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出会い
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翌日から、俺の意図とは裏腹に、アーベルは俺を見つけるたびに話しかけてくるようになった。しかも、以前まで常に彼を囲んでいた取り巻きたちと距離を取り始めたのだ。
授業が終わり、俺はそそくさと教室を出る。今日はいつもの場所――学園の敷地の端にある森の中で、誰にも邪魔されずに本を読もう。そう思い、静かな木陰の上に登り、木の枝に腰を下ろした。
風が心地よく、ページをめくる手も軽やかになる。
(やっぱりここが一番落ち着くな……)
学園の校舎から生徒達が出てくるのが見える。シナノキの細長い葉が青々とした木陰を作る中、二人の女子生徒と一人の男子生徒が歩いていた。制服に身を包んだ第二王子と木漏れ日の明るさに負けるとも劣らないご令嬢たちの華やかな姿が眩しい。
アーベルは、いつも通り両脇に女の子を侍らせて出てきた。
(おーおー。おモテになることで)
右側にいるのは長い黒髪のほっそりとした美少女ルクレツィア嬢のようだ。
彼女は名家の出ではないもののその教養と頭の良さで誰もが一目置く才女だった。
そして、左側にいるのは……
(リーゼロッテ…!)
金髪のツインテールはゲームで選べる主人公ビジュアルのうちの一つだった。
少しギャルっぽいのでユーザー層にウケないのではないかと議論されたが、特殊な性壁をお持ちの社長の激推しで選択肢として残ることになった。
リーゼロッテがアーベルに気があるのかは推しはかりかねたが、アーベルの話では結構粘り強く話しかけてくるらしい。
(仕方ねえ、虫を追い払うのに割り込むか…)
主人公と結ばれて婚約破棄に至った場合、俺は無慈悲に処刑になる。
本を置いて声をかけようとしたが、いない。いや、正確には、女子二人しかいない。
気がつかれていたらしくルクレツィアがこちらを見てニコニコと手を振っている。気まずさを誤魔化すかのように笑顔で手を振り返した。
(いや、アーベルどこいった!?)
慌てて辺りを見渡すと--
「リュシアン!」
突如、下から弾むような声が聞こえた。視線を下ろすと、そこには金髪碧眼の美少年――アーベルが、俺を見上げていた。走ってきたのだろうか。少し息を弾ませていて、夢中で走ってきた子犬のようでちょっと可愛かった。
「今日は何してるの?」
「……本を読んでる」
「へえ、面白そうだな!なんの本?」
そう言うが早いか、アーベルは木に手をかけ、軽やかに登り、機敏な動きで枝の上まで登ってきた。
当然のように俺の隣に腰を下ろす。肩が、少し触れ合った。
「神聖魔法についてまとめた本だよ」
転生してきたこの世界は世界設定についてかなり詳しく知っていたものの、
記憶通りか確認しておきたかった。本を読む限りは俺の覚えているワールド設定でおおよそ合っているらしい。
「僕、簡易魔法なら少し使えるよ。ほら」
アーベルはそういうと、指の先に小さな丸い光球を出した。
簡易魔法とは、神聖魔法の素地があれば呪文の詠唱などを行わなくても使える加護、浄化、癒しの魔法だ。本格的に使うには訓練が必要だが、教育を受けていない教会の司祭でも悪魔を追い払ったり、聖水を作ったりはできるようになっている。
「へえ、そりゃすごい」
関心したように答えたがさもありなんという感想だった。
この世界の神の恩寵は外見含めた「魅力」である。
神聖魔法を保護する教会にいる主人公の周りにイケメンとイケオジしかいないのはこのためで、
魅力が高い人間ほど神聖魔法が使える割合が高いという設定にしていたはずだった。
光の玉を目で追うと、少し遠くでリーゼロッテとルクレツィア嬢の姿があり、ちょっとギョッとした
(ひょっとして、アーベル待ってるのか?)
何か文句を言いたげなリーゼロッテを、ルクレツィア嬢が抑えているというより、ヘッドロックをかけて無理やり押さえ込んでいるようだった。いや、何やってんだよ。
「なあ、アーベル。あっちの女の子二人はいいのか?」
アーベルは遠くを一瞥すると
「ああ、彼女達は…満足したら帰るんじゃないかな」
「満足したらって……」
アーベルの顔がスッと近づく
「……僕と話すの、嫌?」
少し上擦って震えた、儚い、小さな声。さっきまでの陽気な笑顔が影を潜め、
不安そうな表情を浮かべている。長いまつ毛が伏せられ、泣きそうな表情にも見える。
「そ、そんなことは――」
(くそっ……そういう顔をするな……)
「別に嫌ってわけじゃない。ただ、俺は目立たないで過ごしたいだけだ」
「そっか。でも、僕は君とずっと話していたいんだよね」
さらりと言うアーベル。
(……まあ、リーゼロッテと過ごすよりはいいのか)
俺は心の中で混乱しつつ、木の上で微笑む王子を見つめた。
授業が終わり、俺はそそくさと教室を出る。今日はいつもの場所――学園の敷地の端にある森の中で、誰にも邪魔されずに本を読もう。そう思い、静かな木陰の上に登り、木の枝に腰を下ろした。
風が心地よく、ページをめくる手も軽やかになる。
(やっぱりここが一番落ち着くな……)
学園の校舎から生徒達が出てくるのが見える。シナノキの細長い葉が青々とした木陰を作る中、二人の女子生徒と一人の男子生徒が歩いていた。制服に身を包んだ第二王子と木漏れ日の明るさに負けるとも劣らないご令嬢たちの華やかな姿が眩しい。
アーベルは、いつも通り両脇に女の子を侍らせて出てきた。
(おーおー。おモテになることで)
右側にいるのは長い黒髪のほっそりとした美少女ルクレツィア嬢のようだ。
彼女は名家の出ではないもののその教養と頭の良さで誰もが一目置く才女だった。
そして、左側にいるのは……
(リーゼロッテ…!)
金髪のツインテールはゲームで選べる主人公ビジュアルのうちの一つだった。
少しギャルっぽいのでユーザー層にウケないのではないかと議論されたが、特殊な性壁をお持ちの社長の激推しで選択肢として残ることになった。
リーゼロッテがアーベルに気があるのかは推しはかりかねたが、アーベルの話では結構粘り強く話しかけてくるらしい。
(仕方ねえ、虫を追い払うのに割り込むか…)
主人公と結ばれて婚約破棄に至った場合、俺は無慈悲に処刑になる。
本を置いて声をかけようとしたが、いない。いや、正確には、女子二人しかいない。
気がつかれていたらしくルクレツィアがこちらを見てニコニコと手を振っている。気まずさを誤魔化すかのように笑顔で手を振り返した。
(いや、アーベルどこいった!?)
慌てて辺りを見渡すと--
「リュシアン!」
突如、下から弾むような声が聞こえた。視線を下ろすと、そこには金髪碧眼の美少年――アーベルが、俺を見上げていた。走ってきたのだろうか。少し息を弾ませていて、夢中で走ってきた子犬のようでちょっと可愛かった。
「今日は何してるの?」
「……本を読んでる」
「へえ、面白そうだな!なんの本?」
そう言うが早いか、アーベルは木に手をかけ、軽やかに登り、機敏な動きで枝の上まで登ってきた。
当然のように俺の隣に腰を下ろす。肩が、少し触れ合った。
「神聖魔法についてまとめた本だよ」
転生してきたこの世界は世界設定についてかなり詳しく知っていたものの、
記憶通りか確認しておきたかった。本を読む限りは俺の覚えているワールド設定でおおよそ合っているらしい。
「僕、簡易魔法なら少し使えるよ。ほら」
アーベルはそういうと、指の先に小さな丸い光球を出した。
簡易魔法とは、神聖魔法の素地があれば呪文の詠唱などを行わなくても使える加護、浄化、癒しの魔法だ。本格的に使うには訓練が必要だが、教育を受けていない教会の司祭でも悪魔を追い払ったり、聖水を作ったりはできるようになっている。
「へえ、そりゃすごい」
関心したように答えたがさもありなんという感想だった。
この世界の神の恩寵は外見含めた「魅力」である。
神聖魔法を保護する教会にいる主人公の周りにイケメンとイケオジしかいないのはこのためで、
魅力が高い人間ほど神聖魔法が使える割合が高いという設定にしていたはずだった。
光の玉を目で追うと、少し遠くでリーゼロッテとルクレツィア嬢の姿があり、ちょっとギョッとした
(ひょっとして、アーベル待ってるのか?)
何か文句を言いたげなリーゼロッテを、ルクレツィア嬢が抑えているというより、ヘッドロックをかけて無理やり押さえ込んでいるようだった。いや、何やってんだよ。
「なあ、アーベル。あっちの女の子二人はいいのか?」
アーベルは遠くを一瞥すると
「ああ、彼女達は…満足したら帰るんじゃないかな」
「満足したらって……」
アーベルの顔がスッと近づく
「……僕と話すの、嫌?」
少し上擦って震えた、儚い、小さな声。さっきまでの陽気な笑顔が影を潜め、
不安そうな表情を浮かべている。長いまつ毛が伏せられ、泣きそうな表情にも見える。
「そ、そんなことは――」
(くそっ……そういう顔をするな……)
「別に嫌ってわけじゃない。ただ、俺は目立たないで過ごしたいだけだ」
「そっか。でも、僕は君とずっと話していたいんだよね」
さらりと言うアーベル。
(……まあ、リーゼロッテと過ごすよりはいいのか)
俺は心の中で混乱しつつ、木の上で微笑む王子を見つめた。
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