中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

清一の回想_孤独2(清一視点)

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 どれほどの歳月が過ぎただろうか。
 私は一冊の文献を手にしていた。

『異世界間の時間経過に関する理論』

 眉唾物だと解っていた。それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
 そして、そこに記された言葉は、私の心を凍りつかせた。

 平行する異世界の中でも、本世界は最も時間の経過が緩やかである。
 本世界での一年は、他世界の五十年に相当すると考えられる。

 背に冷たい汗が伝った。私がこちらの世界に来て、いったい何年が経った。
 こちらの一年があちらの五十年だというのなら、今頃百合子さんはとっくに……

 ──死

 思わず本を投げ捨てた。そんな馬鹿なこと、あるわけがない。あっていいわけがない。
 そんなことが、もし本当ならば、私は何のために生きているのか。

 それでも私は、変わらず百合子さんを探し続けた。
 時間は確かに過ぎていく。忙しさに紛れれば、彼女のことを忘れてしまいそうな己が怖かった。

 毎夜、絵画となった百合子さんに語りかけた。額の中の百合子さんを眺めては、彼女を失った心の空白を自ら押し広げた。私はその度に心の傷を噛みしめ、痛みに喜びを伴わせた。
 彼女がいた証をこの身に刻まなければ、もう正気を保つことが出来なかった。
 時間の経過と共に、彼女を失った痛みは、宝石のように輝いた。
 最愛の人が俺を苦しめ、縛り付けている。その痛みをいつまでも感じていたかった。



 そうしていると、私の中の何かが急に、ぷつりと途切れる音がした。

 本当はもう、気付いていた。
 あの悪魔は私を弄んだだけだ。私を騙して希望を持たせ、叶わないと知って絶望する様を嘲笑って楽しんでいるだけ。

 本当はもう、この世のどこにも、百合子さんはいない。

 そうであるなら。
 彼女が死んでしまったのなら、私も死にたい。

 私は傍らにあった短剣を手に取り、躊躇なく喉元にあてがった。
 刃が皮膚を割き、血が滲む感覚。その痛みが心地よく感じた。

 早く会いたい。
 今すぐ会いたい。
 ようやく、百合子さんのもとに。

 短剣を突き立てようとした、その瞬間。

 絵画の百合子さんと目が合った。
 彼女は変わらず、優しく微笑んでいた。

 そんな顔で見たって、無駄です

『清一さん』

 今さら声をかけても

『清一さん』

 もう遅い

『清一さんも、お願い』

 無理です

『お願い、生きて』

 嫌です

『清一さん』

 嫌だ

『清一さん』

 こんなときに

『お願い』

 どうして

『生きて』

 百合子さん




 乾いた室内に、鋭い短剣が音を立てて落ちる。
 絵画の百合子さんが、今さら私に語りかけてくる。

 あなたは狡い人です。
 あなたに願われたら、僕は断れない。
 あなたの願いがそれなら、僕はもう、死ぬことすら許されない。

『清一さんも、お願い、生きて』

 百合子さん、僕を、一人にしないで

 いかないで

 見捨てないで

 お願いです

 百合子さんのところに行きたい


 百合子さん、会いたい



 少年のような嗚咽と、百合子さんの言葉が、小さな部屋に散らばって共鳴し続けていた。
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