中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

期待と決意と

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 エマの私室。
 花火の始まる前、ルーナは上気した頬を輝かせながら、エマの身支度を整えていた。

「やりましたね、奥様!」

 エマの髪を整えながら、ルーナはぱぁっと顔を輝かせた。

「奥様のほうから旦那様をお誘いするなんて……まるで恋物語のヒロインです! あぁ、ロマンチックすぎます!!」

 彼女は興奮を隠しきれず、思わず声を弾ませる。ルーナのはしゃぎぶりに、エマは少し頬を赤らめた。

「ふふ……ルーナやローラのおかげよ。いつも身なりを整えて、装いの魔法までかけてくれるから。二人のおかげで、私も少し勇気が出たの」

 そう微笑むと、ルーナは目にいっぱい涙をためて、胸に手をあてた

「奥様ぁ……!」

 感極まった声をもらしながら、ルーナはきゅっと拳を握りしめる。

「このルーナにお任せください!今夜は、誰にも負けないくらい、世界一美しい貴婦人に仕上げてみせます!!」

 その真剣な言葉がくすぐったくて、同時に愛おしくて、エマはくすくすと笑った。
 ルーナはせわしなく、しかし慎重に髪を結いあげる。お化粧はいつもより念入りに、それでいてエマの良さを引き出すように。優秀な仕事ぶりだった。

「さあ、これで仕上がりです!」

 ルーナはエマの手を引いて鏡の前に立たせると、ぱっと手を離し、数歩下がってエマの姿を眺めた。

 ルーナはドレスの裾をちょんと摘み、くるりとエマの周囲を一周する。宝石を散りばめた白いドレスが揺れ、窓辺の灯りを受けてきらきらと輝いた。アクセントのグリーンのレースは、彼女の瞳の色を引き立てた。ドレスに合わせて、ゆるく巻かれた金の髪が揺れる。──その姿は、洗練された清らかさで、まるで百合の花を思わせた。

「……はぁぁぁぁぁ……っ!!」

 ルーナは胸の奥から深いため息を吐き出した。

「ため息が出るほど美しい……! もはや言葉が追いつきません……!」

 思わず両手を合わせ、恍惚とした表情で拝んでしまう。

「奥様……! この尊さは罪です! 今夜、旦那様は間違いなく魂を抜かれます! いえ、抜かれなければ私が抜きます!!」

「ふふっ……ルーナったら」

 エマは顔を赤らめながらも、思わず吹き出してしまった。
 しかしエマは、鏡の中の自分を見つめながら、胸の奥でざわめく気持ちを押さえきれなかった。

「……セイル様は、喜んでくださるかしら」

 すかさずルーナが力強い声で応じる。

「こんなに美しい貴婦人を前にして、喜ばない殿方はいません!奥様は世界一です!!」

 その勢いに背を押され、エマは少し背筋を伸ばす。

「……そうね。ありがとう、ルーナ」

 穏やかな微笑みとともに、エマの胸には小さな灯りがともった。


 *


 ――もうすぐ、花火が始まる。

 セイルは胸元に忍ばせた小箱を、ぐっと奥へ押し込んだ。
 エマの私室へ向かう廊下は、灯りに照らされているはずなのに、不思議と薄暗く感じる。胸の奥で高鳴る鼓動のせいだろう。

 彼は歩きながら、決意していた。

 ――髪飾りは、処分しよう。
 そして、妻がいたこと、今もその人を愛していること。すべてをエマに話す。

 セイルは、エマの冷ややかな視線が自分に注がれることを想像した。

 嫌われるかもしれない。
 移り気な夫だと、幻滅されるかもしれない。
 それでも、私は、そうしなければならない。

 彼女がこの先も安らかな人生を送れるように、力を尽くそう。
 彼女が、私の存在が不要だというのなら、それでも構わない。
 今さらこんなことを告げること自体、おこがましいのは理解している。
 けれど、私にできる誠実は、もはやそれしかない。

 
 ふいに、背後から低い声が彼を呼び止めた。

「旦那様!」

 振り返ればモーリスが駆けてくる。

「怪我人が出ました。至急、お力を!」

 ほんの刹那、足が止まった。

 ――エマが待っている。

 胸をよぎった思いを、セイルは次の瞬間に叱責した。

「……連れていってくれ、モーリス」

 迷ってはいけない。
 今、選ぶべき道はただひとつ。

 セイルはきびすを返し、モーリスとともに広場の外れへ急いだ。
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