銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第19章 ティーチャーズ&クリーチャーズ

Yeah! ブラボー!

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 閑静な讃原さんばら町の大通りを、下は銀髪幼女から上は金髪ティーンエイジャー、女子小学生やら高校生やら集った少女8人がかしましく歩く。
 小洒落たブロック塀の上を歩くシャム猫が、立ち止まって人間たちを見下ろす。
 そんな様子を何となく見やりながら、

「にしても、あんな山奥みたいな場所からちょっと歩くだけで高級住宅街になるんだから、ここも不思議な国よねー」
「あ、いえ、そこまで大層なものじゃないですよ」
 上機嫌なキャロルに地元を褒められて園香が恐縮する。

「そんなことないよー。家も建ってるし道にはゴミひとつ落ちてないし、猫も――」
「――綺麗だろ? ここらに居ついてる猫なんだぜ」
 調子に乗って喋るキャロルに舞奈が無難な言葉をかぶせる。
 食べられてないし。という、あまり友人に聞かれたくない台詞を遮るためだ。

「猫ちゃんもブラボーちゃんが好きになったのかな?」
「ど、どうでしょう……?」
「チャビーちゃんが蜘蛛を捕まえられたから『やったね』って褒めてくれてるんだよ」
 無邪気なチャビーの言葉にレインが返事に困り、梢が適当な事を言う。

「逃げた飼い猫とかじゃなくて? あれじゃ簡単に捕まえて――あっ」
 続けて物騒な事を言いかけたキャロルの前で、猫はプイッと塀の向こうに消えた。

「逃げたじゃねぇか」
 言いつつ舞奈はジト目で見やる。
 先ほどから無言で猫を見ていた明日香も割と本気で嫌そうに金髪を見やる。

「ったく、まるで明日香2号だぜ」
「どういう意味よ」
 ボソリと言った舞奈を明日香が睨む。

「キャロル……」
「ええっ? あたしのせいじゃないっしょ」
 尻馬に乗ってメリルもキャロルをじーっと見上げる。
 キャロルはあわてる。
 そうこうするうちに……

「……おっ見えてきた。懐かしの我が家だ」
「貴女じゃなくて真神さんのね」
 すっかり見慣れた白い家を見やって舞奈は笑う。

 首尾よく蜘蛛のブラボーちゃんを捕獲した舞奈たち。
 教会のシスターに挨拶し、街に戻って、まっ先に向かった場所は園香の家だ。
 園香の親御さんに皆の無事を報告するためだ。
 そもそもキャロルが遠足の引率をしていた理由が娘を案ずる園香父の意向である。

 呼び鈴を押して間もなく、園香の御両親はそろってあらわれた。
 真神家は共働きだが、日曜なので両親とも家にいる。
 それはわかっていたが、思いのほか反応が早くて少しビックリ。
 チャビーの親御さんも一緒にあらわれた。
 良い御両親だと思う一方、無駄に心配をかけたみたいで少し申し訳なく思う。

 ひとまずは皆が怪我もなく元気に帰ってきたのを確認し、御両親たちもひと安心。
 そんなに心配なら着いてこれば良かったのにと少し思った。
 だが、それが子供の自主性を損なうものだと理解はしているのかもしれない。
 そんな親たちの内心や立場を知ってか知らずか――

「――でね、ゾマとレインさんと一緒に転んじゃったんだ」
「川でかね!?」
「あっ、怪我とかはなかったから大丈夫だよ。マイちゃんとキャロルさんが火を起こしてくれて、皆で服を乾かしたの」
「うん! 梢さんが歌を歌ってくれて、みんなで小夜子さんのお話をしたんだよ!」
「そうか……」
「まあ、それは楽しそうね」
 園香とチャビーは口々に冒険の話を語る。

 キャロルとヤマネコの話。

 川遊びの話。

 メリルとタヌキの話。

 巨木の側で皆で食べた昼食の話。

「皆さん、有難うございます」
「いえいえ、こちらこそおにぎりごちそうさまです」
 2人の御両親も安心したように皆に一礼する。
 キャロルが柄にもなく笑顔で答える。
 あんがい本気で昼食が気に入ったのかもしれない。
 そんな様子を見やって園香も微笑む。

 少なくとも2人にとって、休日の冒険は良い思い出になったようだ。
 それもまた舞奈たちの苦労の成果だと思えば悪い気はしない。
 そんな楽しそうな冒険の顛末を聞いて……

「本当にありがとう。……君たちも大変だったね」
 園香父は締めくくるように言った。
 その視線で舞奈は気づいた。
 目ざとい父は舞奈の足元を見ていた。

 林の中を半日歩いた舞奈たち。
 楽しい冒険の締めくくりは巨大蜘蛛との戦闘だった。
 その際にイエティの内にいたメリル、園香、チャビーとレインは割と小奇麗だ。
 変身していたキャロルも比較的にマシではある。
 けど他の面子は埃まみれ草まみれだ。
 特に、そのままの格好で蜘蛛と接近戦を繰り広げた舞奈のジャケットには霜が解けた水分と土埃、撒き散らされた訳のわからない飛沫がこびりついている。
 靴なんて工事車両の足回りみたいな酷い有様だ。
 園香たちが遊んでいる横で、舞奈が割と無茶をしたと思われているかもしれない。
 そんな父と舞奈を他所に、

「それがその……先生が大事にされているという蜘蛛なのね……」
「そうだよ! この子はブラボーちゃん!」
 虫かごの中の蜘蛛を見やってチャビーは自慢げに、心の底から嬉しそうに笑う。
 対して園香母、チャビー母は割と微妙な表情。

 まあ、そりゃそうだろう。
 大事な娘が先生のためだと張り切って出かけていって、夫婦そろって気をもみながら待っていて、捕ってきたのが極彩色の大きな蜘蛛だ。

 まあ正直なところムクロザキに関しては、一度ガツンと保護者からクレーム入れられてみるのも有益な経験になるんじゃないかと舞奈は思う。
 だが今は目前の仕事を早く終わらせたいので特に何も言わない。
 今回は蜘蛛をムクロザキに届けるまでが遠足だ。

 なので御両親と少し世話話をした後、園香の家をおいとまする。

 そして学校に向かう道すがら、

「じゃ、あたしたちはここらで失礼するよ」
 本当に何食わぬ口調でキャロルが言った。

 彼女たちの仕事は林へ赴くチャビーと園香の護衛だ。
 そこから無事に、怪我ひとつなく生還できた今、学校にまで付き合う必要はない。
 張の店に行って結果を報告すれば晴れて自由の身だ。

「……にしても今回も派手にやらかしちゃって、また怒られなきゃいいんだけど」
「いや、今回のは仕方がないかと」
 少し困った顔のキャロルに明日香が真顔で答える。
 だが舞奈も、その通りだと思う。

 そもそもキャロルとメリルが遠足の引率をする羽目になったのは他県で超能力サイオンを派手に使ったのを【組合C∴S∴C∴】に見咎められたからだ。
 それが今回もメリルがイエティになって暴れまくった。
 心配にもなろうというものである。

 だが、あの巨大な蜘蛛の魔獣の襲撃を、ファイヤーボールとイエティの協力なしに切り抜けろというのも現実的な話じゃない。
 それに今回の戦場は路上演説の会場じゃない。林の奥だ。
 一般人のギャラリーもいないし、園香とチャビーは梢の術で眠っていた。だから、

「まったくだ。……っていうか、むしろ今度こそ金一封が出るんじゃないのか?」
「だといいんだけどね」
 互いに何食わぬ笑みを交わす。
 そんな2人の会話に園香とチャビーは首を傾げるが、

「そういや、行き先は決まってるのか?」
「そっか。困ってる人を探して旅をしてるんだもんね。スゴイ!」
 何となく聞いてみた舞奈の言葉を明後日の方向に解釈してはしゃぐ。
 高校生たちがアハハと苦笑する。
 川遊びの休憩中に聞いたキャロルの身の上を、チャビーはそういう風に受け取っていたらしい。

 だが、まあ……あながち間違いとも言えないのではと舞奈は思う。
 少なくとも、ここ最近の彼女らは他県で元総理のおっさんを救ったのに大目玉をくらい、この街で勤労奉仕をする最中に子供たちを守って巨大蜘蛛と戦った。
 困り事を解決するボランティアだと、まあ言えないこともない。
 だからという訳でもないが……

「……じゃあさ、徳島か愛媛か……そこらへんはどうだ?」
「四国だっけ? 遠いじゃん」
「ヘリならすぐだぜ」
 冗談めかして言ってみた。

 以前に四国の一角で、怪異どもの企てによってひとつの県がまるごと壊滅した。
 その黒幕は、先日の決戦で倒したヘルバッハだった。
 キャロルたちもまた当初はヴィランとしてヘルバッハに与していた。

 だが、そんな形式上の事実とは関係なく、今となっては気心の知れた彼女に、復興しつつある彼の地を見て欲しかった。
 何故なら彼の地の復興にはルーシアが関わっている。
 あの健気な金髪の王女もまた、件の事件で多くのものを失った。
 そして先日の決戦で喪失を乗り越えた。
 今の彼女なら、知人の訪問を心の底から喜んでくれると思った。
 そんな舞奈の思惑を知ってか知らずか、

「んー。なんか美味しいものとかあるの?」
「名物のラーメンがあるぜ。あと、すだちが有名だな」
「すだち……すっぱい?」
「あんた、割と物知りなんだな」
 キャロルとメリルは何食わぬ口調で四国の話に食いついてみせる。
 だから舞奈も、

「けどすだちはそんなにすっぱくないぞ。さっぱりしていて美味いんだ」
 何食わぬ表情のまま、今はいない友人から聞いた知識を語る。

「ルーシアちゃんもうどんを打ってるんだよ!」
「ルーシアってプリンセスの? ……ああ、いや」
「うん! そう! すっごく綺麗な子なんだよ!」
 キャロルは再び自分たちにしかわからない会話をしかけてから、

「じゃ、ヌードルを食べ歩きに行ってみるのもいいかもね。サィモン・マイナーとその友達のおすすめなんて、期待できるじゃない」
 笑顔で答える。
 そんな風に少しばかり別れを引き延ばすように世間話をした後に、

「キャロルさん、今日はありがとうございます」
「メリルちゃんもまたねー」
 園香は礼儀正しく一礼し、チャビーも笑顔で手を振る。
 梢やレイン、舞奈と明日香も笑って見送る。
 そんな皆に背を向けて、

「そんじゃ!」
「またあおー」
 2人は去っていった。
 ある意味、彼女たちらしい別れ方だと舞奈は思った。だから、

「じゃ、行くか」
「そっか。黒崎先生が待ってるもんね!」
 舞奈の合図で残された6人も歩き出す。

 そして道中も益体のない馬鹿話をしながら学校に到着する。

「おっボス! 舞奈様に皆さんも! お休の日までお勤めご苦労様っす」
「あんたたちもな」
 校門前の警備員室で出迎えたベティの、珍しく殊勝な物言いに笑みを返す。

 ベティとクレアは今日も警備の仕事だ。
 休日に働いているのが自分たちだけじゃないと知るのは悪い気分じゃない。

「見て見て! ブラボーちゃん見つかったんだよ!」
「よかったっすねー。そいつが例の蜘蛛っすか」
 チャビーは手にした虫かごを嬉しそうに見せびらかす。
 ベティは丸顔に笑みを浮かべながら身を屈めて虫かごを覗きこむ。

「ここらにゃいないと思ってんすけど、繁殖してる場所なんかあったんすねー」
「そんな恐ろしい場所があってたまるか」
 ボソリとこぼした言葉に舞奈は思わず口をへの字に曲げる。

「そうなんすか? なら、つがいで放っておけばすぐに増えるっすよ」
「……そうならないために苦労して捕まえて来たんだよ」
 そもそも別に蜘蛛を増やすために捕まえたんじゃねぇ。
 結局いつものノリになった面白黒人のトークに渋面のまま答える。

「だいたい、こんなのが繁殖してる近くじゃおちおち暮らせんだろう」
「そうでもないっすよ? こいつら火を怖がるんで人里には降りてこないですし」
「……その話は初めて聞いたんだが」
「聞かれなかったっすからねー」
 呑気に語りながらベティは笑う。

 だが舞奈に明日香、レインに梢の4人はそんな気分じゃない。

 林の奥で突如としてあらわれた巨大蜘蛛に、皆は氷の術を起点に戦った。
 炎と熱は林の木々を傷つけると思ったからだ。
 だが蜘蛛が火を恐れるという情報を知っていたら、巨大蜘蛛ともう少し楽に戦えたはずだ。別に火球をぶつけなくても利用の仕方はいろいろある。
 そんな風に疲れる一行の前に、

「あ、皆さん。お疲れさまです」
 校舎の方からクレアがやってきた。
 見回りをしていたらしい。
 真面目で善良な警備員は、世間様は休みでも真面目に仕事をする。

「そういえば明日香様、生物室の防犯カメラの設置が終わりましたよ」
「ありがとう」
「ま、これでひと安心だな」
 珍しい吉報らしい吉報に明日香と舞奈はやれやれと笑う。

 生物室の生き物が外に逃げるのは今回が初めてじゃないらしい。
 以前にもサソリが逃げて麗華様が酷い目に遭ったそうだ。
 まったく。
 なので三度目の正直を待たずに明日香が権限を使って防犯カメラを設置させた。
 彼女が学園の警備を任された民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】の社長令嬢で本当に良かったと思う。

 そんなこんなでチャビーが虫かごを手にしたまま、生物室のある高等部校舎へ。
 慣れない高等部のテリトリーを物珍しがる女子小学生の園香やチャビーを皆でリードしながら生物室に到着。

「ちーっす先生! もちろんいるよな?」
「ええ。遅かったじゃない志門さん」
 表向きだけはフレンドリーだが猜疑心を丸出しにした挨拶の後、舞奈は無造作にドアを開け、真っ暗な部屋の蛍光灯のスイッチを勝手につける。

 明日香が手配した通り、ムクロザキは大人しく生物室にいた。
 開口一番、講演を早々に切り上げて駆けつけてきたと恩着せがましく言われた。
 だが舞奈のくたびれた格好、微妙に殺気立った表情、なにより虫かごを手にしたチャビーの無垢な瞳を見たら何も言えなくなったようだ。
 当然だ。
 そんな女教師は、

「ブラボーちゃんはね、きっと外の世界を見たかったのよ」
 わざとらしいポーズをしながらスピーチしていた。
 相手は主にチャビーと園香。

「ちょっといきなりでビックリしたけど、先生はブラボーちゃんを信じてたわ」
(どうだか)
 舞奈はムクロザキをジト目で見やる。
 明日香も同じ冷ややかな視線を女教師に向けている。

 ムクロザキが柄にもない感動的なことを言っているのは、友人たちの隣に立った舞奈と明日香が睨みつけてプレッシャーをかけているからだ。
 チャビーたちに不誠実な対応したら許さんからな。
 そう強く訴えかける舞奈たちの気迫に圧されて女教師の口は滑らかに回る。
 非常に嘆かわしい事だが世間には二種類の人間がいる。
 善意で動く人間と、打算や保身で動く人間だ。

「それにブラボーちゃんも、お外でたくさんの冒険をして、様々な人や動物たちと出会って、とても楽しい貴重な経験ができたんだって先生も思うわ」
「うんうん! きっとそうだよね!」
 ムクロザキの口車に乗せられて感動するチャビー。
 隣の園香もまんざらでもなさそうな表情だ。

 信じた理由のひとつは共感だ。
 彼女らも休日の冒険で新しい友人と出会い、語らい、楽しい経験をした。
 だから冒険の目的だった蜘蛛も同じだと言われると嬉しいし、信じたくなる。

 だが、それだけではない。
 ムクロザキの煽情的な語り口が心に訴えかけるのだ。
 この女、小癪にも聴衆の心を動かす演説のノウハウを熟知しているのだろう。
 今日の講演とやらでも多くの聴衆を惹きつけてきたのだろうと察せられる、見事な堂々としたスピーチだ。講演会に呼ばれた道理は理解できる。

 だがチャビーたちの横で、舞奈と明日香はムクロザキに圧をかけ続ける。
 プレッシャーを緩める気など毛頭ない。

 何故なら舞奈たちが林で遭遇したのは危険な魔獣だ。
 やらかしてきたのも危険で厳しい戦闘だ。
 別に感動的な蜘蛛の話に共感できるような楽しい経験じゃない。
 何より、その元凶が(貴女たちも楽しい冒険ができたんだから良いでしょう?)的なノリで自分の落ち度を有耶無耶にしようとする態度が気に入らない。

 そんな舞奈の内心など知らずに。
 あるいは知っていて意図的に気づかないふりをして、

「日比野さん、真神さん、みんな、本当にありがとう。貴女たちのおかげでブラボーちゃんは広い外の世界を見られたわ。そして無事にお家に帰ってこられたわ」
「よかったね! ブラボーちゃん!」
 ムクロザキは感動的なスピーチを締めくくる。
 感極まったチャビーの声に、虫かごの中の蜘蛛が「?」みたいにこちらを見やる。

「よかったね。チャビーちゃん、園香ちゃん」
「うん!」
「はい」
 2人が満足したところで梢が声をかけ、

「それじゃあ、わたしたちは先生と安全管理上のお話があるので」
 明日香が目が笑っていない笑顔で伝え、

「2人はわたしたちがしっかり家まで送っていくね」
「そ、それじゃあ失礼します……」
「マイちゃん、明日香ちゃん、今日はありがとう」
「また月曜日ねー」
 梢とレインは、園香とチャビーを連れて帰って行った。

 そんな4人の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ほっと一息つく舞奈。
 やるべき仕事を全部こなして、ようやく肩の荷が下りた気がした。
 そんな舞奈の側で……

「……あら、あの子たち、ちょうど惜しいタイミングで帰ったわね」
 ムクロザキがボソリと言った。

「何がだよ?」
 まだ何かあるのか?
 舞奈はギロリと女教師を睨み、

「まあ見てごらんなさい」
 何食わぬ口調でうながされるまま虫かごに目を向けた途端……

 ……もりもりもりっ!

「えぇ……」
「……おおい、ちょっと待て」
 ブラボーちゃんは産卵を始めた。
 チャビーがそのまま置いていった虫かごの中に、たちまちビーズ玉みたいななめらかな小さな卵が積み上がる。

 ひょっとしたらチャビーなら、冒険の末に確保した先生の大事な蜘蛛が子供を産む様に感動したかもしれない。
 だが残念ながら、舞奈や明日香はそんなロマンティックな気分にはなれない。

「来週の雨と同時の予定では?」
 明日香は冷ややかなジト目で問いかける。
 割とキレかけだったりする。だが、

「慣れない土地でタイミングが狂ったのかしら?」
 ムクロザキは何食わぬ口調で答え、

「1日や2日のずれなんて、生命の神秘の前では些細なことよ、そう思わない?」
「子蜘蛛が粗相した責任をあんたがとれるなら、それでも構わんがな」
 続く言葉に舞奈がツッコむ。

 卵から生まれる子蜘蛛すべてが催淫作用のある毒を持つ。
 捜索が1日遅れていたら、確実に蜘蛛の産卵が終わって手遅れになっていた。
 下手すると舞奈たちが追いつく直前に産卵していた可能性もあるのでは?
 その結果がどうなるかなんて想像もしたくない。

 あるいは何らかの手段で魔法的な式神のボディをまとい、魔獣になっていたことで産卵の周期がずれたのだろうか?

 だが魔獣の事を、ムクロザキに話すことはできない。
 何故なら彼女がどれほど迷惑でも非魔法の普通の生物教師に過ぎないからだ。

 本当に本当に本当に最後まで厄介な仕事を押しつけやがって!
 しかも後始末まで!
 顔で笑って内心では怒髪天を突く舞奈の内心などお構いなく、

「終わったみたいね」
 女教師は虫かごの中の蜘蛛をトングでつかんで飼育用ケースに移し替える。
 割と愛情を感じない雑なつまみ方な気がした。
 だが蜘蛛は平気そうなので、巨大蜘蛛の耐久力は素体譲りだったのかもしれない。

 虫かごの中にもりもり遺された無数の卵は正直、人を選ぶ見た目ではある。
 だが、それ以前の問題として、数匹でクラスを混乱のるつぼに陥れた毒蜘蛛がこの無数の卵からわらわら生まれてくると思うと頭が痛くなる。

 一方、大きな飼育用ケースの中では極彩色の2匹の蜘蛛がわちゃわちゃ動く。
 互いに再会を喜びあっているようにも見える。

 もう正直どちらがブラボーちゃんだったのかも見分けがつかない。
 だが、まあ本人(蜘蛛)たちが楽しそうならいいやと思える程度には舞奈も蜘蛛に愛着が持ててきた気がする。
 何故なら舞奈と蜘蛛の間には、チャビーやムクロザキすら知らない秘密がある。
 そんなことを考えつつも、そう言えば蜘蛛は4匹いたと思い出し……

「……ケースを2つにわけたのか?」
 ふと気づいてムクロザキに問いかける。

 よくよく見やると真新しいケースが2つ並んでいる。
 残る2匹の蜘蛛は隣のケースでくつろいでいた。

「元から2匹づつ別のケースにいたわよ? そもそも普段から雄と雌を一緒にしてたら産卵期のたびに大変なことになるし」
「そうかい」
 しれっと「2匹はまた逃げた」とか言われなくて少しほっとする。
 そのくらいやりかねないと危惧する程度に舞奈はムクロザキを信用していない。

「だからアルファちゃんとチャーリーちゃんは男の子のお部屋、ブラボーちゃんとデルタちゃんは女の子のお部屋に住んでいるのよ♪」
 言葉尻だけはメルヘンチックな女教師の言葉に、

「じゃあ何か? この種類の蜘蛛のケースだけ2つぶち破られてたってことか?」
「そう言わなかったかしら?」
「聞いてねぇよ」
 口をへの字に曲げる舞奈。
 隣で無言で抗議する明日香。
 やれやれ、この部屋で舞奈たちの味方は天井隅に新設された防犯カメラだけだ。

 そんな2人の目前で、ムクロザキは素知らぬ素振りでビニール袋を取り出し、虫かごの中に残った生命の神秘をザザーッと放りこむ。
 もちろん愛情なんて一切感じられない手際だ。

「待てよ。そいつをどうするつもりだ?」
「全員を育てる訳にもいかないもの、名残惜しいけど……あっそうだわ。帰りに焼却炉にでも放りこんでおいてくれないかしら?」
「てめぇ……」
「いいじゃない。帰るついででしょ?」
「そういう話じゃねぇ。ビニール袋に傷でもついて、月曜の朝にわらわら子蜘蛛が這い出してきたら誰が落とし前をつけるかって話だ」
 舞奈は女教師の下乳に食いつく勢いで言い募る。

 まあ卵の扱いについては、チャビーが聞いたら泣くだろうが舞奈としては割り切っているつもりだ。
 ブラボーちゃんに少しばかり愛着はわいたが、卵にはない。
 そもそも全員がすくすく元気に育つつもりで雨の度にこの量を産まれたら、今ごろ地球は子蜘蛛で埋め尽くされているだろう。

 だが校舎裏の焼却炉に火を入れるのは平日の生徒が帰った後だけだ。
 それまでに中の卵が孵化して袋から子蜘蛛がわらわら溢れ出てきたりしたら、頑張って週末までに蜘蛛を確保した舞奈たちの苦労が水の泡だ。
 週明けに登校したら全裸のおっさんが走り回っているのでは?
 そんな心配をしつつ残りの週末を過ごすとか今日の苦労の割に合わない。だから、

「あたしが保健所に持ってってやるよ。バイト先だからな」
 問答無用で袋をひったくる。
 ついでに胸でももんでやろうかと思ったが、疲れていたのでやめた。
 ムクロザキが余計なことを言い出さないうちに舞奈たちも部屋を後にする。

 そして高等部校舎の廊下を明日香と並んで歩きながら……

「……蜘蛛に噛まれても、噛まれなくても貴女は変わらないわね」
「そういうんじゃねぇよ」
 手にしたビニール袋をブラブラさせながら舞奈は苦笑する。
 今回の遠足のロスタイムは、こいつを然るべき場所に届けることだ。

「なあ明日香。おまえ、飼育用のケースをパンチでぶち破ったことあるか?」
「ある訳ないでしょ。人を何だと思ってるのよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
 言った途端に睨んできた明日香に、舞奈はどう説明しようか考える。

 猫にせよ、それ以外の何者かの仕業にせよ、ガラス製のケースを外から叩き壊せば破片は中に向かって散らばる気がする。
 だがムクロザキは、ケースが割れて破片が部屋中に散らばったと言っていた。
 舞奈が見た限りでも片付けそびれたとおぼしき破片がいくつか遠くに落ちていた。

 加えて特定の種類の蜘蛛のケースだけ2つが破壊されたという事実。

 蜘蛛には追跡用の胡散臭い発信機が仕込まれていたという情報。

 その蜘蛛が魔獣と化して襲いかかってきたという事実。

 流石に明日香も状況の疑わしさに気づいたのだろう。
 あるいは逃げ出した蜘蛛が偶然に新開発区近くの林へ向かい、偶然に拾い食いをして魔獣になり、偶然に追跡アプリが壊れたと考えるより多少はましな仮定に。
 だから、

「この時間なら、まだ支部に技術担当官マイスターがいるんじゃないかしら? 黒崎先生の講演が終わったなら楓さんたちもいるかも」
「そりゃ良い。たまにはこっちから奴に厄介事を持ちこんでやらないと不公平だしな」
 生命の神秘を目前にかざして見やりながら、そう言って舞奈は笑った。
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