【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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二年が経ちました

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 重厚な装飾が施された室内の机には、今日も大量の書類が運び込まれていた。ここは王子妃の執務室の隣にある、王子妃の公務を支える文官たちの部屋だ。

 あれから二年が経った。

 婚約白紙後、私は次の婚約者を探すのを諦め、ルイーズ様付きの文官に応募して見事そのお役目を射止めた。ルイーズ様と同級で顔見知りでもあり、あれから頑張って成績を上げたのが功を奏したのだろう。地理や作法は苦手だったけれど、数字に強かったのもよかったのかもしれない。そんなわけで私は今、実家を離れて王宮内の寮で暮らしていた。

 実家は相変わらず居心地が悪かった。ミレーヌと侯爵家嫡男との婚約が決まったからだ。それ自体はよかったのだけど、あの子は私に自慢しに来るようになった。それが鬱陶しかったので、家を離れられたのは本当によかった。

 フィルマン様は文官になったけれど、半年ほどすると隣国へ向かった。考え直したいと言う曖昧な理由で婚約を白紙にしたフィルマン様に、ルドン伯爵は相当お怒りだったと聞く。嫡男を隣国に行かせたことで、伯爵家はフィルマン様の弟が継ぐことになるのではないかと言われていた。
 一度だけ会いたいとの手紙を頂いたけれど、婚約を白紙にした者同士が会えばあらぬ噂を立てられるからと丁重に断った。そういうことに気が回らないのは相変わらずだった。

「シャリエ嬢、こちらの書類を頼む」
「畏まりました、ミオット室長」

 そろそろ三十歳になろうかというミオット室長は、ルイーズ様付きの文官の責任者だ。この部屋には室長の下に四人の文官がいて、私はその中で唯一の女性で最年少だった。それもあってかミオット室長には何かと気にかけて頂いている。
 そんな彼は侯爵家当主でありながら少しも偉ぶったところがなく、いつも穏やかな姿勢を崩さない。仕事を頼む時も命令している姿を見たことがなかった。気安く腰が低いため、部下の方が上司に見えることすらある。公平で仕事の指示も的確だし、わからないところを聞けばすぐに教えてくれて、私にとっては理想的な上司だった。

 私の仕事は主に予算などの計算だった。数字を扱うのは好きだったし、計算が早く出来るよう学生時代は随分と頑張った。フィルマン様との婚約がなくなって少々やさぐれていた私の心を埋めたのは、ルイーズ様付きの侍女になるための勉強だった。

「今日はその書類が終わったら上がっていい。最近残業ばかりだったからね」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。ルイーズ様のお役に立てるのは私の生き甲斐でもありますから」
「そう言ってくれるとルイーズ様もお喜びになるだろう。だが、無理はいけない。明日は休みだろう? 早く帰って明日に備えなさい」
「あ、ありがとうございます」

 笑みを浮かべると目尻に笑い皴が現れて、それが何ともセクシーに見えた。温かい笑顔に疲れも吹き飛ぶ心地だ。低くてしっとりと響く声も安心感がある。この方の下で働けて本当によかったと思う。



 翌日、私はオリアーヌの屋敷を訪ねた。彼女からお茶でもとどうかと誘われたからだ。

「お久しぶりね、オリアーヌ。新婚生活はどう?」
「ふふっ、まぁまぁよ。やっと落ち着いてきたわ」

 肌艶がよく益々美しくなった彼女は、三か月前に結婚したばかりの新婚だ。相手はルイゾン。そう、彼女たちはあの後再構築していた。

「そういえばルイゾンは?」
「ああ、今日は領地の家令と打合せしているわ」
「立ち会わなくてもいいの?」
「あの程度なら問題ないわ。家令もベテランだしね」

 どうやら伯爵家を纏めているのは彼女らしい。跡取りとして育ち、学園に入った頃には既に領地経営に携わっていた。まだ爵位は御父君がお持ちだけど、少しずつ当主の仕事を引き継いでいるらしい。

 一方的に婚約を考え直したいと言ったルイゾンに、オリアーヌはかなり怒っていた。絶対に復縁なんかしてやるかとも。そんな彼女が卒業してから一年後、ルイゾンとやり直すかどうか考えていると言われた時には驚いたものだ。

「頑張って婿になってくれる人を探したけれど、いいと思える人がいなくって。そんな時、ルイゾンからやり直したい、今度は間違えないってしつこく復縁を迫られてね」

 鬱陶しそうにそう言った彼女は、最初は頑として断ったらしい。聞けばルイゾンは卒業して程なくして自分が間違っていたと気付き、謝罪に訪れて謝り、復縁を望んだと言う。冗談じゃないと突っぱねたバルテレミー伯爵とオリアーヌだったが、ルイゾンは時間が許す限り謝罪に訪れ、贈り物をし続けた。そんな彼の熱心さに、最終的に伯爵とオリアーヌが根負けしたのだ。

「ルイゾンとはどう? 上手くいっているの?」

 気になるのはそこだった。

「悪くはないわ。仕事も真面目に取り組んでるし、毎日鬱陶しいくらいに構ってくるわ」
「ふふ、あの頃が嘘のようね」
「ええ。何だか犬を飼っている気分だわ。
「よかったじゃない。好きだったんでしょう? ルイゾンのこと」

 意地っ張りな彼女だからわかりにくいものだったけれど、彼女の視線はいつも彼を追っていた。

「……一度壊れたものは、二度と戻らないけれどね……」

 それは苦い事実だった。彼女の言う通り、あの頃のような純粋な想いを持ち続けることは難しいだろう。他の女を想い、一度は婚約を白紙にされたのだから。

「でもまぁ、彼以上にいいと思える相手もいなかったし。でも、今度裏切ったら身ぐるみ剥がして追い出してやるわ」

 オリアーヌなら本気でやりそうな気がした。ルイゾンは今や社交界では有名なほど妻一筋の愛妻家だ。そんなことにはならないだろう。そう思いたい。

「それよりも、ジゼルはどうするの? フィルマン様、帰国したって聞いたわよ」



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