→📚️賛否分かれる面白いショートストーリー(1分以内で読了限定)

ノアキ光

文字の大きさ
195 / 196

#195 卑怯(ひきょう)な秘境駅

しおりを挟む
山深い谷間に、その駅はあった。
地図には点のように記されているが、そこに至る道は描かれていない。
線路だけが、白い霧を切り裂き、無人のホームへと吸い込まれていく。

「この駅は、乗り換え用じゃないんだ。選別用なんだよ」

老駅員は狂気を含む声でつぶやいた。
この場所に勤務すること十七年、駅を降りた乗客は、誰一人戻らない。

凍りついたホームには、案内板が一つ。
そこには、鋭い筆跡でこう書かれている。

 『この駅で降りる者は、勇者か、愚か者か。』

そして下に小さな文字が続く。

 『勇者は谷底へ。卑怯者は列車へ戻れ。』

だが、谷底へ続く道は、岩壁に刻まれた一本の鎖だけ。
命綱のない鎖の道を、霧の向こうへと降りていく勇気がある者などいない。
人間は死ぬ恐怖に抗えない。
だから誰もが、震えながら振り返り、列車へと戻ってくる。

駅員は、それを見送るだけだ。
列車の扉が閉まり、車輪が回り始めた瞬間、老駅員は目を伏せ、胸の奥で呟く。

「卑怯者を救ったつもりで、私は世界を腐らせているのかもしれない」

この駅の真の役割は “勇気の証明”ではない。
“自分が勇者ではないと悟らせるため”にある。

挑む者がいない試練は、試練とは呼べない。
ただ人間の弱さを照らし、突きつけるだけだ。

ある夜、青年が降りた。
荒れたスーツ姿、濁った目。
駅員が声をかけるより早く、青年は鎖を掴み、谷底へ体を落とした。

霧の奥から、響く声。

「生きたい。戻りたい……助けて……!」

駅員は耳を塞いだ。
救助の手段はない。
この駅には救いなど存在しない。

翌朝、列車が新しい客を降ろす。
乗客たちは案内板を読み、谷底に視線を向け、そして何事もなかったように戻る。

駅員は、足元に広がる深淵を見つめて思う。

「この駅は卑怯なのではない。卑怯なのは、私を含めた人間だ」

霧が深くなる。
今日も列車が止まり、人々は降りて、再び戻る。
勇気を試すために来たのではない。

勇気を持たないことを、正当化するために来ているのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...