【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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長男長女の結婚

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 レニエ様の言葉に、室内がシンと静まり返った。レニエ様を見上げるといつもの穏やかな表情のままで、とても今の言葉と結びつかない。

「はっはっは、ミオット侯爵は相変わらずだなぁ」

 呑気な笑い声はリサジュー侯爵のものだった。どういうこと? 相変わらずって……

「リ、リサジュー侯爵……」
「ん? 何だい、シャリエ伯爵?」

 声を振るわせて父がリサジュー侯爵を見上げた。凍てついた空気の中、唯一温かみを感じさせた笑い声に縋るようにも見えた。気が小さい父はレニエ様に抗議するだけの勇気はなかったらしい。まぁ、父にとっては殆ど面識がないから怖く思えたのかもしれないけれど、今の言葉は日頃のレニエ様を知っている私の方がより怖く思えたんじゃないかと思う。

「あ、あ、あの……今日のご用件は……」

 父が情けない声を出した。どうしてこの人をあんなに恐れていたのだろう。すっと何かが消えていくのを感じた。

「ああ、じゃぁ、座って話をしようか。なぁ、ミオット侯爵」
「そうですね」

 そう言うとレニエ様は私の側にやって来て、さり気なく私の腰に手を回り、側の二人掛けのソファに私を座らせると、ご自身も直ぐ側に座ってしまった。こんなに近くにだなんて……頭に血が上りそうだ。

「ははっ、ミオット侯爵、大胆だなぁ。いやいや、いいねぇ、ようやく君にも春が……こりゃあ騒ぎになるなぁ」

 リサジュー侯爵だけがこの状況を面白がっていた。エドモンもさすがにレニエ様の態度に驚いている。父とミレーヌに至っては我を忘れているように見えた。

「ほら、座りなよ、父上。ミレーヌも居座るなら邪魔するなよ。座れ」

 そう言われた父は力なく一人掛けのソファに沈み、ミレーヌも腰を下ろしたけれど、よほど驚きが強いのかエドモンの失礼な物言いに反論しなかった。

「じゃ、いいかな、シャリエ伯爵?」
「は、はい。もちろんでございます……」

 まだ自失から戻って来られない父だけど、リサジュー侯爵にそう言われては否とは言えなかった。

「今日我々が参ったのは、エドモン君とジゼル嬢の結婚についてだ」
「結婚ですって!」

 声を上げたのはミレーヌだったけれど、レニエ様が視線を向けると黙り込んだ。さっきの一言で怖いと感じたのだろうか。声を荒げたわけでもないのに。

「け、結婚、と申しますと……」
「ああ、まずエドモン君だが、彼を婿養子にと望む家がおありだ」
「婿養子ですと!? ですが、エドモンは……」
「ああ、嫡男なのは理解した上でお望みだ。そもそも貴殿は次女ばかりを優遇していると有名ではないか。だったらその娘に婿を取ればよかろう」
「で、ですが……」

 意外にも父は抵抗した。散々ミレーヌを優先してエドモンを蔑ろにしていたのに。そんなにミレーヌが大事なら最初から婿を取らせればよかったのだ。そうすればここまで醜聞が広がることもなかったのに。

「きゅ、急にそのようなことを言われましても……」
「嫡男でも婿入りすることは何も珍しくなかろう」
「で、ですが、いきなりそう仰られましても……」
「伯爵、これはお願いではないんだよ。相手は公爵家だ」

 思いがけない相手に驚いてエドモンを見た。目が合うとにこりと笑みを返してくる。彼がこの家に何の未練もないことが伺えた。

「こ、こ、公爵家……!? エ、エドモンが? まさか、そんな……」
「おや、何をそんなに驚かれる? エドモン君は優秀だし人望もある。職場での評判もいい。このまま実家を継いでもこれまでのことで出世は難しかろうが、公爵家の婿に入れば宰相は無理でも宰相補佐くらいにはなれるだろう。本当に得難い人材だよ」

 父親なのに知らなかったのかと言外に言われていた。でも、そこまでだったなんて私も知らなかった。きっとリサジュー侯爵もその公爵家もエドモンの才能を惜しく思ってくれたのだろう。

「エ、エドモンが公爵家の婿に……じゃ、私は公爵の妹に……」

 呆然としていたミレーヌがそう呟くのが聞こえた。

「そんなわけないだろう?」
「え?」
「婿入りしたらこの家とは縁を切る。お前を妹として遇することはないよ」
「え?」

 相変わらず自分の都合のいい夢を見ていた。

「で、でも……」
「公爵家に近付いてみろ。一瞬で消されるから、そのつもりで」
「え?」
「え、じゃないよ。公爵家の名に泥を塗るようなことをすれば命はないってこと。公爵は王族に次ぐ地位だからな。お前の不作法は不敬罪として成り立つんだよ」

 殺気をにじませた笑顔は初めて見る表情だった。こんな表情をするようになったのか。それが先天的なものか、後天的なものかはわからないけれど。姉なのに知らなかった。

「エ、エドモン、冗談は……」
「冗談ではありませんよ、シャリエ伯爵。彼は我が家に養子に入って貰う。その時点で一切の関係を断って頂きます。これはお願いではありません、命令です。国王陛下も内々にお許し下さっている。その意味を思い違えないように」

 それはもう王命とも言えるだろう。陛下がそのおつもりなら父に抗う術はない。

「そ、そんな……それじゃ我が家は……」
「令息を大事にすべきでしたな。公爵も陛下も全てご存じです」
「へ、陛下が……」

 父が頭を抱えて沈み込んだ。一伯爵家の事情を陛下が気にされることはないと今まで好き勝手やって来たけれど、とんでもない愚行だった。これでは我が家は当分冷遇されるだろう。

「ジゼル嬢のことも心配無用だ。私が妻としてお迎えしよう」
「ミ、ミオット侯爵? で、ですが……」
「ああ、家格のことも気にしなくていい。ちゃんと相応の家に養女として迎える。形だけだどね。ジゼル嬢がこの先困ることはないから安心して欲しい」
「え? レ、レニエ様?」

 見上げるといつもの笑みが返ってきた。養女の話は最悪の場合と仰っていなかっただろうか。いや、嫡男が縁切りの上公爵家に婿入りすればこの家は没落したようなものだから最悪といえるかもしれないけれど……レニエ様が別人に感じた。堂々として偉そうにすら見える。侯爵としてはこれくらいが普通だけど、普段との差が大きくて余計にそう見えるのだろうか……

「養女……そ、そんな……」

 エドモンだけでなく私も家を離れると言われて、父の表情が絶望色に染まった。

「貴殿には次女がいるであろう? どんな時でも優先していた次女が。社交界でも有名な話だ。婿を取ればずっと一緒にいられるだろう? 悪い話ではないと思うが?」

 全くレニエ様の言う通りだった。私もエドモンも散々そう言って来たけれど、父は全く取り合ってくれなかった。そんなに手放したくないのならもっと大事にすればよかったのだ。


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