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第一章 夜の女王とミミズク
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無事だったのか!
地面に張り付いて覗き込む。見慣れたあの赤髪が今は希望を灯す炎のように眩しい。
「清族のノエルだな」
リストの周りには無数の軍人が控えていた。
汚れひとつない靴でノエルに近付くと、剣の鞘で顔を上げさせた。顔を確認すると、号令を飛ばす。周りにいた軍人が囲い込みノエルを拘束した。
胸がいっぱいだ。
リストがそこにいる。
胸から喉を通って込み上げてくる熱い感情があった。リストの姿を見れたことが望外の喜びだった。
「お前達はギスラン・ロイスターの捜索を。あの馬鹿め、花火で危機を知らせるとは」
「はっ」
「俺はここに残る。カルディアもおそらくギスランとともにいるだろう。保護次第、この学校から脱出させる」
「了解いたしました!」
兵士達が森の奥へとはいっていってしまった。
ギスランを仰ぎ見る。イルやトーマ、ノエルの時のようにあちら側に干渉して、リストと連絡をつけて欲しかった。
「嫌です」
「ギスラン」
「却下します。リスト様の姿がそんなに嬉しい?」
「もちろんよ。無事ではないのかもって思ったの」
一時はもう会えない覚悟を決めたんだ。リストに今、会えるなら、力強く抱きしめてほしいぐらいだ。
「リストに私達はここだと言って、兵士を引き戻してもらわなきゃ」
「……それはそうですが、説明が難しい。リスト様の周りには軍人しかいません。清族がいなければ、地の中にいるなどどいう荒唐無稽な話、信じません」
「ま、それもそうだ。ってことで先に進むぞ、ギスラン様」
「はあ!?」
「ちょっとお待ちを、トーマ様」
イルと私の声が重なった。
トーマはイルに視線を向けて、笑った。
「大丈夫だ。俺と一緒にいた兵士達がこっち側に向かってる。あいつらはレイ族抱えてるからな。人手はあった方がいい」
軍人どもは無駄になんねえよと言って、トーマは歩き出した。森の出口を越え、花園へと移動していく。
「おまえ、おまえのことを、知っているぞ、穢れた血」
「……なんだと?」
「偽物め! 王族とて、罪を犯しているというのに」
さきほどまでなんの反応も示さなかったノエルが急にリストを見て、叫んだ。偽物……?
リストは不快そうに顎を逸らした。
「リスト様、東棟にあの怪物が現れました!」
「分かった。俺も向かおう。武器を構えろ。こいつが暴れるようなら肋骨の二、三本はかまわない。だが、殺すなよ」
軍人を引き連れ、リストが東棟へと向かった。奇しくも、トーマが歩いた丁度その上をリストは歩いていた。
「花が、枯れてる……!」
花園の下を走る。
杖をついているトーマは思ったよりも早くて、追いつくのがやっとだ。
やっと追いつくと、トーマにしがみついていたミミズクの絶叫が聞こえてきた。
確かに咲き誇っていた花達は皺くちゃになり変色していた。
「また、花を植えればいいだろ」
「でも、同じじゃないよ、トーマ」
ぎゅっとトーマの白い布に皺が寄るほど握りしめていた。
「ここにいる花は死んだんだ。枯れちゃった。あんなにきれいだったのに。同じ花じゃない、同じ花じゃないよ」
トーマは鼻を鳴らしてミミズクの手を振り払うと、杖を巧妙に掴んで更に歩みを早めた。
「なぜ、枯れている?」
ギスランの小さな呟きが、わずかな疑念を浮かばせた。
「死に神と面会できるということは危険なことだ。死に神の領域が地上に近づいているってことだからな」
「トーマ様、俺にきかせてもなんの返答ももできませんよ? 俺って、その手の話は苦手ですからね」
「声に出すことで思考を整理してるだけ。人と会話してると頭のなかすっきりしねえ? 俺、たまに案山子とかで代用するし、相槌だけしてりゃあいいから」
「それはそれで、無性にイラっとしますね……って、今のは文句じゃないですよ」
「あー! うっせえ。別に俺は不敬だからって土下座させたり矢で射抜こうとしねえ。いいから、相槌。仕事はそれだけ」
「俺って戦闘要員なのに。不遇な扱いを受けている。その死に神って奴が倒せる奴なら俺が倒して即解決というのもありじゃないですか?」
「なしだ。なし。だいたいイルに神殺しなんてできるかよ」
イルは慇懃無礼な態度をとっているが、それを受けるトーマはまったく気にしていないようだ。だからだろうか、気が置けない関係のようで、見ていてはらはらはしない。
「本来はこのいんちき水空間のさらに下にある場所を死に神が住む場所となっている。ってことは、だ。徐々に死に神の住む空間が浮上してきてるんじゃねえのか?」
「死に神ってなんで地下に潜ってるんですかね? まるでモグラだ。光に弱いとか?」
「イル、相槌だけでいい」
「俺は案山子じゃありませんので。だいたいトーマ様。もし死に神が地上に近づいてきてるからといって困るんです?」
「……黄泉と地上が混じれば、生者は死に、死者は蘇る。そうなるとこの世の理が崩れるだろ」
「理が乱れると?」
「……太陽と月が逆転して、空にはいつも月が煌然と輝くことになったりするかもな」
俺がそんなこと知るかと言わんばかりに適当なことを言っている。トーマにも予測がつかないのかもしれない。黄泉と地上が混ざると、どうなるのだろう。
イルは明らかに不満そうにトーマに視線を投げる。
「そんな幻想小説の話じゃないんですから」
「イル、字が読めるようになったのか?」
「失礼ですね。いっときますけど、童話は読めるようになりましたからね」
「胸を張ることかよ。つうか、案山子役なんだから黙って頷いてろ。少しも考えがまとまらねえ」
トーマはいら立たしげにがりがりと頭をかいた。ふいにトーマに苛だたしげに向けられていた視線がこっちに向けられた。ギスランより深い紫色の瞳。その紫が焦燥と喪失となにか深い感情を宿して薄暗く、不気味な光を放っていた。歳下の少年が見せるには物騒なものだった。
顔を伏せてしまう。やっぱり、トーマに見つめられるのは苦手だ。心臓がぎゅうっと握られている気がする。
ギスランが不思議そうに私の肩を叩いた。
「カルディア姫、首を痛めますよ? いや、私に介護させて下さるつもりでしたら、そのままでも構いませんけれど」
語尾が期待に上がっていた。その言葉に肩の力が急に抜けた。
この地下空間で見上げると、月のない夜に空を見上げている気分になる。この光景は好きだ。
気泡がぷかぷか浮かぶ時がある。それはまるで数多ある星屑のきらめきのようだ。その周りを魚達がふわふわと遊ぶように泳いでいる。たまにイルカが寄ってくるのが微笑ましい。ギスランに追い払われているが。
私って、海洋生物に好かれる方なのかもしれない。少し、うれしい。
イルカを追い払っていたギスランがこほんと咳ばらいをして、口を開く。
トーマの言う死に神の眷属の話だった。黒いローブを纏っているらしい。
髪の色は水色。端正な男の顔をしているそうだが、その顔の半分は骨が露出しているのだと言う。
不気味なその眷属は、トーマがやっと捕まえたお気に入りらしい。だが、眷属の方はトーマを嫌っている。そもそも、死に神の眷属は清族に使役されない。それを無理矢理言うことを聞かせるものだから、気を抜けば殺されそうになっているらしい。
どうして、そこまでして死に神の眷属を従えているのかはわからないが、今回はそれが功を奏しているといえた。
「ギスランも死に神の眷属を従えているの?」
「まさか。清族のそのほとんどが、自分の信仰する神の眷属を従えます。つまり女神カルディアです。私の周りにいるうるさいもの達も、女神の眷属ですから」
「ふーん。ねえ、私の近くにもそのうるさいもの達はいる?」
手をぱたぱたと動かすと、ギスランは口元を隠して笑った。
「ええ。もう、止まり木のようになっています」
「ええ!?」
肩をはたく。だが、手に感触はなかった。
「冗談です」
「冗談なの!? この状況で?!」
「怒るカルディア姫も可愛いです」
「ギスラン!」
ギスランの心理状態が分からない。私をからかっている場合ではないだろう。
睨みつけると心外だと言わんばかりに目を細め、唇をすぼめた。
「ギスランがカルディア姫に他のものを近づかせるわけがありません」
ギスランってどこにいってもこういうぽやぽやした思考回路になっている。
あきれるような、心強いような、奇妙な安心感があった。
そんな風に楽観視していたせいだったのだろう。私がギスランと心安らかな時間を過ごしていた時、一番後ろから恐々とついてきていたハルが足元に目をやって絶句していたことに気が付かなかった。
ハルの目線の先には月光を浴びて赤黒く染まる血だまりがあった。
ハルが吐き気を催し、息をとめるほど衝撃的だったのに関わらず、私は見過ごしていた。
その血がシエル達の逃げて行った貧民の四肢からこぼれていたものだったなんて、鈍い私は知る由もなかった。レイ族の女に食い散らかされた肉塊が誰にも見つけられず、風に乗って腐った果実のような腐臭を周囲にまき散らしていると知らなかった。
ハルは震えた手で何度もまぶたを擦り、これは夢だとぶつぶつとつぶやいた。
嗚咽をこぼしたのに、私の耳には入らなかった。彼の声は、私には聞こえなかったのだ。
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