どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第二章 王子殿下の悪徳

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「ギスラン様がいない間、こちらの毒見済みのものを食してもらいますよ」

 ギスランは学校を去ったが、イルは残ったらしい。寝起き姿の私の部屋には、食事が載った皿をいくつか広げられていた。
 そして、その隣には、なぜかリュウがいる。
 嫌そうに眉を顰めながら、偉そうにソファーに座っていた。
 ……私の部屋だよな?

「なに、そのまずそうなの。保存食?」
「あはは、フォークで目玉抉ってほしいって? リュウはなかなかに度胸が据わってる」
「お姫様、こんなもの豚みたいに食うぐらいなら、死んだ方がましなんじゃないのぉ?」

 二人の間には殺意が漲っている。
 目を瞑って、数秒数える。
 目を開く。変わらず目の前には二人がいた。
 夢じゃなかったか。

「とりあえず、二人とも出て行ってほしいのだけど」
「あれ、なんでですか」
「着替えならここですれば。あ、手伝ったほうがいい? 面倒だから、自分でやってよねえ」
「……出ていかないと叫んで侍女を呼ぶ」
「そりゃ、悪手だ。退散します」
「……はあ、はいはい、出ていきますよーだ」

 素早くいつもの地味なドレスに着替えて、二人が消えた扉の鍵を閉める。
 私の部屋は一階だ。すぐに裏庭へと繋がる道に出れる。
 今日はトーマと散策する予定を立てていた。
 おそらくだが、あのまま食事すれば追い掛け回される。
 リュウがいたのは本当に謎だが、両方がいがみ合っているうちにこの場から脱出してやる。
 窓枠に手をかけて、体を乗り出す。
 窓を潜り抜けて、私は外に出た。

 のはいいのだが、待ち合わせをしている図書館の前に着く前に変な男を見つけてしまった。
 ボタンが全部取れたシャツを着ている青年だ。懐中時計のチェーンが外れて、黒薔薇の飾りが転がっている。
 眼鏡をかけているが、顔はどこか特徴がない。
 しかも全身ずぶ濡れで倒れている。
 無視するべきか逡巡して、結局声をかけた。まだ待ち合わせまで時間がある。気にかけても構わないだろう。

「大丈夫?」

 手を差し出すと、青年がぱっと目を開いた。
 青い綺麗な瞳だ。私の手を取ることなく、瞬きもせずに私を見つめていた。

「ねえ、聞こえている?」
「ああ、ごめん。お姉さんがどこの階級の人間なのか考えていたんだ」
「どこの階級?」
「この学校でだよ。清族ではないみたいだし、ならばなぜ花を飾っていないの?」
「花を飾る? お前がなにを言っているのか、まったく分からないのだけど。とりあえず、手を取って起き上がってくれる?」

 見下しているようであまりいい気がしない。
 何度かぱちぱちと瞬きをして、青年は私の手を取った。

「ああ、お姉さんが噂の第四王女カルディアか」

 妙に納得した様子で、青年は起き上がってしみじみと呟いた。
 噂のって、嫌な予感しかしないな。
 とりあえず、眼鏡についた水を拭きとるようにとハンカチを渡す。
 青年はなぜか少し照れた様子で眼鏡をはずした。
 目、大きい!
 眼鏡のせいで目が小さく見えたが、とんでもない。顔の何割が目なんだと驚愕するほど瞳が大きかった。
 遠くにあった空が急に目の前に広がったような、瑞々しい透き通った青色の瞳だ。

「ありがと。フォードの人は優しいんだ」
「これぐらい普通じゃないの? 頭に砂ついているわよ」
「そうなんだ」

 そのままにしようとしているのか!?
 手を伸ばして、払ってやる。
 まただ。変に頬を染めて照れている。
 紅潮しやすい体質なのかもしれない。

「ありがとう、お姉さん」
「さっきから、ありがとうしか聞いていないわ。お前、名前は?」
「テウ」
「そう、テウ。私のことは知っているようだけど一応名乗っておくわね。カルディアよ。それで、ここで何をしていたの?」

 うーんとテウは頭を何度も傾けた。

「別に俺はなにをしていたつもりはないけど。ただ、いたぶられていただけ」
「はい?」
「虐められていたんだ」

 ちょっと待て。
 見る限り、ボタンは外れているが良い絹でできたシャツだ。ズボンも頑丈な生地を使われている。眼鏡だって、縁が宝石で飾られていた。懐中時計だって良品だ。螺子を巻くところにクリスタルが使われている。
 貴族の男だ。
 なのに、虐められていた?
 平民や貧民がそういう立場になるのはまだ分かるが、貴族でこうも暴行を受けている奴は初めてみた。

「なぜ?」
「なぜって、使命を果たしていない奴はどんな階級より下なのは当然だよ」
「使命を果たしていない?」
「そうだよ。俺は落ちこぼれだから、貧民達に虐げられるのは当然だろ」

 意味が分からず困窮する。私が把握できていないと気が付いたのか、ぽんとテウは左手で右手を打った。

「レゾルールのことを全く知らないんだ。じゃあ、階級盤を見てないんだね」
「なに、それ」
「レゾルールは完全実力主義の学校。実力に見合わないものは、否応なしに排除されていく。階級盤はそのためにある階級表だよ」

 頭のなかで疑問符が乱舞している。
 なにを言っているんだ、こいつは。

「見た方が早いでしょ」

 テウは私の手をしっかりと握って歩き出した。ぽたぽたと髪の毛から水滴が落ちていく。


 テウと一緒に歩いているとチラチラと視線を向けられる。それもそうだ。ボタンが外れたままだから、上半身が丸見えだ。
 ギスランがここにいたらあらぬ疑いを向けられそうだ。
 テウはたまに人にぶつかって舌打ちされる。ぶつかっても謝りもしない。まるで何事もなかったように歩みを止めない。視線にもおそらく気が付いていないのだろう。
 レゾルールは変な人間が多いのだろうか。
 この間の清族の男といい、心配になってきた。

「これだよ」

 指さされたのは、壁一面に掲げられたプレートだ。
 銀、銅、青銅、木で囲われたプレートは、黄色の薔薇、紫の薔薇、赤薔薇、黒薔薇のとなりにずらりと並んでいる。
 青薔薇の横には何もない。
 プレートの並びに規則性はない。銀も銅も青銅も木もごちゃ混ぜだ。紫の薔薇の部分は他と比べるとあまりプレートが並んでいないが、それでも多くのプレートが並べられている。
 よく見ると名前がプレートには書かれていた。
 銀のプレートには貴族の名前が書かれているらしい。見覚えのある家名が書かれていた。

「黄色は貴族、紫は清族、赤は平民、黒は貧民の証」
「青は?」
「王族。サガル様しか該当者がいなかったからプレート自体作られていない」

 だからなにも飾られていないのか。
 だが、待てよ。なのに、貴族の家名が貧民の証である黒薔薇や平民の証である赤薔薇にあるのはおかしいだろう。

「プレートは本来の階級。銀、銅、青銅、木。それぞれ、貴族、清族、平民、貧民の順」
「本来の階級って、どういうこと?」
「見てわかるでしょ。貴族でも、貧民に堕ちてる。貧民でも貴族の位置にいる。この学校では生来に付与された階級はお飾りだ。実力だけがものをいうんだ」

 テウは海中時計を取り出した。時間を確認したあとに、チェーンについた黒薔薇をみせてきた。

「これが階級章。俺は貧民の地位にいる」
「はあ? でも、お前は貴族なのでしょう?」
「でも、この学校では、与えられた階級なんて意味はない。貴族は貴族らしく振舞うことが要求されるし、できなければ、階級が下がる」

 階級が下がるって、意味が分からなすぎる。階級は産まれたときに決まっているものだ。変わるわけがない。
 レゾルールだけで適応される特別ルールとでも言いたいのだろうか。

「だれがこんなことを考えたの?」
「サガル様。もともとはサガル様とその周辺の奴らが考え付いたお遊びだったって聞いた。それが学内に広がって、今じゃあ生徒のほとんどがこの階級に合わせて人と付き合い、行うことを決めてる」
「じゃあ、貧民が貴族らしく振舞うこともあるってこと?」

 もちろんとテウは頷いた。

「俺をびしょ濡れにさせたのは、そいつらだし。月に一度、階級の移動が行われるんだ。それで、上がれば、貴族の食事だって食べられる」

 唖然とした。レゾルールはどうしてこんなお遊びが、大々的に行われているんだ。

「勿論、下がることもある。審判はサガル様の配下達。もともとサガル様に近付きたいから参加する遊戯だったから。この遊びでは貴族になれば、サガル様に挨拶していただけるらしいよ」

 サガルに近付きたいもの達が参加していた遊戯がレゾルールで恒常化してしまった。
 限られた閉鎖的空間での暇つぶしの即興劇のようなもの。
 貴族達は好みそうだ。だが、同時に保守的な貴族は嫌いそうだ。

「お姉さんも参加するんでしょう? ならば、サガル様の配下のものに賄賂を渡して行動表を貰うといいよ」
「行動表?」
「自分がどうしたらいいか書いてある紙だよ。下に行きたくない人間は配下に自分の行動を予定してもらうんだ。そうすれば、万が一にも階級が下がることはないからね」
「テウはそうしなかったのよね?」
「違う。俺は、とろかったかっただけ。予定表通りに動こうと思ったのに、うまくいかなかったんだ」

 テウはのんびりと言い切った。うまくいくような貴族に見えないので納得してしまう。

「落ちるのが嫌ならば、参加しなければいいのではないの?」

 探してみたが、トーマの名前がない。ダンはヴィクター・フォン・ロドリゲスもこの学校にいると言っていたが、その名前もなかった。おそらく、参加しなければ、しないでいいのだ。

「参加していないのは、よく学校を留守にする忙しい清族とかだけ。他は皆やってるからやらなきゃでしょ」
「……なるほど。半強制的なのね」
「別に、階級から堕ちなければいつも通り楽しくできるよ。自分の今の階級にふさわしい行動をとれば、きちんと評価される」

 まさか、虐められることもふさわしい行動、だなんて言わないよな?

「お姉さん、理解できた?」
「ええ。納得はあまりしていないけれどね」
「そうなんだ。でも、否応なしに参加することになると思うよ。ライドルの貴族達はもうすでに参加しているし」

 私も参加するのか?
 もし、階級が下がったらどうするんだ。貴族になったら、清族になったら、平民になったら、貧民になったら?
 さあっと血の気がひいていく。そんなこと耐えられるわけがない。たとえ学校内だけのものだとしても、絶対に見下されたくない。
 昔の私とは違う。誰かに見下されたり、テウみたいにボタンを引きちぎられたり、ずぶ濡れになるのは絶対に嫌だ。

「ねえ、お姉さん。俺のこと、奴隷にしてくれる?」
「は、はあ?!」
「叫ぶのは得策じゃないよ。品位を落とす。上の階級のお世話を率先的にやると上にあがりやすくなるんだ」
「だからって。奴隷はいらないでしょう」
「上の階級にとっても奴隷がいればいるだけ評価は上がるのに」

 二の次が踏めなかったのは、その言葉が重かったからではない。奴隷がいたら便利かもしれないと思った自分がいるからだ。
 すくなくとも評価は上がる。そのことは甘い誘惑だった。

「お姉さん。俺はいつでも、駒になる準備があるよ。助けてくれたし、お返し。いつでも頼ってどうぞ」

 どちらにも利点があるならば、いいのではないか。そんな思いがちらついた。
 頭を振る。それは、きっといけないことだ。今日初めて会った人間を奴隷として扱えば、私が私ではなくなる気がした。

「ありがとうを貰ったから、お返しはいい」

 無垢な青い綺麗な瞳が不思議そうに丸くなる。
 それでいいのかと問いかけてきているようだった。

「それに、恩を着せるようなことをしたつもりはないわ。ハンカチだけでそこまで決意されると、困る」
「本当にいいの?」
「お前、助けられたらいつもそう奴隷になるうんぬんを言っているの? ならばやめた方がいいわよ。それは過剰な感謝というものだもの」
「優しいんだね。きちんと会話をしてくれるだけでもうれしいよ。俺は嫌われ者だから」

 貴族だったのに、貧民に堕ちてしまったのだ。周りの貴族達が掌を返したように相手をしてくれなくなったのだろう。
 奴隷になると言って回るのはテウ自身が発見した遊戯の攻略法なのかもしれない。
 それをはねのけてしまったのだから、悪かっただろうか。
 だが、そうだとしても奴隷という存在を容認することはできなかった。

「また、話しかけて。俺、待ってるね」

 テウはふらふらと揺れながら歩き始めた。
 不思議な男だ。雲のように実感がないのに、喋っているときゅっと胸を掴まれる。少しの切なさを感じるのだ。
 ふと、隣に歩いていたのに、まったく自分が濡れていないことに気が付いた。
 テウはびしょ濡れだった。彼は私が濡れないように十分に距離をとって話していたのだ。
 ああと嗚咽のような悲鳴を上げる。
 レゾルールのことを教えてもらったのに、私はありがとうと言っていない。

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