【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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元婚約者との再会

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 フィルマン様が帰国したとの知らせを受けたのは、それから二月後のことだった。隣国とずっと揉めていた問題が解決したとかで、一団は歓迎ムードで迎えられた。その中にフィルマン様の姿もあった。
 あれから手紙は届いていなかった。帰国前で慌ただしかったのもあるのかもしれないけれど、一時の気の迷いであってほしかった。どうして今になって復縁など願うのか。今の彼ならいくらでも相手が見つかるだろうに。

 彼が隣国から帰国してからというもの、王宮にいるとどこかで鉢合わせないかと気になってしまった。職場ならいい。ここは王族が住む建物の中にあるから、万が一に備えて人の出入りは厳しく制限されている。あらかじめ許可を得た者しか出入り出来ない。
 問題はその外だ。出退勤時や他の部署に書類を届けに行ったり、わからない部分を尋ねに行ったりする時。仕事中だからとは思うのだけど、顔を合わせると想像するだけで気が重くなった。



 その時は当然やってきた。

「ジゼル!」

 その日は隣の棟にある会計局を尋ねた帰りだった。建物を繋ぐ回廊を歩いていると後ろから声をかけられた。声を聞いて直ぐに相手が分かった。二年経っても私を呼ぶ声は変わらない。

「ルドン伯爵令息……」

 大きな声で呼ばれれば無視することも出来ない。心の中でため息をつきながら、私はゆっくり振り返った。
 視界の先にあったのは、駆け寄って来るフィルマン様だった。二年経って少し痩せただろうか。頬の丸みが取れて一層精悍に見える。私と目が合うと表情がほころんだ。そこは昔のままだな、と思った。

「ああ、よかった。中々会いに行くのも難しくて……」

 目の前で息を整えながら、眩しそうに目を細めた。

「お久しぶりでございます。無事のご帰国、おめでとうございます」

 書類を胸に抱きしめながら軽く会釈すると、彼はありがとうと答えた。こうして実際に会うと、彼からは二年ぶりだという感じがしなかった。あの時の空気のままだ。

「その、手紙に書いたことなのだけど……」
「あ、はい」
「その……考えてくれていただろうか?」

 気まずそうに、でも少し照れ臭そうにフィルマン様は眉を下げた。そんな姿を懐かしく感じた。

「ルドン伯爵令息、申し訳ございませんが、私たちは既に終わった関係ですわ。今更そんなことを仰られましても……」
「……君がそういうのも仕方ない。私は……君を傷つけたのだから」

 申し訳なさそうに目を伏せた。少しはわかってくれたのだろうか。

「だが、隣国に行ってから、思い出すのは君のことばかりだった」
「え?」
「友人もいない異国で仕事をこなすだけの日々は、想像以上に寂しくて厳しいものだった。そんな時、頭に浮かんだのが君だったんだ。君はいつだって私を気遣い、声をかけてくれた」
「そうでしたか……」
「君のことを思い出す度、君がどれほど私を想っていてくれたのか、寄り添ってくれたのかがわかったよ。君は……君の愛情は本当に得難いものだったのだと」

 そう言うと彼は、書類を抱える私の手を取った。書類を落としそうになって慌てて持ち替えた。

「お願いだ。どうかもう一度やり直しをさせて欲しい」

 そう言って熱のこもった目を私に向けた。それは……フルール様に向けていたそれに似ているような気がした。

「で、ですが、私たちは既に婚約を白紙にしています。今更復縁など……」
「だが、君はまだ独身だろう? 婚約者もいないと聞いた」
「それは……」

 確かに結婚もしていないし、婚約者もいない。だってそれは……

「君が私を拒絶する気持ちもわかる。私は君の愛情にあぐらをかいて、大切な物に気付かない愚か者だったから」
「……」
「直ぐに許して貰おうなんて思っていない。それだけのことを私はやったから。君の傷ついた心が治るまで、私は何度でも謝罪しよう。何年でも、何十年でも……」

 真剣な表情の彼から出る言葉に嘘はないのだろう。彼はそんな器用な人ではないから、思ってもいないことをこんな風に言うことなど出来ない。本気で私に謝罪し、復縁を望んでいるのだ。それはあの手紙にあったのと同じものだった。

「ジゼル、どうかもう一度私にチャンスをくれ。今度こそ私は間違えないと神に誓う」

 握られた手が痛い。本気なのは伝わってきたけれど、今は痛みにそれどころではなかった。

「あ、あの、放して下さい!」
「ジゼル? どうして……?」

 拒絶と受け取ったのか、フィルマン様の力が益々強くなった。信じられないと言わんばかりの表情だけど、どうして復縁できるなんて思っているのだろう。それよりも……

「い、痛いんです! 手が!」
「あ……す、すまないっ!」

 半ば叫ぶようにそう言うと、彼は慌てて手を離した。自由になった手がジンジン痛むけど、書類を持っているからさすることも出来ない。フィルマン様は何度も謝って来たけれど、今は仕事中だし勘弁してほしい。こんなところを誰かに見られたらサボっていると言われてしまうかもしれないのに。

「シャリエ嬢?」

 その時だった。聞き慣れた声に呼ばれた。フィルマン様が慌てて声の主を振り返ったけれど、私は直ぐに誰かわかった。

「ミオット室長」
「え……? ミオット……侯爵?」

 タイミングがいいのか悪いのか。これでフィルマン様から解放されるとほっとするも、直ぐに人に見られたことへの不快感が込み上げてきた。

「どうした? お使いの帰りか?」
「あ、はい。会計局に急ぎの書類を届けに」
「そうか。そちらは?」

 怪訝な表情を向けたのはフィルマン様にだった。

「フィルマン=ルドンです。外交局の局長付き文官を拝命しておりました」
「ああ、隣国に行かれたあの一団の方か。難しい案件だったのを上手く取りまとめたそうだね」
「い、いえ、私はただ書類整理をしていただけですから」
「いやいや、隣国に連れて行くのだ。優秀な人材でなければ選ばれなかったよ」

 ミオット様はいつも人のことをよく見ている方だけど、フィルマン様のこともご存じだったなんて。意外だった。

「いえ、私など……」
「謙遜することはないよ。それにしても、シャリエ嬢とお知合いだったんだね。同級?」
「え、ええ、そうで……」
「か、彼女とは、以前婚約していたのです。ですが事情があって白紙になってしまって……ですが、彼女の素晴らしさに気付いて、もう一度やり直したいとお願いしていたところなのです!」

 私が室長の言葉に同意しようとしたのを遮って、フィルマン様が叫んだ。



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