中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

甘く、揺らぐ

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 エマは一人、寝室のテラスに出て庭の梅の木を眺めていた。
 この部屋は、もとはエマの寝室だったが、収穫祭を境に夫婦の寝室となった。梅の木は、ここから最もよく見える位置に植えられている。庭師ルーベンの手入れで枝ぶりは美しく、冬を前に葉を落として空へと広がっていた。

 ──あの絵画に描かれていた女性。前世の私──早川百合子。どうしてセイル様が、あの肖像を。

 エマはその答えをまだ出せずにいた。
 考えるたび、胸が揺れる。

 すぐに浮かぶ答えはある。だが、軽々しく決めてしまうには怖すぎた。

 もしセイル様が清一さんだったのだとしたら。
 どうして今こんなに若い姿のまま、生きていらっしゃるというの。百合子はとっくに年老いて、この世を去ったというのに。

 日を追うごとに、あの絵が本当に百合子だったのかも疑わしく思えてきた。見たのは一瞬だけ。再び確かめようにも、絵画はすでにセイルの手で片付けられてしまった。どこに片されたのかを聞くのも、今さら憚られる。

 ──もしも人違いだったら?

 黒髪で黒い瞳の女性だったから、勘違いしただけ……。
 でも、着ていた着物や結った髪はよく覚えている。あの写真を撮るとき、あの時分にできる最大限のおめかしをしたのだから。 あの写真は、百合子の人生を通して色褪せ擦りきれるくらい何度も見てきた。あの写真の自分がどんな顔をしていたのか、今もよく思い出せる。

 もしも、セイル様が清一さんだったなら…… 言い様のない懐かしさと幸福に包まれて、この身を震わせることだろう。でも。そうじゃなかったら。

 心臓が冷たく握り潰されるように痛んだ。
 
 清一さんだと勝手に決めつけておいて、もしも人違いだったら。清一さんを再び失った心地がして、私はきっと耐えられない。
 それに、セイル様に「自分は百合子だ」と告げて、通じなかったら……彼はきっと、あの寂しげな瞳で私を見て、また心を閉ざしてしまう。

 それはエマにとって、愛する二人を同時に失うことに思えた。
 間違いだったらと思うと、それ以上踏み出せない。

 けれども、願ってしまう。今すぐに私が百合子だと打ち明けて、清一さんの胸に飛び込みたい。でも、怖い。確信が持てない。何か、二人を結び付ける証が欲しい。

 ──例えば、あの写真をセイル様が持っていたなら。



「こんなところにいては、風邪を引いてしまいます」

 不意の声に、エマは跳ね上がるほど驚いた。心臓の鼓動が耳まで響く。

「……セイル様」

 振り向くと、包み込むような微笑み。セイルは羽織っていた上着をエマの肩にかけた。

「ローラに叱られました。あなたを求めすぎている、と」

 しょんぼりと眉を下げるセイルに、エマは胸が締め付けられる。
 彼はエマをそっと抱き寄せ、低く囁いた。

「……でも、あなたを見ていると、れずにいられません」

 大きな手が髪を撫で、そして唇に触れる。エマが微笑んで目を閉じると、ゆっくりと重なる口づけ。はじめはゆっくりと。それが次第に、何度も、何度も。セイルの熱が迫り、吐息が零れる。

「……っ、セイル様、また、ローラに叱られますわ」

「我慢できません」

「でも、もう……このくらいに」

 エマの言葉に、セイルは不服そうに音を立てて唇を離した。

「本当は、眠る前の挨拶だけのつもりだったのですが……」

 息を弾ませる声に、エマの胸はぎゅっとなった。セイルが必死に自分を抑えようとしているのが愛おしい。 エマはセイルの背を優しく撫でた。
 セイルはまだ未練を残すようにエマの頬を撫でながら、囁く。

「……離れたくない」

 その声音は子どものように素直だった。彼が切なげに眉を寄せている様を見て、エマは思わず、彼の胸元に顔を寄せる。

「……私も、です」

 一瞬の沈黙。次に顔を上げたとき、セイルの瞳は熱を帯び、また触れてしまいそうなほど近かった。

「やっぱり今夜だけ……」

「セイル様」

 たしなめるように名を呼ぶと、彼は困ったように眉を下げた。

「ふふ、偉いですね」

「……からかっていますか?」

「あなたが可愛らしくて」

 その一言で、セイルは再び抑えきれない感情が噴き出しそうになるのを押し留めた。それが彼の顔にしっかり出ていたので、エマはくすくすと笑った。
 セイルは嬉しそうに笑うエマの額に微かなキスを落とした。

「おやすみなさい、エマ」

 彼の優しさに、幸せで満たされる。

「おやすみなさい」

 エマはセイルを見送る。扉が閉まり、再び一人となった寝室で、エマは深く息を吐いた。

 こんなに愛しい人を、まるで疑っているような自分に罪悪感があった。 彼の心からの愛を全身で受け入れたいのに、疑念が付いて回り、邪魔をする。

 写真。もし清一さんなら、必ず大切に持っているはず。いつものように手帳に挟んで。上着の内ポケットに──

 思考がそこで止まる。

 肩に掛けられたままの、セイルのジャケット。
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