中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

ローラの慟哭

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 それ以降、エマは寝室に隔離された。

 喀血病は、感染する病――医師の厳しい指示により、セイルはもちろん、使用人たちでさえ寝室へ近づくことが制限された。

 エマの世話は、領内の医療者たちが交代で担った。皆が「少しでも力になりたい」と自ら志願して治療にあたり、その献身にセイルは感謝すべきとわかっていた。それでも彼は医療者らを見送るたびに、報告を受けずにはいられなかった。エマの一挙一動を、知らなければ気が狂いそうだった。

「……今日も長く臥せっておられました。起きていらっしゃるときも、窓辺から庭園の梅の木をただ眺めて……」

 報告に耳を傾けるたび、セイルの胸は鋭い刃物で裂かれるように痛んだ。ひとり窓辺に座る妻の姿を思うだけで、胸が詰まる。心が焦げ付くような日々が続いた。


 *


「少しだけでも……何か召し上がってくださいませ」

 執務室の扉を叩いたローラが、盆を抱えて入ってきた。湯気を立てるスープと、焼きたてのパン。食欲を失ったセイルのためにと気遣って用意したものだ。

 セイルは答えず、ただ小さく頷いた。机に並べられていく温かな食事。その香りすら遠いものに感じながら、セイルは無言で彼女の手元を見ていた。

 やがて、ローラは手を止め、真っ直ぐにセイルへと向き直った。

「旦那様……どうか、私を罰してください」

 震える声にセイルは顔を上げる。いつも毅然としている侍女らしからぬ、か細い響きだった。

「奥様が視察を繰り返されるのは、お体にご負担だと分かっておりました。それでも私は……止めなかった。いいえ、止められなかったのです。どうか、その罪をお咎めくださいませ」

 目を伏せ、後悔に揺れる瞳。

 セイルはしばし無言のまま彼女を見つめ、やがて低く吐き出すように言った。

「……そんなことをしても何も変わらない。エマが悲しむだけだ」

 その言葉に、ローラの目から大粒の涙があふれ出した。必死にこらえていたものが、堰を切ったように。

「いいえ……いいえ!私がもっと強くお止めしていれば……こんなことには……!」

 ハンカチを握りしめ、声を殺して泣き崩れるローラ。セイルは無表情のまま、彼女の慟哭をただ受け止めていた。

 涙に濡れた顔を伏せながら、ローラはぽつりと呟いた。

「奥様は視察のたび、領民一人一人にお願いをしておられました。『旦那様に力を貸して欲しい』『助けてあげて欲しい』と。必ず頭を下げて……まるで、こうなることを予測して、あらかじめ準備をしておいでだったかのように……」

 その言葉に、セイルの心臓は握り潰されるような痛みに襲われた。

 ――どうして。
 どうして、エマ。

 心の内で繰り返す声は、誰にも届かない。

 静かな執務室に、ローラのすすり泣く声だけが、いつまでも響き続けていた。
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