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#190 衣替えの最後
しおりを挟む押し入れの奥から、去年しまった服を引っぱり出す。
季節は秋。衣替えの時期だ。
クローゼットに並ぶ半袖のシャツを畳み、セーターやコートを掛け直す。誰にでもある、ごく普通の作業。……のはずだった。
開けた衣装ケースの中には、見覚えのない服が混じっていた。真っ白なコート。新品のように清潔で、どこか病院の白衣を連想させる。
「こんなの、買った覚えはない」
不思議に思いつつも、試しに袖を通してみると、驚くほど身体にぴたりと合った。鏡に映る自分は、背筋が伸び、目つきまで鋭くなっている。まるで他人のようだ。
その瞬間、視界の端にカレンダーが目に入った。今日の日付に赤い丸印。……いや、書いた覚えはない。見れば「転科」と文字が添えてある。転科? 自分は医者じゃない。ただの事務員だ。だがなぜか、その言葉に奇妙な納得を覚える。
コートを脱ごうとしたとき、ポケットに何かが入っているのに気づいた。取り出すと、薄い診察券だった。病院のロゴ、そして見慣れない名前――「佐伯真一」。けれど、それは確かに自分の顔写真付きだった。
背筋に冷たいものが走る。ここで電話が鳴った。受話器を取ると、無機質な女性の声が言う。
「先生、そろそろ時間です。次の担当は“自分自身”です」
次の瞬間、部屋の壁が淡く光り、木の机も、散らばる衣服も溶けていった。気づけば白い廊下に立っていた。病院のようだ。コートを着た自分は、手にカルテを抱え、患者の名を確認する。
――患者:佐伯真一。病名:統合失認症。
自分の名前。自分の病名。
足元に転がる半袖のシャツが、消え入りそうに揺らいだ。季節が変わるように、世界そのものが静かに切り替わっていく。
衣替えとは、服を入れ替えることだと思っていた。だが本当は――
「人間そのものを入れ替える儀式」だった……のだろうか。
新しい自分は白衣を翻し、廊下を歩き出した。古い自分はクローゼットの闇に押し込まれ、もう二度と戻ってはこない――。
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