中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

文字の大きさ
29 / 120
本編

白百合を裂く影

しおりを挟む
 白百合がそよ風に揺れる庭園の小道。陽光に照らされた花々の中、静かに足音が近づいてくる。

「こんなところで偶然お会いできるとは。私は実に運が良い」

 背後からかけられた声音に、エマは一瞬静止するも、すぐに表情を整え、丁寧に一礼を返す。対外向けの微笑を浮かべながらも、その瞳にはわずかな警戒の色が混じっていた。

 その様子すら面白がるように、ヴィクトルは唇を歪める。

「せっかくの良い機会です。庭園を案内していただけますか、伯爵夫人」

「……ええ。よろしければ、ご一緒に」

 エマは笑みを崩さず応じる。ローラが一歩後ろをついてくる。エマの歩みに合わせて、ヴィクトルも悠然と歩き出した。彼の視線は、花ではなく、常にエマの姿に注がれていた。まるで舐め回すように、遠慮も曇りもなく。

「ところで、夫人。今朝偶然にも、こんなものを手にしてしまいましてね」

 ヴィクトルは懐から一枚の新聞を取り出す。折りたたまれた紙面には、はっきりと大きな見出しが踊っていた。

『リーリエ伯爵、電撃年の差婚!その実体は愛のない契約結婚か?』

「世間というものはスキャンダルに目がありませんね。根も葉もない噂が飛び交うこともしばしば。しかし……」

 彼はにやりと笑みを深めた。

「全く隠し事のない夫婦というのも、なかなか存在しないものです」

 エマは足を止め、ヴィクトルをまっすぐに見た。

「……何が言いたいのですか」

「伯爵との結婚生活に、ご不満はありませんか?」

 あまりにも図々しいその問いに、エマは一瞬言葉を失ったが、すぐに毅然とした態度で応じた。

「ありませんわ」

「本当に?」

 ヴィクトルはぐっと顔を近づける。エマのパーソナルスペースが押し潰されるような距離。

「例えば、歯切れ悪く返事を濁された経験は? どこか上の空で生返事をされたことは? 外出先を告げられなかったことは?」

「ありません」

「では、入ることを禁じられている部屋は?」

 その言葉に、エマの表情がわずかに動いた。ほんの一瞬の静止。それだけで、ヴィクトルの目が笑った。

「……そんな反応では、考えていることが筒抜けですよ」

 ヴィクトルはさらに距離を詰め、エマの頬へと手を伸ばそうとした。

 しかし、

「それ以上は、たとえ小侯爵様であっても見過ごせません!」

 ローラが一歩前に出て、ぴしゃりと遮った。その声は震えていながらも、明確な意志を持っていた。

 だが――

「使用人風情が、立場をわきまえろ。下がれ」

 冷たい、刃のような声音。ヴィクトルの一言に、エマとローラの背筋が凍る。ぞっとするような威圧感に場が支配された。

「ローラ、大丈夫よ。下がっていいわ」

 エマは微笑みながら、静かにローラに告げた。ローラは悔しそうに唇を噛んだが、「……失礼いたします」と一礼し、その場を下がった。



 二人きりになった庭園の一角。

 エマは息を整え、毅然とした口調で告げた。

「これ以上の過ぎた発言は、おおやけにせざるを得ません」

「構いません。ですが……本当に、公にできますか?」

 ヴィクトルの手が、今度はそっとエマの頬に触れた。エマはすぐさま、その手を振り払う。

「単刀直入に言いましょう。ひと目見た時から、私は貴女に恋をしてしまいました。私は貴女が欲しい。どうかその広いお心で、哀れな私を慰めていただけませんか?」

「……お止めください」

「嫌だと言ったら?」

 強い言葉の応酬。その直後、ヴィクトルの手がエマの腰へと伸びた。エマは逃れようと身を翻したが、足元が不安定な芝に取られ、地面に手をつく形で倒れこんでしまった。

「……はは、夫人の方から誘っていただけるとは」

 上から見下ろすヴィクトルの顔に、エマはもはや恐怖を隠せなかった。



「何をしている」

 その瞬間、空気を切り裂くような声が響いた。

 凍りつくような威圧感。そこに立っていたのは、セイル・リーリエだった。

「セイル様……」

 エマは安堵と涙の滲むような表情で見上げる。ヴィクトルはやれやれとばかりに肩をすくめた。

「夫人が転倒していたところを、起こして差し上げようとしたのですよ」

 どこまでも嘘にまみれた口ぶりで、ヴィクトルはその場を収めようとする。そして、ふっと笑みを浮かべて言った。

「夫人、またお会いしましょう。」

 その言葉を残して、ヴィクトル・レイモンドは去っていった。庭園には、切り裂かれたような沈黙と、残された二人の静かな呼吸だけが残された――。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~

於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。  現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!  の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては…… (カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています) (イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」  長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。  魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2023/06/04  完結 ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2021/12/25  小説家になろう ハイファンタジー日間 56位 ※2021/12/24  エブリスタ トレンド1位 ※2021/12/24  アルファポリス HOT 71位 ※2021/12/24  連載開始

異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。 ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...