたしは九杖サチ。園香ちゃんの事、舞奈ちゃんから話は伺ってるわ」
「あ、はい……」
 高校生を目の前にして、園香は言葉につまる。
 上級生や大人と普通に話せる舞奈がすごいと思った。

 そんな園香に、サチは笑いかける。
 その笑みが優しげだったから、園香は少し安心した。

「舞奈ちゃんのことが気になるんでしょ?」
 サチは園香に、いたずらっぽく笑いかける。
 園香は思わず「はい」と答える。

 そんな園香の無垢な表情を、サチは可愛いと思った。

「そうよね。舞奈ちゃん、女の子になら誰にでも優しいんだもん。園香ちゃんみたいな可愛い子ならなおさらよね」
「あの、サチさんにも、その……優しかったんですか?」
 不安げな園香の問いに、サチは「うん」と答える。
 園香は思いつめたように唇を噛みしめる。

「でもね、そんな顔しなくっても、だいじょうぶよ」
 サチは園香の頭をなでる。
 高校生のサチの背は、長身の園香より少し高い。
 普段、そんなことができるのは母親くらいだったから、園香は少し照れた。

 サチは園香を抱きしめる。
 園香はびっくりした。
 でもサチの抱擁はやわらかくて、あたたかかったから、安心して少し笑った。

「舞奈ちゃんはね、寂しがり屋なんだと思う」
 サチは語る。
 園香は「え?」と首をかしげる。

「すっごく強くて、ひとりで何でもできて、でもひとりでいるのに耐えられないから、女の子なら誰にでも優しいし、手当たり次第に声をかけまくってるの。一人暮らししてるっていうし、たぶんそのせいかな」
 それを聞いて、園香は不安げに顔を曇らせる。

「……舞奈ちゃんのこと、何でも知ってるんですね」
「そりゃ、園香ちゃんよりちょっとはお姉さんだからね。わかるよ」
 そしてサチは「でもね」と続ける。

「舞奈ちゃんが本当に好きなのは、舞奈ちゃんが昔から知ってる人よ。だから、その人のと思い出を大事にして、その人に似ている人を見つけて、好きになるの。わたしに優しくしてくれたのだって、園香ちゃんと似てるからじゃないかな」
 サチは園香に微笑みかける。

「そう考えると、ちょっと面倒くさい子よね。良い子なんだけど」
 サチの言葉に、園香の口元も自然にほころぶ。
 そんな園香の様子を見て、サチも笑った。

 サチは会ったばかりの舞奈のことを腕利きの仕事人トラブルシューターとしか知らない。
 舞奈は園香に、ピクシオンだった過去を話してなどいない。
 2人は、美佳と一樹という少女のことを知る由もない。だから、

(舞奈ちゃんは、わたしのこと見てくれるんだね)
 園香は安心して、頬を赤らめて笑った。
 そして、自分より少しだけ背の高いサチを見上げる。

 だが高校生の先輩は、園香に背を向けて立ちすくんでいた。

「ごめんなさい、園香ちゃん」
「え?」
「……大丈夫だって思ってたけど、ちょっと考えが甘かったみたい」
 サチは園香を背にかばい、誰かの前に立ちふさがっているようだった。

 次の瞬間、世界は変容した。
 園香は戦術結界の存在など、知る由もない。
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