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53 ディミトリ殿下の暴走
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微かな話し声で目が覚めると、眼前には今にも泣きそうな顔をしたディミトリ殿下と顔を強ばらせた王宮医師が、雁首を揃えて私を見下ろしていた。
(…あら…?此処はどこだった、かしら…?)
明らかに自分の部屋では無い天蓋付きの豪奢なベッドと、殿下の顔を呆然と見比べていると、漸くここが王宮のディミトリ殿下の私室であることを思い出す。
(…っていうか、私…殿下のベッドで寝ていたの?病人を追い出してベッドを占拠するとか大問題じゃない⁈)
狼狽えつつも、ベッドから下りようと左手をついた瞬間、肩にズキンッと衝撃が走って思わず細い悲鳴が漏れた。
(~~~痛っったーい‼…ナニコレ⁈えっ⁈私は怪我をした覚えは…)
痛みに悶絶しながら、その部分に触れてみると、どうやら処置は終わっているらしく、患部が真っ白な包帯で固定されているのが判る。
「…私は何で…怪我をしたのでしょうか…?」
確か、ディミトリ殿下のお見舞いに来た私は、休んでいた彼の額に触れようとしたはず…そこからの記憶は随分と曖昧だ。
「ルイ―セ…すまない…。私は悪夢を見ているつもりで、貴女の体に傷を負わせてしまったんだ…まさか、あれが現実だったなんて…」
真っ青な顔色で懺悔しているディミトリ殿下は今にも倒れそうにふらついている。
衝撃を受けている殿下を肘掛椅子に座らせると、代わりに老齢な王宮医師が怪我の状況を説明してくれた。
「左腕の上腕部に激しい炎症が起きています。つまり――捻挫ですね。今は患部を湿布薬で冷やしていますが、時間の経過で患部の発熱や頭痛も起こる恐れがありますので、こまめに張り替えるようにして下さい。頓服と湿布薬を処方しますので、数日の間は安静にしていただきますようお願いいたします」
どうやら、ディミトリ殿下が迅速に王宮医師を呼んでくれたおかげで、そこまで酷い状況にはなっていないようだ――まあ、原因も彼なのだけれど。
「今晩は絶対安静で、入浴や、腕に負荷のかかる動作も止めて下さい。今晩は離宮にお泊り頂く部屋をご用意すると、先ほど王妃殿下からも仰せつかっております。部屋の準備が整い次第、お迎えにあがりますから今暫く、こちらでお待ちください」
慌ただしく医師が退出してしまうと、部屋の中には私とディミトリ殿下だけが残された。
「ずっと貴女に会いたくて…心が壊れそうな夢ばかり見続けていたんだ。貴女が去って行く夢…貴女が暴漢に襲われ、傷つけられる夢…そして私の目の前で命を散らす夢…」
“まさか現実に私が傷つける羽目になるとは思わなかったけれど…”そう打ちひしがれながら、ディミトリ殿下は両手で顔を覆ってしまう。
「本当に情けないよ…。どうしてこんなに女々しくて情けない処ばかり貴女に見せてしまうのだろう…」
震える声で許しを請うディミトリ殿下は、いつもよりも幼く見えた。
「心が弱ると、どうしても悪夢に苛まれることがありますわ。此度の事はディミトリ殿下の咎ではございません。むしろ、そのような状況下に配慮もせず、会いたいと願った私の行動こそが軽率だったのでしょう」
本来であれば、王太子殿下の許可もなく私室へと入り込むのは許される事では無い。
ましてや就寝中だと気づいた時点で、サッサと引き返せば良かったのに、部屋に居座ったのだから私にだって反省すべき点はあるのだ。
「貴女は私の会いたいという願いを聞き届けるために此処へ来てくれたのだろう?そうやって線引きをされるのは、我が儘ばかりの私に愛想が尽きたと言われている様で、悲しいよ。ルイーセはもっと私の事を怒っても、叩いても良いんだ。そうする権利が、貴女にはあるのだから」
そっと、患部とは逆の手を握ると、甲に口づけが落とされる。
「…本当に申し訳なかった。絶対に怪我をさせた責任は取るつもりだし、一生貴女を大切にするけれど、他にも望みがあれば言って欲しい」
(課題の答えを丸写しさせて欲しい…とは言えないし、今すぐ帰りたい…も、無理よね)
願望は何一つ口に出来ないものばかりなので、無言で首を振ると「本当に貴女は欲がないね」と苦笑された。
「…私は王立学術院で、貴方との約束を果たすために努力を続けているよ。それでも、ルイ―セに会えないことが堪らなく切ない時があるんだ。声が聞きたい、その瞳に見つめられたい、手に触れたい…そうやって際限なく求めてしまうほど、貴女の事で心が一杯になってしまうんだよ」
“愛とは強欲なものだね”と切なげに微笑むと、もう一度手に唇が落とされた。
(…勘違いしてはいけないわ…ディミトリ殿下が本当に愛しているのは別の女性だもの。私は唯の身代わりなんだから、彼の言葉を本気にしては駄目よ)
こんな風に、一途に愛する女性の面影だけを追い求め、縋るように身を焦がす愛とはどれだけの執着なのだろうか。
身代わり令嬢に向けられる仮初の愛情でさえ、私には信じられない程の熱量で激しい情熱を感じるのだ。きっと幼かった初恋相手の令嬢は、ディミトリ殿下の妄執に怯えた事だろう。
幼女の身では、とても受け止めきれる訳が無い。
「…私を大切に思って下さるお気持ちは嬉しく思います。…でも、これ程に深すぎる愛を与えられ続けては、いつか私の心はその愛に溺れて窒息してしまいますわ」
「私の貴女を想う気持ちが…ご迷惑だと、そう仰るのですか?」
「いいえ…でも、離れている時間が心を搔き乱し、眠れない夜をいくつも越えなければならないくらい、ディミトリ殿下を苦しめているのは事実です。このように悪夢に苛まれるのも、私の存在こそが貴方を苦しめている元凶なのだと思うだけで、私も辛うございますわ」
「っ…それは私の心が脆弱なせいであり、ルイ―セの咎では無いと、何度も申し上げたではありませんか‼そう思うのであれば、いつでも貴女が傍らで微笑んでいて下さるだけで私の心は満たされるのに…」
ディミトリ殿下の悲鳴にも似た叫びに、ゆっくりと首を振る。
…まさかこれ程に彼の心が疲弊していたとは思わず、簡単に身代わりを了承してしまったことが悔やまれる。
こんな仮初の愛情では、互いにとって何の益も無い上、初恋の令嬢への面影を追い求める気持ちだけが肥大して、いつか彼の心を壊してしまうのではないか――そう思えた。
「私の存在がディミトリ殿下の御心の負担を増し、苦しめている様にしか思えません。私のような下賤な者は、この国を継がれる貴方にとって何れ枷となるだけですわ。もう…私の事は忘れて頂き、貴方が本当に幸せになれる…そんなお相手と心を通わせて頂けるようお願い致します…」
――国王陛下に即位するその時に、隣で艶然と微笑むのは初恋のご令嬢なのだろう。
それこそがディミトリ殿下にとっての真実の愛であり、幸せな結末なのだ。
…所詮、身代わりの男爵令嬢は最後には、忘れ去られる存在。
――そう、身代わり令嬢では物語のヒロインには永遠になれないのだから…。
未だ握られていたままの手をそっと振りほどき、怪我した左肩を庇うように上半身をベッドから起こす。
そのままベッドから下りようと、不意に覗き込んでしまったディミトリ殿下の瞳の仄暗さに心臓がドクリと跳ね上がった。
「ねぇ…どうしてルイ―セは私を拒むの? そんなに私が負担? 重荷?」
呟く彼の目には光は無く、仄暗い感情と劣情に支配された歪な炎だけがチラチラと見え隠れしている。
顔色の抜けた何も映さない表情は、彼の容貌が整っているせいで、いっそ作り物の人形にしか見えない。
「貴女が離れていくのが苦しい。私の心を壊すのも傷つけるのも、喜びで満たすのも全て…貴女だけなのに…。どうして私を拒絶しようとするの?」
うわ言のように呟くと、ディミトリ殿下は私の包帯を巻いた左肩にグイッと力を込めて、圧し掛かってきた。そのせいで、ベッドに倒れ込むと、彼は私の体を上から抑え込んでしまう。
「う…ぐっ…い、痛い…止めて…」
湿布薬で鈍くなっていた痛みが、力を加えられたことで激痛へと変わる。
あまりの衝撃に、呼吸すら忘れ、ハクハクと口を動かす事しか出来ない。
「簡単に私を捨てて、貴女の中から存在を消そうとするのが許せない。ねえ、どうしたらルイ―セは私の事だけを見てくれるの…?」
ねっとりとした口調からは考えられない程に冷たい表情をして、ディミトリ殿下は私の患部に巻いてあった包帯を解く。
最後に湿布さえも投げ捨てると、ズキリズキリと痛む裸の肩に激しく歯を立てた。
「ああああああっ…⁈」
ガリッと噛まれた瞬間に、皮膚を犬歯が貫いた“プツッ”という感触と痛みに支配され、何も考えることが出来なくなる。
「この体に傷を付ければ、心にも傷となって私は残るの?もっともっと忘れられない程の傷を付ければ、貴女は私のものになる?」
流れる血を舌で舐め取られると、怖気に声さえ出せない。
「愛しているのに…どうして…どうしたら…何を与えれば私のものになってくれる…愛してる愛してる愛してる…」
これは本当にディミトリ殿下なのだろうか…。いつもの聡明さは鳴りを潜め、妄執に取りつかれた狂気さえ感じる。
「愛しているんだ…お願い、私を…拒まないで」
そのまま唇に噛みつくような口づけが降ってくると、そのまま口内を蹂躙される。
彼の飲み込まれそうな感情に溺れ、私は既に窒息寸前だった。
――だから、ディミトリ殿下の背後に怒りに震えながら仁王立ちする、その人影にも全く気付くことはなかったのだ。
「…ディミトリ、貴方は一体何をしているの⁈ …どうやら、貴方とは話し合いが必要なようねぇ」
「は…母上っ⁈ …あの、これは…」
「言い訳は結構。…それより、ルイ―セを離しなさい‼」
真顔でこちらを見つめる仁王立ちの王妃殿下は私の目から見ても凄まじいまでの苛立ちぶりだった。
怒りの矛先が向いているディミトリ殿下は、私以上に恐怖だっただろう。
当然、王妃殿下の後ろに控える王宮医師も、真っ青な顔でガクガクと怯えていたのだった。
(…あら…?此処はどこだった、かしら…?)
明らかに自分の部屋では無い天蓋付きの豪奢なベッドと、殿下の顔を呆然と見比べていると、漸くここが王宮のディミトリ殿下の私室であることを思い出す。
(…っていうか、私…殿下のベッドで寝ていたの?病人を追い出してベッドを占拠するとか大問題じゃない⁈)
狼狽えつつも、ベッドから下りようと左手をついた瞬間、肩にズキンッと衝撃が走って思わず細い悲鳴が漏れた。
(~~~痛っったーい‼…ナニコレ⁈えっ⁈私は怪我をした覚えは…)
痛みに悶絶しながら、その部分に触れてみると、どうやら処置は終わっているらしく、患部が真っ白な包帯で固定されているのが判る。
「…私は何で…怪我をしたのでしょうか…?」
確か、ディミトリ殿下のお見舞いに来た私は、休んでいた彼の額に触れようとしたはず…そこからの記憶は随分と曖昧だ。
「ルイ―セ…すまない…。私は悪夢を見ているつもりで、貴女の体に傷を負わせてしまったんだ…まさか、あれが現実だったなんて…」
真っ青な顔色で懺悔しているディミトリ殿下は今にも倒れそうにふらついている。
衝撃を受けている殿下を肘掛椅子に座らせると、代わりに老齢な王宮医師が怪我の状況を説明してくれた。
「左腕の上腕部に激しい炎症が起きています。つまり――捻挫ですね。今は患部を湿布薬で冷やしていますが、時間の経過で患部の発熱や頭痛も起こる恐れがありますので、こまめに張り替えるようにして下さい。頓服と湿布薬を処方しますので、数日の間は安静にしていただきますようお願いいたします」
どうやら、ディミトリ殿下が迅速に王宮医師を呼んでくれたおかげで、そこまで酷い状況にはなっていないようだ――まあ、原因も彼なのだけれど。
「今晩は絶対安静で、入浴や、腕に負荷のかかる動作も止めて下さい。今晩は離宮にお泊り頂く部屋をご用意すると、先ほど王妃殿下からも仰せつかっております。部屋の準備が整い次第、お迎えにあがりますから今暫く、こちらでお待ちください」
慌ただしく医師が退出してしまうと、部屋の中には私とディミトリ殿下だけが残された。
「ずっと貴女に会いたくて…心が壊れそうな夢ばかり見続けていたんだ。貴女が去って行く夢…貴女が暴漢に襲われ、傷つけられる夢…そして私の目の前で命を散らす夢…」
“まさか現実に私が傷つける羽目になるとは思わなかったけれど…”そう打ちひしがれながら、ディミトリ殿下は両手で顔を覆ってしまう。
「本当に情けないよ…。どうしてこんなに女々しくて情けない処ばかり貴女に見せてしまうのだろう…」
震える声で許しを請うディミトリ殿下は、いつもよりも幼く見えた。
「心が弱ると、どうしても悪夢に苛まれることがありますわ。此度の事はディミトリ殿下の咎ではございません。むしろ、そのような状況下に配慮もせず、会いたいと願った私の行動こそが軽率だったのでしょう」
本来であれば、王太子殿下の許可もなく私室へと入り込むのは許される事では無い。
ましてや就寝中だと気づいた時点で、サッサと引き返せば良かったのに、部屋に居座ったのだから私にだって反省すべき点はあるのだ。
「貴女は私の会いたいという願いを聞き届けるために此処へ来てくれたのだろう?そうやって線引きをされるのは、我が儘ばかりの私に愛想が尽きたと言われている様で、悲しいよ。ルイーセはもっと私の事を怒っても、叩いても良いんだ。そうする権利が、貴女にはあるのだから」
そっと、患部とは逆の手を握ると、甲に口づけが落とされる。
「…本当に申し訳なかった。絶対に怪我をさせた責任は取るつもりだし、一生貴女を大切にするけれど、他にも望みがあれば言って欲しい」
(課題の答えを丸写しさせて欲しい…とは言えないし、今すぐ帰りたい…も、無理よね)
願望は何一つ口に出来ないものばかりなので、無言で首を振ると「本当に貴女は欲がないね」と苦笑された。
「…私は王立学術院で、貴方との約束を果たすために努力を続けているよ。それでも、ルイ―セに会えないことが堪らなく切ない時があるんだ。声が聞きたい、その瞳に見つめられたい、手に触れたい…そうやって際限なく求めてしまうほど、貴女の事で心が一杯になってしまうんだよ」
“愛とは強欲なものだね”と切なげに微笑むと、もう一度手に唇が落とされた。
(…勘違いしてはいけないわ…ディミトリ殿下が本当に愛しているのは別の女性だもの。私は唯の身代わりなんだから、彼の言葉を本気にしては駄目よ)
こんな風に、一途に愛する女性の面影だけを追い求め、縋るように身を焦がす愛とはどれだけの執着なのだろうか。
身代わり令嬢に向けられる仮初の愛情でさえ、私には信じられない程の熱量で激しい情熱を感じるのだ。きっと幼かった初恋相手の令嬢は、ディミトリ殿下の妄執に怯えた事だろう。
幼女の身では、とても受け止めきれる訳が無い。
「…私を大切に思って下さるお気持ちは嬉しく思います。…でも、これ程に深すぎる愛を与えられ続けては、いつか私の心はその愛に溺れて窒息してしまいますわ」
「私の貴女を想う気持ちが…ご迷惑だと、そう仰るのですか?」
「いいえ…でも、離れている時間が心を搔き乱し、眠れない夜をいくつも越えなければならないくらい、ディミトリ殿下を苦しめているのは事実です。このように悪夢に苛まれるのも、私の存在こそが貴方を苦しめている元凶なのだと思うだけで、私も辛うございますわ」
「っ…それは私の心が脆弱なせいであり、ルイ―セの咎では無いと、何度も申し上げたではありませんか‼そう思うのであれば、いつでも貴女が傍らで微笑んでいて下さるだけで私の心は満たされるのに…」
ディミトリ殿下の悲鳴にも似た叫びに、ゆっくりと首を振る。
…まさかこれ程に彼の心が疲弊していたとは思わず、簡単に身代わりを了承してしまったことが悔やまれる。
こんな仮初の愛情では、互いにとって何の益も無い上、初恋の令嬢への面影を追い求める気持ちだけが肥大して、いつか彼の心を壊してしまうのではないか――そう思えた。
「私の存在がディミトリ殿下の御心の負担を増し、苦しめている様にしか思えません。私のような下賤な者は、この国を継がれる貴方にとって何れ枷となるだけですわ。もう…私の事は忘れて頂き、貴方が本当に幸せになれる…そんなお相手と心を通わせて頂けるようお願い致します…」
――国王陛下に即位するその時に、隣で艶然と微笑むのは初恋のご令嬢なのだろう。
それこそがディミトリ殿下にとっての真実の愛であり、幸せな結末なのだ。
…所詮、身代わりの男爵令嬢は最後には、忘れ去られる存在。
――そう、身代わり令嬢では物語のヒロインには永遠になれないのだから…。
未だ握られていたままの手をそっと振りほどき、怪我した左肩を庇うように上半身をベッドから起こす。
そのままベッドから下りようと、不意に覗き込んでしまったディミトリ殿下の瞳の仄暗さに心臓がドクリと跳ね上がった。
「ねぇ…どうしてルイ―セは私を拒むの? そんなに私が負担? 重荷?」
呟く彼の目には光は無く、仄暗い感情と劣情に支配された歪な炎だけがチラチラと見え隠れしている。
顔色の抜けた何も映さない表情は、彼の容貌が整っているせいで、いっそ作り物の人形にしか見えない。
「貴女が離れていくのが苦しい。私の心を壊すのも傷つけるのも、喜びで満たすのも全て…貴女だけなのに…。どうして私を拒絶しようとするの?」
うわ言のように呟くと、ディミトリ殿下は私の包帯を巻いた左肩にグイッと力を込めて、圧し掛かってきた。そのせいで、ベッドに倒れ込むと、彼は私の体を上から抑え込んでしまう。
「う…ぐっ…い、痛い…止めて…」
湿布薬で鈍くなっていた痛みが、力を加えられたことで激痛へと変わる。
あまりの衝撃に、呼吸すら忘れ、ハクハクと口を動かす事しか出来ない。
「簡単に私を捨てて、貴女の中から存在を消そうとするのが許せない。ねえ、どうしたらルイ―セは私の事だけを見てくれるの…?」
ねっとりとした口調からは考えられない程に冷たい表情をして、ディミトリ殿下は私の患部に巻いてあった包帯を解く。
最後に湿布さえも投げ捨てると、ズキリズキリと痛む裸の肩に激しく歯を立てた。
「ああああああっ…⁈」
ガリッと噛まれた瞬間に、皮膚を犬歯が貫いた“プツッ”という感触と痛みに支配され、何も考えることが出来なくなる。
「この体に傷を付ければ、心にも傷となって私は残るの?もっともっと忘れられない程の傷を付ければ、貴女は私のものになる?」
流れる血を舌で舐め取られると、怖気に声さえ出せない。
「愛しているのに…どうして…どうしたら…何を与えれば私のものになってくれる…愛してる愛してる愛してる…」
これは本当にディミトリ殿下なのだろうか…。いつもの聡明さは鳴りを潜め、妄執に取りつかれた狂気さえ感じる。
「愛しているんだ…お願い、私を…拒まないで」
そのまま唇に噛みつくような口づけが降ってくると、そのまま口内を蹂躙される。
彼の飲み込まれそうな感情に溺れ、私は既に窒息寸前だった。
――だから、ディミトリ殿下の背後に怒りに震えながら仁王立ちする、その人影にも全く気付くことはなかったのだ。
「…ディミトリ、貴方は一体何をしているの⁈ …どうやら、貴方とは話し合いが必要なようねぇ」
「は…母上っ⁈ …あの、これは…」
「言い訳は結構。…それより、ルイ―セを離しなさい‼」
真顔でこちらを見つめる仁王立ちの王妃殿下は私の目から見ても凄まじいまでの苛立ちぶりだった。
怒りの矛先が向いているディミトリ殿下は、私以上に恐怖だっただろう。
当然、王妃殿下の後ろに控える王宮医師も、真っ青な顔でガクガクと怯えていたのだった。
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