【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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15歳の飛翔。

社交の季の終わり。

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舞踏会の夜、王城の大広間は光の海だった。磨かれた床に燭台の火が幾千もの星みたいに反射して、弦の調べが天井の梁をくぐり抜けていく。エメイラは淡い銀青のドレス、僕は式服に身を包み、アールは渉外の腕章をさりげなく袖口に忍ばせている。開宴の合図とともに、彼はもう来客の流れに溶け込み、笑顔で名を確かめ、控えめに相手の望む話題を引き出していた。ああ、もう心配はいらないな……そう思えるほど、自然で落ち着いた動きだった。

最初のワルツはエメイラと。彼女の指先は相変わらず温かく、拍を刻む足取りに曇りひとつない。二曲、三曲。やがて求められるままに、僕は相手を代えながらフロアを巡る。コートの裾が弧を描き、薄絹が灯にきらめく。合間に休もうと席へ戻ると、エメイラの周りには若い伯爵夫人や令嬢たちの輪ができていた。

「あなたが噂の婚約者の方? 一度お話がしたくて」

「まあ、私こそ。王都の礼はまだまだ勉強中です。いろいろ教えてくださいな」

エメイラは微笑で場を和ませ、皆の名を一つ一つ確かめていく。僕がそっと近づくと「こちら、わたくしの……」と軽く肩を寄せてくれる。照れる間もなく、別の紳士が来て次の曲へと誘われる。今夜は踊りと挨拶が途切れない。それでも不思議と疲れない。視線の先に、いつもエメイラの穏やかな横顔があるからだろう。

ひと息ついたところで、僕はアールに目で合図し、六伯の輪へ向かった。まずはエルフ伯。挨拶もそこそこに用件を切り出す。

「そろそろ、文官をお引き取りにあがりたくて」

「待っていた。子らも心待ちにしておる。異邦の文字が城下に混じるのは愉しいものだ」

隣では獣人伯がにやりと笑う。

「こちらも約した若い調教師をまとめて送る。名馬はもう鼻先で風の匂いを嗅いでおるぞ」

水竜人伯とは港の図面の上に身を乗り出した。チャンシルバの名を出すと、伯は鰭をわずかに震わせる。

「よい職人だ。潮目の読みは我らに任せてよい。開港の式日は、満ち潮の刻に合わせろ。海は礼を尽くす者に扉を開く」

ドワーフ伯グラドとは、いつもの調子でぶっきらぼうに見えて温かい言葉の応酬になる。

「おう、石はどうだ。お前んとこの丁場、火を入れたら鳴いたぞ。あれは当たりの山だ。エールはもう樽で回しておいた。冷やしとけ」

「ありがとうございます。『石目会議』は来週から毎週、議事録も送ります」

「紙なんぞいらん、ちゃんと積まれてりゃ見ればわかる……が、まあ送れ」

小人伯プルックは、袖を引いて小声で笑った。

「掲示板、上下二段のやつ、王都の親方衆も真似したいってさ。設計図、一本ちょうだいね。もちろん正価で払うよ」

「ありがとうございます。併記の寸法表も添えます」

そして火の民伯。僕がミザーリのことを口にすると、伯の目がほころんだ。

「あの子が、よくやっておると聞く。おぬし、うちの若いの四十、もう一隊出そう。傭兵に甘えぬことだが、誇りを持って役に立ちたいのだ」

「ありがたく。規律はきっちり守っていただく、それだけです」

六つの輪を巡り終えると、今度は下級貴族たちが途切れなく挨拶に来る。若い子爵には彼の領の蜂蜜の出来を褒め、老伯父には街道脇の防風林の手入れに礼を言う。新任の代官には「耳を置く場所は三つに」とだけ短く助言した。遠方の騎士爵には、彼の次男坊の試験の出来を伝え、「落ちても必要は尽きない」と肩を叩く。相手が喜ぶ言葉は、たいてい相手の仕事の中に落ちている。こちらがそれを拾い上げるだけだ。

夜が深まる前に、王様のもとへ。先王妃様が柔らかく手を振ってくださる。僕は膝を折り、顔を上げた。

「この前の……コメのおにぎりだったか。あれ、軍の糧食に採る。握って携え、湯をかければ戻る。簡便だ。兵は喜ぶぞ」

「光栄です。米は乾かしても粘りが戻ります。干し肉と合わせれば味も持ちます」

「収量はどうだ」

「火の民の里での試験では、畑を選べば小麦に劣りません。水のある谷筋を押さえれば、王都近郊でも回ります」

「よし。農務へは通しておく。お前は現場を見た目で語れ。紙は後でよい」

短いやり取りのあと、王様は杯を傾け、目だけで「よくやっておる」と告げてくださった。胸の奥がすっと軽くなる。

舞は続く。僕はエメイラとまた一曲、今度は快活なガヴォット。彼女は踊りながら耳元でささやく。

「アール、もう五つ先の面談を決めてきたわ。あなた、帰ってからの手紙の束、覚悟してね」

「……今夜の英雄は君だ」

「ふふ、英雄はあなた。私はただ、あなたが踊りやすいように手を添えてるだけ」

気づけば時は流れ、時計台の鐘が何度も夜を刻んでいた。八時間。踊り、語らい、誓いを交わし、笑い、時に短い沈黙を共有した。大広間の空気は熱を帯びながら、どこか清潔だ。社交は時に疲れるが、今夜は不思議と嫌気がささない。たぶん、その先にすぐ、僕らの街が待っているからだ。

終曲の合図。拍手が波のように押し寄せ、楽師たちが礼をして引き上げる。会場の灯が少し落とされると、誰もが自然と現実の靴底に戻っていく。出口へ向かう人の流れの脇で、六伯のひとりひとりともう一度目を合わせ、軽く会釈を返した。アールが最後の名刺を納め、袖の腕章を外して僕のもとへ来る。

「皆さま、『アルカディア』という名を口にすると、目が少し柔らかくなりますね」

「名前は旗だ。旗を見せたなら、次は道を示そう」

外へ出ると、夜気が頬に涼しい。石畳の向こうに運河の黒い帯がのび、遠くで見張りの角笛が短く鳴った。馬車に乗りこむと、エメイラが窓に額を寄せて星を数える。

「ようやく、戻れるのね」

「ああ。スサン領へ。アルカディアへ。待ってる人がいる」

「ナミリアもね。ミザーリも。みんな、きっと今夜の話を楽しみにしてる」

「話は短く、やることは山ほどだ。まずは礼状、それから採石場の週報、港の図面確認、文官と兵士の名簿の確定……」

「はいはい。明日の朝、まとめて一気に片づけましょう。今夜は少しだけ、肩の力を抜いて」

彼女が僕の肩にもたれる。馬車は静かに走りだし、王城の灯が遠ざかる。ふと胸の奥が、子どもの頃のように踊った。長い季の終わり。扉はいくつも開いた。そして次の扉は、僕たちの手で立てる城門だ。いよいよ、スサン領へ。いよいよ、僕らの街へ。笑いがこぼれたのは、疲れからだけではなかった。
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