僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

正面から言う。

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 ルステインの家に戻れば外交の文案、空の船の監修、貴族としての来客の応対と決裁が待っている。八日も経たぬうちに王都へ出て、講義、三人(法衣・商業・政治)との面談、ローランとの演習。……そんな往復が続き、目が回るようだった。正直、健康のスキルがなければ壊れていたと思う。初等学校にはほとんど顔を出せず、従兄弟のヤルスやナミリアが「本当に大丈夫?」と時々アトリエまで来てくれる。僕は「心配しないで。ちゃんと寝る」と笑い、内心ではやりすぎ注意と何度も言い聞かせる。砂時計は速い。けれど倒れないことが、いまの僕の第一の仕事だ。紙束の端を揃え、出立の支度をするたびに、背中のどこかで糸が張り直されるのを感じる。

 王都では朝一番にラジュラエン翁や他の貴族として必要な講義。お爺さんには制度史は骨格、国制史は呼吸だと繰り返し叩き込まれ、二行でまとめた僕の要旨は容赦なく削られる。「語を揃えよ、数で揃えよ、地図で揃えよ」お翁さんの指は古代の儀礼を示しながら、近代の条文の嘘を暴く。昼からは“借りる眼”の三人と八日ごとの面談。法衣は「“扶助”を先に置く」、商業は「三つ以外は捨てる」、政治は「反対者地図は“塗り直す日”が本体」と、いつも二行で針をくれる。僕はその針をもとに相手の書式へ言葉を移し替え、回覧票と覚書を夜のうちに投函する。翌朝、返書の速度が一段上がっていると、紙は速度の器だという翁の言葉が腹に落ちる。八日という刻の間隔は短いが、積み上げるにはちょうどよい。

 ローランとの演習は約束どおり八日ごと。僕が“青”(守)、彼が“赤”(攻)の帳を開く。演習のたび、彼は矢面の席を避けて一つ後ろに腰を下ろすが、紙は前へ進む。条件票の〈頻度:八日ごと・半刻〉に、彼は自分の字で〈+半刻延長(次フェイズの些事を含む)〉と書き足し、朱で効力の刻を入れる。

「こぼれやすいところはもう半刻で拾いましょう」

 声は低いが、必要な位置に必要な言葉だけが置かれていく。合間の会話も増えた。僕は礼状の文言や席次の入替の稽古、紹介状の順番と肩書きの置き場所、贈答の奥付に誰の名を立てるかといった日々の段取りを正直に見せる。たとえば小冊子の寄贈は王家後援名義で、奥付には編集と資金を立て、僕の名は控えに回す。そういうやり方だ。ローランは黙って聞き、ふっと表情を歪めた。「あなたは無私すぎる。名が残るよう、やり方を考えた方がいい」と言ってしまった顔。けれど言葉にはしない。ただ赤の帳に線が増え、署名順位と印譜の整え方が一段と厳密になった。

 演習の成果は、廊下の空気にも出る。帯同名簿には読了印の欄が増え、時刻札の差し込み位置が定まり、通報線は鈴から蝋封ベルへ。用語集は条文の下敷きとなり、引き継ぎ帳の二行要旨には“誰が・いつ・どの印を”が欠かれなくなった。王都の一角では書類保全の書庫が立ち上がり、原本・副本・影写しの三層で背の刻みは奇数、昨日印の箱は視線の高さ、重ね押しの台は腰の位置に収まる。僕が「次のフェイズへ」と告げれば、ローランは「運用表に落としましょう」と答え、稽古の段取りをつける。番人たちは八日ごと半刻、背刻の照合と通報の稽古を繰り返し、紙はもう満ちつつあった。あとは運用が回るだけ……そう言えるところまで来た。

 それでも、ひとつだけ残る。『ローランを引き止める理由』。形式の言い訳ならいくらでも作れる。だが、彼に通るのは嘘のない言葉だけだ。夜更け、ストークが淹れた薄い茶をすすりながら相談する。「理由を探すな、本音を二行に」と彼は言う。「名で受けて欲しい、席を譲る準備はできている」それで足りる、と。久しぶりに初等学校に顔を出した帰り際、ヤルスとナミリアが「ほんとに無理はしないで」と肩を叩き、僕は笑って親指を立てる。やりすぎ注意。大丈夫、八日で息を整える。翌朝、舟の幌を上げる風の温度で、言うべき刻だとわかった。理由ではなく、願いを言う。太公望のまねをして長く糸を垂らしつつ、席と印と白紙だけ温めておく。魚を追わない。向きを変える水を用意する。

 王都の僕の書庫、まだ新しい木の匂いがする部屋で、僕はローランと向き合った。机に三つ。信任状の草案、条項目録の白紙、そして僕の書いた二行。
「嘘はつかない。ローラン・ダローム——僕の片腕になって欲しい。名で受けて、政治のまんなかで。僕が不在や多忙の刻には座って、合意を拾い、あなたの印で押して欲しい」
 彼は目を細め、紙を一枚ずつ確かめた。
「条件は」
「退出は紙一枚。栄誉は奥付、責は僕。単押しと重ね押しは条項別に分ける。期間は八日×十二。嫌なら今ここで破っていい」
 長い沈黙。蝋封ベルの糸がかすかに揺れた。やがて彼は白紙に、自分の字で三つ書いた。
「名を出す」「言葉で受ける」「紙が先」
 そして顔を上げる。
「……正面から来ますね。預かります」
 受諾とも否とも言わない言葉。けれど、袖がきちんと整えられ、襟がわずかに上がった。大魚が底で向きを変える時の、あの静かな重みが部屋に落ちる。僕は追わない。八日後、また半刻。紙は乾く。糸は水にある。彼の熱が表へ出るまで、僕は席と印と白紙を温かく保っておくだけだ。
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