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逃避行
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しおりを挟む「道中、襲われねぇといいんだけどな」
窓の外を流れる森の風景を眺めながら、俺はぼそりと呟いた。
この世界の都市は、インフラの限界もあってかそれほど広くはない。人口も二、三万で“大都市”扱いだ。 馬車を飛ばせば、すぐに人の気配は消え、深い森が広がる郊外に入っていく。
舗装もされていない、馬車がやっと通れる程度の獣道。車輪が土の起伏に弾かれ、馬車は大きく揺れた。俺は万一に備えて、魔法がすぐに使えるようにしておく。
「……日暮れ前には館に着くはずだ」
アーベルが窓の外に目をやったまま言った。 この森に入ってから、他の馬車や騎兵とすれ違った様子はない。
俺たちは確かに、単独行動中だ。
日が傾き始めた頃、木々の間に灰色の屋根が覗いた。
狩猟用の館、と聞いていたので掘立小屋のようなものを想像していたが、実際はずっと立派だった。
重厚な石造りの建物に、荒れていない庭。誰かが定期的に手入れしているらしい。
馬車の振動が、やけに神経を刺激する。 考えないようにしていたが――この旅路の先は、二人きりで一晩過ごす狩猟の館だ。
(いや、べつに……何も起こらない。はずだ)
頭ではわかっている。保身のために告白を受け入れた、それだけだ。 なのに、恋仲という名目で同じ屋根の下に泊まると考えただけで、どうにも落ち着かない。
窓の外に目をやるふりをしながら、隣に座るアーベルとの距離を測る。 手を伸ばせば触れられる。けれどその距離を詰めることは、何かを認めてしまうようで怖かった。
「どうかした?」
不意にアーベルがこちらを見る。青い瞳が近い。
「……なんでもない」
かろうじて視線を逸らす。心臓の音が馬車の揺れと混ざって、やけにうるさい。
向かいに座っていたアーベルが、不意に隣に座ってきた。体を寄せ、膝に手を置く。
「ところで……」
「な・・・」 アーベルが低く話しかける。心音が跳ね上がった。その指先が、俺の膝の上で人目に付かないようにゆっくりと蠢いて……魔法文字を描いた。
《――つけられている》
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