中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

百合子の回想_清一の出征1(百合子視点)

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 <百合子視点>


 清一さんが早川家の婿となって、早いもので二年が経ちました。
 清一さんは、初めこそ父の事業を手伝っていたけれど、戦時色が濃くなるにつれ、今では近隣の軍事工場で軍需供給の一端を担い、夜には地域防衛の持ち場に立つようになっていました。

 私はというと、身重の身。まだつわりが完全には抜けきらず、夕餉ゆうげの匂いを嗅ぐたびに胸の奥が波立つこともありました。しかし、それでも畑に出て、土に手をかけることを日課としていました。おなかの子に、せめてひと匙でも多くの栄養をと思えば、じっとしてなんていられません。

 世間では、近所の若い男衆おとこしが次々と徴兵されてゆきました。
 誰もはっきりと口にしないけれど、悪くなる一方の戦況を、皆どこかで感じておりました。


 *


 ある晩のことです。
 土間の戸が開き、夜風とともに清一さんが帰宅しました。
 額にはうっすらと汗をにじませ、薄暗い灯りの中、疲れたような、それでもどこかほっとした顔をしていました。

「おかえりなさい。お味噌汁、まだ温かいわ」

 そう声をかけると、清一さんは「ありがとう」と優しく笑って、私の隣に座りました。

 食卓には、味の薄い芋の煮付けと漬け物、それにお湯のようなお味噌汁。
 いつものように、質素で、どこか申し訳ないような献立。

「……毎日こんな食事ばかりで、ごめんなさい」

 思わずぽつりと漏らした私に、清一さんはお箸を置いて、ふっと目を細めました。

「謝らないで。……僕は、百合子さんとこうして食卓を囲めるだけで、幸せです」

 その言葉に、胸がじんと熱くなります。
 私はお腹をそっと撫でながら、ふいに口を閉じました。

 すると、清一さんが言ったのです。

「……雪が咲いたら、白いご飯を食べませんか」

 私は驚いて顔を上げました。
 けれど彼は、ただ穏やかに笑っていました。

 “雪が咲いたら”
 それは、私たちふたりの小さな合言葉でした。

 雪が咲く――つまり、庭の梅が花をつける頃。
 この子が生まれるであろう、早春のとき。

 白いご飯。
 それは今となっては贅沢の極み。けれどその言葉には、祝いの気持ちと、未来への希望が込められていました。

「ええそうね…………この子の生まれたお祝いに」

 そう言って笑うと、清一さんは私のお腹にそっと耳を寄せ、冗談めかしてこう囁きました。

「安心して生まれておいで」

 ――生活は苦しかったけれど、ささやかで、幸せなひとときでした。


 *


 しかしその願いを、容赦なく引き裂くものが届いたのは、それから数日後のことでした。

 その晩、玄関で靴を脱いだままの清一さんが、何かを手にじっと立ち尽くしていました。

「……清一さん?」

 問いかけた私の声に、彼はゆっくりと顔を上げました。

 その手に握られていたのは、一枚の封書。

 ――赤紙。

 私の胸に、冷たい風が吹き抜けたようでした。

 ああ、ついに。
 そう思った瞬間、口から漏れたのは、まるで他人事のような言葉でした。

「……おめでとうございます」

 それは、誰もが口にする定型の言葉。
 でも、言いながら、止めようもなく、涙が頬を伝って零れてゆきました。

 清一さんは、そっと私の手を握ってくれました。

「百合子さん……写真を撮りませんか?」

 私は涙を拭いながら顔を上げる。

「でもこの時分、そんな贅沢……」

「こんなときだから、です。……お願いです」

 その言葉に、私は頷くしかありませんでした。
 断れるはずがなかった。



 となり町にある、松林の傍の小さな写真館。
 灯りも控えめで、昔ながらの看板が残るその場所は、まだ頼めば写真を撮ってくださると聞いていました。

 私たちはひっそりと訪れ、ふたり並んで、店主の老紳士に写真を撮っていただきました。

 椅子に座る私の隣に、清一さんがぴたりと寄り添って立ってくれる。
 少し緊張した面持ちの私の手を、そっと彼が握ってくれました。

 それだけで、心があたたかくなったのでした。

 出来上がった写真は二枚。
 お互い、どちらの写真を取るとも言わず、自然に一枚ずつ分け合いました。

「肌身離さず、持っています」

「……ええ、私も」

 それが、私たちの小さな約束でした。
 まるで、その一枚に、未来への祈りを込めるかのように――。
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