銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第6章 Macho Witches with Guns

芸術家

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 重苦しい地下室に、男の悲鳴がこだまする。

 そこは床も壁も冷淡な色のリノリウムでできた、病室を思わせる部屋だ。
 同じ材質の天井からは、何本もの鎖がぶら下がっている。
 そのうちの数本には、衣服を剥ぎ取られた人間がぶら下がっていた。

 ――否。
 吊るされた男のヤニで歪んだ醜い口元から臭うのは、焦げた糞尿のような悪臭。
 側に置かれた医療用ワゴンの上の、薄汚れた衣類の側には使いかけの煙草の箱。
 それは彼らが人に似て人ではない、脂虫と呼ばれる怪異である証拠だ。

 脂虫たちは以前に女子小学生を誘拐し、新開発区の廃ビルに逃げこんだ。
 だが少女を救うべく駆けつけた仕事人トラブルシューターに蹴散らされた。
 首謀者である呪術師ウォーロックは彼らを見捨て、ビルごと爆破した。
 生き埋めになっていた彼らは【機関】の執行人エージェントに発見され、治療を受けた。

 そして今、病院の地下室で吊るされている。
 脂虫たちは膝から下を切断され、床すれすれに吊るされていた。
 身体に刻まれた無数の傷から、ヤニで濁った体液がしたたり落ちる。

 そんな脂虫たちの側に、ひとりの男が立っていた。
 酷い猫背で、痩せている。
 腕はひょろ長く、ぎょろりとした双眸が吊るされた犠牲者をぬめつけている。

 男は白衣を着こんでいた。
 白衣は脂虫の体液で汚れている。
 だが胸に金糸で刺繍された『夜壁』の文字は辛うじて読むことができる。

 そして手には、体液で汚れた手術用のメス。

 夜壁は踊るが如く軽やかにメスを振るう。
 カミソリのように薄い刃が、脂虫の下腹部を走る。
 体液。
 絶叫。
 犠牲者がもがき、鎖がこすれる音。

 鎖と鎖の間に等間隔で設置された蛍光灯が、脂虫のダンスを陰惨に照らす。

 夜壁は医師にして、芸術家であった。
 犠牲者の身体を削り落として解剖標本を作り上げる彫刻家であり、苦痛のダンスを踊らせる舞台芸術家であり、悲鳴のワルツを奏でさせる指揮者である。
 踊るように振るわれるメスの太刀筋は、手術のように繊細だ。
 肉体の損傷に対する犠牲者の苦痛が最も大きくなるよう綿密に計算されている。

 夜壁はその技術を認められ、さる人物に使えていた。
 形式上の執事として、短剣術と尋問術の師として、あるいは専門家として。

 主の家系は【機関】と深く癒着し、その恩恵のいくばかかに与ることができた。
 そのひとつが、夜壁が地下室で脂虫を尋問をしているという状況だ。

 脂虫は隣人に人々に忌み嫌われ、死を望まれている。
 だが人間の身分を持つ彼らを実際に拉致し、捌けるのは主の御力あってのことだ。
 吊るされた怪異たちは、【機関】の政治力によって法的には既に死んでいる。

 だが主は生真面目で、芸術を解さぬ人物であった。

 だから主は、夜壁に芸術とは別のものを要求していた。
 それは情報だった。
 夜壁は主から、脂虫を操っていた呪術師ウォーロックの背後関係を調べよと命じられていた。

 主の命を果たすべく、夜壁は脂虫の残っているほうの耳に口を寄せる。
 そして問う。
 風の音に似てか細い、囁くような声だ。
 だが脂虫は残された力をふりしぼり、問いに耳を傾ける。

 脂虫は自制心を持たず、それ故に恐怖や苦痛に簡単に屈する。
 だから尋問者の声を聞き、その質問に従順に答えることが、苦痛から解放される唯一の手段だと思いこんでいる。
 そんな手段などないなどとは微塵も思わない。
 拷問とは、本来は人間ではなく脂虫に対する交渉手段であった。

 そんな脂虫が問いに答える前に、その脇腹にメスを走らせる。
 絶叫が回答をかき消す。
 夜壁は笑う。
 それでも脂虫は夜壁に声を届けようと渾身の力をふりしぼって身をよじり、全身の傷口から体液を流しながら叫ぶ。

 夜壁は脂虫の叫びを余さず聞き取り記憶しつつ、不満とばかりに背を向ける。
 脂虫は焦って叫ぶ。
 夜壁は別の脂虫の身体にメスを入れる。
 こちらの脂虫は女だ。
 だが絶叫とともに吐きだされる息の臭さは変わらない。

 夜壁は笑みを浮かべて2つの絶叫のハーモニーを楽しみながら、その内容を照合して真偽を判断する。

 今や脂虫たちに、他の脂虫と口裏を合わせる知性は残っていない。
 彼らには代謝を抑制して術による爆破を防ぐ凝固剤を投与してある。
 そして不眠不休で数週間ほど尋問を続けているのだ。
 だから今や、問いに反応して記憶にある事実を叫び続けることしかできない。

 夜壁は脂虫の間を渡り歩いて悲鳴をあげさせる。
 いくつかの鎖には脂虫が吊られていない。
 代わりに、その下の床には限界を超えて斬り刻まれた汚い肉塊が転がっている。

 そうやって夜壁は、邪悪で哀れな脂虫を材料にして情報という料理を作りだす。
 芸術活動を満喫できる環境を与えてくれる、主君の恩義に報いるために――

 ところ変わって、ある晴れた日の放課後。

 安倍明日香は通学鞄を背負って統零とうれ町の大通りを歩いていた。

 ふと空を見やる。
 キナ臭い軍関係者が行き交う統零の空も、晴れた日には他の街と同じように抜けるように青く、同じように雲が流れる。
 そこに白い小鳥の群が横切ったので、明日香は柄にもなく笑みを浮かべた。

「明日香様」
 不意にかけられた細い声に、振り返る。

 そこには真新しい白衣を着こんだ小男が立っていた。
 酷い猫背で、痩せていて、腕はひょろ長い。
 ぎょろりとした双眸は落ちつかなげに周囲を見回している。

「……今しがた料理が完了いたしました」
 小男はささやくように細い声で、報告する。
「彼らはいくらか興味深い歌を歌いましたよ」
「ご苦労さまです、夜壁」
 労いの言葉をかけつつ男を見やる。

 夜壁とは彼の名だ。
 彼を頼る者は、有能な尋問者として彼を称える。
 彼を疎む者は、医術を真逆の目的に用いる背信者と罵る。
 彼は自身を芸術家と名乗る。
 そして、明日香にとっては短剣術と尋問術の師であり、形式上の執事でもある。

 消毒液の臭いが鼻を突く。
 始末を終えた後にシャワーを浴びて、新品の白衣に着替えて来たのだろう。

 明日香は彼に、事務所ビル跡で捕えた誘拐犯の尋問を依頼していた。
 そして今の報告は、尋問が終了したことと、それによって首尾よく有用な情報を得られたことを表していた。

 夜壁は明日香の耳元に顔を寄せる。
 猫背の小男の頭はしゃがむことなく少女の耳に届く。
 風音にまぎれる細い声音は情報を主人にのみ伝える。

「なるほど」
 明日香は特に感慨もない様子で答えると、持っていた通学鞄を夜壁に手渡す。
「ちょっと寄るところができたので、帰るついでに持っていってください」
「……かしこまりました」
 小男は荷物をうやうやしく受け取る。

「……ご武運を」
 口元にかすかな笑みを浮かべて裏路地へと消えた。
 戯れに夜壁の気配を追おうとするが、師の気配はたちどころに消えた。

 明日香は学習と修練によって深遠たる魔術のいくばかかを手にし、射撃や護身術の訓練にも余念がない。
 だが、その筋の達人の気配をつかむ段階には程遠い。
 最愛のパートナーが見ている世界が、明日香には見えていない。
 明日香は仕方なくため息をつく。

「できれば、武運を使わないで済むよう祈って欲しかったのだけど」
 ひとりごちて、歩き始めた。
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