【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

文字の大きさ
40 / 86

切れる縁

しおりを挟む
「ご了解頂けたかな、シャリエ伯爵?」

 項垂れる父にレニエ様が問いかけた。疑問形だけど是の答えしか父が選べる選択肢はない。公爵家も関わっているなら否といえば我が家は破滅するだろう。リサジュー侯爵の言う公爵家がどこかはわからないけれど、既に準備は整っているのだろう。

「待ってください!」

 父に代わって声を上げたのはミレーヌだった。

「何だミレーヌ。邪魔するなと言っただろう」
「でもエドモン、納得出来ないわ! どうしてエドモンやお姉様が格上の家に求められているのよ。私だって……」
「格上の家になればなるほどお前なんか選ばないよ」
「嘘よ! だって私はこんなに可愛いのよ? みんな私を欲しいって言ってくれるわ!」
「ああ、遊ぶ相手にはちょうどいいだろうよ。何も考えていない軽い頭だ。ちょっと煽てれば直ぐに喜ぶ」
「な、何ですって!!」

 大声を張り上げて立ち上がった。そういうところなんだと思うけど、言っても無駄だと思うので黙って二人のやり取りを見守る。

「そういうところだよ」

 言い合う二人をそろそろ止めようと思ったらレニエ様に先を越された。

「へ?」
「思い通りにならないと大声で叫ぶ、泣く、喚く。どれも妻としてやって欲しくないことだ。連れて歩くのも恥ずかしい」
「あ、あ……」

 レニエ様が容赦ない。こういう方だっただろうか。もっと優しくて丁寧で、ブルレック様やフィルマン様にも優しく諭すように話していたんだけど……

「やはり養女にするしかないな。ジゼル、いいだろうか?」

 見下ろす黒い瞳にはどこか不安そうにも見えた。私が否というのを恐れているのだろうか。そんな筈はないのに。

「もちろんです。レニエ様の仰る通りに」

 ずっとこの家から離れたかったのだ。この機会を逃す気はなかった。

「ではシャリエ伯爵、この書類にサインを」

 レニエ様が懐から紙を取り出した。厚手のそれは見覚えがある。

「こ、これは……」
「絶縁と養子縁組の届書だ。あとは貴殿とジゼルのサインだけだ」

 思わず悲鳴が出そうになった。父と私の欄以外は全て記入済みだったからだ。しかも……

「セシャン伯爵家?」

 父が叫んだ家名はルイーズ様のお母様の実家だった。何時の間にそんな話を……ルイーズ様はそんなこと、一言も……

「ルイーズ様がジゼルの仕事ぶりを気に入って下さってね。ご助力下さったんだよ」

 黒い瞳が優しく私を見下ろした。それだけのことなのに頬に熱が集まる。

「そ、そうですか……」
「だから何も心配はいらないよ。ジゼル、サインを頂ければ直ぐにでも我が家に越してきてほしい」
「え?」

 引っ越す? いきなり?

「ああ、仕事は続けてくれていいよ。だけど、少しずつでも侯爵夫人の仕事も覚えて欲しいからね。ほら、婚約中から同居して夫人業を覚えるのはよくあることだろう?」

 レニエ様の目と口が弧を描いた。そりゃあ婚約した後は相手の家の家風に馴染むために同居することは珍しくない。でも、いきなり侯爵家にだなんて、まだ心の準備が……

「ミオット侯爵、落ち着かれよ。令嬢が混乱しているよ」

 リサジュー侯爵が助け舟を出してくれた。

「あ、ああ、すまないジゼル。ああ、ダメだな。また浮かれてる」
「い、いえ……」

 手を口に当てて目を逸らしたレニエ様は耳が赤くなっていた。浮かれているだなんて、あのレニエ様が……嬉しいけれど恥ずかしい。エドモンもリサジュー侯爵もいらっしゃるのに。姉上、愛されているねとエドモンが笑っていて私まで赤くなりそうだ。

「シャリエ伯爵、サインを」

 表情を引き締めてレニエ様がもう一度父に促すと、父は呆けた表情のままサインをした。最後に私がサインしてレニエ様に渡すと、届書を確認した後で私を見て笑顔を浮かべた。

「ジゼル、侯爵家に来るのはいつでもいい。待っているから。ああ、ここにも大切な物があるだろう? 近々車を寄こそう」
「い、いえ、その必要はありません。大事なものは……全て寮にありますから」

 そう、家を出る時にそう決めたのだ。万が一父と言い合いになって出て行けと言われた時に直ぐに出て行けるようにと、大事な物は寮に持っていった。それもお母様や友人がくれた品や手紙、学園で使ったノートや教科書くらいだけど。

「シャリエ伯爵、エドモン君の方もサインを頂けるかな。彼は私の養子として公爵家に入ることになるからね」

 そう言ってリサジュー侯爵が同じような届書を出した。もう父の顔色はこれ以上ないくらいに失い、気力すらも残っていないように見えた。差し出された紙に無言でサインをした。

「ふむ、こちらもこれで片付きましたな」

 リサジュー侯爵が届書を確認しながら呟いた。彼はこの手の書類の責任者だから、この後職場に戻って裁可させてしまうのだろう。公爵家が絡んでいるなら陛下に話がいっているのだろうし。

「それでは失礼しますよ、シャリエ伯爵」

 リサジュー侯爵が私の分の書類も手にして立ち上がった。

「既に届書にサインをされた。今この時点からエドモン君とジゼル嬢は赤の他人だ。そのことを肝に命じられよ。何か言いたいことはあるかな?」

 最終通告とも言える言葉は何だか他人事のように聞こえた。まだ実感がないせいだろうか。

「……何も、ございません……」
「お父様!?」
「二人を、どうか……よろしくお願い致します」

 声を上げたミレーヌを気にかけること無く、父は深く頭を下げてもう一度是と答えた。




しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...