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#163 団地の奇跡
しおりを挟む団地の5階に住むリョウは、窓の外を見つめながら、またしても同じことを考えていた。彼はここで生まれ育ち、結婚もしたが、すべてが何となく中途半端に終わった。
今は独り暮らし。誰とも深く関わることなく、日々が過ぎていく。
そんなある日、エレベーターを降りると、団地の前に見知らぬ老人が立っていた。真冬の寒空の下、コートに包まったその男は、空を見上げている。
リョウが近づくと、男が声をかけてきた。
「お前さん、ここに住んでるのか?」
「はい、5階に。あなたは?」
「俺か? 俺は昔、ここに住んでいた。ずっと昔、だがな。」
リョウは驚いた。この団地は建てられてからもう50年近く経つ。その間に住民が入れ替わり、ほとんどの人は引っ越していったが、この男がここに住んでいたなんて。
「どうしてまた来たんですか?」
「ふふ、ただの興味だよ。」
男は笑いながら言った。
リョウはその笑い方に何か引っかかるものを感じたが、深く考えずにそのまま立ち去ろうとした。
その時、隣の部屋のドアが開き、女性が顔を覗かせた。中年の女性、ケイコだった。
「おや、リョウさん、誰かと話してるの?」
「ええ、ちょっと昔の住人らしいんです。」
リョウはケイコに軽く紹介した。
ケイコは少し顔をしかめた。
「ああ、でもこの人、最近たまに見かけるのよ。気になるわね。」
リョウはその言葉が気になった。確かに、この男は団地で見かけたことがなかった。ケイコが言うには、最近数回目撃されているが、いつも不自然に立ち尽くしているらしい。
「それにしても、どうして今になって来たのかしらね。何かおかしい気がするわ。」
その夜、リョウは眠れなかった。男の言動が頭から離れず、気がつけば深夜の2時を回っていた。リョウは窓の外を見ながら、思い切ってエレベーターで下に降りてみることに決めた。
外は真っ暗で、人影はない。けれど、団地の一番奥にある公園のベンチに、その男が座っているのが見えた。リョウは足音を忍ばせて近づき、静かにその男の後ろに立った。
「まだいるんですか?」
男はゆっくりと振り向き、リョウを見た。
「お前さん、気になるのか?」
リョウは答えず、ただその目をじっと見つめた。すると男は語り始めた。
「この団地、昔から不思議なことがあったんだ。ここに住む者たちは、どこかで何かを失う。何もかも失う前に、ここを離れる。それが決まりだった。」
「何を言っているんですか?」
男は静かに続けた。
「俺がここを去った後も、その決まりは続いていた。だが、最後の一人が残った時、奇跡が起きるんだ。」
リョウはさらに聞きたくなり、男の言葉に耳を傾けた。
「そして、奇跡が起こると、誰もが自分の失ったものを取り戻す。それが、何年経っても変わらない。」
その時、リョウは不意に背後にケイコが現れたことに気づいた。
ケイコは静かに言った。
「私も、実は知っているわ。」
「え?」
「リョウさん、あなたが失ったもの、私が知っている。」
ケイコは少し間をおいて言った。
「あなたがここにいる理由、きっと分かっているはず。」
リョウは、ケイコの言葉に深く動揺した。彼は何も失ったことなどないと思っていたが、心の奥で何かを感じていた。
その時、男がゆっくりと立ち上がった。
「さあ、奇跡が始まる。」
その瞬間、リョウは突然、目の前に広がる風景が変わったことに気づいた。いつの間にか、公園は明るく照らされ、団地の中も賑やかな雰囲気に変わっていた。ケイコの表情も変わり、どこか懐かしい感覚がリョウを包んだ。
そして、彼は理解した。自分が失ったのは、何もかもが普通で平凡な日々の中で忘れてしまっていた「人との繋がり」だった。
男は微笑んだ。
「さあ、もう一度歩き出せ。」
リョウは一歩踏み出し、団地の中へと戻っていった。
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