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時間が欲しいとあなたは言った
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「暫く、考える時間が欲しいんだ……」
学園の裏庭に呼び出してあなたは、苦しそうな表情でそう言った。
私はジゼル。シャリエ伯爵家の長女だ。容姿は並みで、これといって目立つ才能もない。そんな私には婚約者がいる。それが目の前で眉間にしわを寄せて俯く、フィルマン=ルドン伯爵令息だ。
フィルマン様は私と同じ年で、婚約したのは三年前。お互いにこれといった相手が見つからず、家格が合うからこの辺でいいだろうと両家の当主が消極的な理由で決めたものだった。私もフィルマン様も容姿も成績も中程度で、揃って家格が下の家からしか釣書が届かなかったのだ。
フィルマン様はあの頃は声変わりもまだで背も低く、顔もニキビだらけのパッとしない少年だった。影ではハズレ男と揶揄されていたとか。穏やかだけど愛想がなく、頑固な一面もあって、それも令嬢から避けられる要因になっていた。このままでは嫁の来手がないと焦ったルドン伯爵があちこちに声をかけ、そこに引っかかったのがこれまた似たような境遇の私だった。
そんな始まりだったけれど、私たちは分を弁えていたので不満はなかった。むしろ似た者同士という安心感を私は感じていた。本の好みが合ったのもあり、それを切っ掛けに私たちは少しずつ距離を縮めていった。燃えるような恋心とは無縁だったけれど、信頼関係はちゃんと育っていたと思う。
変化があったのは二年ほど前からだろうか。私たちが十五歳で学園に入学すると、少しずつ状況が変わった。パッとしない見た目だったフィルマン様が成長期を迎えたのだ。あっという間に背は伸びて私を追い越し、ニキビだらけだった顔は少しずつ男性らしいそれへと変わっていった。地味なのは変わらないけれど整った容姿と穏やかな笑顔で、少しずつ令嬢たちの人気を集めていった。
入学時には中程度の成績だった彼は、努力の甲斐あってか最近では十位以内には入るほどに上がった。この学園は国内で最もレベルの高い学校なので、それだけで名誉なことだ。この三年の間にフィルマン様は垢ぬけない平凡なハズレ男から、将来有望株へと変身を遂げた。
そんな私たちは卒業から一年後に結婚することが決まっていた。それなのに彼がそんなことを言い出すのには訳があった。今年学園に入学してきたとある令嬢だ。
フルール=ジュレ伯爵令嬢。ふわふわの金髪と若草色の瞳を持つ彼女は、三年前にジュレ伯爵家に引き取られた庶子だ。夫人の死後、平民との間に生まれた彼女を伯爵は引き取り、二年かけて貴族教育を施してから一年遅れで学園に入れた。私たちよりも一つ年上だが、無邪気で貴族社会に慣れていない彼女は年下にしか見えなかった。愛らしい容姿と可憐な仕草が令息には人気で、いつも彼女の周りは賑やかだった。
彼女を慕う令息の中でも特に熱心だったのが、第二王子のアラール殿下だった。フルール様を気に入った殿下は、段々と彼女と一緒に過ごすことが増えていった。彼にはマラン公爵家のルイーズ様という婚約者がいるのにだ。
勿論、王子のそんな行動は許されるわけもない。苦言をされた王子は国王陛下に婚約の解消とフルール様との婚約を願い出てしまった。国王陛下とマラン公爵が激怒したが、その場でなんと第三皇子のルイ殿下がルイーズ様に求婚した。ルイーズ様も浮気をし色々残念なところがおありだったアラール殿下よりも、一つ下だけど聡明で一途なルイ殿下の方がいいと仰り、あれよあれよという間に婚約白紙と新たな婚約が結ばれた。それが二月前だ。
この婚約白紙騒動は、周囲に大きな影響を及ぼした。アラール殿下とフルール様、ルイ殿下とルイーズ様という相思相愛のカップルの誕生は、政略で婚約者を宛がわれた令息令嬢にとって大事変だったのだ。これまでに三組の婚約が白紙となり、卒業までにその数は益々増えるだろうと言われていた。
その余波はとうとう、私のところまでやってきたのだ。
「それは……婚約を白紙に、ということですか?」
声が震えていないだろうか。元々あまり感情が表に出ない私も、この時はさすがに動揺していた。
だけど、それも仕方がないと思う。フィルマン様はどうか知らないけれど、私は……彼のことが好きになっていたのだ。甘い言葉は言えないけれどちょっと不器用なところが可愛らしく、真面目で誠実な人だから一緒にいても安心出来た。彼となら穏やかで温かい家庭を築けると信じていたのに……
「いや、そういう訳じゃないんだ。君に不満があるわけじゃないし……」
「だったら何故……」
「その、私たちは親が決めた婚約だっただろう?」
「ええ……」
「だから、本当にこのままでいいのかなと思って……」
「それは……」
「だから、少しの間でいい。一人で考えたいんだ」
「それでは、婚約は……」
「い、いや! 今すぐ婚約をどうしようというんじゃないんだ。そういう意味じゃ……」
だったらどういう意味なのだ。最近では私との時間よりも、アラール殿下やフルール様たちといる時間が長いのに。週に一度のお茶会だって最近では何かと理由を付けて来ないのに。
それに……気付いていないのだろうか。フルール様を見つめるあなたの目が、私に向けるそれとは全く違うと言うことに。私にはあんな熱の籠った目を向けたことはないのに……
学園の裏庭に呼び出してあなたは、苦しそうな表情でそう言った。
私はジゼル。シャリエ伯爵家の長女だ。容姿は並みで、これといって目立つ才能もない。そんな私には婚約者がいる。それが目の前で眉間にしわを寄せて俯く、フィルマン=ルドン伯爵令息だ。
フィルマン様は私と同じ年で、婚約したのは三年前。お互いにこれといった相手が見つからず、家格が合うからこの辺でいいだろうと両家の当主が消極的な理由で決めたものだった。私もフィルマン様も容姿も成績も中程度で、揃って家格が下の家からしか釣書が届かなかったのだ。
フィルマン様はあの頃は声変わりもまだで背も低く、顔もニキビだらけのパッとしない少年だった。影ではハズレ男と揶揄されていたとか。穏やかだけど愛想がなく、頑固な一面もあって、それも令嬢から避けられる要因になっていた。このままでは嫁の来手がないと焦ったルドン伯爵があちこちに声をかけ、そこに引っかかったのがこれまた似たような境遇の私だった。
そんな始まりだったけれど、私たちは分を弁えていたので不満はなかった。むしろ似た者同士という安心感を私は感じていた。本の好みが合ったのもあり、それを切っ掛けに私たちは少しずつ距離を縮めていった。燃えるような恋心とは無縁だったけれど、信頼関係はちゃんと育っていたと思う。
変化があったのは二年ほど前からだろうか。私たちが十五歳で学園に入学すると、少しずつ状況が変わった。パッとしない見た目だったフィルマン様が成長期を迎えたのだ。あっという間に背は伸びて私を追い越し、ニキビだらけだった顔は少しずつ男性らしいそれへと変わっていった。地味なのは変わらないけれど整った容姿と穏やかな笑顔で、少しずつ令嬢たちの人気を集めていった。
入学時には中程度の成績だった彼は、努力の甲斐あってか最近では十位以内には入るほどに上がった。この学園は国内で最もレベルの高い学校なので、それだけで名誉なことだ。この三年の間にフィルマン様は垢ぬけない平凡なハズレ男から、将来有望株へと変身を遂げた。
そんな私たちは卒業から一年後に結婚することが決まっていた。それなのに彼がそんなことを言い出すのには訳があった。今年学園に入学してきたとある令嬢だ。
フルール=ジュレ伯爵令嬢。ふわふわの金髪と若草色の瞳を持つ彼女は、三年前にジュレ伯爵家に引き取られた庶子だ。夫人の死後、平民との間に生まれた彼女を伯爵は引き取り、二年かけて貴族教育を施してから一年遅れで学園に入れた。私たちよりも一つ年上だが、無邪気で貴族社会に慣れていない彼女は年下にしか見えなかった。愛らしい容姿と可憐な仕草が令息には人気で、いつも彼女の周りは賑やかだった。
彼女を慕う令息の中でも特に熱心だったのが、第二王子のアラール殿下だった。フルール様を気に入った殿下は、段々と彼女と一緒に過ごすことが増えていった。彼にはマラン公爵家のルイーズ様という婚約者がいるのにだ。
勿論、王子のそんな行動は許されるわけもない。苦言をされた王子は国王陛下に婚約の解消とフルール様との婚約を願い出てしまった。国王陛下とマラン公爵が激怒したが、その場でなんと第三皇子のルイ殿下がルイーズ様に求婚した。ルイーズ様も浮気をし色々残念なところがおありだったアラール殿下よりも、一つ下だけど聡明で一途なルイ殿下の方がいいと仰り、あれよあれよという間に婚約白紙と新たな婚約が結ばれた。それが二月前だ。
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その余波はとうとう、私のところまでやってきたのだ。
「それは……婚約を白紙に、ということですか?」
声が震えていないだろうか。元々あまり感情が表に出ない私も、この時はさすがに動揺していた。
だけど、それも仕方がないと思う。フィルマン様はどうか知らないけれど、私は……彼のことが好きになっていたのだ。甘い言葉は言えないけれどちょっと不器用なところが可愛らしく、真面目で誠実な人だから一緒にいても安心出来た。彼となら穏やかで温かい家庭を築けると信じていたのに……
「いや、そういう訳じゃないんだ。君に不満があるわけじゃないし……」
「だったら何故……」
「その、私たちは親が決めた婚約だっただろう?」
「ええ……」
「だから、本当にこのままでいいのかなと思って……」
「それは……」
「だから、少しの間でいい。一人で考えたいんだ」
「それでは、婚約は……」
「い、いや! 今すぐ婚約をどうしようというんじゃないんだ。そういう意味じゃ……」
だったらどういう意味なのだ。最近では私との時間よりも、アラール殿下やフルール様たちといる時間が長いのに。週に一度のお茶会だって最近では何かと理由を付けて来ないのに。
それに……気付いていないのだろうか。フルール様を見つめるあなたの目が、私に向けるそれとは全く違うと言うことに。私にはあんな熱の籠った目を向けたことはないのに……
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