4 / 86
婚約白紙になって
しおりを挟む
ミレーヌのこともあって、私たちの婚約の白紙は世間には広がることはなかった。ミレーヌの婚約が正式に整うまで白紙にしたことを公表しない。父は破棄にしないのを条件にルドン伯爵家に口止めを約束させたからだ。そのせいか、学園に行っても誰かに何かを言われることはなかった。
学園でフィルマン様から話しかけてくることはなかった。挨拶はするし、授業などで必要最低限の話はするけれど、それだけだ。白紙になる前から私たちが疎遠になっていたのは知られていたから、誰もそのことを気にもしなかった。いや、気にはされていたかもしれない。いつ婚約を解消するのだろう。そういう意味で。
学園で時折見かけるフィルマン様は、今でもアラール様やフルール様の近くにいた。フルール様はアラール様と婚約するのが決まっているけれど、彼女の側にいる令息はそんなことは気にしないらしい。フィルマン様もルイゾン様も彼女を女王のように扱い、彼女に熱い視線を向けていた。
フルール様に笑顔を向けるフィルマン様に胸が痛んだ。自分から白紙を提案したくせに、もしかしたらと思う自分がまだ残っている。なんて厄介なのだろう、恋心とは。粉々に砕け散った筈なのに、時折何もなかったかのように現れて心を抉っていく。オリアーヌのようにきっぱり断ち切れない自分が情けなかった。
「まぁ、お姉様。お帰りなさいませ!」
家に帰ると、エントランスでミレーヌに会った。華やかに愛らしく着飾った姿は妖精のようだ。
「ただいま、ミレーヌ。出かけるの?」
「ええ、エクトル様とデートなの」
花が開くような笑みを浮かべるミレーヌは愛らしかった。そんな彼女は今、クルーゾー侯爵家のエクトル様との婚約話が上がっている。彼は私の一つ下で、中性的な麗しい容姿の持ち主だ。儚げな容姿のミレーヌと並ぶととてもお似合いで、二人の仲は学園でも話題になっていた。
ただミレーヌは勉強が苦手で、学園での成績はあまり良くない。家庭教師を付けても何だかんだ言って逃げ出してしまう。父が溺愛しているから教師も強く言えず、益々成績が下がっているのだけれど、エクトル様を射止めたミレーヌに父は、やっぱり女には教育など不要だの思いを強めていた。
もっとも、クルーゾー侯爵ご夫妻の考えは父とは逆だ。侯爵夫人の仕事は簡単ではなく、ご夫妻が望むのは容姿よりも成績が優秀でしっかりした女性だった。侯爵夫人がミレーヌよりも私の方が好ましいと言ったのも気に入らないのだろう。父からの風当たりは相変わらず強かった。
そんなに話を纏めたいのなら、今からでもミレーヌに勉強をさせればいいのにと思う。ミレーヌはまだ学園が二年残っているのだ。間に合わないということはない。努力している姿を見せれば侯爵ご夫妻の態度も軟化するだろうと思うのに、そこに話が行かないのが不思議だ。ミレーヌも毎日のように出かけている。これでは本気で侯爵夫人になりたいと思っていないように見られても仕方ないのに。
「何だ、帰っていたのか」
ミレーヌを見送って家に入ると、お父様の姿があった。機嫌がよかった顔は急速に無へと転じた。その言い方は帰ってこなくてもいいと言われているような気さえする。
「たった今帰ったところです」
「ああ」
それだけを言うと、父は踵を返して部屋へと向かってしまった。私も自分の部屋へと向かう。相変わらず父は私を見ると機嫌が悪くなる。何がそんなに気に入らないのかわからないけれど、もう慣れてしまった。
(居場所がないわね……)
父の態度もあってか、使用人も私よりもミレーヌ優先だ。邪険にされるわけではないけれど、居心地の悪さは昔から変わっていない。自宅よりもオリアーヌの屋敷の方が心地よく感じるのだから困ったものだ。
そんな私の唯一の希望が、フィルマン様との結婚だった。彼はこの家で私がどう扱われているかご存じだった。ルドン伯爵家に来たら誰も君を邪険になんかしないよと言ってくれたし、フルール様と出会う前は早く私を助け出したいとまで言ってくれた。それは私の希望でもあった。なのに……
(このタイミングで言ってくるなんてね……)
ミレーヌとの婚約話が進んでいることを知らなかったはずもない。このタイミングで白紙にすれば、私が一層父にきつく当たられることも。それでも彼は白紙を願い出た。もう私のことなど意識の片隅にも残っていないのだろう。
(ううん、元から、人の気持ちには疎かったわね……)
相手を思いやっている様に見せるけど、気が付けば自分の気持ちを優先していた。友達に対しても同じで、想像力が足りないと感じることが多かった。自分がこうだと思ったら、周りが見えなくなるのだ。それも成長すれば変わっていくかと思ったけど……残念ながらそうはならなかった。
もう再婚約はあり得ない。父が許さないし、世間もそうだ。何よりも私が許せなかった。再婚約の話を出したのは、確実に婚約をなかったことにしたかったからだ。あの時、私の恋心は砕け散って消えたから。もう二度と戻らないと思ったから。よりを戻してもきっと、また他の誰かに心変わりされると不安になるから。
(ダメね、後ろばかり見ていては……)
私は文官試験の参考書を手にした。
学園でフィルマン様から話しかけてくることはなかった。挨拶はするし、授業などで必要最低限の話はするけれど、それだけだ。白紙になる前から私たちが疎遠になっていたのは知られていたから、誰もそのことを気にもしなかった。いや、気にはされていたかもしれない。いつ婚約を解消するのだろう。そういう意味で。
学園で時折見かけるフィルマン様は、今でもアラール様やフルール様の近くにいた。フルール様はアラール様と婚約するのが決まっているけれど、彼女の側にいる令息はそんなことは気にしないらしい。フィルマン様もルイゾン様も彼女を女王のように扱い、彼女に熱い視線を向けていた。
フルール様に笑顔を向けるフィルマン様に胸が痛んだ。自分から白紙を提案したくせに、もしかしたらと思う自分がまだ残っている。なんて厄介なのだろう、恋心とは。粉々に砕け散った筈なのに、時折何もなかったかのように現れて心を抉っていく。オリアーヌのようにきっぱり断ち切れない自分が情けなかった。
「まぁ、お姉様。お帰りなさいませ!」
家に帰ると、エントランスでミレーヌに会った。華やかに愛らしく着飾った姿は妖精のようだ。
「ただいま、ミレーヌ。出かけるの?」
「ええ、エクトル様とデートなの」
花が開くような笑みを浮かべるミレーヌは愛らしかった。そんな彼女は今、クルーゾー侯爵家のエクトル様との婚約話が上がっている。彼は私の一つ下で、中性的な麗しい容姿の持ち主だ。儚げな容姿のミレーヌと並ぶととてもお似合いで、二人の仲は学園でも話題になっていた。
ただミレーヌは勉強が苦手で、学園での成績はあまり良くない。家庭教師を付けても何だかんだ言って逃げ出してしまう。父が溺愛しているから教師も強く言えず、益々成績が下がっているのだけれど、エクトル様を射止めたミレーヌに父は、やっぱり女には教育など不要だの思いを強めていた。
もっとも、クルーゾー侯爵ご夫妻の考えは父とは逆だ。侯爵夫人の仕事は簡単ではなく、ご夫妻が望むのは容姿よりも成績が優秀でしっかりした女性だった。侯爵夫人がミレーヌよりも私の方が好ましいと言ったのも気に入らないのだろう。父からの風当たりは相変わらず強かった。
そんなに話を纏めたいのなら、今からでもミレーヌに勉強をさせればいいのにと思う。ミレーヌはまだ学園が二年残っているのだ。間に合わないということはない。努力している姿を見せれば侯爵ご夫妻の態度も軟化するだろうと思うのに、そこに話が行かないのが不思議だ。ミレーヌも毎日のように出かけている。これでは本気で侯爵夫人になりたいと思っていないように見られても仕方ないのに。
「何だ、帰っていたのか」
ミレーヌを見送って家に入ると、お父様の姿があった。機嫌がよかった顔は急速に無へと転じた。その言い方は帰ってこなくてもいいと言われているような気さえする。
「たった今帰ったところです」
「ああ」
それだけを言うと、父は踵を返して部屋へと向かってしまった。私も自分の部屋へと向かう。相変わらず父は私を見ると機嫌が悪くなる。何がそんなに気に入らないのかわからないけれど、もう慣れてしまった。
(居場所がないわね……)
父の態度もあってか、使用人も私よりもミレーヌ優先だ。邪険にされるわけではないけれど、居心地の悪さは昔から変わっていない。自宅よりもオリアーヌの屋敷の方が心地よく感じるのだから困ったものだ。
そんな私の唯一の希望が、フィルマン様との結婚だった。彼はこの家で私がどう扱われているかご存じだった。ルドン伯爵家に来たら誰も君を邪険になんかしないよと言ってくれたし、フルール様と出会う前は早く私を助け出したいとまで言ってくれた。それは私の希望でもあった。なのに……
(このタイミングで言ってくるなんてね……)
ミレーヌとの婚約話が進んでいることを知らなかったはずもない。このタイミングで白紙にすれば、私が一層父にきつく当たられることも。それでも彼は白紙を願い出た。もう私のことなど意識の片隅にも残っていないのだろう。
(ううん、元から、人の気持ちには疎かったわね……)
相手を思いやっている様に見せるけど、気が付けば自分の気持ちを優先していた。友達に対しても同じで、想像力が足りないと感じることが多かった。自分がこうだと思ったら、周りが見えなくなるのだ。それも成長すれば変わっていくかと思ったけど……残念ながらそうはならなかった。
もう再婚約はあり得ない。父が許さないし、世間もそうだ。何よりも私が許せなかった。再婚約の話を出したのは、確実に婚約をなかったことにしたかったからだ。あの時、私の恋心は砕け散って消えたから。もう二度と戻らないと思ったから。よりを戻してもきっと、また他の誰かに心変わりされると不安になるから。
(ダメね、後ろばかり見ていては……)
私は文官試験の参考書を手にした。
598
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる