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25話
しおりを挟む朝、宿の窓辺に差し込む柔らかな光を感じながら、俺は目を覚ました。王都に来てからもう何日が経っただろう。魔法省でのポーション検証はほぼ終わり、あとは上層部の正式承認を待つだけ……という段階だ。いつ「おめでとう、正式公認だ」と言われてもおかしくないはずなのに、なぜか日々は淡々と過ぎている。この数日の間、研究所からも「続報を少し待ってほしい」という連絡しかなく、俺たちは微妙に手持ち無沙汰だ。
「うーん、今日こそ何か連絡あるかな……」
ぼんやりとそんなことを呟きながらベッドを出る。隣では、ラットが毛布にくるまってまだスヤスヤと寝息を立てている。ノエルさんはすでに起きているようで、簡単な身支度を整えながら「リオさん、おはようございます」と微笑んだ。
「おはよう、ノエルさん。研究所からはまだ音沙汰なし……だよね?」
「そうですね。オリヴァーさんたちも上層部の承認待ちと言ってましたし、準備はすべて整っているはずなんですけど……」
そう言いながら、ノエルさんはローブの袖を整えている。この姿を見るたび、「やっぱり前は王都でしっかり学んでたんだなぁ」と改めて思う。彼女がいなければ、この検証をここまでスムーズに進められなかったのは間違いない。
「ま、焦っても仕方ないか。ラットを起こして朝食を済ませたら、またギルドでラットの仕事探しを手伝って、そのあと研究所に顔を出してみようかな」
「そうですね。何も連絡がなければ、街を散策するしかないですし」
そんな会話を交わしつつ、俺はスッとカーテンを開けた。王都の朝は相変わらず人の流れが早い。窓の向こうには、大通りを行き交う人々の姿が小さく映っている。
◆
ところが、その日の朝食を取り終えたタイミングで、宿のロビーから声がかかった。「リオさん、ノエルさん、手紙ですよ」と宿のスタッフが封筒を届けてくる。いつもなら研究所の補助官が来るパターンが多いが、今回は雰囲気が違う。封筒には上品な紋章と、大きく飾り文字で「シュトラス家」と記された印象的なスタンプが押されている。
「シュトラス家……聞いたことないな。ノエルさんは何か知ってる?」
「うーん、私も詳しくはないですけど……王都の貴族の一つじゃないですかね? あまり派手な家名ではないけど、昔から騎士を輩出しているとか……確かそんな噂を聞いたような」
やや警戒しながら封を開け、手紙を広げる。すると、そこには丁寧な文章が連なっており、要点はこうだ。
• シュトラス家は王都に古くから根を張る貴族の一族で、騎士団にも縁がある。
• 最近、「美味しいポーション」を作った若き調合師がいると耳にし、ぜひ夜会(いわゆる貴族のパーティ)で披露してほしい。
• 数日後の晩に開かれる夜会に招待するので、ぜひ出席してほしい。場合によっては他の貴族や騎士団上層部も来るため、良いアピールの場となるだろう。
• ご検討のうえ、出欠の返事を至急ほしい……。
「夜会……って、いわゆるパーティだよね。貴族の集まりに呼ばれるなんて思ってなかったな……」
俺は思わず手紙を読み返してしまう。ノエルさんは横で「やっぱり高級路線の話がここまで来ましたね」と呟く。
「なるほど。騎士団の方や貴族の中で、“美味しいポーション”を一足早く知ってる人がいるから、こうしてお披露目会みたいな形で呼ばれたんでしょうね」
「でも、貴族の夜会なんて……全然勝手がわからないし、どうしよう?」
正直、こういう華やかな場に行くのは気が引ける。そもそも田舎の道具屋の息子としては、礼儀作法なんてわからないし、変な失敗をしたらどうなるか不安しかない。しかし、これは大きなチャンスかもしれない。もしそこに騎士団上層や他の貴族が集まるなら、一気に俺のポーションが広まる可能性もあるのだ。
「どう思う、ノエルさん? 行ってみるべきかな……」
「うーん……すごく緊張しそうですけど、王都での販売ルートを開拓するには絶好の機会だと思いますよ。騎士団にも繋がるでしょうし」
「だよね……ああ、こりゃ行くしかないか」
無謀だとわかっていても、“公認”を機にさらに先へ踏み出すなら、この招待を逃すのはもったいない。俺は決意して、速達で「出席する」と返事を出すことにした。ラットが「おれは夜会なんて絶対似合わない……」と青ざめているが、そもそも招待は俺とノエルさん宛だから、少年を連れて行けるかどうか不明だ。
「とりあえず、ラットは宿で待っててもいいよ。もし同伴が可能なら席だけ用意してもらうこともできるかもしれないけど……貴族が嫌がるかもだし」
「おれは、うん……そのほうがいいな。場違いすぎるし」
そうだろう。俺自身も場違い感が半端ないけど、ノエルさんがいればまだ心強い。夜会ってことはフォーマルな服装がいるのか? 踊りとかさせられたらどうしよう……と不安は尽きないが、今は成り行きに任せるしかない。
◆
この日、研究所での公式検証は進展があまりなく、「上層部の承認を待っている段階」と言われるまま。だが、シュトラス家からの招待については、オリヴァーにこっそり相談してみることにした。
「なるほど、貴族の夜会でポーションを披露してほしい、と。確かに噂を聞きつけた貴族が動き出してもおかしくないですね。王都はこういう形で“新奇なもの”をいち早く取り入れる文化がありますから」
「でも、俺……あまり礼儀作法とかわからないんで、失敗したらどうしようって……」
「はは、そこは心配しすぎかもしれませんよ。シュトラス家は騎士団との繋がりが強いが、大貴族ほど格式張ってはいないはず。何より“美味しいポーション”を見せてくれれば、失礼があっても多めに見てくれるのでは?」
オリヴァーは半ば楽観的に言うが、実際のところ貴族社会はわからない世界だ。しかし、高級路線の話が出ている今、この夜会で好印象を与えれば流れがさらに良くなる可能性がある。
「わかりました。じゃあ頑張って挑戦してみます。まだ日時の詳細は来てないですが、数日後の夜だそうです」
「ええ、我々としても、もしシュトラス家や騎士団の偉い方がポーションを気に入ってくれれば、公認もより強固なものになるでしょう。ぜひ成功させてください」
◆
研究所を出て、宿へ帰る途中、ノエルさんが思いついたように言った。
「そういえば、リオさん、貴族の夜会にはそれなりの服装が必要ですよ。まさか普段着のまま行くわけにはいきませんからね」
「やっぱりそうだよね……でもいい服なんて持ってないよ? 町じゃせいぜい母さんが縫ってくれた上着があって、それを使ってたけど、さすがに夜会には地味すぎるかも」
王都には貸衣装屋や仕立て屋があるらしいが、時間とお金がかかるし、どうしたものかと頭を抱える。ノエルさんは「私もローブじゃちょっと失礼かもしれないから、ドレスを借りなきゃ……」と同じ悩みを抱えているようだ。
「うわ、ドレス姿のノエルさんか……想像つかないけど、きっと似合うだろうね」
「ちょ、からかわないでくださいよ。私だって王都にいた頃は、それなりにドレスを着たことありますし……でも、少し太ったかも。入らないかもしれません」
「いやいや、全然そんなことないって……!」
そんな会話をしていると、ラットが「おれはどっちにしろ行かないから関係ないや」と興味なさそうに言ってくる。まあ、子供がドレスコードを気にしても仕方ないか。
とはいえ、夜会まで数日しかないとすると、あまり悠長には構えていられない。仕立て屋で既製品を買うか、レンタルドレスで済ませるか、どこかの紹介状が必要か――考えることが増えた。
◆
宿に戻り、部屋でノエルさんと打ち合わせをする。ラットは「じゃあギルド行ってくる」と言って部屋を出ていった。最近は冒険者ギルドの掲示板に通って、雑用のチャンスを探しているようだ。
「リオさん、正直なところ、この夜会って行きたいですか? 騎士団とか貴族がいる場って、私も緊張しちゃいますけど……」
「そりゃ、行きたいとは言えないよね、心情的には。でも、大きなチャンスなのは間違いない気がする。騎士団の上官とか、王都の貴族層が“一度味を見たい”って思ってるなら、そこで印象を良くすれば、きっと正式公認後の広がりも大きくなるよ」
ノエルさんは「そうですね」と苦笑いしながら頷く。俺たちが町を出てくるときは、そんな“貴族の夜会”など想像の埒外だったが、いまはそれが目の前にあるわけだ。
「ただ、あんまり“華やかすぎる”舞台で、ポーションが見世物扱いされるのも嫌だな……。本来はもっと多くの人に飲んでほしいんだし、値段が高くなりすぎるのも望んでないんだけど」
「そこはバランスでしょうね。いきなり大衆向けには難しいから、最初は一部の層に売り出して、資金を得てから徐々に拡大するのも一つの形。……お父さまやお母さまにも意見を聞けたらいいんでしょうけど、地元とのやり取りは時間がかかりますしね」
まさに悩みどころだ。でも、この夜会が終われば、ある程度の方向性が見えてくるかもしれない。きっと貴族や騎士団の意見を耳にすることで、「どう売り出すか」が鮮明になる可能性がある。
◆
翌日、シュトラス家から正式な日時の連絡が届く。「二日後の晩、屋敷にて夜会を開くので、19時までにお越しください」という内容だ。意外と時間がない。急ぎ、ノエルさんと連れ立って貸衣装屋へ行き、何とか形になる服装を探す。
「うわ……こんなに高いのか……」
「王都の貸衣装は値が張りますね。でも、夜会にジーっと見られるくらいなら、ある程度ちゃんとしたのがいいんじゃないですか?」
「ぐぅ……仕方ない、ここは投資だ……」
ドレス選びに苦戦するノエルさんは「ああ、こんなの私に似合うかな……」と鏡の前で落ち着かない様子だが、試着してみると驚くほど綺麗で思わず見惚れてしまった。俺は自分の服も一応試着室で合わせるが、店員が「生地を少し詰めたほうがいいですね」とササッと調整してくれて助かった。
正直、かなりの出費だが、これで夜会のマナーに関しては最低限クリアできるはず……。高級感のある衣装に身を包んでみると、自分がそこそこ様になってる気もする。まるでおとぎ話の主人公みたいだ。
「リオさん、似合ってますよ。いつもと雰囲気が違う……ふふ、かっこいいかも」
「そ、そう? ノエルさんこそ、いつもはローブ姿なのに、ドレスだと……うん、すっごく綺麗だよ……」
「えっ、や、やめてください……恥ずかしい……」
そんなやり取りをしているうちに、店員が「よろしければこれでお包みしますね」と荷をまとめ始める。支払いを終えたときには財布がかなり軽くなっていて、ちょっと目まいがしたが……これは必要経費だと自分に言い聞かせるしかない。
◆
怒涛の準備を経て、二日後の夜がやってきた。結局、公認の正式発表はまだだが、魔法省上層の承認はすでに内々に通っているらしい。こうした貴族夜会への出席に反対する人はいないが、「あまり失礼のないように」とオリヴァーが念を押してきた。
「頑張ってきてください。結果次第で貴族の支援を得られれば、一気に販売ルートが開けますよ」とオリヴァーが送り出してくれる。ラットは宿で留守番することになり、「オレには場違いだし、適当にギルド見てくる」と半ばふてくされながら言っていた。
ノエルさんと俺は、借りた衣装に着替えて馬車を借り、シュトラス家の屋敷へ向かう。正直、走ってるときから緊張で吐きそうだ。ノエルさんも頬を少し赤く染めて、ドキドキしているのが伝わる。
「大丈夫ですよ、リオさん。落ち着いて……私もすごく緊張してますけど」
「うん……頑張ろう。いつものポーション実演みたいに手際よくやればいいかな……でも夜会って、踊ったりとかあるのかな……」
「ふふ、貴族の夜会にもいろいろタイプがありますから。もし踊りがあっても、スルーしていいパターンかもしれませんよ」
◆
馬車が目的地に着くと、そこには美しい花で飾られた門があり、衛兵風の人が数名立っている。門には「シュトラス家」と刻まれた家紋があり、豪華な敷地の様子が外からでもうかがえる。
「うわ……さすが貴族の家はでかい……。どうしよう、やっぱりやめたい……」
「ダメです。ここまで来たら行くしかありません。ほら、落ち着いて深呼吸」
ノエルさんの励ましを受けながら門番に招待状を見せると、「お待ちしておりました、どうぞお入りください」と案内される。馬車を預け、二人で敷地内に足を踏み入れた。小道の先には明るい照明が灯った豪勢な屋敷があり、音楽のようなものも聞こえてくる。
「ほんとにパーティーだ……どうしよう、失敗したらどうなるかな……」
「リオさん、背筋伸ばして、笑顔でいきましょう。こういうのは勢いです、勢い」
ノエルさんがドレスの裾を整えながら、俺の腕をそっと引く。俺は顔が熱くなるのを感じつつ、足を前に進めた。
◆
扉をくぐると、中には広いホールがあり、壁には絵画や大きなシャンデリアが飾られている。中央にはテーブルが並び、その上にはワインや美食がずらり。まるで夢のような光景に、一瞬足がすくむ。
すでに多くの紳士淑女が集っていて、談笑や軽い演奏が流れる中を行き交っているのが見える。俺とノエルさんは一番奥にいるらしい当主らしき人に近づこうとするが、目が合うと向こうから笑顔で近寄ってきた。
「おや、あなた方がリオさんとノエルさんですね。よくいらしてくれました。私はシュトラス家当主のレミア・シュトラス。今日は小さな夜会ですが、楽しんでいただけると幸いです」
そう言って微笑む女性――意外にも当主は若く見える。30代前半くらいだろうか。少し凛とした雰囲気で、騎士の血筋を感じる佇まいだが、にこやかな笑みは柔らかさを与えている。
「こちらこそ招待ありがとうございます。あの、私たちは場違いかもしれないんですけど……」
「いいえ、そんなことは。あなた方の“美味しいポーション”はすでに騎士団の知り合いから噂を聞いておりまして、一度この目で――いえ、この舌で味わいたかったんです。ほら、あちらに見える皆さまも同じ気持ちですよ」
レミアが示す先には、騎士団風の男性や、貴族風の夫人らしき人が数名、こちらを窺っている。どうやら本当に“噂のポーションを作る若者が来た”ということで興味津々の様子だ。
ノエルさんが少し息をのんで「こんな人たちの前で調合するんでしょうか……?」と耳打ちしてくる。あまり大掛かりな実演はできないが、ある程度の道具はシュトラス家側が用意してくれているという。
「では、お食事や交流をお楽しみいただきつつ、途中であなたのポーションを皆が味わえるよう、簡単なコーナーを設けています。準備ができたら私に声をかけてくださいね」
「はい、わかりました……がんばります」
レミアは上品に微笑んで去っていく。俺たちはホールの中央付近へ通され、とりあえず周囲の様子を見て回るが、何もかもがきらびやかで目が回りそうだ。ノエルさんが不安げに「ちょっと飲み物でももらって落ち着きましょうか」と言い出す。
◆
シャンパンのような発泡酒(こちらの世界でそんな感じの飲み物があるらしい)を一口すすると、少し緊張が和らぐ。ノエルさんのドレス姿は周囲からも「素敵ですね」と声をかけられ、彼女が照れながら「ありがとうございます……」と返している。
いくつかの貴族や騎士が「あなたが噂の調合師か」と挨拶に来るが、基本的にみんな興味深そうに私たちを見ている。無下にされる気配はなく、「どんな風に作っているの?」とか「噂は本当?」と穏やかな質問がほとんどだ。
(ああ、想像していたほど険悪でも厳しくもないな……むしろみんな物珍しそうに見てるだけ。これならなんとかやれそうだ。)
「ねぇ、リオさん。このままだとずっと質問責めですよ。そろそろ実演コーナーを始めたほうが楽になるかも……」
ノエルさんが小声で提案。確かに色んな人にバラバラに聞かれるより、一度に説明したほうがいい。そこで俺はレミアを探し出し、「そろそろ準備をしたいんですが……」と声をかける。
「わかりました。では、ホールの隅に小さな調合テーブルを用意しましたので、そちらで皆さまに見ていただければ。道具も一通り揃っています。足りないものがあれば仰ってくださいね」
◆
ホールの片隅に設置されたテーブルには、いくつかの器具と魔道具式のコンロが備えられている。アク取り用のざるやスプーン、ビーカーも完備されていて、驚くほど準備が行き届いているのがわかる。さすが貴族の屋敷、抜かりがない。
みんながワイングラスや食事を持ちながら集まり、円を作るようにこちらを見つめ始めた。視線が集まると心拍数が上がるが、ノエルさんが笑顔で頷いてくれる。大丈夫、今まで何度も実演してきたんだから。
「こんばんは。えっと……リオ・アイザヴェルと申します。今日はシュトラス家のレミア様に招待いただいて、私の作る“飲みやすいポーション”を皆さまにご紹介しに来ました……! 少しだけ手順をお見せしながら、味を試していただきたいと思います」
挨拶がぎこちなくなり、最初のほうで噛んでしまったけど、客席からは優しい笑いが起こる。悪意は感じない。
ここでノエルさんがフォローに入ってくれる。「本日は甘口ポーションと苦口ポーション、それぞれ簡単な工程を見せますので、興味のある方はぜひ試飲してみてくださいね」と笑顔で言ってくれた。
◆
いつものように、ハーブをビーカーで煮込みながらアクを取る工程を実演する。ただ、今回は夜会という場なので、火力の音や匂いにも配慮しなきゃ。スパイス系は控えめにして、甘口ver.1をメインに調合。
「これで火加減を少し抑えて……うん、こんな感じでアクが浮いてきますね。皆さん、普段のポーションではこういう“料理”の手間をほとんど省いてるんです。だから苦味や薬臭さが残るわけで……」
「へえ~、面白い。まるでスープを作るみたいだわ」とか、「実際に見ると手がかかるんだなあ……」と感嘆する声が上がる。貴族たちは普段自分で調理しないだろうから、なおさら新鮮に映るのかもしれない。
「いや、これはなかなか優雅だ。こんな手間を惜しまなければ確かに味は良くなるだろうな」と騎士団の紳士が言うと、周囲が頷いている。レミアも微笑みながら「意外とシンプルなのね」と眺めている。
蒸らしの時間を経て完成したポーションを小さなグラスに注ぎ、何人かに試飲してもらう。既に騎士団で噂を聞いていた人もいるようだが、初めて飲む貴族夫人などは口に含んだ瞬間、「ん……? 苦くない!」と目を丸くする。
「まあ、ポーションというと独特の臭いがあって苦痛だと思っていたのに、これは……甘いと言っても下品じゃない甘さですね」
「ほんのり果実のような香りすら感じるような……すごく不思議だわ」
その驚きの声を聞くだけで、俺はホッと胸を撫で下ろす。場違いだと思っていた夜会も、こうやってポーションの良さを素直に受け止めてもらえると、やってよかったと感じる。
◆
一通りの実演が終わると、レミアがこちらに歩み寄ってきて、「素敵な披露をありがとう」と言いながら拍手をしてくれる。周囲からも小さな拍手が起こり、「楽しかった」「美味しかった」との声が聞こえてくる。大成功と言えそうだ。
「リオさん、あなたのポーション、本当に素晴らしいわ。これはもっと多くの方に広めるべきですし、私たちシュトラス家としても協力したいくらい。騎士団にも顔が利きますしね」
「そ、そうなんですか……ありがとうございます。まだ量産とかコストの問題がありまして……」
「ええ、それは噂にも聞いています。でも、高い値段を払える方々から先に売り出すのも一案でしょう? 私も個人的にまとまった本数を予約したいくらいです。近々、正式に発注させてもらえるかしら?」
レミアが熱心に提案してくる。この調子だと、高級路線の話は一気に現実味を帯びるかもしれない。俺が逡巡していると、彼女は「もちろん、すぐに大量とは言わないし、時間はかかっても構わないわ。騎士団のエリートたちが興味を示しているので、少しずつでも流通させたいのよ」と続ける。
「なるほど……検討します。王都公認が出たら、量産や販売ルートを整えて……。すぐには難しいけど、協力していただけるならありがたいです」
「いい返事を期待しているわ。ああ、それと、今夜は気楽に楽しんでいってくださいね。もう実演は終わったし、あとはうちの料理やお酒を味わいながら、皆さまと交流してくだされば」
確かに実演は済んだから、あとは夜会を普通に満喫するフェーズかもしれない。ノエルさんと顔を見合わせ、「ほっと一息だね」と笑い合う。
◆
その後、俺たちは夜会の開放的な雰囲気を多少楽しむことにした。無理やりダンスに誘われることはなく、適度に貴族や騎士との会話を交わしながら、美味しい料理もつまむ。もちろん緊張は残るけれど、思いのほか和やかな場だ。
「やっぱりこういう場所、最初は怖かったけど、意外と皆さん優しかったね」
ノエルさんがほろ酔い気味で笑う。軽くワインを飲んだらしい。ドレス姿の彼女はいつも以上に綺麗で、周囲からも「貴女も貴族か何か?」と尋ねられるほどだ。
「リオさんも、さっき騎士と盛り上がってたじゃない? “実戦での飲みやすさ”は絶対価値があるって」
「そうなんだよ。戦闘中に苦いポーションでむせるケースが減るって言われた。まだ値段の問題はあるけど、確かにメリット大きいよね」
人混みを避けて庭に出ると、夜風が肌を撫でる。きらびやかな屋敷の照明が遠目に映えて美しい。こんな場所に来ることになるとは思わなかった――それが正直な感想だ。
ふとノエルさんが小声で「リオさん、すごいですね……ほんとに、こんな場で注目されるなんて」と囁く。俺は「いや、ノエルさんのサポートがなければ無理だったし」と照れながら返す。
「これから、どうするんです? 騎士団や貴族への納品をメインにしながら、いずれ大衆路線を模索するのか……オリヴァーさんもそう言ってましたよね」
「そうだね……。まだ決めきれないけど、まずは公認を得たあと、限定的に売り出すことになりそう。大量生産は時間をかけて準備していくしかないし」
夜の闇に溶け込むような静けさが庭を包む。どこか遠くから音楽が流れ、夜会の賑わいが屋敷の壁越しに漂ってくる。俺は目を閉じて、ほんの少しだけ次のステップをイメージしてみる。
(父さんと母さんに、早く成功を報告したい。でも、その前に“どう売るのか”の道筋を固めないと――王都から帰るタイミングも難しいな)
◆
その後、夜会はお開きに近づいていき、俺たちはレミアや周囲の方々に礼を言って屋敷をあとにした。馬車を借り、真夜中に宿へ戻ると、ラットがロビーで待っていて「あ、帰ってきた……遅かったね」と出迎えてくれる。
「ごめんごめん、思ったより長引いちゃって……でも、すごくいい体験だったよ。貴族の人たちも優しかったし、興味を示してくれた」
「そっか、良かったじゃん。ま、おれは豪華な飯も食えなかったけどな……」
「はは、ごめんね。こんど何か奢るから」
部屋に戻って衣装を脱ぐと、どっと疲労が押し寄せるが、同時にやり遂げた達成感がある。ノエルさんも「まさか無事に終わるとは……リオさん、お疲れさま」と微笑みかけてくれる。
こうして、波乱を想定していた貴族の夜会は、意外なほど好意的な雰囲気で終わり、俺のポーションがさらなる“高級路線”に踏み出す下地ができた形だ。
「明日は研究所には行くの?」
ラットが確認してくるが、俺もノエルさんもまだ詳しくは決めていない。ただ、オリヴァーからは「公認の最終発表が数日以内」と言われているから、そろそろ連絡が来るかもしれない。
「明日は一応、午前中にギルド行ってラットの仕事掲示板を見て、昼に研究所に顔出そうかな。公認の件に動きがあるかもしれないし、もし来なかったら観光でもしよう」
そんな予定をざっくり決め、俺たちはベッドに倒れ込むようにして休む。ノエルさんのドレス姿が印象的すぎて、瞼を閉じてもチラチラ思い出してしまうが、今日の疲れであっという間に意識が遠のいていく。
◆
──こうして、貴族の夜会への出席という一大イベントをこなし、俺たちはまた少しだけ未来が開けた気がした。
公認の発表が出れば、王都で正式にポーションが売れる。その際、貴族向けや騎士団向けの高級品としてスタートしてもいいし、将来的に大衆路線へ拡張する手もある。選択肢は多いが、何を選ぶかは今後の試行錯誤次第だ。
今の俺にははっきりしていることがある。――“美味しいポーション”が人々に必要とされている、という確信だ。町でも王都でも、苦いポーションに困っていた層が「こんなの待ってた」と言ってくれるのは本当に嬉しい。
明日からまた、ギルドや研究所、さらには騎士団や貴族の動きが絡んで、忙しさが増していくのだろう。でも、きっと乗り越えられる。ノエルさんとラットの支えもあるし、地元の両親や冒険者仲間が背中を押してくれているという自覚がある。
目を閉じれば、夜会の華やかな光景と、レミアの微笑みが瞼の裏に残る。あの優雅な世界に足を踏み入れたのも、俺のポーションへの期待が大きいからこそ――ならば、それに応えることこそ、俺がここまでやってきた意味だ。
(よし、明日もがんばろう。絶対に成功させて、みんなが笑顔でポーションを飲める世界を作るんだ……!)
ベッドの柔らかな感触に身を委ねながら、俺はそっと拳を握りしめる。さらなる飛躍へ向けて、物語は新たな局面に入りつつある。目まぐるしい日々がまだまだ続きそうだけど、それこそが“美味しいポーション”で世界を変えようとする俺の望んでいたことなのだから。
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