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手のかかる妹
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「お話は終わりました?」
気まずいを通り過ぎて淀んだように感じられる空間に風を通したのは、ミレーヌたちと部屋に残っていたラシェル様の声だった。
「ラシェル、どこに行っていたんだ?」
「ええ、お庭の散歩に」
そう言ってにこっと笑みを浮かべるラシェル様の後ろには、侍女と二人の護衛が見えた。
「気を使わせてごめん」
「いいえ、ちょうど庭の花が目に入って気になっていたんです。気になさらないで」
甘えるようにエドモンの腕に手を添えるラシェル様の目はキラキラと輝いてエドモンを見上げていた。この重苦しい雰囲気が一気に晴れた気がした。どうやらミレーヌたちが言い合いを始めたのを察して外に出たらしい。そういうところはさすがだなと思う。ラシェル様の十分の一でも空気が読めたらミレーヌの人生も変わっただろうに。そう思うと残念でしかない。
「ミレーヌ、部屋に戻ってロイと話し合え。怒鳴り散らさずにな」
「……」
「二人を部屋に連れて行け。外に出さないように見張りを欠かさずに」
ジョセフ様が近くにいた護衛に命じる。二人は抵抗することも言葉を発することもなく部屋へと連れていかれた。
「ここは空気が悪いですね。庭でお茶にしませんか?」
「まぁ、素敵ですわ。エドモン様、ここのお庭は森の中のようで気が休まりますのよ」
「そうか。じゃ、そうしよう。ミオット侯爵、よろしいですか?」
「そうだね。天気もいいし、庭の方が気持ちよさそうだ」
「姉上は?」
「え、ええ。もちろんよ」
ジョセフ様が庭にお茶の用意を頼んだ。この屋敷もジョセフ様がすっかり把握していた。その手際の良さに感心してしまう。文官としても優秀だったけれど、この調子ならシャリエ領の将来は安泰だろう。
「ジョセフ様、父と妹が申し訳ございませんでした」
庭にテーブルを出してお茶の準備をして貰っている間、花々の間を歩きながらジョセフ様に謝罪した。彼には不要な苦労をかけてばかりだ。いくら望まない結婚を避けるための婿入りとはいえ、苦労を掛け過ぎて割に合わない気がする。
「いえいえ、お気になさらずに。これくらいは想定内ですから」
「そ、そうですか……」
それはそれでどうなのかと思うけれど、さらっと返されてしまって次の言葉が見つからなかった。同時にそんな風に思われていたのかと恥ずかしい思いに居た堪れない。
「気にしないで下さい、というのは難しいかもしれませんが、婿として迎えて下さっただけでもありがたいのですよ。ジュセスト前侯爵夫人のこともありますが、やはり文官爵よりは伯爵位の方がずっとマシですから」
落ちぶれた伯爵位でもないよりマシならいいのだけど。
「大丈夫だよ、ジゼル。ジョゼフ君にとって婿入りのメリットは大きい。爵位があるのとないのでは雲泥の差なんだよ」
「レニエ様……」
私の不安を拭おうとしてかレニエ様もそう言ってくれた。確かに爵位を持てるのは貴族の中でもほんの一握りだけ。その爵位のために親子や兄弟で殺し合いに発展することもあるほどだ。でも……
「文官職だってないよりはマシだけど、それでも王宮で務めるには辛いものがあるんだ。彼は文官を辞めたけれど、あのまま文官爵を得て勤め続けていても今ほど楽ではなかったと思うよ。職場も結局は地位や実家の家名がモノを言うからね」
「ええ、そうですね」
それは私も実感していた。それでもルイーズ様が私自身の能力を認めて下さり、レニエ様も職場で実家の家名を盾に横暴な言動をするのを嫌ったからぞんざいな扱いを受けることはなかったけれど、それは王宮内では稀なのだ。
「彼はダメになりそうなものを上手く利用して立て直すのが上手いんだよ。これまでも流れた計画を手直しして使えるものに変えて来たんだ。シャリエ家も彼にとっては手を入れ甲斐のある物件だと思っているだろうね」
「そういうものですか……」
それはそれで複雑な気分だけど、そういうことならきっといい方向に導いてくれるだろう。領民を導き支えるのは領主の力量次第だ。きっとジョセフ様なら大丈夫だろう、そんな気がした。
お茶の用意が出来たと声がかかったのでテーブルに向かった。
「やっぱりミレーヌは変わらないな……」
ぽつんと呟いたのはエドモンだった。双子として生を受けた二人は昔は仲がよかったはずなのに、いつの間にか修復不可能な溝が出来てしまっていた。これも父の弊害だろう。
「ええ、あんなに興奮してお腹の子は大丈夫かと心配したけれど、どうやら大丈夫そうね」
「あいつはそんな繊細な性格していないだろう?」
「それでも、妊娠中はなるべく興奮させることは避けないと……」
自分で言いながらも、体調に影響が出るほどミレーヌが傷ついたりする姿が想像出来なかった。あの子が愛しているのは自分だけだ。ロイとの関係が破綻しても一時的に嘆き悲しむだろうけど、そのうちそれにも飽きてケロッとしていそうな気がした。
「主治医もいますし、帰りはゆっくり戻ります。心配はいらないでしょう。主治医の話では悪阻も終わり経過は順調とのことですし」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、大事な跡取りですからね。万全を期しますよ。本当は連れてきたくなかったのですが、どうしても行くと言い張るので連れてきましたが……でも、結果としてはよかったのでしょう」
「よかった?」
「ええ。いざとなればミレーヌも父親を見捨てられないかと思っていましたが、そんなことはありませんでした。だったら今後の対処もやり易い」
「確かにそうだよなぁ……」
エドモンも感心したようにそう言った。私もエドモンも身内の情が捨てきれず厳しいことを言いながらも突き放せなかったけれど、ジョセフ様は一定の距離を取って冷静に対処している。甘ったれたミレーヌにはその方がいいのだろう。夫婦だけど形だけで、赤の他人という関係も緊張感があってミレーヌを冷静にさせる効果もあるだろうし。少しずつでもミレーヌが自分を見直してくれたらと願わずにはいられなかった。
気まずいを通り過ぎて淀んだように感じられる空間に風を通したのは、ミレーヌたちと部屋に残っていたラシェル様の声だった。
「ラシェル、どこに行っていたんだ?」
「ええ、お庭の散歩に」
そう言ってにこっと笑みを浮かべるラシェル様の後ろには、侍女と二人の護衛が見えた。
「気を使わせてごめん」
「いいえ、ちょうど庭の花が目に入って気になっていたんです。気になさらないで」
甘えるようにエドモンの腕に手を添えるラシェル様の目はキラキラと輝いてエドモンを見上げていた。この重苦しい雰囲気が一気に晴れた気がした。どうやらミレーヌたちが言い合いを始めたのを察して外に出たらしい。そういうところはさすがだなと思う。ラシェル様の十分の一でも空気が読めたらミレーヌの人生も変わっただろうに。そう思うと残念でしかない。
「ミレーヌ、部屋に戻ってロイと話し合え。怒鳴り散らさずにな」
「……」
「二人を部屋に連れて行け。外に出さないように見張りを欠かさずに」
ジョセフ様が近くにいた護衛に命じる。二人は抵抗することも言葉を発することもなく部屋へと連れていかれた。
「ここは空気が悪いですね。庭でお茶にしませんか?」
「まぁ、素敵ですわ。エドモン様、ここのお庭は森の中のようで気が休まりますのよ」
「そうか。じゃ、そうしよう。ミオット侯爵、よろしいですか?」
「そうだね。天気もいいし、庭の方が気持ちよさそうだ」
「姉上は?」
「え、ええ。もちろんよ」
ジョセフ様が庭にお茶の用意を頼んだ。この屋敷もジョセフ様がすっかり把握していた。その手際の良さに感心してしまう。文官としても優秀だったけれど、この調子ならシャリエ領の将来は安泰だろう。
「ジョセフ様、父と妹が申し訳ございませんでした」
庭にテーブルを出してお茶の準備をして貰っている間、花々の間を歩きながらジョセフ様に謝罪した。彼には不要な苦労をかけてばかりだ。いくら望まない結婚を避けるための婿入りとはいえ、苦労を掛け過ぎて割に合わない気がする。
「いえいえ、お気になさらずに。これくらいは想定内ですから」
「そ、そうですか……」
それはそれでどうなのかと思うけれど、さらっと返されてしまって次の言葉が見つからなかった。同時にそんな風に思われていたのかと恥ずかしい思いに居た堪れない。
「気にしないで下さい、というのは難しいかもしれませんが、婿として迎えて下さっただけでもありがたいのですよ。ジュセスト前侯爵夫人のこともありますが、やはり文官爵よりは伯爵位の方がずっとマシですから」
落ちぶれた伯爵位でもないよりマシならいいのだけど。
「大丈夫だよ、ジゼル。ジョゼフ君にとって婿入りのメリットは大きい。爵位があるのとないのでは雲泥の差なんだよ」
「レニエ様……」
私の不安を拭おうとしてかレニエ様もそう言ってくれた。確かに爵位を持てるのは貴族の中でもほんの一握りだけ。その爵位のために親子や兄弟で殺し合いに発展することもあるほどだ。でも……
「文官職だってないよりはマシだけど、それでも王宮で務めるには辛いものがあるんだ。彼は文官を辞めたけれど、あのまま文官爵を得て勤め続けていても今ほど楽ではなかったと思うよ。職場も結局は地位や実家の家名がモノを言うからね」
「ええ、そうですね」
それは私も実感していた。それでもルイーズ様が私自身の能力を認めて下さり、レニエ様も職場で実家の家名を盾に横暴な言動をするのを嫌ったからぞんざいな扱いを受けることはなかったけれど、それは王宮内では稀なのだ。
「彼はダメになりそうなものを上手く利用して立て直すのが上手いんだよ。これまでも流れた計画を手直しして使えるものに変えて来たんだ。シャリエ家も彼にとっては手を入れ甲斐のある物件だと思っているだろうね」
「そういうものですか……」
それはそれで複雑な気分だけど、そういうことならきっといい方向に導いてくれるだろう。領民を導き支えるのは領主の力量次第だ。きっとジョセフ様なら大丈夫だろう、そんな気がした。
お茶の用意が出来たと声がかかったのでテーブルに向かった。
「やっぱりミレーヌは変わらないな……」
ぽつんと呟いたのはエドモンだった。双子として生を受けた二人は昔は仲がよかったはずなのに、いつの間にか修復不可能な溝が出来てしまっていた。これも父の弊害だろう。
「ええ、あんなに興奮してお腹の子は大丈夫かと心配したけれど、どうやら大丈夫そうね」
「あいつはそんな繊細な性格していないだろう?」
「それでも、妊娠中はなるべく興奮させることは避けないと……」
自分で言いながらも、体調に影響が出るほどミレーヌが傷ついたりする姿が想像出来なかった。あの子が愛しているのは自分だけだ。ロイとの関係が破綻しても一時的に嘆き悲しむだろうけど、そのうちそれにも飽きてケロッとしていそうな気がした。
「主治医もいますし、帰りはゆっくり戻ります。心配はいらないでしょう。主治医の話では悪阻も終わり経過は順調とのことですし」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、大事な跡取りですからね。万全を期しますよ。本当は連れてきたくなかったのですが、どうしても行くと言い張るので連れてきましたが……でも、結果としてはよかったのでしょう」
「よかった?」
「ええ。いざとなればミレーヌも父親を見捨てられないかと思っていましたが、そんなことはありませんでした。だったら今後の対処もやり易い」
「確かにそうだよなぁ……」
エドモンも感心したようにそう言った。私もエドモンも身内の情が捨てきれず厳しいことを言いながらも突き放せなかったけれど、ジョセフ様は一定の距離を取って冷静に対処している。甘ったれたミレーヌにはその方がいいのだろう。夫婦だけど形だけで、赤の他人という関係も緊張感があってミレーヌを冷静にさせる効果もあるだろうし。少しずつでもミレーヌが自分を見直してくれたらと願わずにはいられなかった。
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