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切れる縁
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「ご了解頂けたかな、シャリエ伯爵?」
項垂れる父にレニエ様が問いかけた。疑問形だけど是の答えしか父が選べる選択肢はない。公爵家も関わっているなら否といえば我が家は破滅するだろう。リサジュー侯爵の言う公爵家がどこかはわからないけれど、既に準備は整っているのだろう。
「待ってください!」
父に代わって声を上げたのはミレーヌだった。
「何だミレーヌ。邪魔するなと言っただろう」
「でもエドモン、納得出来ないわ! どうしてエドモンやお姉様が格上の家に求められているのよ。私だって……」
「格上の家になればなるほどお前なんか選ばないよ」
「嘘よ! だって私はこんなに可愛いのよ? みんな私を欲しいって言ってくれるわ!」
「ああ、遊ぶ相手にはちょうどいいだろうよ。何も考えていない軽い頭だ。ちょっと煽てれば直ぐに喜ぶ」
「な、何ですって!!」
大声を張り上げて立ち上がった。そういうところなんだと思うけど、言っても無駄だと思うので黙って二人のやり取りを見守る。
「そういうところだよ」
言い合う二人をそろそろ止めようと思ったらレニエ様に先を越された。
「へ?」
「思い通りにならないと大声で叫ぶ、泣く、喚く。どれも妻としてやって欲しくないことだ。連れて歩くのも恥ずかしい」
「あ、あ……」
レニエ様が容赦ない。こういう方だっただろうか。もっと優しくて丁寧で、ブルレック様やフィルマン様にも優しく諭すように話していたんだけど……
「やはり養女にするしかないな。ジゼル、いいだろうか?」
見下ろす黒い瞳にはどこか不安そうにも見えた。私が否というのを恐れているのだろうか。そんな筈はないのに。
「もちろんです。レニエ様の仰る通りに」
ずっとこの家から離れたかったのだ。この機会を逃す気はなかった。
「ではシャリエ伯爵、この書類にサインを」
レニエ様が懐から紙を取り出した。厚手のそれは見覚えがある。
「こ、これは……」
「絶縁と養子縁組の届書だ。あとは貴殿とジゼルのサインだけだ」
思わず悲鳴が出そうになった。父と私の欄以外は全て記入済みだったからだ。しかも……
「セシャン伯爵家?」
父が叫んだ家名はルイーズ様のお母様の実家だった。何時の間にそんな話を……ルイーズ様はそんなこと、一言も……
「ルイーズ様がジゼルの仕事ぶりを気に入って下さってね。ご助力下さったんだよ」
黒い瞳が優しく私を見下ろした。それだけのことなのに頬に熱が集まる。
「そ、そうですか……」
「だから何も心配はいらないよ。ジゼル、サインを頂ければ直ぐにでも我が家に越してきてほしい」
「え?」
引っ越す? いきなり?
「ああ、仕事は続けてくれていいよ。だけど、少しずつでも侯爵夫人の仕事も覚えて欲しいからね。ほら、婚約中から同居して夫人業を覚えるのはよくあることだろう?」
レニエ様の目と口が弧を描いた。そりゃあ婚約した後は相手の家の家風に馴染むために同居することは珍しくない。でも、いきなり侯爵家にだなんて、まだ心の準備が……
「ミオット侯爵、落ち着かれよ。令嬢が混乱しているよ」
リサジュー侯爵が助け舟を出してくれた。
「あ、ああ、すまないジゼル。ああ、ダメだな。また浮かれてる」
「い、いえ……」
手を口に当てて目を逸らしたレニエ様は耳が赤くなっていた。浮かれているだなんて、あのレニエ様が……嬉しいけれど恥ずかしい。エドモンもリサジュー侯爵もいらっしゃるのに。姉上、愛されているねとエドモンが笑っていて私まで赤くなりそうだ。
「シャリエ伯爵、サインを」
表情を引き締めてレニエ様がもう一度父に促すと、父は呆けた表情のままサインをした。最後に私がサインしてレニエ様に渡すと、届書を確認した後で私を見て笑顔を浮かべた。
「ジゼル、侯爵家に来るのはいつでもいい。待っているから。ああ、ここにも大切な物があるだろう? 近々車を寄こそう」
「い、いえ、その必要はありません。大事なものは……全て寮にありますから」
そう、家を出る時にそう決めたのだ。万が一父と言い合いになって出て行けと言われた時に直ぐに出て行けるようにと、大事な物は寮に持っていった。それもお母様や友人がくれた品や手紙、学園で使ったノートや教科書くらいだけど。
「シャリエ伯爵、エドモン君の方もサインを頂けるかな。彼は私の養子として公爵家に入ることになるからね」
そう言ってリサジュー侯爵が同じような届書を出した。もう父の顔色はこれ以上ないくらいに失い、気力すらも残っていないように見えた。差し出された紙に無言でサインをした。
「ふむ、こちらもこれで片付きましたな」
リサジュー侯爵が届書を確認しながら呟いた。彼はこの手の書類の責任者だから、この後職場に戻って裁可させてしまうのだろう。公爵家が絡んでいるなら陛下に話がいっているのだろうし。
「それでは失礼しますよ、シャリエ伯爵」
リサジュー侯爵が私の分の書類も手にして立ち上がった。
「既に届書にサインをされた。今この時点からエドモン君とジゼル嬢は赤の他人だ。そのことを肝に命じられよ。何か言いたいことはあるかな?」
最終通告とも言える言葉は何だか他人事のように聞こえた。まだ実感がないせいだろうか。
「……何も、ございません……」
「お父様!?」
「二人を、どうか……よろしくお願い致します」
声を上げたミレーヌを気にかけること無く、父は深く頭を下げてもう一度是と答えた。
項垂れる父にレニエ様が問いかけた。疑問形だけど是の答えしか父が選べる選択肢はない。公爵家も関わっているなら否といえば我が家は破滅するだろう。リサジュー侯爵の言う公爵家がどこかはわからないけれど、既に準備は整っているのだろう。
「待ってください!」
父に代わって声を上げたのはミレーヌだった。
「何だミレーヌ。邪魔するなと言っただろう」
「でもエドモン、納得出来ないわ! どうしてエドモンやお姉様が格上の家に求められているのよ。私だって……」
「格上の家になればなるほどお前なんか選ばないよ」
「嘘よ! だって私はこんなに可愛いのよ? みんな私を欲しいって言ってくれるわ!」
「ああ、遊ぶ相手にはちょうどいいだろうよ。何も考えていない軽い頭だ。ちょっと煽てれば直ぐに喜ぶ」
「な、何ですって!!」
大声を張り上げて立ち上がった。そういうところなんだと思うけど、言っても無駄だと思うので黙って二人のやり取りを見守る。
「そういうところだよ」
言い合う二人をそろそろ止めようと思ったらレニエ様に先を越された。
「へ?」
「思い通りにならないと大声で叫ぶ、泣く、喚く。どれも妻としてやって欲しくないことだ。連れて歩くのも恥ずかしい」
「あ、あ……」
レニエ様が容赦ない。こういう方だっただろうか。もっと優しくて丁寧で、ブルレック様やフィルマン様にも優しく諭すように話していたんだけど……
「やはり養女にするしかないな。ジゼル、いいだろうか?」
見下ろす黒い瞳にはどこか不安そうにも見えた。私が否というのを恐れているのだろうか。そんな筈はないのに。
「もちろんです。レニエ様の仰る通りに」
ずっとこの家から離れたかったのだ。この機会を逃す気はなかった。
「ではシャリエ伯爵、この書類にサインを」
レニエ様が懐から紙を取り出した。厚手のそれは見覚えがある。
「こ、これは……」
「絶縁と養子縁組の届書だ。あとは貴殿とジゼルのサインだけだ」
思わず悲鳴が出そうになった。父と私の欄以外は全て記入済みだったからだ。しかも……
「セシャン伯爵家?」
父が叫んだ家名はルイーズ様のお母様の実家だった。何時の間にそんな話を……ルイーズ様はそんなこと、一言も……
「ルイーズ様がジゼルの仕事ぶりを気に入って下さってね。ご助力下さったんだよ」
黒い瞳が優しく私を見下ろした。それだけのことなのに頬に熱が集まる。
「そ、そうですか……」
「だから何も心配はいらないよ。ジゼル、サインを頂ければ直ぐにでも我が家に越してきてほしい」
「え?」
引っ越す? いきなり?
「ああ、仕事は続けてくれていいよ。だけど、少しずつでも侯爵夫人の仕事も覚えて欲しいからね。ほら、婚約中から同居して夫人業を覚えるのはよくあることだろう?」
レニエ様の目と口が弧を描いた。そりゃあ婚約した後は相手の家の家風に馴染むために同居することは珍しくない。でも、いきなり侯爵家にだなんて、まだ心の準備が……
「ミオット侯爵、落ち着かれよ。令嬢が混乱しているよ」
リサジュー侯爵が助け舟を出してくれた。
「あ、ああ、すまないジゼル。ああ、ダメだな。また浮かれてる」
「い、いえ……」
手を口に当てて目を逸らしたレニエ様は耳が赤くなっていた。浮かれているだなんて、あのレニエ様が……嬉しいけれど恥ずかしい。エドモンもリサジュー侯爵もいらっしゃるのに。姉上、愛されているねとエドモンが笑っていて私まで赤くなりそうだ。
「シャリエ伯爵、サインを」
表情を引き締めてレニエ様がもう一度父に促すと、父は呆けた表情のままサインをした。最後に私がサインしてレニエ様に渡すと、届書を確認した後で私を見て笑顔を浮かべた。
「ジゼル、侯爵家に来るのはいつでもいい。待っているから。ああ、ここにも大切な物があるだろう? 近々車を寄こそう」
「い、いえ、その必要はありません。大事なものは……全て寮にありますから」
そう、家を出る時にそう決めたのだ。万が一父と言い合いになって出て行けと言われた時に直ぐに出て行けるようにと、大事な物は寮に持っていった。それもお母様や友人がくれた品や手紙、学園で使ったノートや教科書くらいだけど。
「シャリエ伯爵、エドモン君の方もサインを頂けるかな。彼は私の養子として公爵家に入ることになるからね」
そう言ってリサジュー侯爵が同じような届書を出した。もう父の顔色はこれ以上ないくらいに失い、気力すらも残っていないように見えた。差し出された紙に無言でサインをした。
「ふむ、こちらもこれで片付きましたな」
リサジュー侯爵が届書を確認しながら呟いた。彼はこの手の書類の責任者だから、この後職場に戻って裁可させてしまうのだろう。公爵家が絡んでいるなら陛下に話がいっているのだろうし。
「それでは失礼しますよ、シャリエ伯爵」
リサジュー侯爵が私の分の書類も手にして立ち上がった。
「既に届書にサインをされた。今この時点からエドモン君とジゼル嬢は赤の他人だ。そのことを肝に命じられよ。何か言いたいことはあるかな?」
最終通告とも言える言葉は何だか他人事のように聞こえた。まだ実感がないせいだろうか。
「……何も、ございません……」
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