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本編
崩落と獣
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「さて、お前の身体も大丈夫なら行こうか」
手の傷は塞がった。頬も治った。かすり傷は放置しているが、血は止まっている。
「彼女はどこに行ったんですの?貴方の……妹?」
あぁ……あっちの見た目は二十歳半ばかそれ以上。明らかに俺より年上だし、親も兄妹も無いと言っていたのにあんな呼称で呼ぶのだから、アーネも少々混乱しているらしい。
「言ってなかったっけか、《勇者》は必要な姿で生まれる。当然歳もそこに含まれる。あんな見た目だが、時期的に生まれたのは一年と経ってないはずだ」
まぁ、何度も言うように、俺は厳密には《勇者》ではないので「兄」という呼称もどの道少しズレているのだが、アーネはそれで納得したらしい。彼女にはどちらも大差ないか。
「で、どこへ?」
「あぁ、先に行かせた。俺達だけじゃあの魔族に勝ち筋が見えなかったからな。早く行か──」
「ッハァ……ハァ……」
「ッ!?」
突如俺の背後で声がした。
意識の全くの外、完全な不意打ち。背後に絶対的な自信すらあったのに、まるで気づかなかった。
ほぼ条件反射で銀剣を抜き放ち、背後に向かって真横に振る。
その剣を、背後に立ったそいつはあっさりと受け流した。
「よぉ……危ねぇな……お兄ちゃん……」
「《勇者》!?どうやっ──お前、大丈夫か!?」
突如背後に現れたのは今話をしていた《勇者》本人。それが息を切らし、額から血を流して崩れ落ちた。
「おい!?」
慌てて抱き抱えると、身体が恐ろしく冷たい。顔色も土気色で、緋眼を使うまでもなく生命力を限界まで使い、血も使って戦っていたのだと察する。
「これは……」
彼女の身体に新しくついた傷跡。
それは剣のような鋭さを持った傷とも、魔術による火傷や凍傷等とも違う。
もっと単純で原始的な傷跡。
「……上」
《勇者》が吐息をもらすようにそう言ったのを辛うじて聞き取る。
「来るぞ」
そのセリフを言い終わるか終わらないか。
天井が崩落し、無数の化物が落ちてくる。
それらの全てはどこかしらで見たことのある物。
いや、もっと具体的に言うなら、紅の森で見た事のある獣。
魔獣。
毛並み、鱗、皮膚、およそ体表と呼べるそのどれもに共通した「黒」と言う特徴と、通常の魔獣と比肩しても尋常ではない魔力。
やはり生きていたか。
「《産獣師》ッッ!!」
そう叫び、振り落ちてくる魔獣の急所を次々切り裂く。
瞬間、それらがまるで実体を持たない霧のように掻き消え、散っていく。
「アーネ!そいつ頼む!」
一体一体はそれほど強くはない。いや、世間一般で言えば一匹が都市に紛れ込むだけで外縁の都市が全力全軍をもって当たるような魔獣だろう。
だが俺は紅の森で十年以上剣を振り続けた。こいつら魔獣を狩る為に。
始眼など不要、こいつらの動き、リーチ、何をしたら何をする。それら全てが刻み込まれている。
斬って。斬って斬って。斬って斬って斬って。
斬って斬って斬って斬って斬って斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬──
ガギィン!!と。
水でも斬っていたように、抵抗ひとつ無く振っていた銀剣が止まる。
「──あ?」
それはなんてことない、どこにでもいるようなただの狼の魔獣。
その毛並みは柔らかだが、毛の流れと逆側から剣を入れねば、どれだけの名剣であっても容易く弾く。
その程度、とっくの昔に学んでいる。だからそうした。
なのに何に阻まれた?
その答えをシャルが叫ぶ。
『逆鱗!!』
普通の獣ではありえない。魔獣であっても見たことも聞いたことも、考えたことも無い構造。
黒の毛の下に、更になお黒い、龍の逆鱗のような鱗があるのだ。
それが剣を弾いた。
狼は剣の衝撃を四肢で踏ん張り、俺の攻撃を耐えきった。
そして大口を開け、俺に向かって牙を剥く。
手の傷は塞がった。頬も治った。かすり傷は放置しているが、血は止まっている。
「彼女はどこに行ったんですの?貴方の……妹?」
あぁ……あっちの見た目は二十歳半ばかそれ以上。明らかに俺より年上だし、親も兄妹も無いと言っていたのにあんな呼称で呼ぶのだから、アーネも少々混乱しているらしい。
「言ってなかったっけか、《勇者》は必要な姿で生まれる。当然歳もそこに含まれる。あんな見た目だが、時期的に生まれたのは一年と経ってないはずだ」
まぁ、何度も言うように、俺は厳密には《勇者》ではないので「兄」という呼称もどの道少しズレているのだが、アーネはそれで納得したらしい。彼女にはどちらも大差ないか。
「で、どこへ?」
「あぁ、先に行かせた。俺達だけじゃあの魔族に勝ち筋が見えなかったからな。早く行か──」
「ッハァ……ハァ……」
「ッ!?」
突如俺の背後で声がした。
意識の全くの外、完全な不意打ち。背後に絶対的な自信すらあったのに、まるで気づかなかった。
ほぼ条件反射で銀剣を抜き放ち、背後に向かって真横に振る。
その剣を、背後に立ったそいつはあっさりと受け流した。
「よぉ……危ねぇな……お兄ちゃん……」
「《勇者》!?どうやっ──お前、大丈夫か!?」
突如背後に現れたのは今話をしていた《勇者》本人。それが息を切らし、額から血を流して崩れ落ちた。
「おい!?」
慌てて抱き抱えると、身体が恐ろしく冷たい。顔色も土気色で、緋眼を使うまでもなく生命力を限界まで使い、血も使って戦っていたのだと察する。
「これは……」
彼女の身体に新しくついた傷跡。
それは剣のような鋭さを持った傷とも、魔術による火傷や凍傷等とも違う。
もっと単純で原始的な傷跡。
「……上」
《勇者》が吐息をもらすようにそう言ったのを辛うじて聞き取る。
「来るぞ」
そのセリフを言い終わるか終わらないか。
天井が崩落し、無数の化物が落ちてくる。
それらの全てはどこかしらで見たことのある物。
いや、もっと具体的に言うなら、紅の森で見た事のある獣。
魔獣。
毛並み、鱗、皮膚、およそ体表と呼べるそのどれもに共通した「黒」と言う特徴と、通常の魔獣と比肩しても尋常ではない魔力。
やはり生きていたか。
「《産獣師》ッッ!!」
そう叫び、振り落ちてくる魔獣の急所を次々切り裂く。
瞬間、それらがまるで実体を持たない霧のように掻き消え、散っていく。
「アーネ!そいつ頼む!」
一体一体はそれほど強くはない。いや、世間一般で言えば一匹が都市に紛れ込むだけで外縁の都市が全力全軍をもって当たるような魔獣だろう。
だが俺は紅の森で十年以上剣を振り続けた。こいつら魔獣を狩る為に。
始眼など不要、こいつらの動き、リーチ、何をしたら何をする。それら全てが刻み込まれている。
斬って。斬って斬って。斬って斬って斬って。
斬って斬って斬って斬って斬って斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬っ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬──
ガギィン!!と。
水でも斬っていたように、抵抗ひとつ無く振っていた銀剣が止まる。
「──あ?」
それはなんてことない、どこにでもいるようなただの狼の魔獣。
その毛並みは柔らかだが、毛の流れと逆側から剣を入れねば、どれだけの名剣であっても容易く弾く。
その程度、とっくの昔に学んでいる。だからそうした。
なのに何に阻まれた?
その答えをシャルが叫ぶ。
『逆鱗!!』
普通の獣ではありえない。魔獣であっても見たことも聞いたことも、考えたことも無い構造。
黒の毛の下に、更になお黒い、龍の逆鱗のような鱗があるのだ。
それが剣を弾いた。
狼は剣の衝撃を四肢で踏ん張り、俺の攻撃を耐えきった。
そして大口を開け、俺に向かって牙を剥く。
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