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理解しようと思う人と思わない人
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父王との会話は私にこれまで知らなかった事実を教えてくれましたが、それで何かが変わる…というわけでもありませんでした。殆ど交流がなかった十七年を、たった一度の会話で覆す事など無理というものです。私も今更父と交流したいと思うわけもなく、結局はこの程度の縁だったのだろうとしか思えませんでした。
ただ、父が私を害する気がない事と、今後の母国の方針が分かった事がずっと大きな収穫に感じられました。父王も異母兄も同盟を順守する方針が変わらないのであれば、両国の関係も少しずつよくなっていく未来が望めそうです。
宰相様に言わせると、いがみ合ったのと同じ長さを要するかもしれないそうですが…それでも、始めなければ関係が変わる事はありません。今すぐは無理でも、いつかは仲良く交流できる日が来ると希望が持てるのは、いい事のように感じます。
母国については、父王よりも王妃とカミラの事が気がかりでした。ただ、父王も異母兄も全ては帰国してからと言うので、今はこれ以上何も出来そうもありません。私としてはこれ以上面倒事を起こさず、大人しく帰ってくれたら…というのが本音です。本当にもう、恥の上塗りは勘弁して欲しいのです。
ただ、マリーア様への無礼は許しがたいので、そこはきっちり謝罪を求めたいところです。ジーク様の話では、セーデンからマルダーンに正式に抗議を入れるそうです。これも王妃を追い落とすための材料にするそうで、国からの抗議となれば父王達にはこれ以上ない援護射撃になりそうです。
マルダーンとの事がひとまず片付いてしまうと、私はジーク様との事が気になって仕方がありませんでした。式の前日、よりにもよって一番知られたくないジーク様に本音を聞かれてしまったのです。式の間はその事は保留といいますか、気にしている余裕もなかったのですが、式が終わってしまうとそういう訳にもいきません。
ラウラにまでちゃんと話をした方がいいと言われてしまえば…逃げ場などある筈もありません。ラウラのジーク様への言動がきつくなった気がしますが、それでも私が番な上、私の気持ちもわかっているみたいで、ちゃんと向き合うように言われてしまったのです。
そう言うわけで、式の後は、ジーク様の公務がない時間帯は一緒に過ごす様に手配されていました。こうしたのは…宰相様でしょうか…それともラウラなのでしょうか…もしかしたら皆さんが結託して…の可能性もありますわね。どういうわけか式の後はベルタさん達が顔を出さないのです。これでは私もする事がなく、結果としてジーク様と過ごす一択しかありませんでした。
「エリサ、これまで本当にすまなかった」
式の翌日、二人きりでお茶を頂いた時、私はまたしてもジーク様に謝られてしまいました。あの事はもう謝って頂きましたので、出来れば流して欲しかったのですが…
「ジーク様、その、あの言葉はどうかお忘れください」
「そう言うわけにはいかない。私がやった事は許させない事だった。私は…」
「ジーク様、あれは私の我儘のようなものです。だからこれ以上は…」
「いや、そう言うわけには…」
「いいえ!本当にあんな失礼な事を言って申しわけございませんでした。私、こちらに来てからとてもよくして頂いていたのに…ない物ねだりをしていただけなんです」
そうです、あの言葉は確かに私の本音の一部分ではありましたが、それが全てではありません。私の中では感謝の想いの方がずっと大きくて、この前口にした想いはほんの僅か、それこそコップの最後に残った数滴くらいのものでした。そして、あの状況を望んでいたのは他ならぬ私だったのです。
なのに、あんな風に感情に任せて口にしてしまったなんて…自分の中ではこれまでにない程の黒歴史です。あれは子どもの駄々と同じです…
「それでも、あんな風に突き放した言い方をしたのは私だ」
「それも私に余計な期待を持たせて、傷つけないようにと思われての事でしょう?最初にそう言った方が傷は浅く済むと」
「それは…」
「ジーク様がそうされた理由も理解していますわ。私だって…最初に優しくされていたら、きっと期待してしまったでしょう。その上でもし番でなかったら…きっと凄く苦しんだと思いますわ」
そう、きっと最初にジーク様が優しくして下さったら、私は期待してしまっただろうと思うのです。番ではなくてもうまくやっていけるのではないか、家族としてでも穏やかに過ごせるのではないか、と。同盟のための大義名分も背中を押して、私は何とか仲良くなろうと務めたでしょう。ラウラ以外に頼れる人がいない、習慣も何もかも違うこの国で優しくされたら、私はジーク様に依存していたんじゃないかと思うのです。
でも、その後で番が見つかったら…きっと凄くショックだろう事は疑いようもありません。もし私がジーク様を好きになって、その上でジーク様が…例えばレイフ様のように誰かに愛を乞うようになったら、私は耐えられなかったように思います。
「それに私も、自分の立場を利用していました。番じゃないならいずれは離婚になるから、その時に備えようって、ここでの立場を利用したんです。勉強だってここを出た後で生きていけるようにと思っての事で、この国のためにやっていたわけじゃ、ありませんし…」
そうです、私もずるい考えでここに来たのです。ジーク様を利用して、自由になろうとしたのは私です。ジーク様達の私への負い目を利用して、自分の都合のいい様にしていたのは私だったのですから…そしてジーク様は、そんな私の願いを最大限叶えて下さっていたのです。
「私はみんなが言うほどいい子じゃありません。自分の事しか考えていないし…世間知らずで、考えも至らない子どもです。父の事だって、事情があったのでしょうけど、理解しようとかそんな気持ちも湧かなかったし…」
そう、私は実のところ、自分の手の届く範囲の狭い場所しか見えていません。ジーク様の事だってそうです。ジーク様が私と交流しなかったのは、番が見つかった後で番となった方が私に必要以上嫉妬させないのと、離婚時に白い結婚だったと明らかにわかれば私がその後再婚しやすいだろうとの配慮からだったと、最近になって皆さんから教えて貰いました。
獣人の中には番が見つからず、諦めて結婚した後で番が見つかる事もあるそうですが、その時に番がそれまでの伴侶に嫉妬して人情沙汰になる事も珍しくないのだそうです。番が狼人や虎人などの番至上主義だった場合は特に。私は王女とはいえ人族なので、離婚後に害されるのではと、ジーク様や宰相様は案じていらっしゃったそうです。
「エリサがそう思うのは仕方ない。私だって貴女の立場だったらそう思っただろう」
「でも…」
「エリサはまだ十七年しか生きていない。一方で私はもう九十年近く生きている。私の方が広く物事が見えるのは仕方がないだろう?エリサだって、十歳の子供に自分と同じような配慮や考えを求めたりするだろうか?」
「それは…さすがに無理、ですね…」
そんな風に言われてしまうと、何も言えなくなってしまいます。これはきっとジーク様なりの優しさなのでしょう。確かに年齢や経験の差は大きいでしょうね。ジーク様は次代の王候補としてずっと学ばれていましたが、私は逆に本当にとても狭い世界で生きていましたから…
「私は…こんな風に言うと酷い男と思われるかもしれないが…エリサが、私の態度に傷ついていた事を、申しわけないと思う一方で、嬉しくも思っていた…」
「嬉しく…?」
「ああ。私の事で、貴女が少しでも傷ついたという事は、それだけ私を気にしてくれているという証でもあるだろう?父君のように、理解しようという気も起きないと言われたら…逆にどうしようかと思った」
非常に言い辛そうにそう告げたジーク様でしたが…なるほど、そんな考えもあったのですね。という事は、ジーク様も私の事を想って下さっている…のですね。以前とあまり変わりがないように思っていたので、本当に番なのかと思っていましたが…
「その…確認したいのですが…」
「なんだろう?何でも聞いて欲しい」
「…ジーク様の番は…私、で間違いないのですよね?」
今更これを聞くのかと言われそうでしたが、私の中では結構本気でそうなのかしらと思っていたのです。
「その通りだ。エリサが私の番で間違いない。だが…どうしてそんな事を?」
「それは…その…レイフ様を見ていて、随分違うなと感じたもので…」
「レイフが?」
「え?ええ。何と言いますか、ジーク様はあまり私に興味がおありのようには見えなくて…以前とあまり態度も変わっていないように見えましたし…」
そうなのです。番だと分かってからも、ジーク様の態度は…大きく変わったようには見えませんでした。勿論、以前とは比べものにならないほどに一緒に過ごす時間も増えましたが…その、何と言いますか、距離感は変わっていないように感じるのですよね。だから、本当にそうなのかと思っていたのですが…
「それは…急に距離を詰めると貴女が戸惑うのではと思って…これまでの事を思うと、急に親しくするのは身勝手のように感じたからだ」
「そうでしたか…」
なるほど、確かにそう言われてみればそうかもしれません。私がジーク様の立場だったら、どの口が…と思って逆に近づけなくなったかもしれません。
「だが…本当のことを言えば…私もレイフのようにしたかった…」
「え?」
「いつも、真っすぐに好意を露にしているレイフが…心底羨ましいと、そう思っていた」
ただ、父が私を害する気がない事と、今後の母国の方針が分かった事がずっと大きな収穫に感じられました。父王も異母兄も同盟を順守する方針が変わらないのであれば、両国の関係も少しずつよくなっていく未来が望めそうです。
宰相様に言わせると、いがみ合ったのと同じ長さを要するかもしれないそうですが…それでも、始めなければ関係が変わる事はありません。今すぐは無理でも、いつかは仲良く交流できる日が来ると希望が持てるのは、いい事のように感じます。
母国については、父王よりも王妃とカミラの事が気がかりでした。ただ、父王も異母兄も全ては帰国してからと言うので、今はこれ以上何も出来そうもありません。私としてはこれ以上面倒事を起こさず、大人しく帰ってくれたら…というのが本音です。本当にもう、恥の上塗りは勘弁して欲しいのです。
ただ、マリーア様への無礼は許しがたいので、そこはきっちり謝罪を求めたいところです。ジーク様の話では、セーデンからマルダーンに正式に抗議を入れるそうです。これも王妃を追い落とすための材料にするそうで、国からの抗議となれば父王達にはこれ以上ない援護射撃になりそうです。
マルダーンとの事がひとまず片付いてしまうと、私はジーク様との事が気になって仕方がありませんでした。式の前日、よりにもよって一番知られたくないジーク様に本音を聞かれてしまったのです。式の間はその事は保留といいますか、気にしている余裕もなかったのですが、式が終わってしまうとそういう訳にもいきません。
ラウラにまでちゃんと話をした方がいいと言われてしまえば…逃げ場などある筈もありません。ラウラのジーク様への言動がきつくなった気がしますが、それでも私が番な上、私の気持ちもわかっているみたいで、ちゃんと向き合うように言われてしまったのです。
そう言うわけで、式の後は、ジーク様の公務がない時間帯は一緒に過ごす様に手配されていました。こうしたのは…宰相様でしょうか…それともラウラなのでしょうか…もしかしたら皆さんが結託して…の可能性もありますわね。どういうわけか式の後はベルタさん達が顔を出さないのです。これでは私もする事がなく、結果としてジーク様と過ごす一択しかありませんでした。
「エリサ、これまで本当にすまなかった」
式の翌日、二人きりでお茶を頂いた時、私はまたしてもジーク様に謝られてしまいました。あの事はもう謝って頂きましたので、出来れば流して欲しかったのですが…
「ジーク様、その、あの言葉はどうかお忘れください」
「そう言うわけにはいかない。私がやった事は許させない事だった。私は…」
「ジーク様、あれは私の我儘のようなものです。だからこれ以上は…」
「いや、そう言うわけには…」
「いいえ!本当にあんな失礼な事を言って申しわけございませんでした。私、こちらに来てからとてもよくして頂いていたのに…ない物ねだりをしていただけなんです」
そうです、あの言葉は確かに私の本音の一部分ではありましたが、それが全てではありません。私の中では感謝の想いの方がずっと大きくて、この前口にした想いはほんの僅か、それこそコップの最後に残った数滴くらいのものでした。そして、あの状況を望んでいたのは他ならぬ私だったのです。
なのに、あんな風に感情に任せて口にしてしまったなんて…自分の中ではこれまでにない程の黒歴史です。あれは子どもの駄々と同じです…
「それでも、あんな風に突き放した言い方をしたのは私だ」
「それも私に余計な期待を持たせて、傷つけないようにと思われての事でしょう?最初にそう言った方が傷は浅く済むと」
「それは…」
「ジーク様がそうされた理由も理解していますわ。私だって…最初に優しくされていたら、きっと期待してしまったでしょう。その上でもし番でなかったら…きっと凄く苦しんだと思いますわ」
そう、きっと最初にジーク様が優しくして下さったら、私は期待してしまっただろうと思うのです。番ではなくてもうまくやっていけるのではないか、家族としてでも穏やかに過ごせるのではないか、と。同盟のための大義名分も背中を押して、私は何とか仲良くなろうと務めたでしょう。ラウラ以外に頼れる人がいない、習慣も何もかも違うこの国で優しくされたら、私はジーク様に依存していたんじゃないかと思うのです。
でも、その後で番が見つかったら…きっと凄くショックだろう事は疑いようもありません。もし私がジーク様を好きになって、その上でジーク様が…例えばレイフ様のように誰かに愛を乞うようになったら、私は耐えられなかったように思います。
「それに私も、自分の立場を利用していました。番じゃないならいずれは離婚になるから、その時に備えようって、ここでの立場を利用したんです。勉強だってここを出た後で生きていけるようにと思っての事で、この国のためにやっていたわけじゃ、ありませんし…」
そうです、私もずるい考えでここに来たのです。ジーク様を利用して、自由になろうとしたのは私です。ジーク様達の私への負い目を利用して、自分の都合のいい様にしていたのは私だったのですから…そしてジーク様は、そんな私の願いを最大限叶えて下さっていたのです。
「私はみんなが言うほどいい子じゃありません。自分の事しか考えていないし…世間知らずで、考えも至らない子どもです。父の事だって、事情があったのでしょうけど、理解しようとかそんな気持ちも湧かなかったし…」
そう、私は実のところ、自分の手の届く範囲の狭い場所しか見えていません。ジーク様の事だってそうです。ジーク様が私と交流しなかったのは、番が見つかった後で番となった方が私に必要以上嫉妬させないのと、離婚時に白い結婚だったと明らかにわかれば私がその後再婚しやすいだろうとの配慮からだったと、最近になって皆さんから教えて貰いました。
獣人の中には番が見つからず、諦めて結婚した後で番が見つかる事もあるそうですが、その時に番がそれまでの伴侶に嫉妬して人情沙汰になる事も珍しくないのだそうです。番が狼人や虎人などの番至上主義だった場合は特に。私は王女とはいえ人族なので、離婚後に害されるのではと、ジーク様や宰相様は案じていらっしゃったそうです。
「エリサがそう思うのは仕方ない。私だって貴女の立場だったらそう思っただろう」
「でも…」
「エリサはまだ十七年しか生きていない。一方で私はもう九十年近く生きている。私の方が広く物事が見えるのは仕方がないだろう?エリサだって、十歳の子供に自分と同じような配慮や考えを求めたりするだろうか?」
「それは…さすがに無理、ですね…」
そんな風に言われてしまうと、何も言えなくなってしまいます。これはきっとジーク様なりの優しさなのでしょう。確かに年齢や経験の差は大きいでしょうね。ジーク様は次代の王候補としてずっと学ばれていましたが、私は逆に本当にとても狭い世界で生きていましたから…
「私は…こんな風に言うと酷い男と思われるかもしれないが…エリサが、私の態度に傷ついていた事を、申しわけないと思う一方で、嬉しくも思っていた…」
「嬉しく…?」
「ああ。私の事で、貴女が少しでも傷ついたという事は、それだけ私を気にしてくれているという証でもあるだろう?父君のように、理解しようという気も起きないと言われたら…逆にどうしようかと思った」
非常に言い辛そうにそう告げたジーク様でしたが…なるほど、そんな考えもあったのですね。という事は、ジーク様も私の事を想って下さっている…のですね。以前とあまり変わりがないように思っていたので、本当に番なのかと思っていましたが…
「その…確認したいのですが…」
「なんだろう?何でも聞いて欲しい」
「…ジーク様の番は…私、で間違いないのですよね?」
今更これを聞くのかと言われそうでしたが、私の中では結構本気でそうなのかしらと思っていたのです。
「その通りだ。エリサが私の番で間違いない。だが…どうしてそんな事を?」
「それは…その…レイフ様を見ていて、随分違うなと感じたもので…」
「レイフが?」
「え?ええ。何と言いますか、ジーク様はあまり私に興味がおありのようには見えなくて…以前とあまり態度も変わっていないように見えましたし…」
そうなのです。番だと分かってからも、ジーク様の態度は…大きく変わったようには見えませんでした。勿論、以前とは比べものにならないほどに一緒に過ごす時間も増えましたが…その、何と言いますか、距離感は変わっていないように感じるのですよね。だから、本当にそうなのかと思っていたのですが…
「それは…急に距離を詰めると貴女が戸惑うのではと思って…これまでの事を思うと、急に親しくするのは身勝手のように感じたからだ」
「そうでしたか…」
なるほど、確かにそう言われてみればそうかもしれません。私がジーク様の立場だったら、どの口が…と思って逆に近づけなくなったかもしれません。
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「え?」
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