龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第八章 第七話

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 祭り2日目の日が落ちる。
 終わりの儀式も滞りなく終わり、人々は炎を囲んで思い思いの場所で用意されたごちそうに舌鼓をうち、酒を味わっている。
 楽器を持った村人達が、少しずつ集まってきていた。祭り終わりの踊りの為に。
 専用の楽士などはいない。
 踊りもその為の楽も、やりたい者がやりたいようにやる、それがこの村の祭りの様式だった。


 「ライ、今晩は踊らないのか?」

 「今日は楽に参加かい?」


 顔見知りの村人達からそんな声をかけられ、雷砂は足を止める。手に持っているのは、つい先日習ったばかりの弦楽器だ。

 「せっかく習ったし、一座の有志と参加するんだ。たくさん踊ってくれよ?」

 楽器を掲げて微笑むと、


 「ライが踊りに参加しねぇと、女衆がガッカリするぞ?」

 「ちったぁ踊りにも参加してやれよ」


 村人達から飛ぶそんな声。
 雷砂は苦笑して、今までに祭りに参加した時の事を思う。
 踊りは嫌いではないが、参加表明をするとなぜだか行列が出来るのだ。雷砂と踊るための順番待ちの長い列が。
 そして雷砂は次から次へと相手を代え、朝まで踊るはめになる。
 しかも相手は女ばかり。

 嫌なわけではないが、少々疲れることは確かだ。
 なので、今日はまず楽の演奏で参加する事にした。
 踊りにも参加すると思うが、それは後でいいだろう。
 雷砂は集まってきた一座の楽士の少女達と一緒に、演奏の為のスペースへと向かった。

 「雷砂、踊らなくていいの?セイラさん、すねるよ?」

 そんな風に声をかけてきたのは、楽士をしつつセイラの元で舞いの勉強もしている少女、エマだ。
 彼女は雷砂に楽器指導をしてくれた少女達の1人で、それを縁にずいぶん打ち解けた。
 彼女の言に、雷砂は苦笑を漏らす。セイラならもうすねてるよ、そう思いながら。
 



 雷砂が祭りの広場に顔を出す少し前。セイラの部屋を出る時のこと。
 出かける準備をして楽器を手にした雷砂を、怪訝そうな顔でセイラが見つめていた。


 「ん?なに?」

 「なんで楽器をもっていくの?踊りに行くんでしょ?」

 「演奏も、誰でも参加出来るんだ。エマ達と一緒に楽でも参加するつもりだよ?せっかく楽器を習ったんだし」


 とたんにセイラの機嫌が急降下した。
 さっきまで上機嫌で出かける準備をしていたのに。

 「ふうん。私と踊るより、エマ達と楽器ならしてる方がいいんだ・・・・・・」

 すねていじけた様な声。
 女なのに女心に鈍感な雷砂は、なぜセイラがそんな風に言うのか分からない。
 雷砂は困り顔でセイラの顔を見上げた。


 「セイラ?」

 「・・・・・・雷砂は、私と踊りたくない?」

 「そうじゃないけど、演奏はもうエマ達と約束してるから・・・・・・そうだ。ジェドと踊ったら?ジェドはセイラが好きだから喜ぶよ?」


 その言葉がまずかった。決定的に。
 もちろん悪気などひとかけらも無かった。
 ジェドはセイラが好きだし、セイラもジェドを嫌いじゃないんだから、一緒に踊ればいい。ただ純粋にそう思っただけ。
 だが、その言葉がセイラの逆鱗に触れた。
 その後は訳も分からず部屋を追い出され今に至る、とそう言うわけだ。




 雷砂は小さくため息をつく。
 なにが悪かったのかな、そう思いながら。


 「オレが一緒に踊ったら、セイラの機嫌は直るのかな?」

 「あ、やっぱりセイラさんの機嫌、悪いんだ?そりゃそうよね。セイラさん、雷砂と踊るの楽しみだったみたいだし」


 その言葉に雷砂がびっくりして目を見張ると、エマはやっぱり気づいてなかったか~と苦笑い。


 「そうだったのかぁ」

 「雷砂って、こういうところは結構鈍いよね」


 エマの言葉に、今度は雷砂が苦笑する。
 エマと並んで歩きながら、セイラとの会話を反芻してみた。
 そうすると何となく、ここがダメだったのかなという点が浮かび上がってきて、あー・・・・・・とうめくような声をあげる雷砂。


 「何でセイラさんが怒ったか分かった?」

 「ん~、何となく。セイラが踊りたいみたいだったから、ジェドと踊ったらって言ったのはまずかったよな?きっと」

 「あ~、そりゃ怒るわね・・・・・・っていうか悲しくなる」

 「悲しく、なるの?」

 「多分ね。あたしだったら腹が立つのと同じくらい悲しいと思うな。だってさ、好きな人と踊りたいなって思ってるのに、その好きな人から他の男と踊れば?って言われるんだよ。切ないよ」


 言われて少し落ち込む。自分はセイラを悲しい気持ちにさせてしまったのかと。
 だけど正直、自分がセイラの好きな人というのが何となく信じきれないでいるのだ。
 この場合の好きな人というのが、恋愛的なそれなんだと思うと余計に。

 雷砂とて、セイラの好意すべてを疑っている訳ではない。彼女の向けてくれる好意は本当だと思うし、正直嬉しい。
 もちろん雷砂もセイラが大好きだし、大切に思っている。
 だが、その思いが恋愛感情かと問われると少し違う気がするのだ。
 彼女の恋慕の対象としても、自分は少々子供過ぎると思うし、何より彼女と同じ性をもつ生き物だ。
 彼女は自分より、もっと他のいい男を好きになる方が幸せだと思う。それは正直な気持ちだ。

 だけど、自分の態度のせいで彼女が悲しい気持ちをしていると思うと何とも言えない気持ちになる。
 それで彼女に嫌われてしまったらと考えるだけで胸が苦しいのだ。
 彼女が他の男を好きになっても良い。自分は嫉妬などしないだろう。
 だけど、嫌われるのだけは耐えられないと思う。
 一欠片でも良い。自分への好意を残しておいてほしいと思わずにはいられない。身勝手な、想いだと思うけれど。

 少ししょんぼりしてしまった雷砂を横目で見ながら、エマはその頭にポンと手を乗せる。こう言うところは、年相応に見えるなと思いながら。
 普段は大人顔負けのしっかり者だから、こんな風に落ち込んでいる様子を見るのは初めてだった。正直、可愛いなと思う。
 エマは慰めるように、わしわしと雷砂の頭を撫でた。

 「オレ、そんなつもりじゃなかったんだ」

 ぽつんと呟いた声が悲しそうだった。


 「誰だってあるわよ、そう言う事。大丈夫。すぐ仲直り出来るわよ」

 「そうかな?セイラ、オレの事、嫌いにならないかな?」


 不安そうな声音。
 雷砂は、自分がどれだけあの舞姫から愛されているか、まるで自覚していない。
 だが、エマは気づいていた。いつも雷砂の姿を追うセイラの眼差しに。
 あの舞姫がこれほど誰かに執着するのを見るのは初めてだった。

 セイラは綺麗だから、いつだってどこにいっても色々な男が言い寄ってきた。
 中にはまるで王子様の様な男もいたし、逆にワイルドな魅力のいい男もいた。
 そんな色々なタイプの優良物件にもまるで目もくれなかった彼女が、己の好意を隠そうともせず雷砂に接する様子は、何とも微笑ましくいじらしい。

 ちょっと年の差がありすぎる気もするが、まあいいんじゃないかと思う。
 ようは当人達が幸せならいいのだ。年の差があろうと、女同士であろうと。
 少なくともエマはそう思う。
 他の一座のみんなの意見も、おおむねそんな感じで好意的だった。
 そんな風に暖かく見守られていることを知らないのはおそらく当事者達だけだろう。

 「大丈夫よ。だってセイラさん、雷砂の事が大好きだもの」

 にっこり笑って太鼓判を押す。
 だが、雷砂はまだ何となく不安顔だ。
 仕方が無いので、エマは解決策を教えてあげることにした。
 耳元で助言すると、雷砂は目をまん丸くしてエマを見上げた。そんな事でいいの?、とでもいうように。
 エマは微笑んで力強く頷いた。
 作戦は簡単。踊りに誘って、キスをする。ただそれだけ。
 だが、それだけで十分なのだ。

 「ん~、じゃあ、試してみるよ」

 雷砂はまだ半信半疑だ。
 恋する乙女の女心がまるで理解できて無いのだろう。
 しょうがない。雷砂はまだまだ子供なのだ。
 エマとて恋愛経験がそれ程ある訳ではないが、それでも乙女の気持ちは良く分かる。
 何しろ、雷砂と違って乙女の心をちゃんと持っているのだから。
 エマにはちゃんと、この作戦の成功が見えていた。
 そっと目を閉じてみれば嬉しそうに笑うセイラの顔が見えるようだった。

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