39 / 120
本編
夏の終わりの、新しい風
しおりを挟む
「奥様、あまりご無理をなさらないでくださいませ」
「まぁローラ、お野菜にお水をあげているだけじゃない。これくらい平気よ」
まばゆい夏の終わり。
エマは心配して早めに引き上げようとするローラをよそに、たっぷりの水を畑に注いでいた。
あの事件の後、エマは少しずつ体力を取り戻していたものの、主治医はなかなか外出許可を出してくれなかった。ようやく季節が夏から秋へと移ろい始めたこの頃、伯爵邸の敷地内であれば自由に歩けるようになったばかりだ。
その解放感と喜びの勢いで、エマは畑にたくさんの苗を植えた。もちろん、自ら鍬を振るうことは許されず、わざわざ公爵家から見知った庭師のルーベンを呼び寄せ、自身の指示で伯爵邸の庭に立派なお野菜畑を完成させたのだった。
瑞々しい葉の間に水を注ぎながら、これから実るであろう秋野菜のことを思い描く――焼いても、煮ても、スープにしてもきっと美味しいだろう。そんな小さな幸せに浸っていると、遠くから軽やかな足音と、よく通る高い声が響いてきた。
「奥様っ、もう! またこんなところで泥だらけになっていらっしゃるなんて。探したんですから!」
現れたのは、最近新しく侍女となったルーナだった。エマと同じ年頃で、年相応の無邪気さをそのまま表情に浮かべる、笑顔のはじける少女だ。
「ルーナ、口の利き方に気をつけなさい。奥様はあなたの主人なのですよ」
ローラが厳しくたしなめるも、ルーナは「気を付けます!」と元気に返し、にこにこと笑った。その天真爛漫さに、エマはすっかり心を和ませている。まるでかわいい孫を愛でるような気持ちで、エマは彼女をそばに置いていた。
「ふふ、ルーナったら、どうしたの?」
エマが子供に話しかけるように尋ねると、ルーナは待っていましたとばかりに胸を張った。
「さっき料理長とパティシエが話していたんです! 奥さまのために新しいお菓子を考案したって……これは事件です! きっとこのあと、お茶と一緒に持っていくよう言ってくるはずです!」
「まぁ……」
エマは目を丸くし、感嘆の声を漏らした。背後でローラが小さくため息をついたのがわかる。
ルーナは眉間に皺を寄せ、真剣そのものの顔で”新しいお菓子”について考え込んでいるらしい。
そのあまりの微笑ましさに、エマは自然と口元をほころばせた。
「それは大事件だわ、ルーナ。では、そろそろお茶にしましょう。ルーナもローラも、もちろん付き合ってね」
「はい! 大好きです奥様!!」
ルーナが勢いよくエマに抱きつき、ローラが慌てて手を伸ばす。
午後の柔らかな風が、三人の笑い声をそっと包み込んでいた。
「まぁローラ、お野菜にお水をあげているだけじゃない。これくらい平気よ」
まばゆい夏の終わり。
エマは心配して早めに引き上げようとするローラをよそに、たっぷりの水を畑に注いでいた。
あの事件の後、エマは少しずつ体力を取り戻していたものの、主治医はなかなか外出許可を出してくれなかった。ようやく季節が夏から秋へと移ろい始めたこの頃、伯爵邸の敷地内であれば自由に歩けるようになったばかりだ。
その解放感と喜びの勢いで、エマは畑にたくさんの苗を植えた。もちろん、自ら鍬を振るうことは許されず、わざわざ公爵家から見知った庭師のルーベンを呼び寄せ、自身の指示で伯爵邸の庭に立派なお野菜畑を完成させたのだった。
瑞々しい葉の間に水を注ぎながら、これから実るであろう秋野菜のことを思い描く――焼いても、煮ても、スープにしてもきっと美味しいだろう。そんな小さな幸せに浸っていると、遠くから軽やかな足音と、よく通る高い声が響いてきた。
「奥様っ、もう! またこんなところで泥だらけになっていらっしゃるなんて。探したんですから!」
現れたのは、最近新しく侍女となったルーナだった。エマと同じ年頃で、年相応の無邪気さをそのまま表情に浮かべる、笑顔のはじける少女だ。
「ルーナ、口の利き方に気をつけなさい。奥様はあなたの主人なのですよ」
ローラが厳しくたしなめるも、ルーナは「気を付けます!」と元気に返し、にこにこと笑った。その天真爛漫さに、エマはすっかり心を和ませている。まるでかわいい孫を愛でるような気持ちで、エマは彼女をそばに置いていた。
「ふふ、ルーナったら、どうしたの?」
エマが子供に話しかけるように尋ねると、ルーナは待っていましたとばかりに胸を張った。
「さっき料理長とパティシエが話していたんです! 奥さまのために新しいお菓子を考案したって……これは事件です! きっとこのあと、お茶と一緒に持っていくよう言ってくるはずです!」
「まぁ……」
エマは目を丸くし、感嘆の声を漏らした。背後でローラが小さくため息をついたのがわかる。
ルーナは眉間に皺を寄せ、真剣そのものの顔で”新しいお菓子”について考え込んでいるらしい。
そのあまりの微笑ましさに、エマは自然と口元をほころばせた。
「それは大事件だわ、ルーナ。では、そろそろお茶にしましょう。ルーナもローラも、もちろん付き合ってね」
「はい! 大好きです奥様!!」
ルーナが勢いよくエマに抱きつき、ローラが慌てて手を伸ばす。
午後の柔らかな風が、三人の笑い声をそっと包み込んでいた。
180
あなたにおすすめの小説
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜
ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。
ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。
【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」
長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2023/06/04 完結
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2021/12/25 小説家になろう ハイファンタジー日間 56位
※2021/12/24 エブリスタ トレンド1位
※2021/12/24 アルファポリス HOT 71位
※2021/12/24 連載開始
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる