真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第3章 巨大な犬編

第16話 巨・ダックスフンドは伝説の魔獣の夢を見るか

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 荒野の風が、朝露を残した草を優しく撫でていく。

 その草むらに——異様な光景があった。

 我がカクカクハウスのすぐ前。


 デッッッッッカい、犬が。


 どっしりと横たわっていた。

 しかもただの“でかい犬”じゃない。

 見た目はどう見ても、胴が異様に長く、足が短くて、耳が垂れたあの“可愛い系”のワンコ。いわゆる「ダックスフンド」。

 けど、サイズ感がバグってた。

 横たわっただけで、5メートル。

 胴が長すぎて、もはやドラゴンより存在感ある。

 

「でッ……でっっっか……!!」

 

 俺は思わず仰け反った。というか、15話の最後から仰け反ったまま未だに戻れていない。

 

 その隣で、ブリジットは焦ったように俺の顔を覗き込む。

 

「ね、ねえ、アルドくん!やっぱり大きすぎるかな!?でも、ね? この子、目はすごく優しかったから、助けなきゃって思って運んできちゃったんだけど……」

 

 それは分かる。分かるけど、スケールが違うんだって。

 見上げるサイズのワンちゃんって、もう犬じゃなくない?

 ……というかブリジットちゃん、この子どうやって運んできたの?

 

「……あ~。なんで兄さん、そんなに驚いてるんすか?」

 

 背後から、呑気な声がした。

 振り返ると、湯上がりの黒ギャル竜——リュナがいつもの黒ラメボディコン的な格好で、うちわ片手にのんびりと立っていた。

 

「……リュナちゃん、あの子……見えてるよね? でかいダックスみたいなやつ」

 

「見えてるっすよ?でも兄さん、冷静に考えて欲しいっす。あーし、竜形態だと15メートルっすよ? この子、まだ半分以下。全然可愛い方っす」

 

「“竜がでかい”のは自然なんだよ!世界観的にも!でも“ダックスが5メートル”は……不自然過ぎて脳がバグるの!!」

 

「……つーか、その"ダックス"って何っすか?」

 

「この世界にその犬種無いんだ!? それなら尚更何者なの!?このデカ過ぎるダックスフンドは!!」

 

 俺のツッコミが荒野に虚しく響く。

 

「ともかく、アルドくん。この子、背中に大きな傷があるの。すごく痛そうで……!」

 

 ブリジットが心配そうに言う。

 

「テイマーであるアルドくんなら……この子の傷を、すごいテイム技術で治せたり、しないかな……?」

 

「……テイム技術って、“治療”とはちょっと方向性が違うと思うけど……」

 

 いやいや、今さら正直に言えるか。

 “テイマー”じゃなくて、“真祖竜”で“魔法知識持ち”だなんて言ったら……。

 ブリジットちゃんのキラキラした顔に、泥を塗ることになる。

 

「……分かった、やってみるよ。俺の……スーパー・テイム回復で!細胞をテイムして傷を塞いでやるさ!」

 

 意味の分からないテイム理論を宣言して、俺は恐る恐る巨・ダックス(仮)に近づいた。



 ◇◆◇



 近づくと、より分かる。

 でかい。とにかくでかい。

 耳一枚でも俺の肩幅くらいある。 

 

 けど、それ以上に目を引いたのは、その背中の深い傷。

 鋭利な何かで斬られたような痕が、血と共に毛皮を赤く染めていた。

 

「……うわ、これは確かに痛そうだ……!」

 

 そっと手をかざす。

 魔力の糸が、傷口に向かって伸びていく。

 

「大丈夫、怖がらないで……。回復魔法、いくよ——"癒光の縛環ヒール・ライン"!」

 

 ふわりと、淡い金色の光が俺の掌から広がる。

 

 が、その瞬間——

 

「ヴヴヴヴ……ッ!!」

 

 巨大なダックス(仮)の身体が、びくんと跳ねて、喉の奥から低い唸り声を漏らした。

 

 ぎゃっ、こっわ。

 

 そのままガブッと来るんじゃないかと本気でビビった。

 

 間違いなく俺の方が強いだろうし、噛まれてもノーダメだとは思うんだけど、このサイズの犬が唸り声を上げていると、何か怖いわ!
 大きさ以外は、前世で見たことある生き物だから余計にね!

 

 ブリジットが慌てて前に出た。

 

「大丈夫だよ……! あたし達、あなたを傷つけたりなんてしないから!」

 

 優しい声。傷付いた獣を優しく介抱するその姿は、心優しいヒロインそのもの。尊いね。

 でも……それでも、巨大ダックスは低く唸り、警戒を解かない。

 
 その時——
 

「いいから、ちょっと落ち着けし」
 

 リュナが、気だるげにそう言い放った。
 

「はい、落ち着きます」
 

 ビタァ。

 犬(?)が警戒姿勢からおすわり状態に急変した。
 

「うわあ!? 犬が急に流暢に喋った上に急に落ち着いた!?」
 

 俺は心臓を抑えながら、振り返る。

 

 リュナは、あっ……という顔をして、口元を押さえた。

 

「……やっべ。うっかり出ちゃったっす」

 

「え!? 何が!? なんで一言でこんな素直になったの!?」

 

 リュナはちょっとバツの悪そうな顔で指を立てた。

 

「……これ、あーしのスキル“咆哮ほうこう”の効果っすね。」


 リュナはポリポリと頭を掻きながら呟く。


「格下の相手は、あーしの声や咆哮を聞くと反射的に“従う”ようになっちゃうんすよ。兄さんと姉さんには効かないから、今まで忘れてたっす」

 

「何そのチートスキル!?」

 

「でもこれ"常時発動型"なんで、コントロール出来ないんすよね。だから、人間形態の時は、普段は制御用の魔道具で抑えてるっす。ほら」

 

 そう言って、リュナがポーチから取り出したのは——

 黒い、口元を覆うようなマスク型の魔道具だった。

 

 パチン、と装着。

 ジト目黒ギャル×黒マスク。完全に夜の繁華街の住人。

 

 (……これ、なんか……なんか、嫌いじゃないぜ!)

 

 ちょっとだけドキドキしてしまった自分が悔しい。

 





 ともかく。

 巨大ダックスは静かになった。

 よし、もう一度——

 

「ヒール・ライン」

 

 今度は、光がすんなりと体に染み込んでいく。

 

 血が止まり、傷口がみるみる癒えていく。

 ごわごわだった毛も、ふわふわと整っていく。

 

「……っ」

 

 俺は手を下ろして、安堵の息を吐いた。

 

「よし、これで……」

 

「すごい……!」

 

 隣で、ブリジットが目を輝かせていた。

 

「アルドくん、すごいよ……! この子、もう全然痛そうじゃない!」

 

 嬉しそうに、巨大ダックスの頭を撫でている。

 

「ほんとに……ありがとう、アルドくん」

 

 その笑顔に、俺は……少しだけ顔を背けた。

 

「ま、まあ……うん。これくらいなら、お安い御用だよ……へへ……」


 
 ◇◆◇



  柔らかな光が荒野の草を照らし、朝の風がそよいでいた。

 その中心で、俺たちは――超巨大な“ワンコ”を前に、妙な沈黙を共有していた。

 

 回復魔法は完了。

 ダックス……もとい、謎の巨大犬の背中の傷はすっかり塞がり、きれいな毛並みに戻っていた。


 息遣いも落ち着き、だいぶ穏やかな表情になった彼(?)は、寝そべったまま首をこちらに向けている。

 というか、落ち着いてるけど……やっぱデカい。顔が俺の全身よりでかいって何だよ。目もつぶらで可愛いけど。

 

 それにしても、やっぱり喋るんだよな……このワンちゃん。
 さっきの「はい、落ち着きます」ってセリフが耳から離れない。

 

 そして隣には、黒マスクを装着した黒ギャル――リュナが腕を組みながらうんうんと頷いていた。


「ふむ……やっぱコイツ、犬じゃないっすね」

「え……あらためて言われても……」


 いや、まあ……だろうね!
 この大きさだものね!
 ついでに喋ってたしね!さっき!

 

 リュナは真面目なトーンで続ける。

 

「たぶん……っていうか、間違いないっす。コイツ、フェンリルっすね」

「フェ、フェンリル!?」

 

 予想外すぎる言葉に、俺は思わず声を上げた。


 フェンリルと言えば、アレでしょ?


 前世で読んでた"異世界テイマーもの"のラノベとかでよく最初に仲間になる、御三家ポケモンみたいなやつ。


 よく作中で犬扱いされて『我を犬扱いするな!誇り高いフェンリルだぞ!』みたいに怒ってるイメージあるけど、

 この子にそんな反応されたら「いやお前どう見ても犬だろ」という感想しか出てこない気がする。


 あれ?そもそも"フェンリル"って北欧神話に登場する魔獣の名前だったような……何で異世界でその呼び名が定着してるんだ……?


 まあ、そんな事言い出したら"ドラゴン"って言葉も古代ギリシャ語が語源だって聞いた気がするし、細かい事は考えるだけ無駄だよね!異世界だもの!


 無駄に思考を巡らせる俺の横で、ブリジットがさらに驚いたように目を見開いた。

 

「えええっ!? フェンリルって……あの、伝説の魔獣の!?」

 

 その反応に、巨・ダックスフンドがぴくりと耳を動かす。
 ……というか、ダックスフンドって呼び続けていいのか、もう分からないけど。

 

「マジで……? このドデカワンちゃんが……?」

 

 俺は信じられない気持ちで、彼の姿を見上げる。
 どう見ても『今日のわんこ(巨大)』って感じのビジュアルなのに……。

 

 すると、その“癒し系フェンリル”がぺたんと伏せの姿勢になり――口を開いた。

 

「……ボクの名前は、フレキです」

 ――喋った。しかも流暢に。少年の様な、落ち着いた声で。

 

 俺も、ブリジットも、同時に固まった。

 

「ボクは、フェンリル族の王の息子……この地の奥、深き森に棲まうフェンリルの里から来ました」

 

「息子って……え!?フェンリルの王子様なの!?」

 

 驚きの声を上げたブリジットの背で、リュナがふーっと鼻を鳴らす。

 

「なるほど。言動が妙に丁寧だと思ったら、育ちがいいんすね。……にしては、見た目がユルいっすけど」

 

「緩いって言わないであげて……!フレキくん真面目そうだよ!ね?ねっ?」

 

 あわあわと取り繕うブリジット。

 その姿を見て、フレキは少しだけ、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……この姿には、時々そう言われます。ボクの種族は、成長過程によって姿に個体差が出るので……」

 

「ってことは、色んな姿のフェンリルがいるってこと……?」

 

「はい。食べる物や外界との関わり方によって、どんな姿になるかが個体毎に異なるのが、フェンリル族の特徴なのです。」

 

 あくまで淡々と語るフレキくん。


 お世話の仕方で姿が変わるって、フェンリルってそんな"たまごっち"みたいな育成システムなの?

 どんな育て方したらダックスフンド型に育つんだろうか。フェンリルっち。

 ひょっとしたら、チワワ型とかマルチーズ型のフェンリルもいるのかな。クソデカいやつ。ちょっと見てみたい。

 

「そっか……でもフレキくんの姿、あたしは好きだよ!可愛くて!」

 

 そっと言ったブリジットの言葉に、フレキは少しだけ目を細めた。

 

「優しい言葉、痛み入ります。あなた方に助けられた借りは、必ず返します」

 

「そんな……いいんだよ!だって、あたし、このフォルティア荒野の領主様になるんだから!困ってる子がいたら、助けるのが当然だもん!」

 

 胸を張って笑うブリジットを見て、フレキは少しだけ……ほんの少しだけ、顔を綻ばせた。

 

「……あなたは、とても強い方なのですね」

 

「えへへ……そうかなぁ?」

 

 なんだか、すっごくほんわかした空気が流れていた。

 けど――俺はそのやり取りの中で、ひとつだけ気になったことがある。

 

「ねぇ、リュナちゃん」

 

「何っすか?」

 

「……さっき、“この子フェンリルだ”って言ってたけど……まさか、見ただけで分かったの?」

 

 リュナは一瞬だけ沈黙し、そしていつもの調子で肩をすくめた。

 

「ま、あーしも昔ちょっと、フェンリル族とは関わりがあったんで。元々ここら一帯シメてたの、あーしっすからね。」

 

「あー……そういえばそうだったね。」

 

 俺は、ほんの少しだけ笑って、スープの鍋を見に戻ることにした。


 そうだ。今日は、この子──フレキにもご飯を食べさせてやらなきゃな。

 玉ねぎ食べても大丈夫なのかも聞いておかなきゃね。
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