中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

拭えぬ違和感

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 夕刻、セイルとエマは食卓を挟んで向かい合っていた。
 二人は忙しさの合間を縫い、できる限り食事だけは一緒に取るよう心掛けている。それが互いを思いやる、ささやかな約束だった。

 その夜のエマは、いつもと違っていた。
 ルーナの“奥様改造計画”によって、髪は上品にまとめられ、柔らかなブルーのドレスが肩を包んでいる。耳元には小さな宝石がきらりと揺れ、食卓の灯りを反射していた。

「……今日のスープは、香りが良いですね」

 セイルがそう言い、スープをもう一口含む。

「ええ。お野菜の風味が溶け込んでいて、美味しいですわ」

 エマはいつも通り微笑んだが、胸の奥ではそっと期待していた。
 彼はエマの装いの変化に気づいただろうか、そして、いつもと違う姿を見て、どう思っただろうか……

 だが、セイルはいつものように穏やかで、丁寧で、それ以上は何も言わなかった。
 エマはグラスの中の水面を見つめながら、小さく息をつく。

「セイル様、南部の橋の修復については……その後落ち着きましたか?」

「まだしばらくは。雨が続き修復が遅れているそうです」
 
「そうでしたか……」

 ぽつり、ぽつりと、何気ない会話が交わされていく。表面上は変わらぬ日常だった。
 しかし、エマの心の内にはずっと、拭えない疑念が浮かぶのだった。

 ――あの事件以来、彼は私を避けている?

 あからさまではない。ただ、笑い合う瞬間も、視線が交わる回数も、確かに減っている。
 短く終わる会話の余韻が、静けさをいっそう際立たせていた。

 エマはふと、少しだけ勇気を出した。

「……セイル様」

「はい」

「私、今日は少し……おしゃれをしてみたのです」

 セイルは一瞬だけ視線を向けた。
 二人の目が合うと、セイルはほんの僅かに視線を外す。
 彼は穏やかな微笑みを浮かべて――

「似合っていますよ」

 そう言われるのみだった。
 それきり、彼はまた料理に視線を戻した。

 セイルに褒められた。嬉しい、はずなのに……エマの胸には瞬く間に寂しさが広がっていった。
 こんなにも心許ないのは、どうしてなのだろう。恥ずかしい。いっそ隠れてしまいたい。

 エマは何も言えずに、皿の上のパンを静かに裂いた。


 *


 その夜。化粧台の前でエマが髪をほどくと、背後からルーナが器用な手つきで櫛を通した。
 エマの小さなため息が漏れた瞬間、ルーナの耳がぴくりと動く。

「奥様、もしかして旦那様と喧嘩でもされました?」

 エマは、当たらずも遠からずなルーナの言葉に、しばし黙ってしまう。ルーナは時として鋭い洞察力で周りを驚かせることがあった。ルーナの物怖じしないその声音に、エマは笑みを作って首を横に振る。

「なんでもないのよ」

 エマはやり過ごそうとしたが、ルーナは納得しなかった。ぱっと顔を輝かせて、彼女は言う。

「そうだ! もうすぐ秋の収穫祭じゃありませんか!」

 秋の収穫祭――それは伯爵領最大の催しで、実りと繁栄を祝う日。
 もとは土地の小さな村祭りだったが、リーリエ伯爵家の領地となってからは邸内を開放し、露店やご馳走で賑わう盛大な行事となった。

「そうね、そろそろ準備をしなくてはね」

 エマは運営者らしい口ぶりで返したが、ルーナは首を振る。

「違いますよ、奥様。収穫祭のおまじないをご存じですか?」

「おまじない?」

 ルーナはひとつ咳払いをしてから、説明してくれた。

 ルーナの語るところによれば――それは親しい者同士が豊穣の果実を贈り合う、昔からの風習。二人のうち、どちらかが一つ贈れば「来年も一緒に」。互いに交換すれば「永遠の契り」を意味するのだという。

「まぁ……素敵」

 生来のロマンチストなエマは、うっとりと息をこぼした。

「千載一遇のチャンスです!旦那様との仲を深めましょう。その日はとびきりのおしゃれをしてくださいね!ルーナの腕が成ります!」

 ルーナの声は熱を帯び、まるで自分のことのように張り切っていた。その姿にエマはふっと微笑み、不安の滲む心をひそかに和ませていた。
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