【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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番外編~レニエ②

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 高位貴族の令息たちに乱暴され、壊れてしまった俺の婚約者。それでも彼女が生きているなら、いつかは回復して普通に暮らせる日が来るならと、ずっと怒りを抑えてきた。
 襲ったのはフォルジュ公爵令嬢の実兄とその取り巻きたち。学園を卒業後、初めての夜会に共に参加した俺たちだったが、上司にその日の仕事のことで聞かれたほんの僅かの間に彼女は控室に引きずり込まれて襲われていた。俺が見つけた時には俺が贈ったドレスは無残にも引き千切られ、彼女も正気を失っていた。
 貴族間での事件は裁判に掛けられるが、今回は王家が介入してきてそうはならなかった。主犯の男の妹が近々王太子に輿入れするからだ。他国への招待状も送った後、王太子妃になる者には長い年月をかけて教育する必要があるし、教育を終えた彼女は既に公務の手伝いもしていた。今更他の令嬢を立てることも出来ない。王家に頭を下げられ、莫大な慰謝料という名の口止め料と、現王、王太子の代にはミオット侯爵家とロルモー伯爵家に便宜を図り、手を出さないとの盟約を結んだ。もし王家が反故にするようなら今回の顛末を記した公文書を公開してもいいとの条件も得た。

 だがそれも、クロエが回復することを前提にしたもの。回復した彼女が表舞台に立てるように、その時に不利なことにならないようにと交わしたものだ。だが亡くなってしまえば話は別だ。

 そう思い復讐を誓う俺を止めたのは義父だった。

「どうしてですか!? クロエは……クロエは死んでしまったんですよ!? あいつらに殺されたも同然だ!! 義父上は……義父上は悔しくないんですか!?」

 どうしてそう冷静にいられる? あんなにクロエを可愛がっていたじゃないか。俺よりもずっと強く深くクロエを愛していたのに。

「勘違いしてはいけない。泣き寝入りするわけじゃない。だが、その前に我々は生き延びなければならないのだよ」

 爆発しそうな感情を止めたのは、静かすぎるほど静かな義父の声だった。

「な、何を……」

 こちらは被害者なのに。あいつらは貴族の令嬢を襲ったのに。それなのにお咎めなしなのか? それでは法は何のためにある? どうして義父上はそんなに冷静でいられる?

「落ち着くんだ。いいかね、我々は危うい立場にあるんだ」

 義父上はいきり立つ俺を抑えるように両肩に手を置き、俺の顔を覗き込んだ。

「危うい? って……」
「もう一度言う。我々は危うい立場にいる。加害者は次期王太子妃の兄とその取り巻き。だが今更フォルジュ公爵令嬢の輿入れは変更出来ない。式はもう直ぐだし、他国からの賓客も到着し始めている」

 そんなことは知っている。クロエが襲われた直後に王家から説明された。国のためにここは堪えてくれと。あいつらは王家が責任をもって処罰するから公表しないでくれと。クロエの名誉のためもあって公表はしないことに同意した。
 だが、死んでしまったのだ、クロエは。あいつらのせいで!! なのにあの男の妹がのうのうと結婚するなど、それもいずれは王妃になる地位に就くなど許せるはずがない!!

「そんなもの……!!」
「見誤るな、敵を知れ。あいつらは権力者なんだ」
「だから泣き寝入りしろと仰るのか? だが我が家は建国以来の名家です。我が家の力があれば……」

 ミオット侯爵家は建国以来の名家で、王子が婿入りしたことも王女が降嫁したこともある。父は副宰相だし、過去には宰相を輩出したこともある。侯爵家の中でも上位に位置し、十分な財力だって……

「それでも、王家の力には及ばんよ。君は若いからまだ世の中の表面しか見えないだろうが、力がある者はまた裏の顔を持つんだ」

 俺の目から視線を外さないまま、義父上は肩に置く手に力を入れた。食い込む指に肩が痛いと主張するが、それは義父の怒りの表れでもあった。

「君が怒りに任せて動けば、王家は黙っていないだろう」
「だが!! 密約がある!!」

 そう、密約がある。奴らは俺たちに手が出せない。そうすればあの公文書が表沙汰になるんだ。

「密約など何の意味もないよ」
「なっ!!」
「あれを公表する前に消されるやもしれない。彼らにはそれだけの力がある」
「……そ、れは……」

 その一言で頭の中の怒りが一瞬で冷えた。ああ、言いたいことが、義父が案じていることが分かった。

「大人しくしていなければ……消されると?」
「そうなるだろうね」

 永遠に消えないと思われた復讐の念も王家の前では無意味だった。国家と一貴族の力の差など説明されなくてもわかる。あいつらが本気で俺たちを消そうと思えば造作もないことなのだ。公文書を、密約を公表する間も与えられることなく、冤罪を着せられて一族郎党処刑される可能性もあるのだ。

「レニエ君、クロエは愛しい娘だ。あの子のためなら死んでもいいと思っていた。それでも……私には両親も、妻も、クロエ以外の子もいる。親族や我が家に仕える者たちもだ。彼らを私は守らねばならないんだ。怒りを見せてはいけない。恨む素振りもだ。わかるね?」

 俺にも怒りを見せるなと、復讐など考えるなと義父は言った。残された者たちを守るためだと。そう言われてしまえば何も言えなかった。クロエはいなくなっても、クロエが大切にしていた人が、愛していた人がいるのだ。彼らをこれ以上不幸になど出来ない。握りしめた拳から血が流れても、力を弱めることは出来なかった。



 あれから俺は仮面をかぶった。いつも穏やかな笑みを浮かべて人畜無害な風を装い、文官になって務めに励んだ。クロエが亡くなると直ぐに釣書が山積みになったが、妻を失ったばかりでそんな気にはなれないと断り続ければ、いつしかそれも届かなくなった。幼馴染で仲がよかったから周りは愛妻を新婚早々失ったショックなのだろうと何も言わなかった。
 そうしている間に俺は目立たないように仕事で実績を積み上げ、味方になってくれそうな相手を探し、見つければ少しずつ近づいて見極めていった。同時に同僚や後輩に手を差し伸べて仲間を増やし、彼らを使って情報を集めることにも力を注いだ。王家やその周りが何を考え企てているかを見極め、身を護る方法を模索した。

 ジョセフに出会ったのは五年ほど経った頃だったろうか。ちょうど俺にいた部署に彼が新人として配属されて、それで面倒を見るようになった。伯爵家の嫡男でありながら軽薄な空気をまとい、婚約者を作らずにあちこちの女性と懇意になっている彼に上司は呆れていたが、俺は時々見せる陰のある表情が気になって近付いた。
 案の定、彼は自身が子を成せないのではないかとの悩みを抱え、一人鬱々としていた。誰にも相談できず、だからと言って嫡男としての立場から早々に結婚して子を作ることを求められていたのだ。彼の軽薄さ多情さはその裏返しだった。



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