→📚️賛否分かれる面白いショートストーリー(1分以内で読了限定)

ノアキ光

文字の大きさ
193 / 196

#193 電波塔の向こうには

しおりを挟む

 霧の町に一本だけ、古い電波塔が立っている。
 戦後すぐに建てられたらしいが、今では錆びつき、夜には赤い警告灯だけがぽつりと灯る。町の人は誰も近づかない。曰く、「夜の塔は、声を拾う」のだという。

 私はラジオ修理を生業にしている。
 ある晩、古い短波ラジオを調整していると、雑音の中からふと声が混ざった。
『……聞こえますか』
 女の声だった。妙に澄んでいて、少し震えている。
「誰だ?」
『塔の上です。もう、誰も来ないんですね』

 冗談かと思ったが、音は確かに生々しい。
 外を見ると、丘の上の電波塔の赤い光が、霧の中でゆらゆらと瞬いていた。

 翌日、好奇心に負けて塔へ向かった。
 風のない日なのに、アンテナが微かに震えている。錆びたフェンスを越え、階段を上る。
 途中、古い放送用スピーカーが落ちて転がっていた。ふと、スイッチを押すと──
『……聞こえますか。あの日の放送、まだ届いていないんです』

 声は同じ女のものだった。
 頂上に辿り着くと、視界が一気に開けた。霧の切れ間に町の灯りがいくつも点々と光る。
 そこに、誰もいない。
 けれど足元に、ひとつの古びたマイクが転がっていた。
 タグには「追悼特番」と記されていた。

 帰宅して調べると、その年の放送記録が残っていた。
 終戦の日に、地元の女性アナウンサーが「亡き人に届ける放送」を試みたが、突発的な雷で塔が故障し、放送は途絶えたという。
 その後、彼女はその落雷で亡くなった。

 それを知った夜、私はもう一度ラジオをつけた。
『……聞こえますか』
 彼女の声。
 私はマイクをつなぎ、静かに言った。
「聞こえてます。放送、届きました」

 しばらくの沈黙のあと、微かに息を呑む音がした。
『……ありがとう。やっと、終われます』

 その瞬間、塔の赤い光がふっと消えた。
 翌朝、町の人々が言った。
「電波塔、撤去されたらしいね。昨日の夜、最後に一度だけ、澄んだ声が流れたんだって」

 私は丘の方を見上げた。
 霧の向こう、もう光のない空に、どこか穏やかな静けさが広がっていた。
 まるで誰かが、やっと電波の向こうで眠りについたように。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...