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本編
ヴィクトル・レイモンドの来訪
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朝からよく晴れた日だった。
麗らかな陽射しの下、レイモンド侯爵家の馬車が、リーリエ伯爵邸の正門前に到着した。
玄関前に並ぶ使用人たちの前で、ひときわ華やかな金髪の青年が馬車から降り立つ。その立ち姿、仕草、すべてに余裕と自信が滲んでいた。
「初めまして、リーリエ伯爵家の奥方殿。ヴィクトル・レイモンドと申します」
上等な手袋を外し、ヴィクトルは優雅に一礼する。その口元には、いかにも人たらしな微笑みが浮かんでいた。
エマは玄関ホールにてその姿を迎えた。
品のあるグリーンのドレスに身を包み、微笑みを浮かべたエマは、緊張を悟らせぬよう丁寧に会釈を返す。
「ようこそおいでくださいました、レイモンド小侯爵様。エマ・リーリエと申します。主人は本日、王都の政務で不在にしておりまして……代わりに私が応対させていただきます」
「それはまた、光栄ですね。こんなにもお美しい方が迎えてくださるとは」
あまりの手馴れた口調に、ローラが後ろでわずかに眉をひそめた。
けれどエマは微笑みを崩さぬまま、冷静に切り返す。
「恐れ入ります。どうぞ貴賓室へ。お茶をご用意いたしますわ」
「ありがとうございます、伯爵夫人。……このように気の利いた方が奥方であるとは、伯爵閣下もお幸せですね」
そう言いながら、ヴィクトルはちらりとエマの横顔をうかがう。だがエマはあくまで微笑を絶やさず、落ち着いた手つきで貴賓室へと彼を案内した。
やがて、香り高い茶が用意されると、ヴィクトルはふぅ、と軽く息をつき、本題を切り出す。
「私どもレイモンド侯爵家は、今後さらに隣国との交易に力を入れる方針です。その拠点を、貴領内に新たに設けることを望んでおります」
ヴィクトルは品定めするようにエマを見た。
エマは笑顔をたたえたまま、返答する。
「拠点の設置ですか。ご希望の候補地はございますか」
エマの声音は柔らかいが、目の奥には鋭さがあった。
夫人からそのような発言が出ると考えていなかったヴィクトルは、わずかにハッとするも、その落ち着きと聡明さに目を細めた。
「貴領北部の街道沿い。あの辺りは地の利がよい。交易路としても申し分ない立地です」
「なるほど、あの地域は確かに要衝です。ただ……通行料の件は、既定の取り決めに従うことが原則となっております」
エマは静かに、しかしきっぱりと告げた。ヴィクトルの笑みが一瞬だけ揺らいだ。
「はは……さすがにお厳しい。ですが、伯爵閣下がお戻りになられた後、再度ご相談させていただくということでよろしいでしょうか」
「もちろんですわ。けれど、閣下のご意向を踏まえても、通行料についての大幅な見直しは難しいと思われます」
ヴィクトルは、その言葉の裏にある確かな意志を感じ取った。
この若き伯爵夫人、侮れない。
「……しかし、伯爵夫人は素晴らしい方ですね。こんなにも知性と美しさを兼ね備えた方にお目にかかれるとは。貴女には、慎ましさの中に凛とした気品を感じる」
必要以上の賞賛の言葉。
エマは彼の社交辞令を理解し、微笑んだまま応えた。
「ありがとうございます。私は伯爵夫人として、務めを果たしているだけですわ」
その穏やかな言葉の奥に、明確な線引きがあった。
ヴィクトルは苦笑しながらも、どこか楽しげに紅茶を口に含んだ。
(──これは、面白くなりそうだ)
そんな彼の胸中に、静かに火が灯るのを、エマはまだ知らなかった。
麗らかな陽射しの下、レイモンド侯爵家の馬車が、リーリエ伯爵邸の正門前に到着した。
玄関前に並ぶ使用人たちの前で、ひときわ華やかな金髪の青年が馬車から降り立つ。その立ち姿、仕草、すべてに余裕と自信が滲んでいた。
「初めまして、リーリエ伯爵家の奥方殿。ヴィクトル・レイモンドと申します」
上等な手袋を外し、ヴィクトルは優雅に一礼する。その口元には、いかにも人たらしな微笑みが浮かんでいた。
エマは玄関ホールにてその姿を迎えた。
品のあるグリーンのドレスに身を包み、微笑みを浮かべたエマは、緊張を悟らせぬよう丁寧に会釈を返す。
「ようこそおいでくださいました、レイモンド小侯爵様。エマ・リーリエと申します。主人は本日、王都の政務で不在にしておりまして……代わりに私が応対させていただきます」
「それはまた、光栄ですね。こんなにもお美しい方が迎えてくださるとは」
あまりの手馴れた口調に、ローラが後ろでわずかに眉をひそめた。
けれどエマは微笑みを崩さぬまま、冷静に切り返す。
「恐れ入ります。どうぞ貴賓室へ。お茶をご用意いたしますわ」
「ありがとうございます、伯爵夫人。……このように気の利いた方が奥方であるとは、伯爵閣下もお幸せですね」
そう言いながら、ヴィクトルはちらりとエマの横顔をうかがう。だがエマはあくまで微笑を絶やさず、落ち着いた手つきで貴賓室へと彼を案内した。
やがて、香り高い茶が用意されると、ヴィクトルはふぅ、と軽く息をつき、本題を切り出す。
「私どもレイモンド侯爵家は、今後さらに隣国との交易に力を入れる方針です。その拠点を、貴領内に新たに設けることを望んでおります」
ヴィクトルは品定めするようにエマを見た。
エマは笑顔をたたえたまま、返答する。
「拠点の設置ですか。ご希望の候補地はございますか」
エマの声音は柔らかいが、目の奥には鋭さがあった。
夫人からそのような発言が出ると考えていなかったヴィクトルは、わずかにハッとするも、その落ち着きと聡明さに目を細めた。
「貴領北部の街道沿い。あの辺りは地の利がよい。交易路としても申し分ない立地です」
「なるほど、あの地域は確かに要衝です。ただ……通行料の件は、既定の取り決めに従うことが原則となっております」
エマは静かに、しかしきっぱりと告げた。ヴィクトルの笑みが一瞬だけ揺らいだ。
「はは……さすがにお厳しい。ですが、伯爵閣下がお戻りになられた後、再度ご相談させていただくということでよろしいでしょうか」
「もちろんですわ。けれど、閣下のご意向を踏まえても、通行料についての大幅な見直しは難しいと思われます」
ヴィクトルは、その言葉の裏にある確かな意志を感じ取った。
この若き伯爵夫人、侮れない。
「……しかし、伯爵夫人は素晴らしい方ですね。こんなにも知性と美しさを兼ね備えた方にお目にかかれるとは。貴女には、慎ましさの中に凛とした気品を感じる」
必要以上の賞賛の言葉。
エマは彼の社交辞令を理解し、微笑んだまま応えた。
「ありがとうございます。私は伯爵夫人として、務めを果たしているだけですわ」
その穏やかな言葉の奥に、明確な線引きがあった。
ヴィクトルは苦笑しながらも、どこか楽しげに紅茶を口に含んだ。
(──これは、面白くなりそうだ)
そんな彼の胸中に、静かに火が灯るのを、エマはまだ知らなかった。
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