【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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妹の失踪

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「ミレーヌが行方不明ですって?」

 ドルレアク公爵家の夜会の次はミオット侯爵家だ。三週間後の夜会に向けて私たちの忙しさは益々増していた。
 そんな中実家の家令が、ミレーヌが来ていないかと尋ねてきたのは既に辺りが暗くなった後だった。随分焦燥した様子に、仕方なくレニエ様の執務室へと通した。家令は目の下に隈を造り、彼自身も相当疲れているのが見える。これまでもこうしてあちこちを探し回っていたのだろうか。

「どういうことなの? 行方不明だなんて。帰る時間が遅れているだけではないの?」

 ミレーヌには女友達がいなかったけれど、懇意にしている令息はいた。最近では相手にしてくれる相手がかなり減ったけれど、それでも遊びに行く相手には事欠かない。帰る途中で馬車の故障で動けなくなることも珍しくない。もしくは父に黙って夜会に出ている可能性もあるだろう。最近は顔を仮面で隠した夜会が流行っていて、終わりが遅いと聞く。この時間なら今から始まるくらいだろう。

「そ、それが……もう二十日もお帰りになっていないのです!」
「二十日も!?」

 家令は緊張の糸が切れたのか、感情を抑えられなくなっているらしい。ハンカチで涙を拭きながらこれまでも経緯を話した。未婚の令嬢が何の連絡もなく二十日も家を空けるなんてあり得ない。誰か知り合いの屋敷や別荘に招かれているのではないのか。

「ど、どこかのお屋敷に滞在しているのではなくて?」
「それが……ミレーヌ様の書置きが残されておりまして、そこには二度と戻らないと……」
「戻らない? あの子が? あのミレーヌがそう言ったの?」

 父が溺愛し、ミレーヌもそんな父を慕っていた。貴族に生まれて贅沢好きなあの子が家を離れてどう生きようというのか。既にあの家にはミレーヌしかおらず、婿を迎えて自由に生きられるようになったのに。

「旦那様も手を尽くし、警備隊にも捜索願を出しておりますが、一向に行方が知れず。どなたかのお屋敷に滞在しているにしても、これだけ長い期間お戻りにならなかったのは初めて。しかも部屋の引出しからは書置きも出てきまして……」
「だったら、ミレーヌの意思でどこかに隠れているってこと?」
「警備隊などもそう仰います。ですが、跡取りのミレーヌ様が戻らぬと仰った事で、旦那様が倒れてしまい……」
「お父様が!?」

 思わずレニエ様と顔を見合わせてしまった。あの父が倒れたなんて……そりゃあ、戻らないということは捨てられたも同然だからショックなのかもしれないけれど、倒れている場合じゃないだろうに。

「既に心当たりがあるところはお訪ねしておりますが、どなたも最近は会っていなかったと仰るばかりで……」
「そう。怪しいと思える者は? 例えば……屋敷で最近辞めた者とか?」
「辞めた者、ですか。そうですね……厨房で働いていた若者が家庭の事情で……あと、侍女のテレーズが腰を痛めて辞めたくらいですが……」
「その者たちとミレーヌは親しかったのかしら?」
「そこまでは……」

 調べていなかったらしい。やっぱりあの父の家令だ。こういうところも似ていた。

「念のためその二人の身辺を調べなさい。もしかしたらミレーヌに協力しているかもしれないし」
「し、しかし……」

 怪しい芽があるのにどうしてそれを調べないのだろう。こういうところが甘いというか抜けているのだ。

「それ以外でもミレーヌと親しかった侍女の周辺もそれとなく探って。何か知っている者がいるかもしれないから」
「は、はいっ」

 恐縮しながら家令は帰っていった。相変わらずな彼の様子にため息が出る。

「申し訳ございません、レニエ様」

 また実家のことで時間を取らせてしまったのが申し訳ない。ミレーヌの奔放さに呆れのため息が出た。全く何をやっているのだろう、あの子は。婿を取って家を継がなきゃいけないのに。

「ミレーヌ嬢のことは私も調べてみよう」
「そんな! レニエ様のお手を煩わせる必要など……」
「でも、ジゼルは気になってしまうだろう? それにこの件は下手をするとエドモン君にも関係してくるだろう? 彼が動くのは難しいだろうからね。私に任せてほしい」
「レニエ様……」

 申し訳ない気持ちと、私たち姉弟を案じて下さる気持ちが嬉しくて涙が零れそうだ。こんな風に私たち姉弟を案じてくれる人がいなかったから余計にそう感じるのだろうか。

「ジゼルのためなら大したことではないよ。元々あちこちに人をやって情報を集めているからね。妹御のことを加えるだけだから気にしないで」

 簡単に仰るけれど、それだって大変なことだろうに。そうは思うけれどそんな伝手もないので甘えるしかないのが情けなかった。

「ジゼルのために何か出来るのが嬉しいんだよ。だから気に止まないで」

 重ねてそう言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。




 翌々日、昼食時にエドモンに会った。彼もミレーヌの行く当てに心当たりはないという。寮での生活を主にして実家に殆ど戻っていなかったのは私も同じだ。

「一応閣下が行方を捜してくれると言って下さったよ」
「私もレニエ様がそう仰って下さったわ」
「全くあのバカ、どれだけ迷惑をかければ気が済むんだ」

 珍しくエドモンが怒りを露わにした。最近はすっかり空気のような扱いになっていたけれど、心の奥では怒りを溜めていたのだろう。双子だったせいで割を食う頻度も高かっただろうし。

「あの子が何をしたいのか、さっぱりわからないわ。あれだけ愛情を注いでもらったのに、何が不満だったのかしら……」
「全くだよ。あれだけ好き勝手出来たのに。こっちは必至でやって来たのに、あいつ見ていると世の中が馬鹿馬鹿しくなってくる」

 ミレーヌの考えていることはさっぱりわからない。家の中で差別されているのを自覚してからは面倒だからと近付かず、ここ数年は話も殆どしていなかった。あの子が何を考えているのかもそうだけど、交友関係も詳しく知らない。迷惑をかけられないよう苦言を言いつつも遠巻きにしていた自覚はある。

「そう言えば……子供が出来たとお父様が我が家に押しかけて来たことがあったわね」
「え? 何それ? 聞いてないけど」
「確証がないから言わなかったのよ。侍女たちがそう噂していたって話だったから。その後家に来た時にはそんな風には見えなかったし……」

 家に来た時も元気だったし、子どもがいるならもっと自制するだろう。そう思ったからあれば勘違いだと思い込んでいたけれど……

「そうなると話が変わって来るな」
「ええ」
「わかった。閣下にもそれとなく話しておくよ。子がいるなら産院などに姿を見せるかもしれないし」
「そうね。私もレニエ様に話してみるわ」

 もしかしたらレニエ様はもう動いているかもしれないけれど。

「本当に、どこで何をしているのかしら」

 妹なのにミレーヌが凄く遠く感じた。あの子のことをよくわかっていなかったのだと改めて気付いて、益々不安が育っていくのを感じた。



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