番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

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一歩を踏み出す

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「レイフ様が、羨ましい…?」

 ジーク様に、レイフ様が羨ましかったと言われた私でしたが、それをどう受け止めればいいのでしょうか…思いがけない言葉に、私は暫くその意味を考えなければいけませんでした。何でもお出来になるジーク様が、レイフ様を羨ましいと思うなど意外だったのです。逆ならわかりますが…でも…

「ああ。私もレイフのように…貴女に贈り物をしたかった。愛を乞いたいと、ずっと思っていた」
「…っ」

 そ、それは…まるで愛の告白みたいではありませんか…瞳を揺らしてそう告げたジーク様を見上げながら私は、以前ベルタさんが言っていた事を思い出しました。確かあの時ベルタさんは、ジーク様がずっと私と一緒に居たいと思っていると言っていましたわね。あの時の私は、とてもそんな風には思えなかったのですが…

「すまない、急にこんな事を言って…だが、私の本音はそうなのだ」

 念を押す様にまたそう言われましたが、こんな場合、どんな風に返せばいいのでしょうか…ここは喜びを露にした方がいいのでしょうか…戸惑ったりしたら嫌がっていると思われて、ジーク様に誤解されてしまうでしょうか…
 でも、一つだけわかっている事があります。それは…番だと、間違いないと言われて、ほっとすると同時に喜んでいる自分がいた事です。

「ああ、貴女に私の気持ちを無理に押し付けるつもりはないんだ。だから、その…無理に好きになろうなどとは思わないで欲しい。貴女は、そのままでいてくれるだけで十分なんだ」

 私が何も言わなかったからか、ジーク様が慌てた様にそう言われましたが…ち、違うのです。そうではなくて…

「あの、ジーク様…」
「ああ、すまなかった。私は、貴女が側に居てくれるだけで十分幸せなのだ。今の言葉は…忘れてくれ。いや、忘れて欲しい」

 気まずそうにそう言うジーク様は、本当に私の気持ちを優先して下さっているのですね。今の言い方だと、好きになれなければそれでもいいという意味にも聞こえます。ただ、側に居るだけでも十分だと…

「ジーク様、私、嬉しい、です…」
「嬉しい?」
「ええ。そう言って貰えて…」
「それは…」

 私が、今の気持ちをどう言えばいいのか迷い、迷った末にこんな言葉しか思いつかなかったせいでしょうか、ジーク様が戸惑ってしまわれたようにも見えます。ああ、こんな時に適切な言葉がぱっと浮かんでくる頭が今すぐ、いえ、今だけでも欲しいです。上手く言おうなんて考えるからダメなのでしょうか…

「それは…嫌がられていないと思っても、いいのだろうか…」
「えっと…はい…」
「無理に私に合せなくても…」
「それはありませんから、だ、大丈夫です」

 もっとマシな言い方があると思うのに、上手く言葉を返せない自分が歯痒くて仕方ありませんでした。さっきから心臓がドキドキし過ぎるし、喉も乾いてくるし、色々と限界です。マリーア様みたいに、凛と余裕を持って対応出来るようなスキルなどないのです。
 一方のジーク様は、先ほどまでの弱々しさが薄れ、じっと私を見ていらっしゃいます。それはそれで恥ずかしいのですが…こんな時はどうしたらいいのでしょうか…

「そんな事を言うと…私もレイフのようになってしまうよ?」
「へ?」

 何と言いますか、先ほどよりも少し砕けたと言いますか、軽い口調でそう言われて、私は思わずジーク様を見上げてしまいましたが…次の瞬間、見なければよかったと思う自分がいました。だって、視線の先にいたジーク様は、今までもない程に柔らかい表情で私を見ていたからです。その目には、どことなく悪戯っぽい光さえ宿っているように見えました。そ、そんな表情をされるなんて…反則です…

「えっと、あ、あの…」

 ど、どうしたらいいのでしょうか…ジーク様がレイフ様のようになるなんて、ま…ったく想像出来ないのですが…無表情がデフォルトなジーク様が、いつも冷たい雰囲気を纏っているジーク様が、笑顔全開のレイフ様のようになるなんて…あのカミラが改心して真っ当な王女になるくらいに想像つかない…なんて言ったら、失礼過ぎるでしょうか…でも…

「…それも、ジーク様なら…」
「いいと?」

 そう聞かれた私は、ジーク様のいつもと違い過ぎる姿に完全に混乱して、ぎこちなく頷くしか出来ませんでした。こんな状況になるなんて、誰が予想出来たでしょうか…少なくとも私には出来ませんでした。いえ、その前に、どうしてこんな状況になっているのでしょうか…

 その時です。廊下から足音が近づいてくるのが聞こえてきました。その足音は複数で、真っすぐこの部屋に向かい、ドアの前で止まりました。誰かがこの部屋を訪ねてきたようです。私は先ほどまでの今まで経験した事にない空気から解放されて、ほっとしている自分を感じましたが…ジーク様は眉間に皺を浮かべてしまわれました。

「ジーク、ちょっといいか?!」

 やって来たのはレイフ様と…ラウラでした。そう言えば今日はジーク様と過ごすので、ラウラには自由に過ごして貰っていたのでした。昨日は朝から忙しかったので、ゆっくりして欲しいと伝えていましたが…どうやらレイフ様と一緒に過ごしていたみたいですね。
 ジーク様がため息を一つついた後でレイフ様を招き入れると、ラウラと一緒にソファの向かい側に腰かけました。相変わらずレイフ様、ラウラの前ではエスコートもばっちりで王子様みたいです。騎士として女性のエスコートは必須なのだと聞いていますが…ラウラが相手の時の丁重さは最大級ですわね。そしてラウラも頬を薄っすらと染めて、妬きそうなほどに愛らしいです。うう、わかってはいますけど、私ではあんな表情をさせる事は出来ないのが何だか悔しいです…

「で、どうした、レイフ?」

 侍女さんがお茶を淹れ直して下がると、ジーク様が用件を聞きました。いつものレイフ様なら尋ねる間もなく話し始めるのですが、今日はどうしたというのでしょうか…何だかそわそわと落ち着きがありませんし、先ほどから目が泳いでいます。
 三人の視線がレイフ様に注がれると、レイフ様は益々緊張してしまったようで、一気に出されたお茶を飲み干してしまいました。淹れたてなので熱いのではないでしょうか…しかし…

「ジーク!」
「…どうした?」
「お、俺たち、け、結婚する!」

 ラウラの手を握ったままのレイフ様が、徐にそう宣言しました。レイフ様は相当緊張していたようで、顔は真っ赤でいつもの砕けた雰囲気は鳴りを潜め、カチンコチンに固まっているのがはっきりとわかります。こんな姿は初めてみました。
 そして隣に座るラウラも、先ほどよりも一層顔に赤みが増し、耳どころか首まで真っ赤です。今日は淡いピンクのワンピースですが…すっかり肌の色と同化して見えます。少し潤んだ眼でレイフ様を見上げる姿は、なんて可愛らしいのでしょうか…

「そうか、おめでとう」
「ああ!さっき、プロポーズの返事を貰って…それで…」

 どうやらレイフ様は感極まってしまったらしく、その後の言葉が出てきません。でも、それくらいに嬉しいのでしょうね。
 そしてラウラも恥ずかしそうにしていますが、レイフ様を見上げる様は可愛過ぎて私が悶絶しそうです。その様子からも、ラウラがレイフ様を信用しているのがしっかりと伝わってきます。きっと二人の間には、私の知らない交流がたくさんあったのでしょうね。

「それで、式はいつごろにするんだ?」
「ああ、さすがに今すぐはこっちも準備が整っていないからな。早くても三月、いや二月は欲しいかな」
「そうか」

 なるほど、確かに結婚するなら準備期間は必要ですわね。結婚すると三~五日くらい休暇を貰うのが普通なので、その調整もあるでしょうし、それ以外の準備もたくさんありそうです。新居などもどうするのでしょうか。気軽に遊びに行ける場所だと嬉しいのですが。

「ラウラは?それでいいの?」

 愚問だとは思いながらも、私はそう尋ねました。大事なラウラの気持ちなのです。ラウラに僅かでも躊躇する気持ちがあるのなら…私も考えないといけません。

「はい、その…エリサ様も無事式を終えられましたし…いいかな、って。あ、でも、結婚してもエリサ様の侍女は辞めませんよ。それならお断り一択ですから」
「そのような事しない!結婚した後もラウラの好きにしてくれればいいから」

 えっと…これは惚気というものでしょうか…二人の間に流れる甘ったるい空気に色が付いているようにすら感じました。
 でも、ラウラがそう言うのなら…私に異存などある筈もありません。レイフ様がラウラをとても大切に思っているのは端で見ていてもはっきり伝わってきましたし、狼人のレイフ様ならその気持ちは一生なのでしょう。ラウラもそんなレイフ様を信頼し、好意を寄せているのは丸わかりです。

「おめでとう、ラウラ」
「エリサ様、ありがとうございます」

 私の言葉に、ラウラが益々目を潤ませましたが…きっとどんなに言葉を重ねても、ラウラをお祝いする気持ちを表現するのは難しいですわね。これまでずっと支え合ってきましたが、もっと確かな支えをラウラが得られた事に、私は大きな安堵を感じずにはいられませんでした。
 ラウラが幸せそうな笑みを浮かべている、それだけで私の心も満たされるのを感じました。きっと、レイフ様はラウラを大切に守ってくれるでしょうし、ラウラもきっと幸せになるでしょう。二人の結婚宣言は、私のこれまでの人生の中で最も大きな慶事になったのは言うまでもありません。
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