55 / 120
本編
清一の回想_幼少期2(清一視点)
しおりを挟む
その日、学校の帰り道で膝を擦りむいた俺は、誰もいないと思って身を屈め、傷に手を当てた。
翳した掌の下に、小さな柔らかな光がほのかに灯る。
「清一さん、具合が悪いの?」
思いもよらぬ背後からの声に、心臓が跳ねた。振り返ると、そこには百合子さんが立っていた。心配そうにこちらを覗き込むその瞳が、すべてを見透かしているようで――。
……見られた。
俺は咄嗟に駆け出した。
見られた。
見られた。
胸の奥でその言葉が何度も反響する。
幼い頃は誇らしく思えたこの力も、本当に大切な人を救えなかった日からは、無力さの象徴になってしまった。
人と違う自分。けれど、役に立たない自分。
――化け物だ。
そう思うたび、誰にも知られたくなかった。嫌われたくなかった。惨めになるのはもうたくさんだった。
よりによって、百合子さんに見られるなんて――。
夢中で川岸を走っていると、不意に彼女の叫び声が響いた。
「そっちへ行ってはいけないわ!」
振り返った瞬間、足が滑り、俺の体は濁流へと呑み込まれた。
水は容赦なく体を攫い、子供の足はあっという間に取られた。服は重く張り付き、もがくほどに沈んでいく。
――死ぬ。
その瞬間、誰かの手が俺の腕を強く引いた。
ぐいと引き上げられ、岸へ投げ出された俺は、荒い息をつきながら隣を見た。そこには、ぐったりと横たわる百合子さんの姿があった。
「百合子さん!!」
必死に呼びかけ、体を揺すり、頬を叩く。見様見真似の人工呼吸を試みても、彼女は応えない。
ようやく駆けつけた大人たちによって彼女は運ばれていったが、俺はただ震えることしかできなかった。
その夜。
早川氏の手が俺の頬を打った。
生涯ただ一度きりの、叱責だった。
百合子さんの母は、意識の戻らぬ娘を看病し続けていた。俺は震える声で「看病を代わらせてください」と頼み、眠る彼女と二人きりになった。
俺は必死に手を握り、持てる限りの力を注いだ。
どうか、助かってほしい。
この人だけは、失ってはいけない。
二度と無力な自分を見せたくない。
意識が遠のくほどに集中し、涙を流しながら心の中で何度も唱えた。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
どれほど時間が過ぎたのだろう。
やがて彼女の頬に血の気が戻り、まぶたがゆっくりと開いた。
「清一さんは、無事なの!?」
掠れた声でそう叫んだ彼女は、起き上がろうとして力尽き、布団に崩れ落ちた。
その姿を見て、安堵したはずなのに、胸の奥から込み上げてきたのは別の感情だった。
怖い――。
助けたいと願ったのに、こうして目を覚まし俺を見つめる彼女の瞳が、怖かった。拒絶されるのが何よりも怖い。ならば、先に拒絶してしまえばいい。そうすれば傷つかずに済むから。
「百合子さん……僕が、怖くありませんか。気持ち悪く思いませんか……」
俺の涙混じりの問いかけに、百合子さんは静かに微笑んだ。
「清一さん……綺麗よ」
その声は、かつて母が優しく名前を呼んでくれたときの響きと同じだった。
抑えきれない涙が溢れ出す。
この人は、家族も家も友人も――何も持っていない、空っぽの僕を、綺麗だと言う。
弱くて、惨めで、情けない、大嫌いな僕を。
百合子さんは僕の存在を、否定せずに受け入れてくれる、唯一の人。
その温もりに触れた瞬間、俺は決意した。
――生涯、この人のために、生きよう。
翳した掌の下に、小さな柔らかな光がほのかに灯る。
「清一さん、具合が悪いの?」
思いもよらぬ背後からの声に、心臓が跳ねた。振り返ると、そこには百合子さんが立っていた。心配そうにこちらを覗き込むその瞳が、すべてを見透かしているようで――。
……見られた。
俺は咄嗟に駆け出した。
見られた。
見られた。
胸の奥でその言葉が何度も反響する。
幼い頃は誇らしく思えたこの力も、本当に大切な人を救えなかった日からは、無力さの象徴になってしまった。
人と違う自分。けれど、役に立たない自分。
――化け物だ。
そう思うたび、誰にも知られたくなかった。嫌われたくなかった。惨めになるのはもうたくさんだった。
よりによって、百合子さんに見られるなんて――。
夢中で川岸を走っていると、不意に彼女の叫び声が響いた。
「そっちへ行ってはいけないわ!」
振り返った瞬間、足が滑り、俺の体は濁流へと呑み込まれた。
水は容赦なく体を攫い、子供の足はあっという間に取られた。服は重く張り付き、もがくほどに沈んでいく。
――死ぬ。
その瞬間、誰かの手が俺の腕を強く引いた。
ぐいと引き上げられ、岸へ投げ出された俺は、荒い息をつきながら隣を見た。そこには、ぐったりと横たわる百合子さんの姿があった。
「百合子さん!!」
必死に呼びかけ、体を揺すり、頬を叩く。見様見真似の人工呼吸を試みても、彼女は応えない。
ようやく駆けつけた大人たちによって彼女は運ばれていったが、俺はただ震えることしかできなかった。
その夜。
早川氏の手が俺の頬を打った。
生涯ただ一度きりの、叱責だった。
百合子さんの母は、意識の戻らぬ娘を看病し続けていた。俺は震える声で「看病を代わらせてください」と頼み、眠る彼女と二人きりになった。
俺は必死に手を握り、持てる限りの力を注いだ。
どうか、助かってほしい。
この人だけは、失ってはいけない。
二度と無力な自分を見せたくない。
意識が遠のくほどに集中し、涙を流しながら心の中で何度も唱えた。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
どれほど時間が過ぎたのだろう。
やがて彼女の頬に血の気が戻り、まぶたがゆっくりと開いた。
「清一さんは、無事なの!?」
掠れた声でそう叫んだ彼女は、起き上がろうとして力尽き、布団に崩れ落ちた。
その姿を見て、安堵したはずなのに、胸の奥から込み上げてきたのは別の感情だった。
怖い――。
助けたいと願ったのに、こうして目を覚まし俺を見つめる彼女の瞳が、怖かった。拒絶されるのが何よりも怖い。ならば、先に拒絶してしまえばいい。そうすれば傷つかずに済むから。
「百合子さん……僕が、怖くありませんか。気持ち悪く思いませんか……」
俺の涙混じりの問いかけに、百合子さんは静かに微笑んだ。
「清一さん……綺麗よ」
その声は、かつて母が優しく名前を呼んでくれたときの響きと同じだった。
抑えきれない涙が溢れ出す。
この人は、家族も家も友人も――何も持っていない、空っぽの僕を、綺麗だと言う。
弱くて、惨めで、情けない、大嫌いな僕を。
百合子さんは僕の存在を、否定せずに受け入れてくれる、唯一の人。
その温もりに触れた瞬間、俺は決意した。
――生涯、この人のために、生きよう。
174
あなたにおすすめの小説
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」
長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2023/06/04 完結
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2021/12/25 小説家になろう ハイファンタジー日間 56位
※2021/12/24 エブリスタ トレンド1位
※2021/12/24 アルファポリス HOT 71位
※2021/12/24 連載開始
異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜
ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。
ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる