ワケあり男装令嬢は、気が付けば乙女ゲームの××でした

矢島みち

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89 聖女様の呪い疑惑

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「………いつまでこんな茶番を続ければ良いのかしら。襲撃者の事は一旦忘れて、此処で休憩にしない?ライ麦パンも丁度手元にあるし……良い香りよ?」

「仮にも貴族令嬢が道端で食すのは如何なものかと。元はと言えばルイ―セ様の蒔いた種なんですからね。……まさか市井へ来た目的も忘れるほど鳥頭では無いと信じたいですが……」

「目的………ハッ?!…も、もも勿論覚えているわよ~‼……マリアーナへの贈り物を探す為でしょう?」

「ハァ……やっぱり忘れかけていましたね。もし店内で騒ぎが起きれば周りの客にも迷惑を掛けますし、目先の問題を人目につかないよう処理する方が先決でしょう?」

 マルシェを後にした私達が目指しているのは警備兵の詰め所―――ではなく、人気の無い薄暗い路地裏だった。

 あの場で口々に「早く逃げ帰れ」と忠告を受けたにも関わらず、真逆の行動を取っているのには勿論理由がある。
 騒ぎの根源、ミリーナ・グランドンは「逃げたら承知しない」と脅し、あの場を立ち去ったかに装っていたが、実際は己の護衛を一人、私達の見張り役として残していた事に殺気で気づいた。
 てっきりその人物から襲撃を受けるのかと身構えてはいたものの、一向に手を出して来ない事に疑問を感じるし、それまで騒ぎを傍観していただけの露店商人達が、口裏を合わせたかのように忠告してきたことにも不信を覚える。
 そのあからさまな態度は、どう考えてもグランドン商会の息が掛かっているとしか思えなかったため、あえて中立の立場を貫いていた焼き立てパンを取り扱う露店商人へと声を掛けたのだ。

 “色を付けてくれればおつりは要らない”と告げた際に握らせた貨幣は通常の二倍。

 情報屋を生業にしている者であればこの隠語で通じるし、違うのなら大量のパンを渡されるだけの話だろう。

 色を付ける―――つまり、情報を買うと告げた言葉を正しく理解した商人の口からは、今までにミリーナ・グランドンが犯した愚行や恐らく今回と同じ手口であろう話がつらつらと飛び出してきた。

 親切面で忠告をしてきた者は全員がグランドン商会の傘下である事や、その場で不安を煽るのは、怯えて逃げ帰る女性を尾行して住所を特定する為であること。
 その服装から、貴族の傍仕えであることは容易に想像がつくため、場所さえ判れば「お前の使用人がグランドン商会の威光に傷を付けた。解雇しないのなら、監督者責任を問う」と脅すだけで、容易に路頭に迷わせることが出来るだろう。
 後は甘い声で「職を世話してやろう」と告げるだけで、ある程度の社交儀礼を身に付けた使用人を安く雇いあげることが出来るという寸法らしい。
 「パンが五個で足りる」という言葉は、過去の襲撃者の数が五名程度である事を指し示していて、危険だと判ったのならサッサと警備兵の詰め所で守って貰えと強い口調で忠告された。

 ……しかし、残念ながら警備兵の詰め所へ逃げ込めば、身分や名前を明かさざるを得なくなる。
 それを避けるためには、人目の無い場所で“あえて”襲撃を受けて返り討ちにすることが最も効率が良いだろうと判断した―――ので、こうして裏通りばかりを歩き続けている訳だ。

 このまま進むと行き止まりに差し掛かるという手前で、リリーに目配せをされた。
 角を曲がると、そこは高い塀が聳え立ち、本来であれば子供らが遊んでいるだろう空間が広がっている。
 すぐ後ろから駄々洩れる圧に振り返ると、今にも触れようと伸ばされた手から逃れるために、ジリジリと追い詰められる事となった。

 退路を塞ぐように横並びで立つ男らが全身を舐め回すような下卑た視線が気持ち悪い。

「女二人が、こんな場所へ入り込むなんて危険だぜぇ? 迷子になったのなら、俺達が道案内してやるよ」

「なぁ~に、怯える必要は無ぇ。聞きたい事さえ答えてくれりゃ良い話だ。仲良くしようぜ、子猫ちゃん」

 ……お決まりの下衆な台詞を吐いている男らはかなり屈強な体格の持ち主で、全部で五人いる。
 恐らくミリーナの取り巻きで間違いないとは思うけれど、隙だらけなところを見ると所謂”喧嘩自慢のゴロツキ連中”であることが窺えた。

 この程度の相手なら二人で対処できそうだと内心で安堵していると、私達を容易い獲物だと認識した彼らは興奮した様にどちらが自分の取分だと喧嘩まで始めた。
 ……こんな奴らに値踏みされる謂れは無いが、真ん中のリーダー格の赤毛の男が「色香が足りねぇ。クソッ……ハズレかよ」と私を眺めながら暴言を吐いた事だけは許しがたいと思う。
 
 すぐさまパンの袋を被害の及ばない場所まで避難させ、その足で男らの前に歩み出る。
 すると、一瞬だけ怪訝な表情を見せた赤毛の男がニヤニヤと口元を歪めた。

「なんだ? 衆人環視の前で犯されるのが望みの変態か? …クク…それなら遠慮な―――」

 無遠慮に伸ばされた丸太のような腕を両の手で握り、勢いを付けて振りかぶると、その巨体がグンッと宙を舞う。
 所謂背負い投げは、男の体で綺麗な放物線を描き、重量級の音を響かせてズドーンッと地面へと沈んだ。
 何事が起っているのかさえ気づかないまま全身を強打した赤毛の男は、脳震盪でも起こしたのか、白目を剥いて体をビクビクと痙攣させている。

 私の体の影になった事を利用し、リリーが投げたナイフが耳元をヒュッと風を切っていくと、投げ飛ばした男の両脇に立っていた男ら二人が悲鳴を上げて地べたを転げまわった。
 太ももにズップリと刺さったナイフの刃には即効性の痺れ毒がたっぷりと塗布してあり、痛みの後からジワジワと彼らの動きを止める。
 遂に舌先まで痺れが到達したのか、涎をまき散らしながら、ビクビクとその場で蹲った。

 次に退路を塞ぐ手前の男を引き寄せて、怯える顔面に拳を叩き込む。
 仕上げに膝で股間を蹴り上げると、嫌な感触と共に男が白目を剥いて昏倒した。

 最後の一人――見張りに付けられていた男へ目を向けると、どうやら逃げ出すことを想定していたのか、目くらましの粉が入った布袋を顔に投げつけられて、反応が遅れた。
 思わず吸い込んでしまったせいで、目からは止めどなく涙が溢れるし、ゴホゴホと咳が止まらなくなる。
 ボンネット帽を深く被っていたおかげで目への直撃は免れたものの、濛々と立ち上る煙が目くらましの相乗効果を上げ、漸く目が開いた時にはその男は逃げ去った後だった。

「ゴホッ……ごめん。……私のせいで一人逃げられた」

 未だ止まらない涙を袖で拭っていると、リリーの心配そうな表情が目に映る。

「ハァ……やっと目が見えるようになったわ。……それより、先ほどの男が仲間を引き連れて戻れば面倒だわ。……急いで此処から逃げないとね」

 溜息を吐きながら息を整えていると、それまで人の気配さえしなかった路地の裏側から誰かは知らないが、男の断末魔の悲鳴が「ッギャーッ‼」と、響いて思わずビクリと体を震わせた。

「はっ……⁈ ……今の悲鳴って……随分と近くで聞こえた気がするわよね……」

「不味いですわ‼ ……このままでは野次馬が直ぐに集まる危険があります。証拠を残さず、サッサとこの場を後にしないと……」

 言うが早いか、リリーは倒れている男らに突き刺さったままのナイフを手際よく回収していく。
 私もそれに倣い、急いでパンの袋を抱きかかえると、曲がり角へと歩を進めた。

「この場を離れてから、此処に男らが倒れていると通報を―――」

 ドンッ―――誰も居ないはずだと思い込んでいたせいで、前を見ずにぶつかったのが男性だと気づくのが遅れる。
 ふわりと香る嗅ぎ覚えのあるムスクの香りに一瞬で全身に冷や汗が吹き出る。

「己に疚しい事が無ければ、そこまで急ぐ必要は無かろう?貴女方二人は、どうやらこの惨状の理由をご存じのようだし、我々に説明する義務があるのではないかな?」

 死角となっていた曲がり角から現れた金髪碧眼に、何故ここに?という思いと正体がバレたら不味いという思いがせめぎ合う。
 ……しかもゾロゾロと彼の背後から現れたシャルルとジョゼルの姿に、絶望のあまり天を仰いだ。

「すげぇ……二人で全員相手にしたのかよ。如何します? 詰め所へ向かって全員の身柄拘束を依頼しますか?」

「彼女らの素性が判らない以上、ジョゼルが殿……彼の護衛に付いた方が良い。私が詰め所へ要請に向かいます」

「ああ、じゃあ向こうの路地裏に転がしてある男の事も伝えてくれ」
 
 ジョゼルとの会話を終えると、シャルルは無言で頷きこの場を後にした。

 気まずい空気が流れる中、ジョゼルは人懐こい笑みを浮かべるとその手を差し出してくる。

「さっきから君が後生大事に抱えているその袋、中身を検めさせてくれる? 手荒な真似はしたくないし、大人しく従ってくれれば悪いようにはしないからさ」

 ……どうやら余程の危険物だとでも思われているらしいパンの袋をおずおずと差し出すと「素直で賢いね」と笑みを浮かべた彼はそのままガサガサと袋を開いた。

 「はっ………?………パン……プッ………」

 何がツボに入ったのか大爆笑しているジョゼルを尻目に、先ほどから恐ろしい圧を放つディミトリ殿下を帽子の影からそっと盗み見るも、耐え切れずにコッソリ溜息を吐く。
 
 ソロソロとリリーの真横へと並び「こんな偶然ある?本当に最悪だわ」と愚痴を零せば「日頃の行い……いえ、聖女様の呪詛状のせいでは?」と真顔で返されて言葉に詰まる。

 ………そんな荒唐無稽な…と笑ってやりたいのに、聖女の力を持ってすればあり得ない話でも無いのかと考え出せば気弱にもなる。
 
 悶々と悩み続けているうちに、シャルルの連れた警備兵の一団が到着すると殿下の采配の元に襲撃犯たちはその場から連行されていった。
 
 これで大団円、お開き―――という訳もなく、当然の様に厳しい視線が投げ掛けられ絶望するしかない。

「…我々はマルシェの警備強化の為に派遣された王宮騎士団員だ。マルシェ内で揉め事が起きていると通報があり、その場に駆けつけたが、一足遅く騒ぎの張本人は立ち去った後だった。目撃者から『グランドン商会の娘に狙われている傍仕えの身形をした女性二名を保護して欲しい』と要請を受け探していたのだが、被害女性が貴女方二人という事で間違いないかな」

 本来であれば警備兵の詰め所で為されるべき尋問をこの場で始めた事への疑問はあるものの、警備兵が何も言わずに立ち去ったところを見るに、今までにもこういったことが行われていたのだろう。
 王宮騎士団預かりの事件になってしまえば強制連行される未来が待っているし、事件に巻き込まれた被害者にも関わらず、警備兵に助けを求めず撃退した理由を問われればぐうの音も出ない。
 何とかこの場を切り抜けられないかと冷や汗をかいていると、フッと溜息を零したリリーが前に踏み出す気配がした。

「栄えある王宮騎士団の皆さまとは存じ上げず、ご挨拶が遅れましたことにお詫び申し上げます。私達は事件に巻き込まれただけの一使用人に過ぎませんので、主の名を明かすことはお許しください。本日は買出しを目的に市井を訪れ、人混みでぶつかった高貴な女性からそれを咎められて怯える事しか出来ませんでした。脅され、震え上がっていた処、周りの方々に『警備兵に助けを求めろ』とご助言を頂き、そこへ向かっていた途中だったのですわ。……でも不慣れな道に迷ってしまい、この様な薄暗い場所へ彷徨いこんだせいで、ガラの悪い男性達に絡まれてしまったのです。でも、恐ろしさに震え上がっていると、一人の男性が現れて私達をお救い下さったのですわ!」

「……知り合いの男性か?どうやって撃退したのか説明して欲しい」

「全く存じ上げません。男性が現れた直後、恐怖のあまり気を失っていたようです。目を覚ました時には先ほどの有様でございましたから」
 
 ……涙をハラハラと零し、哀れを誘うリリーの演技力に感服せざるを得ない。
 まあ、ディミトリ殿下は顔色一つ変えないのだけれど。

「貴女方を救った男性の特徴は?身形ぐらいは判るだろう」

「いいえ、恐怖のせいか全く覚えておりませんの」

 キッパリと知らぬ存ぜぬを通すリリーにハァ…と溜息を零し、殿下は私の方に向き直ると「貴女も同じことを言うつもりかな?」と冷たい声を出す。

 それに頷き「私も何も判りません。気を失っていましたので」と言い切ると、先ほどまでと違った冷たい空気がピリピリと肌を刺した。

「荒唐無稽な作り話程度でやり過ごせるほどのマヌケだと思われているのは心外だ。お忘れのようだが、自分たちが取り逃がした一人の男がどうなったと思う? 既に私達が捉え詰め所へと連行済みだが、本人の口から『傍仕えの皮を被った暗殺者の女二人に全員がやられた』と証言を得ている。せめて正当防衛を主張するかと様子を見ていれば、これほど小馬鹿にされるとは思ってもみなかった。…お前たちの目的と身分を此処で話して貰おうか」
 
 殿下の手は腰の帯剣に掛かっている―――下手な動きをすればこの場で切り捨てられる可能性さえある。
 
 ゴクリと息を呑み、竦みそうな体を鼓舞しながら口を開こうとした瞬間、予期せぬ腕が体に回され首元を絞められた。
 殿下との会話に夢中になるあまり、気配に気づかなかった失態に舌打ちしている間にも背中から回された腕にガッチリと固定され、そのまま拘束されてしまう。
 グッと肩口から首元にかけて締め上げられ、呼吸困難になりそうだと感じた刹那、無意識のうちに体が動いた。
 
 背後の脛に踵を打ち付けると、痛みで腕の拘束が微かに緩む。
 その隙に前傾姿勢を取りグンッと背負い投げを仕掛けた体はそのまま宙を舞い、したたかに地面に打ち付けられたものの咄嗟に受け身を取る余裕があったのか『まさかの体術使い…』と腰を擦りながらクツクツと笑っている。

 ……これだけの事を仕出かしては最早言い逃れは無理だろうと、舌打ちしながら未だ整わない呼吸を静めていると、全員から驚愕の眼差しを注がれていることに漸く気付いた。

 ジョゼルの手元に握られたボンネット帽で全てを察し押し黙っていると、リリーの苦笑が見える。

「……貴女は……カール……で間違いないな?」

 ……これだけ動揺していてもカールと呼んでくれる辺り、気を使ってくれていることが窺える。
 仕方なく頷くと、殿下の眉間の皺が一段と深くなった。
 
「……王宮を飛び出し一つの連絡さえ寄越さないかと思えば、不意に現れては心を搔き乱す。……自由奔放にも程がある‼ 事情を聞くまで絶対に逃がさないからな」
 
 激怒している殿下と、何が何だか分からないという様相のシャルル達を交互に眺めていると、リリーがクスリと笑みを零した。

「ぶつかって因縁を付けられたのも、男を取り逃がし言質を取られたのもルイ―セ様ですもの。市井で会うはずのない王太子殿下と会う羽目になったのも聖女様を怒らせたせい……かもしれませんわ」

 他人事だと思って楽しそうなリリーを横目で睨むと、私はその場でガックリと肩を落としたのであった。



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