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後悔しないために
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あの後も当たり障りのない会話が続いた。ミレーヌがやって来る事もなく、お茶の時間は滞りなく終わった。ジョセフ様が思った以上にミレーヌに興味がないとわかって、二人をくっつけるのが難しくなってしまった。バリエ伯爵家に嫁ぐ可能性は減ったけれど、このままではジョセフ様との結婚は確定だ。
(……このままじゃ、結婚は避けられない……)
ジョセフ様が思ったほど嫌な人ではなく、噂に聞くほど節操無しではないとはわかったのはよかったけれど、それを素直に喜べなかった。室長にこんな思いを持たなければ、思ったよりも真っ当そうな人だったと安堵して嫁いだかもしれない。貴族の結婚なんてそんなものだ。どんなに年が離れていようが、問題のある人物だろうが、命じられれば嫁ぐしかないのが貴族に生まれた者の責務だから。
実家を辞した後、オリアーヌの屋敷に寄った。何となくこのまま寮に戻りたくなかったし、誰かに話を聞いて貰いたい気分だったからだ。急な訪問だったけれど彼女は優しく受け入れてくれた。
「いっそ当たって砕けたら?」
思っていたことを吐き出した私に、彼女はそう言った。
「当たって砕ける……」
「そう。ミオット侯爵にその想いを正直に話したら? 何もしなければこのまま結婚よ? それに……」
「それに、何?」
オリアーヌの表情が急に険しくなった。何だろう、何だか嫌な予感がする。
「ミレーヌが何をするかわからないわよ? あなたの婚約者に襲い掛かって既成事実を作ったら? 自分だと偽ってジゼルをアルマン様に襲わせる可能性もあるわ。あの子は自分のためなら実の姉を犠牲にする事だって厭わないわよ?」
「まさか……」
いくら何でもそこまでするだろうか。仲がいいとは言えないけれど、実の姉妹なのに……
「ジゼルは優しいからそんなこと考えもしないだろうけど、あの子は自分のことしか考えていないわ。気を付けないと」
真剣な表情はそれが冗談ではないと物語っていた。
「このままじゃジョセフ様と結婚、最悪アルマン様を押し付けられるわ。どうするかはジゼルの自由だけど、ミオット侯爵は独り身よ。もしかしたらチャンスがあるかもしれないわ」
「そ、そうかしら……」
チャンスがあると思ってもいいのだろうか。そりゃあ、侯爵家からの申し込みがあれば、デュノア伯爵家との話は白紙に出来るけれど。
「侯爵とは挨拶はしたことがあるけれど、詳しいお人柄まではわからなかったけれど、穏やかでお優しそうな方だったわ。そこはジゼルの方がよくわかっているでしょう?」
「え、ええ」
「告白してもそれを誰かに言ったり、揶揄ったりする方じゃないでしょう? それにダメだったらジョセフ様と結婚するんだから退職になるわ。顔を合わせるのも暫くの間だけよね?」
「そう、ね」
「だったらやってみる価値はあるわ。後悔したくないでしょう?」
後悔という言葉が重かった。オリアーヌはルイゾン様との復縁に後悔しないと言っていたけれど、実際共に暮らしていると思うところはあるのだろう。フルール様のことがなければもっと心安く暮らせただろう。それでも彼女は当主で領民の命を預かる立場として、ルイゾン様を選ばなかったらもっと後悔すると言っていた。領主の夫として側に置くなら、一緒に領主教育を受けてきたルイゾン様が最適だったのだろう。
(後悔、か……)
後悔だったら既にしていた。あの時、室長に誰か想う相手がいるのかと問われた時に、どうして何も言えなかったのか。あの時室長だと、あなたを想っていると言えばよかったと物凄く後悔していた。あの時に時間が巻き戻ればいいのにと願ってしまうほどに。
(今度、その機会があったら……ううん、機会がなければ作らなきゃ……)
残業すればそんな機会もあるだろうか。最近の室長はやっと視察の報告なども片付いて、時間に余裕も出来ているように見えた。通常の業務に戻れば執務室での時間も増える筈。もし二人きりになるチャンスがあったら……その時こそはと心の中で誓った。
その時は突然やってきた。翌日が期限の書類の最終チェックのため、少し残業になってしまった。今日はフィルマン様はお休みで、カバネル様とムーシェ様は定時で帰ってしまわれた。室長はルイーズ様に呼ばれたっきり帰ってこないので、施錠のこともあって残っていたのだ。
「シャリエ嬢、大丈夫かい?」
「し、室長?」
急に声をかけられて声が上ずってしまった。いつの間にか戻ってこられたらしい。書類に集中していて気付かなかった。室長の黒い瞳が見開いていた。きっと変に思われただろう……
「ああ、驚かせてしまったかな。すまない」
「い、いえ、ちょっと驚いただけですから……」
変な声を出したことが恥ずかしい。でも、話しかけられた事が嬉しかった。こんな些細な事でも心が躍る。
「あ、あの、何か?」
何かあっただろうか? 頼まれている書類は期限内のものだ出してあるし、残りはまだ余裕がある筈。それともミスでもあっただろうか。
「用という訳じゃないんだけど、なんだか沈んでいる感じだったからね。最近ため息も多いようだし」
「……え?」
まさか仕事中に態度に出ていたなんて。とんでもない失態だ。仕事の時は出来るだけ平常心でと心がけているのに……
「デュノア伯爵家のことも気になってね」
「あ……」
そういえば室長が話をしてみると言って下さったけれど……気が付けば執務室には私と室長しかいなかった。こ、これは……
「彼のことなら心配はいらないよ。きっと上手く立ち回ってくれるだろう」
「え? それは……」
二人きりだと気付いたら一気に緊張感が増してきた。
「ああ、ジョゼフ君にね、話をしたんだよ。彼は私の後輩で、昔から相談に乗っていたんだ」
「そ、そうだったんですか」
ジョセフ様とそんな繋がりがあったなんて。そういえば室長は以前は宰相府などにお勤めだったという。
「彼は見た目の派手さと態度で損をしているけれど、真面目で優しい子なんだよ。シャリエ嬢にとっても悪い話ではないけれど……それでも結婚は考えられない?」
「それは……」
「本当の気持ちを話して?」
あの黒い瞳に覗き込まれると嘘など言えそうもなかった。こ、これはもしかして……
「は、はい……やっぱり私は……」
室長の知り合いだとしても、いい人だとしても、今は室長以外の方なんて考えられなかった。それが許されないことだとわかっているけれど、それでも……
「そうか」
ああ、このまま告げてしまってもいいだろうか。こんな機会はもう二度とないかもしれない・……
「室長、私……」
(……このままじゃ、結婚は避けられない……)
ジョセフ様が思ったほど嫌な人ではなく、噂に聞くほど節操無しではないとはわかったのはよかったけれど、それを素直に喜べなかった。室長にこんな思いを持たなければ、思ったよりも真っ当そうな人だったと安堵して嫁いだかもしれない。貴族の結婚なんてそんなものだ。どんなに年が離れていようが、問題のある人物だろうが、命じられれば嫁ぐしかないのが貴族に生まれた者の責務だから。
実家を辞した後、オリアーヌの屋敷に寄った。何となくこのまま寮に戻りたくなかったし、誰かに話を聞いて貰いたい気分だったからだ。急な訪問だったけれど彼女は優しく受け入れてくれた。
「いっそ当たって砕けたら?」
思っていたことを吐き出した私に、彼女はそう言った。
「当たって砕ける……」
「そう。ミオット侯爵にその想いを正直に話したら? 何もしなければこのまま結婚よ? それに……」
「それに、何?」
オリアーヌの表情が急に険しくなった。何だろう、何だか嫌な予感がする。
「ミレーヌが何をするかわからないわよ? あなたの婚約者に襲い掛かって既成事実を作ったら? 自分だと偽ってジゼルをアルマン様に襲わせる可能性もあるわ。あの子は自分のためなら実の姉を犠牲にする事だって厭わないわよ?」
「まさか……」
いくら何でもそこまでするだろうか。仲がいいとは言えないけれど、実の姉妹なのに……
「ジゼルは優しいからそんなこと考えもしないだろうけど、あの子は自分のことしか考えていないわ。気を付けないと」
真剣な表情はそれが冗談ではないと物語っていた。
「このままじゃジョセフ様と結婚、最悪アルマン様を押し付けられるわ。どうするかはジゼルの自由だけど、ミオット侯爵は独り身よ。もしかしたらチャンスがあるかもしれないわ」
「そ、そうかしら……」
チャンスがあると思ってもいいのだろうか。そりゃあ、侯爵家からの申し込みがあれば、デュノア伯爵家との話は白紙に出来るけれど。
「侯爵とは挨拶はしたことがあるけれど、詳しいお人柄まではわからなかったけれど、穏やかでお優しそうな方だったわ。そこはジゼルの方がよくわかっているでしょう?」
「え、ええ」
「告白してもそれを誰かに言ったり、揶揄ったりする方じゃないでしょう? それにダメだったらジョセフ様と結婚するんだから退職になるわ。顔を合わせるのも暫くの間だけよね?」
「そう、ね」
「だったらやってみる価値はあるわ。後悔したくないでしょう?」
後悔という言葉が重かった。オリアーヌはルイゾン様との復縁に後悔しないと言っていたけれど、実際共に暮らしていると思うところはあるのだろう。フルール様のことがなければもっと心安く暮らせただろう。それでも彼女は当主で領民の命を預かる立場として、ルイゾン様を選ばなかったらもっと後悔すると言っていた。領主の夫として側に置くなら、一緒に領主教育を受けてきたルイゾン様が最適だったのだろう。
(後悔、か……)
後悔だったら既にしていた。あの時、室長に誰か想う相手がいるのかと問われた時に、どうして何も言えなかったのか。あの時室長だと、あなたを想っていると言えばよかったと物凄く後悔していた。あの時に時間が巻き戻ればいいのにと願ってしまうほどに。
(今度、その機会があったら……ううん、機会がなければ作らなきゃ……)
残業すればそんな機会もあるだろうか。最近の室長はやっと視察の報告なども片付いて、時間に余裕も出来ているように見えた。通常の業務に戻れば執務室での時間も増える筈。もし二人きりになるチャンスがあったら……その時こそはと心の中で誓った。
その時は突然やってきた。翌日が期限の書類の最終チェックのため、少し残業になってしまった。今日はフィルマン様はお休みで、カバネル様とムーシェ様は定時で帰ってしまわれた。室長はルイーズ様に呼ばれたっきり帰ってこないので、施錠のこともあって残っていたのだ。
「シャリエ嬢、大丈夫かい?」
「し、室長?」
急に声をかけられて声が上ずってしまった。いつの間にか戻ってこられたらしい。書類に集中していて気付かなかった。室長の黒い瞳が見開いていた。きっと変に思われただろう……
「ああ、驚かせてしまったかな。すまない」
「い、いえ、ちょっと驚いただけですから……」
変な声を出したことが恥ずかしい。でも、話しかけられた事が嬉しかった。こんな些細な事でも心が躍る。
「あ、あの、何か?」
何かあっただろうか? 頼まれている書類は期限内のものだ出してあるし、残りはまだ余裕がある筈。それともミスでもあっただろうか。
「用という訳じゃないんだけど、なんだか沈んでいる感じだったからね。最近ため息も多いようだし」
「……え?」
まさか仕事中に態度に出ていたなんて。とんでもない失態だ。仕事の時は出来るだけ平常心でと心がけているのに……
「デュノア伯爵家のことも気になってね」
「あ……」
そういえば室長が話をしてみると言って下さったけれど……気が付けば執務室には私と室長しかいなかった。こ、これは……
「彼のことなら心配はいらないよ。きっと上手く立ち回ってくれるだろう」
「え? それは……」
二人きりだと気付いたら一気に緊張感が増してきた。
「ああ、ジョゼフ君にね、話をしたんだよ。彼は私の後輩で、昔から相談に乗っていたんだ」
「そ、そうだったんですか」
ジョセフ様とそんな繋がりがあったなんて。そういえば室長は以前は宰相府などにお勤めだったという。
「彼は見た目の派手さと態度で損をしているけれど、真面目で優しい子なんだよ。シャリエ嬢にとっても悪い話ではないけれど……それでも結婚は考えられない?」
「それは……」
「本当の気持ちを話して?」
あの黒い瞳に覗き込まれると嘘など言えそうもなかった。こ、これはもしかして……
「は、はい……やっぱり私は……」
室長の知り合いだとしても、いい人だとしても、今は室長以外の方なんて考えられなかった。それが許されないことだとわかっているけれど、それでも……
「そうか」
ああ、このまま告げてしまってもいいだろうか。こんな機会はもう二度とないかもしれない・……
「室長、私……」
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