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本編
闇夜と山羊
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──キィン、と澄んだ音が夜の闇にこだまする。
俺の手の中で急速に形を作っていくのは金に輝く身の丈ほどの大剣。
弱々しい月明かりしか存在しないこの夜闇において、薄らと自ら発光するこの剣は恐ろしく目立つ。
俺はその剣を高らかに掲げ、一度ゆっくりと、大きく振ってみせた。
『目標・進路方向を・修正しました』
「そうじゃなきゃ困る」
まだ距離がかなりあるので断言は出来ないが、こちらへ向かって来ているのは四つ足の巨大な何かのようだ。
周りが暗い上に身体も黒いので、緋眼を使っても見にくい。
…しかし何だ、あれを見ていると、こう、背中がザワつくような嫌な感覚がする。なんなのだろうか。
『目標・こちらとの距離・三百メートルを・切りました』
「おう。行くぞマキナ」
『了解しました』
下半身にしかつけていなかった鎧を全身に回し、完全武装を整える。一部マキナの分体が帰ってきていないため、装甲はやや薄めだが仕方あるまい。
『目標・距離・百五十メートルを切りました』
「なんだありゃ…」
ここまで来て、ようやくこちらへ走ってきている物の姿がきちんと視認できた。
大まかな姿は大きな黒いヤギ。
小さな角が二つ額に生え、眼には独特な長方形の瞳孔、意外と長い耳はやや垂れた、見ようによってはアホ面に見える哺乳類のヤギ。
だが、あれはヤギが魔獣になった姿だとは到底思えない。
普通、動物などが魔獣へと成った場合、主に成る前の動物の特徴を強化した物が備わるか、あるいは単純に身体能力が高まり、巨大化したり凶暴化する。
例を挙げると、カブト虫の魔獣がいたなら、特徴的な角が鋭利化したり、身を守る外骨格が異常な硬度になったりという傾向がある。
が、間違っても六本の手足が人や他の生物と同じような形になるということは無いのだ。
何が言いたいのかもう分かるだろう。
あのヤギには蹄などは微塵も見当たらず、代わりにあるのはスラリと伸びた五本の指と爪。
そしてどういう訳か、胸の辺りに人のような歯が見え──いや違う、あれは口だ。人の口がついていて、そこから黒い霧のようなものを吐き出し続けている。
あんな変化をする魔獣は聞いたことも無い。
では、あのヤギは一から発生したタイプの魔獣なのだろうか?
それも考えにくい。そもそも結界の中ではそういう魔獣が発生しないようになっているはず。
そして、仮に結界の外で生まれたとしても、このクラスの魔獣が結界に当たった場合、大きな力に対してより強く反応するという結界の特性からしてまず突破できない。
──何なんだ、この魔獣は。
『距離・五十メートルです』
あぁ、それと言い忘れてた。
この魔獣、多分サイズが二十メートルぐらいある。
『接敵しました』
瞬間、そいつと目が合った。
人のものではない瞳に、しかし明確にわかる感情があふれていた。
それはおぞましいまでの憎悪。
決して、生半可なものではない。
「ヴェエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアああああああああああ!!」
明らかに魔獣でもなく、ヒトでもない絶叫は、内臓を濡れた素手で触られたような怖気を俺にもたらす。
そのせいだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、身体が固まった。
既に接近しているというのに、俺の身体はその一瞬だけ、言うことを聞かなくなった。
俺の手の中で急速に形を作っていくのは金に輝く身の丈ほどの大剣。
弱々しい月明かりしか存在しないこの夜闇において、薄らと自ら発光するこの剣は恐ろしく目立つ。
俺はその剣を高らかに掲げ、一度ゆっくりと、大きく振ってみせた。
『目標・進路方向を・修正しました』
「そうじゃなきゃ困る」
まだ距離がかなりあるので断言は出来ないが、こちらへ向かって来ているのは四つ足の巨大な何かのようだ。
周りが暗い上に身体も黒いので、緋眼を使っても見にくい。
…しかし何だ、あれを見ていると、こう、背中がザワつくような嫌な感覚がする。なんなのだろうか。
『目標・こちらとの距離・三百メートルを・切りました』
「おう。行くぞマキナ」
『了解しました』
下半身にしかつけていなかった鎧を全身に回し、完全武装を整える。一部マキナの分体が帰ってきていないため、装甲はやや薄めだが仕方あるまい。
『目標・距離・百五十メートルを切りました』
「なんだありゃ…」
ここまで来て、ようやくこちらへ走ってきている物の姿がきちんと視認できた。
大まかな姿は大きな黒いヤギ。
小さな角が二つ額に生え、眼には独特な長方形の瞳孔、意外と長い耳はやや垂れた、見ようによってはアホ面に見える哺乳類のヤギ。
だが、あれはヤギが魔獣になった姿だとは到底思えない。
普通、動物などが魔獣へと成った場合、主に成る前の動物の特徴を強化した物が備わるか、あるいは単純に身体能力が高まり、巨大化したり凶暴化する。
例を挙げると、カブト虫の魔獣がいたなら、特徴的な角が鋭利化したり、身を守る外骨格が異常な硬度になったりという傾向がある。
が、間違っても六本の手足が人や他の生物と同じような形になるということは無いのだ。
何が言いたいのかもう分かるだろう。
あのヤギには蹄などは微塵も見当たらず、代わりにあるのはスラリと伸びた五本の指と爪。
そしてどういう訳か、胸の辺りに人のような歯が見え──いや違う、あれは口だ。人の口がついていて、そこから黒い霧のようなものを吐き出し続けている。
あんな変化をする魔獣は聞いたことも無い。
では、あのヤギは一から発生したタイプの魔獣なのだろうか?
それも考えにくい。そもそも結界の中ではそういう魔獣が発生しないようになっているはず。
そして、仮に結界の外で生まれたとしても、このクラスの魔獣が結界に当たった場合、大きな力に対してより強く反応するという結界の特性からしてまず突破できない。
──何なんだ、この魔獣は。
『距離・五十メートルです』
あぁ、それと言い忘れてた。
この魔獣、多分サイズが二十メートルぐらいある。
『接敵しました』
瞬間、そいつと目が合った。
人のものではない瞳に、しかし明確にわかる感情があふれていた。
それはおぞましいまでの憎悪。
決して、生半可なものではない。
「ヴェエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアああああああああああ!!」
明らかに魔獣でもなく、ヒトでもない絶叫は、内臓を濡れた素手で触られたような怖気を俺にもたらす。
そのせいだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、身体が固まった。
既に接近しているというのに、俺の身体はその一瞬だけ、言うことを聞かなくなった。
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