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元妹の教育
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貴族として当然知っていなければいけない筈の前触れの出し方を知らないと、確かにミレーヌは言った。私とエドモンはそんなミレーヌをまじまじと見つめた後、父を見た。
「どういうことですの? ミレーヌにちゃんと淑女教育をしたのですよね? クルーゾー侯爵家からも散々言われていましたわよね」
基本中の基本も出来ていなかったなんてあり得ない。いや、この件だけを知らなかったのだろう。そう思いたいのだけど、声をかけられた父の様子は私の希望に反するものだった。顔は青褪め、縮こまっている。
「まさか……そんな基本すらも……」
眩暈がしそうだった。レニエ様がいらっしゃるのにこんな失態を知られてしまうなんて……恥ずかしくて穴があったら入りたい。頭を抱えたいのはこちらの方だ。
「前触れなんて家令か侍女に言えばよかったでしょう? 何も自分で出す必要などないのよ」
「そうだったの?」
「……いつもどうしていたんだよ?」
「それは……お父様に言えば、やってくれたから……」
ああ、そういうことか。縁を切った私たちに連絡を取るのを禁止されたから、父には頼めなかったのか。それで自分で……近くにいる侍女にでも相談してくれれば……と思ったけれど、あの子のお気に入りの侍女は同類だった。だから気が合ったのだろうけど。
「前触れのことはいいわ。それよりもこれからのことね。そちらのロイ様が夫って……それじゃミレーヌ、あなた……」
さすがにはっきり尋ねるのは憚られたけれど、ミレーヌは一瞬躊躇した後の小さく頷いた。貴族の女性には厳しく処女性を求めるのがこの国だ。そりゃあ婿取りの場合、妻が血を継いでいるから嫁入りほどには重視されないかもしれないけれど、こうなっては婿取りも絶望的だろう。こめかみと胃が痛んだ。
「はぁ、どうする姉上?」
それは質問というよりも確認だろう。ミレーヌの性格からしてロイと引き離すのは簡単ではなさそうだ。かと言って夫を迎えて貴族夫人として表面だけでも繕う……なんていうのは無理だろう。そんな芸当が出来ていれば今頃はクルーゾー侯爵家に嫁げただろうし。
「どうするもこうするも……こうなっては取れる手は限られているわ。ねぇミレーヌ、あなた、このまま平民としてやっていけるの? 貴族として贅沢に育ったあなたが」
「そ、それは……」
目を泳がせる姿に、既に平民としての生活が苦しくなっているのだと理解した。それもそうだろう。今まで我慢するなんてなかったのだ。痩せて血色の悪い顔色に荒れた手、シミだらけの服に、辛うじてその体を成している靴はミレーヌの我慢の限界を遥かに上回っていた。
「このまま平民として生きるなら、除籍届を出さないとね。その代わり、二度とこの家に足を踏み入れることは出来ないわ。除籍されればこの家にミレーヌという娘は最初からいなかったことになるのだから」
「そんな!」
「法律でそうなっているのだから仕方がないわ」
「何だよ。駆け落ちしたくせに実家に頼る気だったのかよ?」
「そ、そんなわけじゃ……」
「だったら問題ないだろう? 二度と実家にも俺たちにも関わるなよ」
エドモンが突き放すと、ミレーヌの表情が一層強張った。多分今の生活が耐えがたいのだろう。それでも戻ってこなかったのはロイへの愛故か。意地……を張れるほどの根性はないだろう。
「ど、どうしてよ……」
「え?」
「どうして私ばかり責められるのよ!? 私は……お父様の言う通りにして来ただけなのに!!」
涙を溜めてミレーヌがエドモンに声を荒げた。
「どうしてって……」
「ちゃんと言われた通りにしたわ!! お母様の理想の娘になれるように振舞って、お母様の望むように皆から愛されるようにして!!」
「ミレーヌ?」
「あんな子どもっぽいドレスなんか好きじゃなかった!! 馬鹿みたいにへらへら笑っているのも、男に媚びるのも嫌だったわ!! それでも、お母様が望んでいるからって、お母様はもう死んでいるから代わりにしなきゃいけないんだって、そう言うからやって来たのに!!」
突然立ち上がって放たれた言葉の内容に、誰もが驚いてミレーヌを見上げた。お母様の理想? お母様のように? 一体どういうこと……?
「お母様って、母上が何だって言うんだよ? 今は関係ないだろう?」
「関係あるわよ!! 何よ、二人共自由に好き勝手して!!」
「何言ってんだよ。好き勝手していたのはお前だろうが」
「していないわよ! 私は……私はいつだってお父様の言う通りお母様が望む理想の娘になろうと頑張っていたわ!!」
「何だよそれ……」
ミレーヌと私たちの認識が大きく間違っているのを感じた。それは母の意向で、それを後押ししていたのは、ソファに掛けて俯いたままの父……
「エドモン落ち着いて。ミレーヌ、どういうこと? お母様の理想って……」
お母様の理想とか望みなんて聞いたことがなかった。
「お母様の……遺した日記帳があるのよ。私が生まれるまで書いていた」
「そんなものが……」
「そこにはお母様が書いた、女の子が生まれた時にやりたいと思っていたことが書かれていたわ。お姉様の時には出来なかったことをやりたいって。次女なら長女ほど難しいことは言われないだろうから、お母様がなりたかった理想の女の子に育てるんだって」
「お母様の理想……お父様、そうなのですの?」
父に声をかけるとビクッと身体を揺らした。その様子からもミレーヌの言うことが正しいのだと理解した。それでは、あのミレーヌの非常識な振る舞いは、母のせい?
「父上、どういうことか話して貰おうか。ミレーヌ、その日記はどこにあるんだ?」
エドモンの声が低くなった。真剣で怒りを耐えているようなもので、今までこんな表情を見たことがなかった。
「日記は私の部屋よ。棚の一番上の引出しの中よ」
「そうか。取って来てくれ」
エドモンが家令に命じると彼は直ぐに部屋を飛び出していった。
「どういうことですの? ミレーヌにちゃんと淑女教育をしたのですよね? クルーゾー侯爵家からも散々言われていましたわよね」
基本中の基本も出来ていなかったなんてあり得ない。いや、この件だけを知らなかったのだろう。そう思いたいのだけど、声をかけられた父の様子は私の希望に反するものだった。顔は青褪め、縮こまっている。
「まさか……そんな基本すらも……」
眩暈がしそうだった。レニエ様がいらっしゃるのにこんな失態を知られてしまうなんて……恥ずかしくて穴があったら入りたい。頭を抱えたいのはこちらの方だ。
「前触れなんて家令か侍女に言えばよかったでしょう? 何も自分で出す必要などないのよ」
「そうだったの?」
「……いつもどうしていたんだよ?」
「それは……お父様に言えば、やってくれたから……」
ああ、そういうことか。縁を切った私たちに連絡を取るのを禁止されたから、父には頼めなかったのか。それで自分で……近くにいる侍女にでも相談してくれれば……と思ったけれど、あの子のお気に入りの侍女は同類だった。だから気が合ったのだろうけど。
「前触れのことはいいわ。それよりもこれからのことね。そちらのロイ様が夫って……それじゃミレーヌ、あなた……」
さすがにはっきり尋ねるのは憚られたけれど、ミレーヌは一瞬躊躇した後の小さく頷いた。貴族の女性には厳しく処女性を求めるのがこの国だ。そりゃあ婿取りの場合、妻が血を継いでいるから嫁入りほどには重視されないかもしれないけれど、こうなっては婿取りも絶望的だろう。こめかみと胃が痛んだ。
「はぁ、どうする姉上?」
それは質問というよりも確認だろう。ミレーヌの性格からしてロイと引き離すのは簡単ではなさそうだ。かと言って夫を迎えて貴族夫人として表面だけでも繕う……なんていうのは無理だろう。そんな芸当が出来ていれば今頃はクルーゾー侯爵家に嫁げただろうし。
「どうするもこうするも……こうなっては取れる手は限られているわ。ねぇミレーヌ、あなた、このまま平民としてやっていけるの? 貴族として贅沢に育ったあなたが」
「そ、それは……」
目を泳がせる姿に、既に平民としての生活が苦しくなっているのだと理解した。それもそうだろう。今まで我慢するなんてなかったのだ。痩せて血色の悪い顔色に荒れた手、シミだらけの服に、辛うじてその体を成している靴はミレーヌの我慢の限界を遥かに上回っていた。
「このまま平民として生きるなら、除籍届を出さないとね。その代わり、二度とこの家に足を踏み入れることは出来ないわ。除籍されればこの家にミレーヌという娘は最初からいなかったことになるのだから」
「そんな!」
「法律でそうなっているのだから仕方がないわ」
「何だよ。駆け落ちしたくせに実家に頼る気だったのかよ?」
「そ、そんなわけじゃ……」
「だったら問題ないだろう? 二度と実家にも俺たちにも関わるなよ」
エドモンが突き放すと、ミレーヌの表情が一層強張った。多分今の生活が耐えがたいのだろう。それでも戻ってこなかったのはロイへの愛故か。意地……を張れるほどの根性はないだろう。
「ど、どうしてよ……」
「え?」
「どうして私ばかり責められるのよ!? 私は……お父様の言う通りにして来ただけなのに!!」
涙を溜めてミレーヌがエドモンに声を荒げた。
「どうしてって……」
「ちゃんと言われた通りにしたわ!! お母様の理想の娘になれるように振舞って、お母様の望むように皆から愛されるようにして!!」
「ミレーヌ?」
「あんな子どもっぽいドレスなんか好きじゃなかった!! 馬鹿みたいにへらへら笑っているのも、男に媚びるのも嫌だったわ!! それでも、お母様が望んでいるからって、お母様はもう死んでいるから代わりにしなきゃいけないんだって、そう言うからやって来たのに!!」
突然立ち上がって放たれた言葉の内容に、誰もが驚いてミレーヌを見上げた。お母様の理想? お母様のように? 一体どういうこと……?
「お母様って、母上が何だって言うんだよ? 今は関係ないだろう?」
「関係あるわよ!! 何よ、二人共自由に好き勝手して!!」
「何言ってんだよ。好き勝手していたのはお前だろうが」
「していないわよ! 私は……私はいつだってお父様の言う通りお母様が望む理想の娘になろうと頑張っていたわ!!」
「何だよそれ……」
ミレーヌと私たちの認識が大きく間違っているのを感じた。それは母の意向で、それを後押ししていたのは、ソファに掛けて俯いたままの父……
「エドモン落ち着いて。ミレーヌ、どういうこと? お母様の理想って……」
お母様の理想とか望みなんて聞いたことがなかった。
「お母様の……遺した日記帳があるのよ。私が生まれるまで書いていた」
「そんなものが……」
「そこにはお母様が書いた、女の子が生まれた時にやりたいと思っていたことが書かれていたわ。お姉様の時には出来なかったことをやりたいって。次女なら長女ほど難しいことは言われないだろうから、お母様がなりたかった理想の女の子に育てるんだって」
「お母様の理想……お父様、そうなのですの?」
父に声をかけるとビクッと身体を揺らした。その様子からもミレーヌの言うことが正しいのだと理解した。それでは、あのミレーヌの非常識な振る舞いは、母のせい?
「父上、どういうことか話して貰おうか。ミレーヌ、その日記はどこにあるんだ?」
エドモンの声が低くなった。真剣で怒りを耐えているようなもので、今までこんな表情を見たことがなかった。
「日記は私の部屋よ。棚の一番上の引出しの中よ」
「そうか。取って来てくれ」
エドモンが家令に命じると彼は直ぐに部屋を飛び出していった。
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