どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第一章 夜の女王とミミズク

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 細々とした枝が月に向って伸びていた。老人が長い年月月に恋い焦がれ、大樹へと変化したあとも執着し掴もうとしている姿に見える。
 清族は、そんな人間じみた木に縄を括り付けた。震える手で台を運んできた。乗り上げると、丁度、首を輪っかの部分に首を通すことができる。
 二日ほど寝ていないような深い隈が目の下にあった。髪も服もぼさぼさだ。いつか見たときよりもげっそりしているようにも見える。
 トーマは、しゃがんだまま目元をおさえていた。

「ノエルか」
「サラザーヌ家に志願した清族か? あれが、鳥人間を?」
「かもな。あ、台を蹴り上げた」
「首が締まってる」
「なに傍観しているの?! どうにかして助けないと」

 ギスランもトーマもどうしてそんなことを言うんだろうという目で私を見た。

「あ、うまく頸動脈にはまらなかったらしい。じたばたしてがる」
「カルディア姫、こちらからの介入は不可能です」
「さっきは、腕をあちら側にやっていたし、不思議な術で会話していたじゃない」
「あの状態の人間にそのどちらとも効果はないと思いますが」

 見捨てる気なのか?!
 ハルが地面に手をついて、叩いている。けれど、水面が波打つだけだ。
 私も試してみるが、清族には全く届いていないようだった。

「八秒もすれば気絶するって本で見たが、なかなか粘るな」
「トーマ様、倫理観って知ってます?!」
「イル、清族に倫理観を求めるのは馬鹿で愚かなことだっての。死にたい奴は死なせておけ。助けてやったと偉ぶっても、なぜ助けたと言われるのがおちだぞ。人は、生きることに絶望しやすく、死ぬことに希望を見出しやすい」

 人が死にそうだってときに言う台詞か!? 
 何度も拳をつくり、地面を殴ってみるが、効果はない。ギスランのようにあちら側に腕が出ることもなければ、声が届くこともない。

「ギスラン! これ以上死人が出るのはごめんよ」
「はあ、カルディア姫がそう言われるのならば」

 ギスランが軽く手を振ると、月に手を伸ばしていた大樹が土煙を上げて動き始めた。震える巨体に反応するように枝が揺れ、ぽきりと清族の重さが耐え切れなくなったのか枝が折れた。
 地面に落ちた清族は咳き込みながら泣き伏している。顔面の状況は散々だが、生きていたことに一安心する。荒い咳をしつつ、鼻水をすすりながら地面を叩く力があれば大丈夫だろう。
 動く大樹の幹の間には苦悩する老人の顔が浮かび上がってきた。鼻梁が高く、整った顔立ちをしているが額や頬には幾百の皺を刻まれていた。肌は腐ったように緑色で細い幹が顔の周りを装飾のように取り巻いている。

「な、なに、あれ」
「カルディア姫、ご存知ではない? 地獄には、自殺者の森があるといいます。自殺者は地獄に落ちたら第三だか、第四階層だかに堕ちて、木に姿を変えられてしまうらしいですよ」
「リストだか、リマスだかって名前の男が好きになった女を地獄から連れ戻す胸糞悪い物語の話なら、階層は七。つかそれ、それは、百年前のザルゴ公爵家の文筆家が書いた事実無根の話だろ」
「だから、あれは何!?」

 トーマは一瞥したが黙り込んだ。
 さっきから不思議に思っていたが、こいつ私やハルの問いかけに返答していない。
 意識して無視されているようだ。無礼じゃないか?

「月に恋い焦がれるあまり木と同化した妖精だと言われていますね。月に色ぼけした妖精というのは一定数いるようで、目覚めさせると月の爛漫さや狂わせるほどの美しさを語り出す不気味な喋る彫像群が森には密かに棲息しているのです」
「恐ろしい群れがいるのね……」
「恋は人を狂わせると月並みな言葉で飾ることも出来ますが、あれは蛾ですね。走光性のために惹かれざるを得ない。おが屑しか脳につまっていないのでしょうね」
「……お前が嫌っているのは分かったわ」

 だが、助けることができたのだから、よしとすべきなのかもしれない。
 下を覗くと、大樹達が嗄れ声で賛嘆をこぼしていた。腕のように枝が動き、葉が擦れる。風が通るときのような涼やかな音に似ているが、室内で拍手をした時の篭った音にも似ていた。

「ああ、ミッシェル様。美しく、清らかで、気高き我が貴女様。あのような下賤な者に触れられるなどあってはならない。金があれば買われずとも済んだ。ならば、金をかき集めてなぜ悪い? そも、原因はあの男にあったのに、私が打擲される理由があろうか!」

 清族の男の涙声が、葉の音の隙間から聞こえてくる。

「一人、二人、三人、四人……ミッシェル様の為に死んだのだ。なんの不満があるだろう? それに最後に死ぬのはミッシェル様の恋仇。嫉妬で狂いそうなミッシェル様をお救いすることが出来る。一石二鳥ではないのか! なのに、なぜ、あのミッシェル様の父親と名乗る男は、祝福しないのか! そればかりかミッシェル様が下賤の生まれだとホラを吹き、私の行いはミッシェル様の死で抗わなければならないだと?」

 ギスランが清族に伸ばす手の上に自分の手を重ねる。首を振ると、ギスランは私の手を振り払おうとした。

「ミッシェルはサラザーヌ公爵令嬢です。そして、彼女の想い人は私。恋仇は貴女様だ。このものは貴女様を殺そうとした一人らしい」
「いいの」

 ギスランの背を撫でる。
 驚いてギスランが身を縮こませた。
 清族の男はサラザーヌ公爵令嬢に仕えていたのだろう。おそらく彼が鳥人間を作っていた。
 法外な値段を提示されていたのかもしれない。サラザーヌ公爵令嬢の婚約をなかったことに出来てしまうほどの莫大な金が手に入る約束だったのかもしれない。
 人の命は金で換算できる? できるとしたら、私はいくらで、サラザーヌ公爵令嬢はいくらなのだろう。死んでいった人の値段は? きっと、同じではないのだ。
 人の価値はあまねくすべての人間が同等であってほしいのに、違うのだ。
 清族の男にとって、サラザーヌ公爵令嬢以外にたいした価値はない。
 誰もが同じだけ必要とされ守られ慈しまれるなんて夢物語だ。均等に配分される感情は存在しない。人の価値を見つけ出すのは心だ。心に、平等や均等を強制は出来ない。

「庇われるのは、なぜ?」

 どうしてだろう。
 自殺しそうになっていた清族の男に追い討ちをかけるのが忍びないから?
 それとも、慈悲をみせて自己陶酔に浸りたいのだろうか。憐れみや慈愛は快感を伴う。
 けれど、体を這うのはもっと特殊な異常ともいえる感情だった。まるで溺れた虫を救い出してあげているみたいだ。しかも自分が虫を水溜りのなかに放り込んだような、憐憫を覚えることが自作自演に思えて白けてしまうような感覚だった。
 自分の歪んだ感情から目を背けるようにギスランから目をそらす。
 私を殺そうと画策していた人間を慮ってどうするのだろう。だが、そうしなければいけない。なんとなくそう思う。けれど、私の心を受け止める彼はどうだ。
 高潔で、理性的か? 私の自己陶酔に感銘して同じだけの自己陶酔で謝礼してくれるのか?
 ――駄目だ。考えを巡らせるほど気持ち悪い妄想に支配される。いままで当たり前のようにやってきた行動の一つ一つに、なんらかの意味を見出してしまう。助ける、救う、そんな善行にも利己主義な感情が混ざっているのではないかと懸念が膨らむ。
 誰かに判断して欲しい。駄目だと、あるいはそれでいいのだと肯定して欲しい。どうして、悶々と自罰的な考えを続けなければならないのだろう。
 信用できる人に全権を委任出来たらどれほど安心するだろう。
 感情的に動くことは気持ちがいいのに、一方でそんな衝動に突き動かされる自分が嫌でたまらなくなる瞬間がある。

「ノエルがつくったっていうなら、あんな出来の悪い鳥人間をつくったのも納得だ」
「……どういう意味ですか、トーマ様?」
「イルは貧民街出身なんだってな。ならば親が子供を売るのは日常茶飯事だろ?」
「……まあね。親が子を、子が親をなんて当たり前ですよ。貧しさっていうのは情も理性もうわべのものを引っぺがす暴力的な力だって、思います」
「だろうな。俺は経験したことがないが、圧倒的な飢餓と真っ暗闇の穴に落ちていくような絶望が貧しさだという。サラザーヌ公爵家はそういう意味じゃあ、没落していたが貧しくはねえのにな」
「話がずれている。ノエルの話はどうした?」
「どこの階級にも、金に困る奴はいるってことだ。清族のなかにも金のためなら自分の子供を売る親がいる」

 トーマは淡々としていた。見てきた事実をそのまま言葉として吐き出しているようだった。見たことのない世界がずっと近くにあるのだ。そのことを思い知る。

「特に番がいないのは、清族として致命的だ。ノエルは妹がいない。そこで親はあいつを闇市へと売り払った。オークションに出品され、カンカンカン、落札。清族の子だ。高く売れた」
「ちょっと待ってくださいよ。妹が産まれなかったら、売られるって意味が分からないんですけど」

 イルの戸惑うような反応に、トーマは首を傾げた。

「清族は近親相姦で血脈をつないでいる。知らなかったのか? 血が濃ゆい方が高潔であり、魔術適正も高くなる。清族はこぞって兄妹で交わり、次代へと魔術を継承させていく。だが、近親相姦を続けると弊害も起こる。奇形の子供が生まれ、兄と妹の番が産まれてこなくなる。清族のおよそ二割が、清族としての資格を持たないまがい物が産み落とされるという推計がとられている。ノエルはそのうちの一人だな」


 淡々と、なんでもないように語る内容に愕然とする。紛い物って、ただ兄妹が生まれなかっただけでか?

「買われて、どうなるんです?」
「多種多様だな。絵画のように飾られる奴もいれば、魔力だけを有効活用される奴もいる。女ならば十中八九慰み者になるし、男でもカストラートのように去勢されて使用される。雑用係をして楽しく過ごす奴もいるにはいるが、人はそこまで善良じゃないだろ。金で買ったものに、値段以上の価値は見出すものか?」
「ノエルって人はどうなんです?」

 トーマは一瞬、黙り込んだ。

「よくは知らねえ。ただ、ノエルの一番最初の買い手様は死んでる。噂だと、叛逆した貴族を始末した時に保護されたらしい。当時、サラザーヌ公爵は軍の名誉職にあったから、引き取ったんだろうよ。あいつがサラザーヌ公爵令嬢に飼われているのは有名だな。けど、売られたせいで清族の教育はほとんど受けてねえはずだ。技術者としてヴィクターに作り方だけは教わっていた。そこから独学で作り上げたなら、あんな半端なものをつくった理由の説明がつく」
「やはり殺した方がよいのでは」

 イルがおっと目を丸くしてギスランを見た。やるなら、いつでもどうぞみたいな顔をしている。ギスランの剣奴なのだなと確信する。命令を待つ、忠実な部下の顔をしているからだ。

「いや、その必要はない。ギスラン様」

 トーマがうつむいて指をさす。

「リスト様が来られた」
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