【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

文字の大きさ
77 / 86

番外編~ジョセフ②

しおりを挟む
 ミレーヌが出産したのは、雪が降る寒い朝だった。その半月前には義父に当たるシャリエ元伯爵が亡くなった。寝たきりで動けなくなっていたが、食事も殆ど取らず生きることを拒んでいたからこうなることは想定内だった。ミレーヌに子が出来たと知らせることも考えたが、エドモン君が反対したので最後まで知ることはなかった。葬儀にはエドモン君とラシェル夫人、先輩とジゼル夫人が参列したがミレーヌは欠席。身重だったのもあるが彼女が父を拒んだからだ。
 二人目の子が出来てからミレーヌは考え込む日が増えた。ロイとの関係は冷え込んだままで、侍女たちに尋ねても殆ど会話もないという。二人目が生まれた後は好きにしていいと言ってあるが、二人がそのことで相談しているとも聞かない。二人の関係は完全に壊れていた。元々身分差があり、考え方の根本が違うのだ。理解し合うのは簡単ではない。しかもミレーヌはちやほやされて育ったから考え方が普通じゃない。ロイでは理解出来なかったのだろう。

 生まれた子供は男児だった。二人とも金の髪と青い瞳というシャリエ家特有の色が出てくれたのは幸いだった。俺も同じ色だからロイの色が強く出た場合は俺の子としてここで育てられないからだ。面倒だと思うが貴族は体面を気にする。レオンのためにもミレーヌの不貞を疑われるようなことは出来なかった。
 生まれた子には先輩がアランという名を付けてくれた。気高いとか立派という意味だ。レオンと似た感じなのも呼びやすいところもいい。大きな声で泣き、しっかり乳も飲むから大丈夫だろう。ミレーヌの役目が終わった。

「まぁ、可愛いわねぇ。レオンは小さかったけれど、アランは大きいわねぇ」
「二人目は大きく生まれると言うしね」
「そうなんですよ。母体への負担を減らすためだとか」
「そうなのね」

 まだ生まれたばかりのアランをぎこちない手つきで抱くのはジゼル夫人だった。もちろん先輩が側から離れずにいる。相変わらず過保護というか何というか……俺がジゼル夫人に手を出すはずがないのにと信用されていないのを少し寂しく思う。まぁ、エドモン君相手でも同じだと言うから、男というだけで警戒してしまうのかもしれない。さすがにレオンやアランには嫉妬しないだろう。そう思いたい。

「先輩、お子はまだなんですか?」

 ジゼル夫人がレオンとアランの相手をしている間、少し離れたソファで共に茶を飲んだ時に尋ねてみた。子どもが好きそうだし、先輩も三十を越えている。後継者は一日も早い方がいいだろうに。

「だが、そうなるとジゼルを子どもに取られてしまわないか? やっと結婚して二人きりの時間を楽しめているのに……」

 まさか直球の惚気が返って来るとは思わなかった。しかも先輩の目は婦人に向けられたままだ。これがあの先輩なのかと目を疑う。目の前で人が死んでも顔色一つ変えなかった人なのに……

「でも、ジゼル夫人が石女ではないかと周りが騒ぎませんか? そうなると離婚を勧めてくる親族が出てくるかもしれませんが……」
「……そんなことは私が許さないよ。ジゼルと離婚などと……そんな不吉な言葉は言わないでくれ」

 向けられた目が座り、地を這うような声が怖い。いやいや、俺が言ったんじゃないですよ?

「夫人は……どう仰っているんです?」
「ジゼルは……今すぐにでも子が欲しいと言っているんだ。年齢を気にしてね。だが、私は子供がいなくてもジゼルさえいてくれたら……」

 うわ、本気で言っているのか? 先輩、中身は黒いと思っていたけれど思った以上かもしれない。あのジゼル嬢に……俺、婚約者だったけれどよく無事でいられたな。もし手を出す素振りを見せていたら消されていた……なんてことはない、よな?

「先輩、本当にジゼル嬢に夢中なんですね」
「当然だろう。ジゼルほど清らかで健気で優しい女性はいないぞ。君だって婚約者の時に彼女の心遣いに感謝していただろう?」
「え? あ、はい。そうでしたね……」

 目が、目が怖いですよ、先輩……俺は義弟ですから! ジゼル夫人の妹の夫ですから! 形だけだけど、義理ですけど姉弟ですから!

「せ、先輩。心配なら早く子を作られてはどうですか?」
「だが、ジゼルの関心が子供に行ってしまう……」
「ですが、子供が出来れば簡単には離婚出来ませんよ。夫人も子供好きですから先輩から離れようなんて事は……」

 最後まで言い終える前に先輩が俺の前から消えた。向かう先は……夫人のところだ。夫人の膝の上にはレオンが頭を乗せておもちゃを手にしているし、アランは抱っこされてご満悦だ。彼女と結婚していたらこんな景色が見られたのかと思うと……って先輩、何でこっち見るんですか? もしかして……心読まれている?

「ジゼル、子どもと楽しそうだね」
「ええ、レニエ様。可愛いですわ。ずっと遊んでいられそうです」
「そうか……それは焼けてしまうな」
「まぁ、レニエ様ったら」
「だって、ずっと遊んでいられるんだろう?」

 先輩、そんなに旅愁漂わせてあざといですよ。夫人が困っているじゃないですか。

「ふふっ、レニエ様ったら」

 笑顔の夫人がアランを抱きながら先輩の耳元で何かを囁いた。途端に先輩の表情が固まり、次の瞬間に僅かに赤くなった。何を言ったんだ? 気になる。気になるけど、あの二人の間に入る勇気はない。俺はまだ死ねないんだよ、幼子二人抱えているから。

「ジゼル、私たちもそろそろ子を作ろう」

 おいおい、人の家で何を宣言しているんだよ! 家に帰ってやってくださいよ。そう思うんだが二人は二人の世界に入り込んで俺の存在など見えていないかのようだ。ここ、俺の家なんですけど……いや、元は婦人の家なんだけど。

「レニエ様、いいのですか?」

 夫人がパッと表情を明るくした。花が咲いたような笑みに思わず見とれてしまう。こんな表情もする人だったのか……って、はいはい、見ていませんよ。減りませんって、心配しなくても……

「ああ。私もジゼル似の可愛らしい子が欲しいと思ってね」
「まぁ、私はレニエ様に似た男の子がいいですわ」
「じゃ、両方だね」
「嬉しいです!」

 完全に二人の世界に入り込んでいて、居心地が悪いなんてもんじゃない。俺は何を見せつけられているんだろう。せめて子どもだけでも返してくれないだろうか。全く、誰も愛せないなんて言っていたくせに……今じゃドルレアク公爵に匹敵すると言われるほどの愛妻家で執着の鬼だなんて。

 この後、ロイは役目を果たしたと着の身着のままこの屋敷を去った。一応レオンとアランの父親だからどこで何をしているのか監視は続けているけれど、王都から馬車で一日の街に移り住み、今はカフェで働いている。真面目な働きぶりとこの家にいた間に身に付けたマナーを生かしてオーナーにも可愛がられている。
ミレーヌは、相変わらずこの家の離れで暮らしている。最近は侍女に身の回りのことを習い、自分のことは自分でやるようになっていた。どういう心境の変化があったのかはわからない。ただ、続いた出産のせいなのか体調を崩すことが増えた。医師も出産は当面控えた方がいいという。暫くはここで療養させて、今後のことは体調が回復してからになるだろう。

 そして、それから三か月後、先輩のところにも子供がやって来た。先輩の喜びようは大変なもので、でも夫人の悪阻が始まると夫人がキレるほどに過保護になったと聞く。先輩のところの夫婦喧嘩になんぞ恐ろしくて近づけない。何度か先輩から酒でも飲まないかと誘われたけれど、その都度子供が熱を出したとか言って断った。頼むから他人を巻き込まないでほしい。切にそう思った。


しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...