中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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おまけ

【おまけ】めぐりゆくとき【終】

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 金の髪に透き通る黒い瞳。
 誰もが振り返る美しい少年は、十三歳になっていた。

 ナツキは生まれた時からあまり泣かない、癇癪もない、手がかからない子だった。
 母の自慢の畑で青果を愛で、そこで見つけた虫や草花を図書室で調べることを日課とする、そんな大人しい少年。
 ナツキはいつも、邸の片隅でひっそりと本を読んでいた。

 その日、剣術の稽古を終えたナツキは、リーリエ領中央に移転した姉の診療所を訪れていた。
 医療界の女帝と称される姉は、多忙の合間を縫って貧しい人々の診療にも奔走しており、ここにいることは稀だった。
 ナツキは姉に会いに来たのではない。目的の人物は、姉の夫。

 小さな診療所の扉を開けると、消毒薬の匂いと暖炉の薪がはぜる音が出迎える。鈴の音に反応して、奥から件の人物がこちらを覗き込んだ。顔に対して大き過ぎる眼鏡に、穏やかな佇まいの男性。 

「ナツキくん、いらっしゃい」

 テオは柔らかく目を細めると、また奥へ引っ込んでいった。ナツキはその背を追い、慣れたように散らかった部屋に足を踏み入れる。 

「……おじさんの部屋はいつも散らかってるね」

 椅子の上の本をどけながら、少年は苦笑する。 

「いやぁ、僕一人ではなかなか片付けが間に合わなくて……」

 頭を掻きながら書類に目を通すテオ。診療所の事務作業から薬品の管理まで、彼の仕事は広範囲にわたり、部屋はすっかり“事務室”と化していた。 

 ナツキは自分で珈琲を注ぎ、窓辺のお気に入りの椅子に腰かける。手に取った本は「地理から見る経済」。苦手な剣術の稽古を早々に切り上げ、どうしても読みたかった一冊だった。 

 その様子をテオは横目でちらと見てから、口元を緩めて仕事を再開する。

 薪の音だけが響く時間。
 静かな二人だけの部屋。
 しばらくして、ナツキがぽつりと呟いた。 

「……リーリエは位置がちょうど多国間の往来に便利なんだ。土地の豊かさを地盤に貿易の中継地点として発展させるなんて、父さんはどうしてそんなことを思いついたんだろう」

「その本面白いの?」

「うん」

 ナツキの真剣な眼差し。

「本からじゃなくて、本人に聞けばいいんじゃない?」

 テオの言葉にナツキは目を伏せる。親に対する複雑な気持ちが透けて見え、テオは察したように微笑んだ。 

「僕が子どもの頃のリーリエ領は、まだリーリエという名前すらない、ただの集落の寄せ集めだった。生活は畑仕事が主で、目立った産業もない。伯爵様がこの土地の良さにいち早く気づいてくださったんだよ」

 テオは仕事の手を止め、カップに口をつけた。一呼吸置いて、言葉を続ける。

「リーリエの発展に、領民の心を伴わせてくださったのが伯爵夫人だった。急激な発展についていけない者にも寄り添い、領民一人一人と会話して領地運営に取り入れてくださったんだ」

 テオはナツキにほほ笑みかける。

「君の両親は、素晴らしい人たちだよ」

 テオの言葉に、ナツキはほんの少し頬を赤らめて俯く。
 やがて、ナツキは絞り出すように言葉を紡いだ。

「……僕は、父さんや母さんみたいに立派じゃないから」

 お気に入りの椅子の上で膝を抱えて小さくなっているナツキ。そして、微かな声で言葉を付け足す。

「……僕は何も癒せないし」

 テオは察した。どうやらナツキの心を不安にしているのは、彼が“治癒の力を持たなかったこと”にあるようだ。

 雪やユーリに遺伝している治癒の力。当然ナツキにも、と周囲は期待した。しかし、待てど暮らせど彼にその力が現れることはなかった。
 そのことに誰より落胆したのは、ナツキ本人だった。
 ナツキは聖騎士と呼ばれる父に幼い時から憧れていた。苦手な剣術だって、父に近づきたくてどうにか食いついている。それなのに、どんなに頑張っても父のようになれない。
 父の背中は、あまりに大きすぎた。

 少年の寂しそうな肩に、テオは手を置いた。
 見上げるナツキの吸い込まれそうな瞳の色は、テオの妻によく似ていた。
 テオの胸に愛おしさが募る。

「ナツキくんはどんなことが好き?」

 テオが穏やかに問いかける。その思いがけない言葉にナツキは目を丸くし、しばし黙した。テオは言葉を重ねる。

「どんなことでもいいよ。時間を忘れるほど夢中になったことは? 何をしているときに、のめりこんで抜け出せなくなる?」 

 ナツキは目線をあげた。

「本を読んだり、虫や草を観察したりするとき」

「だったら、それが君の正解だよ」

 テオは優しく頬笑む。

「尊敬は素晴らしい感情だ。きっと君の糧になる。しかし、必ずしも同じになろうとしなくてもいい。やりたいことを夢中でやった先に、父君が見た景色と同じ光景が広がってるはずだよ」

 そう言って、テオはナツキの髪をくしゃくしゃと撫でた。 

「ちょっと、やめてよ」

「ナツキくんは、可愛いなぁ」

「からかわないで!」

 ナツキは抗議しながらも、邪険な態度は取らなかった。
 眉を寄せていても口の端が緩んでいるところを見るに、腑に落ちたようだ。

「どうにもならなくなったら、いつでもおいでよ。おじさんはいつもここで、珈琲を淹れて待ってるからさ」

 くしゃくしゃの髪に、大き過ぎるメガネ。よれたシャツ。だらしない格好なのに、不思議な安心感をくれるおじさん。
 ナツキの好きなものの一つが、おじさんのいる診療所。

 ナツキはふっと笑った。

「おじさんの珈琲はちょっと雑味が多いんだよね」

「……え」

「僕が淹れた方が美味しいよ」

 ナツキは一つ伸びをして、空になったカップを持って立ち上がった。

「手がかかるおじさんのために、僕が淹れ直してあげる」

 少年の穏やかな笑みは、未完成な淡い揺らぎを含んでいる。
 黒く透き通る瞳。金糸の髪。

 希望を宿すその姿は、かつて愛する人を得た若き日の父に、よく似ていた。



 Fin.


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感想 15

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みんなの感想(15件)

roc
2025.10.25 roc

あ〜、最後まで読んでしまった。続きはないのでしょうか?本編からおまけまで一気読みしてしまいました。

清一とセイルを使い分けるっていう描写が楽しかったです。あとがきもコメントへの返信も頷きながら拝見しました。作品誕生の裏話的なお話も大好きです(笑)
ありがとうございます。

こういう出会いがあるから読むことはやめられない(^^) 次作を楽しみに待ちます。よろしくお願いします!

2025.10.26 浅水シマ

最後までご愛読いただきありがとうございました✨
完結してしばらく経った物語ですが、今でもこうして感想をいただけるなんて、もう胸がいっぱいです!
物語はここでおしまいなんですが、続きが読みたいと言ってくださるなんて……嬉しすぎてキュンとなりました。

清一は百合子に好かれたくて、わざと好青年を演じています。セイルはエマに対して、意図的に大人っぽく振る舞っています。そういう使い分けを彼はやる人です。その感じが文章に出るように、当時書いていました。

あと、実は今ひっそりと次作連載中です。
本作とは違ったテイストのお話ですが、よろしければ読んでいただけると嬉しいです!
新しい物語でも、ぜひお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

解除
ykyk
2025.10.01 ykyk
ネタバレ含む
2025.10.01 浅水シマ

いつも欠かさず読んでいただき、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
初めて書いた物語でこんなに読んでもらえる作品になったのは、ykyk様がたくさん感想をくださった影響が大きいです。心から、感謝いたします。

続きを見てみたいと思っていただけて、嬉しいです。これ以上書くと主人公がナツキになってしまいそうだったので、ここまでにしました。エマとセイルのお話は、幸せのまま最期まで続いていったと思います。

今は、書きたい別のお話ができてしまいました。また読んでいただける作品になるよう、磨いているところです。次の作品で、またお会いできるのを楽しみにしております。

解除
ykyk
2025.09.28 ykyk

リアルすぎて息を飲みました……
どうか穏やかな時間が訪れますように……!

2025.09.28 浅水シマ

著者の経験に基づいて書いたらこんなことに……
出産は命懸けですね。どうぞ続きもお楽しみに!

解除

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