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第21章 狂える土
神の血
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クリーン作戦の最中に出現したネズミの魔獣。
テックのドローンの力も借り、辛くも魔獣を撃退した舞奈たち。
1体、2体。
残るは撤退したザンや執行部のB班と合流するだけだ。
ドルチェの話では後方で待ち受けていた狂える土どもと遭遇したらしい。
なので下水道の通路を駆けながら……
「……妙だな?」
「何がですか?」
「どうしたでゴザルか?」
訝しむ舞奈の隣でフランとドルチェが首をかしげる。
短距離転移を連発とか無茶な移動手段を使わない場合、【強い体】で身体強化できるフランや舞奈に匹敵する身体能力を誇るドルチェと並んで走る事になる。
テックのドローンは先行。
逆にA班の他の面子と冴子、明日香、やんすは後から来る算段だ。
「音から状況が読めない。何かしてるのは確かだが、戦闘にしちゃあ静かすぎる」
「もう少し先で戦っているのではゴザらんか?」
「いや、そんなに足早かないだろ。全員【狼牙気功】じゃあるまいし」
走りながらドルチェに答える。
舞奈は目や耳が良いだけじゃない。
自分たちが戦った時間と走った距離、ザンたち異能力者のスピードを計算するくらいはできるつもりだ。
だが、その計算と感覚が合致しない。
あるいはザンたちだけで敵を片づけてしまったか、逆に最悪の事態に……
「……意外です。舞奈さんも考えてるんですね」
「ええっ酷くないか? その言い方は」
つまらない憶測をしかけてフランの軽口で我に返り、
「ふふっ。そういう事なら急ぎますよ」
「承知でゴザル!」
「ああ、そのつもりだ!」
スピードを上げて走った先に……
「……おっいたいた! 無事で何よりだ!」
「あっ舞奈さん!? ドルチェさん!」
「フランさんも!」
ザンたちがいた。
B班の面々も。
上空には極彩色のドローンも。
幸いにも予想と人数は変わっていない。
だが何人か負傷しているようだ。
近くに転がっている中毒者どもがそんなに強敵だったか? と訝しみつつ、
「舞奈さん! 気をつけてください!」
「何にだよ?」
切羽詰まったザンの声に……
「……?」
ふと気づく。
少年たちは背中合わせになって臨戦態勢で身構えている。
下水の臭いで麻痺した鼻でもわかる強烈なヤニの悪臭も漂っている。
彼らは確かに戦闘中だ。
だが人数は変わっていないのだ。
つまり……戦っているはずの敵もいない?
内心で首をかしげた途端、
「うわっ!?」
「糞っ!? またか!」
端の方にいた少年がいきなりのけぞった。
肩口を負傷している。
他の少年たちが改めて、舞奈やドルチェ、フランも思わず身構える最中、
――俺様の得物が増えたようだな!
何処からともなく声。
本当に何処からともなくだ。
狭い通路に反響して、舞奈の聴覚をもってしても出所を特定できない。
魔術や呪術で遠くから声を届けている訳でもなさそうだ。
何故なら焦げた糞尿の如く煙草の悪臭もするので、近くにいるのは確かだ。
だが下水の臭いにまぎれて位置の特定には至らない。
『見えない敵がいるわ』
「らしいな。ったく、面倒な相手を引き当てたな」
上空でボソリとこぼしたドローンに苦笑を返しながらナイフを抜く。
ザンたちの相手の中に【偏光隠蔽】か術者がいたらしい。
そいつが姿を隠して抵抗を続けているようだ。
「センサーとかついてないのか?」
『熱感知でそれらしいのは見えるけど、他の人たちの近くにいるから無理。声で教えると動いて逃げるし』
「おまえのテクでもか?」
『テクニックの問題じゃなくて、武装がガトリング砲しかないの。違ってたら取り返しがつかないし、仲間が近くにいるだけでもミンチよ』
「……そりゃそっか」
そんなドローンとのやりとりに、少年たちがビクリと震える。
見やると脇の壁には超大口径ライフル弾の掃射の跡らしき弾痕、というか粉砕されて廃墟みたいになった瓦礫の山。
舞奈がナイフを抜いたのは、敵は厄介だが脅威ではないと感じたからだ。
少なくとも30口径は必要ない。
何故なら冴子との距離が離れた少年たちに【身固・改】の効果はないはずだ。
なのに彼らが怪我こそしているが無事だという事は、敵に人間様を一撃でどうこうできるような手札はない。
得物は日本刀か何かか?
防刃効果のある戦闘学ランの上から斬りつけているのだろう。
急所を狙う技量すらないのに単身で応戦する度胸が凄いと舞奈は思う。
それでも見えない脅威に対して少年たちは手も足も出ない。
「フランちゃんは?」
「ごめんなさい、他の皆さんの魔力と感触が混ざっていて……」
「その程度の相手ってことか。ま、三下の【偏光隠蔽】だろうな」
笑った途端、
――この俺様を侮辱するな!
「きゃっ!?」
「フラン殿!?」
隣でフランの悲鳴。
同時にドルチェの手元から何かが飛ぶが、空しく通路の壁に弾かれる。
敵には気配を消せる技量がある?
訝しむ。
……否、フランも気配を読めるほどの達人ではない。
そういう相手を選んで狙っているのだろう。
舞奈やドルチェの身のこなしから仕掛けるのは危険と判断してフランを襲った。
そういう目端だけは利く相手なのだろう。
故に他の同胞が残らず倒された後でも逃げ回りながら抵抗を続けている。
まあ、色々と言いたいことはあるが執行部が苦手な相手なのは確かだ。
「防御魔法で身を固めててくれ、全身を守れる奴なら敵は手が出せん」
「はい!」
フランに背中で指図しつつ、
「おっ俺たちはどうすれば!?」
「いや自分でも考えろよ。皆で輪になって剣を振りながら回れば近づけないんじゃないのか?」
「真面目に考えてくださいよ……」
「じゃあ自分で考えればいいだろう」
情けない声をあげる少年たちを睨みつけながら、意識して構えをゆるめる。
少しでも油断しているように見せかけられたらいいなと思ったからだ。
敵が直に襲いかかってきてくれれば、舞奈なら寝ていても対処できる。
だが敵は違う意図だと思ったらしい。
――貴様が志門舞奈だな! 俺様の可愛いネズミたちを倒したのか!?
「元の可愛い姿に戻ってどっか行ったよ。あれをやったのはあんたか? 動物をいじめるなよ三下」
語り始めた。
それでも舞奈は余裕の笑みを浮かべて答える。
奴は何処からか舞奈の噂を聞いていたらしい。
どうせ魔獣や怪異を何匹も屠った人外レベルの子供とかだろう。
残念ながら舞奈の実力と戦歴を知っている相手なら、舞奈が本当に寝ていても襲ってきたりはしないだろう。
だが舞奈はネズミの魔獣をけしかけた張本人と対面できたらしい。
それならそれでラッキーではある。
しかも相手は顕示欲に満ち溢れた人となりのようだ。
――恐れ入ったか!? あれが俺様の操獣槍の力よ!
「その魔獣はもういなけどな。他にはいないのか? つうか、あいつらはどうやってああなったよ? そいつも例の薬の効果か?」
身構えながら問いかける。
――貴様は何も知らんようだな!
(乗ってきたか。話が早くて結構だ)
内心でほくそ笑む。
少年たちは不安そうに周囲を見回しているが、それはいい。
――奴らみたいに下賤な小動物の中にも神の血への適正を持つ個体がいるのさ!
――しかも選ばれた人間より確率は少ないが、当たれば効果はデカイ!
――そいつを俺様が使役するのよ!
「俺様じゃなくて、そうじゅうそうとか言う奴が操るんだろ? あと神の血とやらが例の薬の事なら、効果があるのは人間じゃねぇ。怪異だ」
思わずツッコむ。
相手の顕示欲が旺盛でなにより。
この手の輩は一時の優越感と引き換えに情報も有利な立場もすべてを投げだす。
少年たちを怯えさせられるから見つかる危険を冒して声を出して脅かす。
舞奈に知識でマウントをとれるから聞かれてもいない情報を吐く。
かつてピクシオンだった頃によく出くわしたタイプだ。
それにしても操獣槍。
名前からして宝貝だろうか?
動物なり動物ベースの魔獣を操る効果でもあるのだろう。
そうすると敵は道士か?
つまり【看不】で姿を隠しながら槍で突いている?
得られた情報から敵の正体を推測しようと舞奈が考える間に――
――ごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ! ガキがっ!
「うわあっ!?」
明後日の方向にいた少年がうめく。
横から槍で突かれたらしい。
負傷した彼と、近くの何人かが剣を構えて向き直る。
だが当然ながら、そこには既に何もない。
気配もない。
舞奈が何かを投げても無駄だっただろう。
「……関係ない奴に八つ当たりするな」
口をへの字に曲げながら、
「ちょっ!? 舞奈さん……」
「この程度の三下にビビッてどうするよ? 前に教えたろ? 目に頼りすぎるな」
「で、でもよ舞奈さん」
「だって……」
軽口を叩きながら油断なく気配を探る。
ザンや他の少年の泣き言は礼儀正しく無視。
それでも敵は少年たちの陰に隠れているので舞奈も迂闊に手を出せない。
動いた直後に他の少年の背後に隠れる。
スナイパー顔負けのヒットアンドアウェイだ。
気配も読みにくいし、厄介な相手なのは事実だ。
だから――
「――大体おまえらも、たかが【偏光隠蔽】ひとりにだらしないぞ!」
「そんな事を言ったって……」
「見えないんだから仕方がないだろう……」
はっぱをかけてみる。
途端、少年たちから泣き言が漏れる。
まったく。
だが、
――俺様は【偏光隠蔽】じゃねぇ! 道士だ!
敵は自ら尻尾を出した。
もちろん狭い通路で音が反響して位置は特定できない。
それを敵もわかっているから喋ってるのだろうが。
それでも、
――次に間違えやがったら――
「――攻撃魔法で一網打尽にでもしてみるか? あたしが知ってる道士は出合い頭にド派手な火の雨や岩の雨を降らせてきたぜ!」
さらに挑発。
「それに比べてあんたはどうだ?」
明後日の方向に、だが自信に満ち溢れた口調で語る。
「【虎気功】で強化してる訳でもねぇ、てめぇのナニみてぇな粗末な槍で突っついてるだけだろ? んなもん分をわきまえてるだけ【偏光隠蔽】のがマシだ」
「突つかれるだけでも、けっこう痛ぇっすよ……」
「戦闘学ランを貫通するんだぜ……」
「……スマンちょっと黙っててくれ。だいたい、さっきの魔獣にぶん殴られたらンなもん関係なくミンチになってたからな。相手が三下で命拾いしてるんだぞ」
「すんません……」
ザンや他の少年たちの泣き言にツッコむ。
こっちはこっちで何とかする必要はあると思うが、それより――
――このガキ! 俺様をコケにしやがって!
敵は叫ぶ。
だが、それ以上は何もできない。
舞奈の狙い通り。
本当に敵が道士として、まさか【看不】以外の術を使えない訳じゃないだろう。
だが符を撒いて攻撃魔法を放てば射点から位置がバレる。
逆に透明化した状態で身体強化の妖術まで行使すると魔力感知でバレる。
だから反響を利用して位置がバレないように大言壮語を吹かして少年たちを怯えさせながら、じわじわと痛めつけるしかない。
まあ、ほどほどに痛めつけてから逃げるという手もあったはずだ。
だが熱感知できるドローンが、そして舞奈が来た今では無理だ。
気配が、あるいは足音が集団から離れた途端に舞奈は奴を仕留められる。
ドローンをけしかけて隣の壁みたいな粉微塵にする事もできる。
空気の流れを読み、空気を押し動かす肉体の動きをも読む舞奈にとって、見えない事は何の障害にもならない。
だから舞奈たち同様、敵にも舌戦の他の手札はない。
敵もこちらも口喧嘩で勝負。
どちらかが言い負かされて致命的な隙ができると決着だ。
まったく。
「じゃあコケにしないで聞いてやるよ。あんたは誰の指図で動いてるんだ?」
尋ねてみた。
別に話したい事もないし、少しでも情報を吐かせた方がいいと思ったのだ。
今どき第一声から馬鹿だ阿呆だとは子供の喧嘩でも言わない。
――指図だと!? 俺様が誰かの手駒だって言いたいのか!?
「違うのか? なら上司がいない自由人が、下水道くんだりで清掃業者に魔獣をけしかけた理由を言ってみろよ。クソでも食ってたのか?」
「……ぷふっ」
「そこはウケる所じゃねー。小学生か」
「俺たち、別に業者じゃないんだが……」
「今やってる仕事は雇われの清掃員みたいなもんだろ? でなけりゃ、こんな所になんかぜってぇ来ねえ。そこの○んこ食い野郎と違ってな!」
舞奈の思惑に気づいているやらいないやら、身構えながらも好き勝手な茶々をいれてくる少年たちをも利用して、見えない敵を挑発する。
――食ってねぇよ! あまり俺様を怒らせるなよ! さもないとうわあっ!?
叫び声と同時に悲鳴。
見やると少年のうちひとりが、振り返った体勢で虚空に剣を振りかざしていた。
「……ちっ外したか」
舌打ち。
見ていた舞奈はニヤリと笑う。
耳ざとい彼は、反響とは違う背後からの大声に気づいて斬りかかったらしい。
あるいは悪臭か。
舞奈の視線を追ったのかもしれない。
見た次の瞬間に人相を忘れそうなモブ顔の彼がそうする様子がおかしくて、舞奈も少し笑いたくなった。
だが、それより重要なのは、少年たちも立っているだけではないという事実だ。
見えないだけの敵が身を潜めていられる理由は、少年たちより少し技量が上回っているからというだけだ。
敵が冷静さを失って少しでもヘマをすれば、流石の彼らも対応できる。
敵が舞奈と口喧嘩をしている間、彼らはフリーだ。
余裕ができれば敵の居場所を探る事もできる。
そして少年たちの数は多い。
目と耳と鼻の数は、有り得ない幸運を期待するにも不運を警戒するにも十分だ。
故に敵は気配を消す努力を続けながら、舞奈の挑発に耐えなければいけない。
そして敵はかつて相対したヴィランたちが多用した【智慧の門】の指輪のような緊急脱出の手段を持たされてはいない。
もし、そうだったら今頃は捨て台詞を吐いて逃げていそうな気がする。
つまり、その程度の三下なのだろう。
宝貝を持たされただけの鉄砲玉なのかもしれない。
「だいたい、あんたはひとりか? 他の移民どもはどうしたよ?」
「あ。それは俺たちが倒したっす」
「そっちは普通の狂える土だったぜ」
「そっか。そいつはご苦労様」
続けざまに言ってみた舞奈にザンが、少年たちが答え――
――俺様をあんな使い捨ての駒と一緒にするな!
激昂する声。
あっ違うんだ。
素直にそう思った。
同時に様々な思惑が舞奈の脳裏をよぎる。
つまり埼玉の一角を占拠している60万あまりの狂える土どもも、別の何者かの手駒でしかない?
目前に居るはずの何者かは、意外にも黒幕の近くにいる?
舞奈は何食わぬ表情のまま認識を改める。
ならば奴に何を尋ねればいい?
どんな話を引き出せばいい?
最終的には叩きのめして禍我愚痴支部の諜報部に引き渡すのだから、どのみち知っている事は洗いざらい吐かせる事になるだろう。
だが、どさくさに何かを聞き出せる機会があるなら聞いておかない手はない。
その方が手っ取り早いし、一連の事件の解決への距離も縮まる。
そう考えた次の瞬間――
「――ぎゃあっ!?」
不意に悲鳴。
同時に少年たちの背後から、ひとりの男が転がり出た。
もちろん彼らの仕業ではない。
何もなかった場所からの唐突な謎の男の出現に、当人と同じ表情で驚いている。
まったく。
苦笑する舞奈の背後から……
「……なに遊んでるのよ」
「よっ遅かったじゃないか」
明日香の声。
見やると通路の向こうから歩み来る明日香と冴子。
先ほどは転移の連発で消耗していた明日香も、すっかり回復しているようだ。
明日香は剣を、冴子は当別製の祓串を携えている。
即ち【対抗魔術・弐式】【千人針】。
何の事はない。
追いついた魔術師2人が【看不】を消去したのだ。
熟達して性格も悪い明日香は魔力感知による索敵の精度も高い。
そして神術が誇る【防護と浄化】技術は強力な魔法消去を内包する。
2人が手にした得物は消去に対する反撃から身を守る避雷針。
だが、そちらも必要なかったようだ。
消去と消去のぶつけ合いでも敵を圧倒したのだろう。
結局、最初から敵に勝ち筋はなかったのだ。
少年たちも舞奈たちも、魔術師が到着するまでの時間稼ぎをすればよかった。
なので舞奈は倒れた男を一瞥する。
薄汚い背広を着こみ、煙草をくわえた東洋人風の小男だ。
ヤニで歪んだ醜い顔をした、何処にでもいるような脂虫。
だが狂える土ではない。
そんな男は――
「――糞っ! こうなったら貴様だけでも!」
やぶれかぶれで懐から取り出した符を放つ。
嘯と同時に符は火の玉に代わり――
「ザン! 避けろ!」
「――えっ!?」
ほんの目前にいたザンに命中――
「――?」
する寸前に消えた。
魔法消去だ。
明日香や冴子とは別の。
おそらくフランでもない。
「なん……で……?」
「……いや、わからん」
くわえ煙草の卑劣な男の顔が、困惑と絶望がないまぜになった表情に歪む。
ありていに言えば何もかもを失ったような表情。
正直なところ、呆気にとられたという意味では舞奈も同じだ。
だが他の少年はそこまで気が回らなかったのだろう。
「この野郎! 脅かしやがって!」
「ぐぁ!?」
「……あ」
影が薄かったサブリーダーの安全靴が、脂虫の脇腹にめりこんだ。
それを皮切りに、
「やっちまえ!」
「オラ! ボコボコだぁ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」」
少年たちは一斉に、胡散臭い背広の男をボコり始めた。
散々に弄られた鬱憤が溜まっていたのだろう。
清々しいまでのボコリっぷりだ。
そんな様子をフランは(うわぁ……)、ドルチェは(そうでゴザろうな)みたいな表情で見やっている。
明日香と冴子は状況が飲みこめないのか訝しむような表情をしている。
ドローンの表情はわからない。まあ予想はできるが。
「……ほどほどにしといてくれよ。後で聞きたい事がいくつかあるんだ」
舞奈はやれやれと苦笑する。
だが奴が最後の敵だったのは確かなようだ。
なので、そんな様子を皆で眺めているうちに……
「……ザン君! 皆! 無事で良かった!」
「ま、なんとかな」
リーダーを始めとする他のA班も追いついてきて、
「ひ~。みんな酷いでやんすよ~」
最後にやんすがやってきた。
「もう終わったよ。っていうか、ナイフなんか持ってどうしたよ?」
「銃は重いでやんすから」
「いや置いてきた訳じゃないだろう?」
相変わらずのとぼけた態度に再び苦笑する。
そうこうしているうちに少年たちも気が済んだらしい。
別人みたいな顔になった男が解放された。
「ところで誰よ? この人」
「知らずに消去したのかよ。そこの折れた棒切れで魔獣を操ってたらしい」
「宝貝ね」
「ええ。おそらく操獣槍という代物ね」
「そう言ってたな」
明日香と冴子が覗きこみ、舞奈が指差した折れた棒を見やり、
「で、誰なのよ?」
「知らん」
「何よ。知らずに相手してたの?」
「話さなかったんだよ。……けど何か見覚えがある顔だな」
「この状態でわかるでやんすか?」
「うるさいなあ。雰囲気でだよ、雰囲気で」
舞奈も捕らえた男の顔をまじまじと見やる。
もちろん今の彼の人相なんか判別できるはずもなく「これは何?」と尋ねられても『打撲』とか『ボコボコ』としか答えようがないおフェイスだ。
もちろんヤニで濁った白目を剥いた当人が答えられる訳でもない。
だが別に明日香もこの場で答えが聞きたい訳でもないのだろう。
「まあ、諜報部が調査すればわかるわ」
「……だな」
その一声で舞奈も、皆も納得し、
「両チームの合流を確認した。作戦終了とみなし、これより帰投する」
「そう言われりゃあそうだな」
リーダーの一声で、思わぬ襲撃と連戦で疲れ果てた一行はスマキにした男を抱えながら手近なはしごに向かって歩き出した。
テックのドローンの力も借り、辛くも魔獣を撃退した舞奈たち。
1体、2体。
残るは撤退したザンや執行部のB班と合流するだけだ。
ドルチェの話では後方で待ち受けていた狂える土どもと遭遇したらしい。
なので下水道の通路を駆けながら……
「……妙だな?」
「何がですか?」
「どうしたでゴザルか?」
訝しむ舞奈の隣でフランとドルチェが首をかしげる。
短距離転移を連発とか無茶な移動手段を使わない場合、【強い体】で身体強化できるフランや舞奈に匹敵する身体能力を誇るドルチェと並んで走る事になる。
テックのドローンは先行。
逆にA班の他の面子と冴子、明日香、やんすは後から来る算段だ。
「音から状況が読めない。何かしてるのは確かだが、戦闘にしちゃあ静かすぎる」
「もう少し先で戦っているのではゴザらんか?」
「いや、そんなに足早かないだろ。全員【狼牙気功】じゃあるまいし」
走りながらドルチェに答える。
舞奈は目や耳が良いだけじゃない。
自分たちが戦った時間と走った距離、ザンたち異能力者のスピードを計算するくらいはできるつもりだ。
だが、その計算と感覚が合致しない。
あるいはザンたちだけで敵を片づけてしまったか、逆に最悪の事態に……
「……意外です。舞奈さんも考えてるんですね」
「ええっ酷くないか? その言い方は」
つまらない憶測をしかけてフランの軽口で我に返り、
「ふふっ。そういう事なら急ぎますよ」
「承知でゴザル!」
「ああ、そのつもりだ!」
スピードを上げて走った先に……
「……おっいたいた! 無事で何よりだ!」
「あっ舞奈さん!? ドルチェさん!」
「フランさんも!」
ザンたちがいた。
B班の面々も。
上空には極彩色のドローンも。
幸いにも予想と人数は変わっていない。
だが何人か負傷しているようだ。
近くに転がっている中毒者どもがそんなに強敵だったか? と訝しみつつ、
「舞奈さん! 気をつけてください!」
「何にだよ?」
切羽詰まったザンの声に……
「……?」
ふと気づく。
少年たちは背中合わせになって臨戦態勢で身構えている。
下水の臭いで麻痺した鼻でもわかる強烈なヤニの悪臭も漂っている。
彼らは確かに戦闘中だ。
だが人数は変わっていないのだ。
つまり……戦っているはずの敵もいない?
内心で首をかしげた途端、
「うわっ!?」
「糞っ!? またか!」
端の方にいた少年がいきなりのけぞった。
肩口を負傷している。
他の少年たちが改めて、舞奈やドルチェ、フランも思わず身構える最中、
――俺様の得物が増えたようだな!
何処からともなく声。
本当に何処からともなくだ。
狭い通路に反響して、舞奈の聴覚をもってしても出所を特定できない。
魔術や呪術で遠くから声を届けている訳でもなさそうだ。
何故なら焦げた糞尿の如く煙草の悪臭もするので、近くにいるのは確かだ。
だが下水の臭いにまぎれて位置の特定には至らない。
『見えない敵がいるわ』
「らしいな。ったく、面倒な相手を引き当てたな」
上空でボソリとこぼしたドローンに苦笑を返しながらナイフを抜く。
ザンたちの相手の中に【偏光隠蔽】か術者がいたらしい。
そいつが姿を隠して抵抗を続けているようだ。
「センサーとかついてないのか?」
『熱感知でそれらしいのは見えるけど、他の人たちの近くにいるから無理。声で教えると動いて逃げるし』
「おまえのテクでもか?」
『テクニックの問題じゃなくて、武装がガトリング砲しかないの。違ってたら取り返しがつかないし、仲間が近くにいるだけでもミンチよ』
「……そりゃそっか」
そんなドローンとのやりとりに、少年たちがビクリと震える。
見やると脇の壁には超大口径ライフル弾の掃射の跡らしき弾痕、というか粉砕されて廃墟みたいになった瓦礫の山。
舞奈がナイフを抜いたのは、敵は厄介だが脅威ではないと感じたからだ。
少なくとも30口径は必要ない。
何故なら冴子との距離が離れた少年たちに【身固・改】の効果はないはずだ。
なのに彼らが怪我こそしているが無事だという事は、敵に人間様を一撃でどうこうできるような手札はない。
得物は日本刀か何かか?
防刃効果のある戦闘学ランの上から斬りつけているのだろう。
急所を狙う技量すらないのに単身で応戦する度胸が凄いと舞奈は思う。
それでも見えない脅威に対して少年たちは手も足も出ない。
「フランちゃんは?」
「ごめんなさい、他の皆さんの魔力と感触が混ざっていて……」
「その程度の相手ってことか。ま、三下の【偏光隠蔽】だろうな」
笑った途端、
――この俺様を侮辱するな!
「きゃっ!?」
「フラン殿!?」
隣でフランの悲鳴。
同時にドルチェの手元から何かが飛ぶが、空しく通路の壁に弾かれる。
敵には気配を消せる技量がある?
訝しむ。
……否、フランも気配を読めるほどの達人ではない。
そういう相手を選んで狙っているのだろう。
舞奈やドルチェの身のこなしから仕掛けるのは危険と判断してフランを襲った。
そういう目端だけは利く相手なのだろう。
故に他の同胞が残らず倒された後でも逃げ回りながら抵抗を続けている。
まあ、色々と言いたいことはあるが執行部が苦手な相手なのは確かだ。
「防御魔法で身を固めててくれ、全身を守れる奴なら敵は手が出せん」
「はい!」
フランに背中で指図しつつ、
「おっ俺たちはどうすれば!?」
「いや自分でも考えろよ。皆で輪になって剣を振りながら回れば近づけないんじゃないのか?」
「真面目に考えてくださいよ……」
「じゃあ自分で考えればいいだろう」
情けない声をあげる少年たちを睨みつけながら、意識して構えをゆるめる。
少しでも油断しているように見せかけられたらいいなと思ったからだ。
敵が直に襲いかかってきてくれれば、舞奈なら寝ていても対処できる。
だが敵は違う意図だと思ったらしい。
――貴様が志門舞奈だな! 俺様の可愛いネズミたちを倒したのか!?
「元の可愛い姿に戻ってどっか行ったよ。あれをやったのはあんたか? 動物をいじめるなよ三下」
語り始めた。
それでも舞奈は余裕の笑みを浮かべて答える。
奴は何処からか舞奈の噂を聞いていたらしい。
どうせ魔獣や怪異を何匹も屠った人外レベルの子供とかだろう。
残念ながら舞奈の実力と戦歴を知っている相手なら、舞奈が本当に寝ていても襲ってきたりはしないだろう。
だが舞奈はネズミの魔獣をけしかけた張本人と対面できたらしい。
それならそれでラッキーではある。
しかも相手は顕示欲に満ち溢れた人となりのようだ。
――恐れ入ったか!? あれが俺様の操獣槍の力よ!
「その魔獣はもういなけどな。他にはいないのか? つうか、あいつらはどうやってああなったよ? そいつも例の薬の効果か?」
身構えながら問いかける。
――貴様は何も知らんようだな!
(乗ってきたか。話が早くて結構だ)
内心でほくそ笑む。
少年たちは不安そうに周囲を見回しているが、それはいい。
――奴らみたいに下賤な小動物の中にも神の血への適正を持つ個体がいるのさ!
――しかも選ばれた人間より確率は少ないが、当たれば効果はデカイ!
――そいつを俺様が使役するのよ!
「俺様じゃなくて、そうじゅうそうとか言う奴が操るんだろ? あと神の血とやらが例の薬の事なら、効果があるのは人間じゃねぇ。怪異だ」
思わずツッコむ。
相手の顕示欲が旺盛でなにより。
この手の輩は一時の優越感と引き換えに情報も有利な立場もすべてを投げだす。
少年たちを怯えさせられるから見つかる危険を冒して声を出して脅かす。
舞奈に知識でマウントをとれるから聞かれてもいない情報を吐く。
かつてピクシオンだった頃によく出くわしたタイプだ。
それにしても操獣槍。
名前からして宝貝だろうか?
動物なり動物ベースの魔獣を操る効果でもあるのだろう。
そうすると敵は道士か?
つまり【看不】で姿を隠しながら槍で突いている?
得られた情報から敵の正体を推測しようと舞奈が考える間に――
――ごちゃごちゃ五月蠅ぇんだよ! ガキがっ!
「うわあっ!?」
明後日の方向にいた少年がうめく。
横から槍で突かれたらしい。
負傷した彼と、近くの何人かが剣を構えて向き直る。
だが当然ながら、そこには既に何もない。
気配もない。
舞奈が何かを投げても無駄だっただろう。
「……関係ない奴に八つ当たりするな」
口をへの字に曲げながら、
「ちょっ!? 舞奈さん……」
「この程度の三下にビビッてどうするよ? 前に教えたろ? 目に頼りすぎるな」
「で、でもよ舞奈さん」
「だって……」
軽口を叩きながら油断なく気配を探る。
ザンや他の少年の泣き言は礼儀正しく無視。
それでも敵は少年たちの陰に隠れているので舞奈も迂闊に手を出せない。
動いた直後に他の少年の背後に隠れる。
スナイパー顔負けのヒットアンドアウェイだ。
気配も読みにくいし、厄介な相手なのは事実だ。
だから――
「――大体おまえらも、たかが【偏光隠蔽】ひとりにだらしないぞ!」
「そんな事を言ったって……」
「見えないんだから仕方がないだろう……」
はっぱをかけてみる。
途端、少年たちから泣き言が漏れる。
まったく。
だが、
――俺様は【偏光隠蔽】じゃねぇ! 道士だ!
敵は自ら尻尾を出した。
もちろん狭い通路で音が反響して位置は特定できない。
それを敵もわかっているから喋ってるのだろうが。
それでも、
――次に間違えやがったら――
「――攻撃魔法で一網打尽にでもしてみるか? あたしが知ってる道士は出合い頭にド派手な火の雨や岩の雨を降らせてきたぜ!」
さらに挑発。
「それに比べてあんたはどうだ?」
明後日の方向に、だが自信に満ち溢れた口調で語る。
「【虎気功】で強化してる訳でもねぇ、てめぇのナニみてぇな粗末な槍で突っついてるだけだろ? んなもん分をわきまえてるだけ【偏光隠蔽】のがマシだ」
「突つかれるだけでも、けっこう痛ぇっすよ……」
「戦闘学ランを貫通するんだぜ……」
「……スマンちょっと黙っててくれ。だいたい、さっきの魔獣にぶん殴られたらンなもん関係なくミンチになってたからな。相手が三下で命拾いしてるんだぞ」
「すんません……」
ザンや他の少年たちの泣き言にツッコむ。
こっちはこっちで何とかする必要はあると思うが、それより――
――このガキ! 俺様をコケにしやがって!
敵は叫ぶ。
だが、それ以上は何もできない。
舞奈の狙い通り。
本当に敵が道士として、まさか【看不】以外の術を使えない訳じゃないだろう。
だが符を撒いて攻撃魔法を放てば射点から位置がバレる。
逆に透明化した状態で身体強化の妖術まで行使すると魔力感知でバレる。
だから反響を利用して位置がバレないように大言壮語を吹かして少年たちを怯えさせながら、じわじわと痛めつけるしかない。
まあ、ほどほどに痛めつけてから逃げるという手もあったはずだ。
だが熱感知できるドローンが、そして舞奈が来た今では無理だ。
気配が、あるいは足音が集団から離れた途端に舞奈は奴を仕留められる。
ドローンをけしかけて隣の壁みたいな粉微塵にする事もできる。
空気の流れを読み、空気を押し動かす肉体の動きをも読む舞奈にとって、見えない事は何の障害にもならない。
だから舞奈たち同様、敵にも舌戦の他の手札はない。
敵もこちらも口喧嘩で勝負。
どちらかが言い負かされて致命的な隙ができると決着だ。
まったく。
「じゃあコケにしないで聞いてやるよ。あんたは誰の指図で動いてるんだ?」
尋ねてみた。
別に話したい事もないし、少しでも情報を吐かせた方がいいと思ったのだ。
今どき第一声から馬鹿だ阿呆だとは子供の喧嘩でも言わない。
――指図だと!? 俺様が誰かの手駒だって言いたいのか!?
「違うのか? なら上司がいない自由人が、下水道くんだりで清掃業者に魔獣をけしかけた理由を言ってみろよ。クソでも食ってたのか?」
「……ぷふっ」
「そこはウケる所じゃねー。小学生か」
「俺たち、別に業者じゃないんだが……」
「今やってる仕事は雇われの清掃員みたいなもんだろ? でなけりゃ、こんな所になんかぜってぇ来ねえ。そこの○んこ食い野郎と違ってな!」
舞奈の思惑に気づいているやらいないやら、身構えながらも好き勝手な茶々をいれてくる少年たちをも利用して、見えない敵を挑発する。
――食ってねぇよ! あまり俺様を怒らせるなよ! さもないとうわあっ!?
叫び声と同時に悲鳴。
見やると少年のうちひとりが、振り返った体勢で虚空に剣を振りかざしていた。
「……ちっ外したか」
舌打ち。
見ていた舞奈はニヤリと笑う。
耳ざとい彼は、反響とは違う背後からの大声に気づいて斬りかかったらしい。
あるいは悪臭か。
舞奈の視線を追ったのかもしれない。
見た次の瞬間に人相を忘れそうなモブ顔の彼がそうする様子がおかしくて、舞奈も少し笑いたくなった。
だが、それより重要なのは、少年たちも立っているだけではないという事実だ。
見えないだけの敵が身を潜めていられる理由は、少年たちより少し技量が上回っているからというだけだ。
敵が冷静さを失って少しでもヘマをすれば、流石の彼らも対応できる。
敵が舞奈と口喧嘩をしている間、彼らはフリーだ。
余裕ができれば敵の居場所を探る事もできる。
そして少年たちの数は多い。
目と耳と鼻の数は、有り得ない幸運を期待するにも不運を警戒するにも十分だ。
故に敵は気配を消す努力を続けながら、舞奈の挑発に耐えなければいけない。
そして敵はかつて相対したヴィランたちが多用した【智慧の門】の指輪のような緊急脱出の手段を持たされてはいない。
もし、そうだったら今頃は捨て台詞を吐いて逃げていそうな気がする。
つまり、その程度の三下なのだろう。
宝貝を持たされただけの鉄砲玉なのかもしれない。
「だいたい、あんたはひとりか? 他の移民どもはどうしたよ?」
「あ。それは俺たちが倒したっす」
「そっちは普通の狂える土だったぜ」
「そっか。そいつはご苦労様」
続けざまに言ってみた舞奈にザンが、少年たちが答え――
――俺様をあんな使い捨ての駒と一緒にするな!
激昂する声。
あっ違うんだ。
素直にそう思った。
同時に様々な思惑が舞奈の脳裏をよぎる。
つまり埼玉の一角を占拠している60万あまりの狂える土どもも、別の何者かの手駒でしかない?
目前に居るはずの何者かは、意外にも黒幕の近くにいる?
舞奈は何食わぬ表情のまま認識を改める。
ならば奴に何を尋ねればいい?
どんな話を引き出せばいい?
最終的には叩きのめして禍我愚痴支部の諜報部に引き渡すのだから、どのみち知っている事は洗いざらい吐かせる事になるだろう。
だが、どさくさに何かを聞き出せる機会があるなら聞いておかない手はない。
その方が手っ取り早いし、一連の事件の解決への距離も縮まる。
そう考えた次の瞬間――
「――ぎゃあっ!?」
不意に悲鳴。
同時に少年たちの背後から、ひとりの男が転がり出た。
もちろん彼らの仕業ではない。
何もなかった場所からの唐突な謎の男の出現に、当人と同じ表情で驚いている。
まったく。
苦笑する舞奈の背後から……
「……なに遊んでるのよ」
「よっ遅かったじゃないか」
明日香の声。
見やると通路の向こうから歩み来る明日香と冴子。
先ほどは転移の連発で消耗していた明日香も、すっかり回復しているようだ。
明日香は剣を、冴子は当別製の祓串を携えている。
即ち【対抗魔術・弐式】【千人針】。
何の事はない。
追いついた魔術師2人が【看不】を消去したのだ。
熟達して性格も悪い明日香は魔力感知による索敵の精度も高い。
そして神術が誇る【防護と浄化】技術は強力な魔法消去を内包する。
2人が手にした得物は消去に対する反撃から身を守る避雷針。
だが、そちらも必要なかったようだ。
消去と消去のぶつけ合いでも敵を圧倒したのだろう。
結局、最初から敵に勝ち筋はなかったのだ。
少年たちも舞奈たちも、魔術師が到着するまでの時間稼ぎをすればよかった。
なので舞奈は倒れた男を一瞥する。
薄汚い背広を着こみ、煙草をくわえた東洋人風の小男だ。
ヤニで歪んだ醜い顔をした、何処にでもいるような脂虫。
だが狂える土ではない。
そんな男は――
「――糞っ! こうなったら貴様だけでも!」
やぶれかぶれで懐から取り出した符を放つ。
嘯と同時に符は火の玉に代わり――
「ザン! 避けろ!」
「――えっ!?」
ほんの目前にいたザンに命中――
「――?」
する寸前に消えた。
魔法消去だ。
明日香や冴子とは別の。
おそらくフランでもない。
「なん……で……?」
「……いや、わからん」
くわえ煙草の卑劣な男の顔が、困惑と絶望がないまぜになった表情に歪む。
ありていに言えば何もかもを失ったような表情。
正直なところ、呆気にとられたという意味では舞奈も同じだ。
だが他の少年はそこまで気が回らなかったのだろう。
「この野郎! 脅かしやがって!」
「ぐぁ!?」
「……あ」
影が薄かったサブリーダーの安全靴が、脂虫の脇腹にめりこんだ。
それを皮切りに、
「やっちまえ!」
「オラ! ボコボコだぁ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」」
少年たちは一斉に、胡散臭い背広の男をボコり始めた。
散々に弄られた鬱憤が溜まっていたのだろう。
清々しいまでのボコリっぷりだ。
そんな様子をフランは(うわぁ……)、ドルチェは(そうでゴザろうな)みたいな表情で見やっている。
明日香と冴子は状況が飲みこめないのか訝しむような表情をしている。
ドローンの表情はわからない。まあ予想はできるが。
「……ほどほどにしといてくれよ。後で聞きたい事がいくつかあるんだ」
舞奈はやれやれと苦笑する。
だが奴が最後の敵だったのは確かなようだ。
なので、そんな様子を皆で眺めているうちに……
「……ザン君! 皆! 無事で良かった!」
「ま、なんとかな」
リーダーを始めとする他のA班も追いついてきて、
「ひ~。みんな酷いでやんすよ~」
最後にやんすがやってきた。
「もう終わったよ。っていうか、ナイフなんか持ってどうしたよ?」
「銃は重いでやんすから」
「いや置いてきた訳じゃないだろう?」
相変わらずのとぼけた態度に再び苦笑する。
そうこうしているうちに少年たちも気が済んだらしい。
別人みたいな顔になった男が解放された。
「ところで誰よ? この人」
「知らずに消去したのかよ。そこの折れた棒切れで魔獣を操ってたらしい」
「宝貝ね」
「ええ。おそらく操獣槍という代物ね」
「そう言ってたな」
明日香と冴子が覗きこみ、舞奈が指差した折れた棒を見やり、
「で、誰なのよ?」
「知らん」
「何よ。知らずに相手してたの?」
「話さなかったんだよ。……けど何か見覚えがある顔だな」
「この状態でわかるでやんすか?」
「うるさいなあ。雰囲気でだよ、雰囲気で」
舞奈も捕らえた男の顔をまじまじと見やる。
もちろん今の彼の人相なんか判別できるはずもなく「これは何?」と尋ねられても『打撲』とか『ボコボコ』としか答えようがないおフェイスだ。
もちろんヤニで濁った白目を剥いた当人が答えられる訳でもない。
だが別に明日香もこの場で答えが聞きたい訳でもないのだろう。
「まあ、諜報部が調査すればわかるわ」
「……だな」
その一声で舞奈も、皆も納得し、
「両チームの合流を確認した。作戦終了とみなし、これより帰投する」
「そう言われりゃあそうだな」
リーダーの一声で、思わぬ襲撃と連戦で疲れ果てた一行はスマキにした男を抱えながら手近なはしごに向かって歩き出した。
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