209 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
195
しおりを挟む怪物になった? サガルが?
どうして、そんなことになるのだ。困惑したまま、クロードを見つめ返す。
それも覚えていないのかと言わんばかりにため息をつくと、彼は言いにくそうに口を開いた。
「背中から羽根が生えてきて、言葉が通じなくなった。何をしようとするにも暴れ回って、どうしようもない。そのくせあの美貌は変わらないときたもんだ。眼差し向けられただけで自殺者が出てな。『聖塔』に運ばれた」
「ま、待って! 『聖塔』ってだから何なの? 清族が管理している、病院のようなもの?」
「病院ーー言い得て妙だな。たしかに、あれは病院と言えるのかもしれない。治療なんかろくにされないが。……隔離施設という認識で構わん。あいつの信奉者が自分の目を抉って捧げるという事件が多発してな。離宮や別荘へは置いておけなかった」
「ーーそんな」
サガル兄様が、『塔』のように幽閉された?
頭が真っ白になる。腹の中がぐつぐつと怒りで煮える。また幽閉されたのか。一人っきりで?
怒りを堪える私に、クロードは驚いた様子だった。目を開き、唇を何度も舐めている。
目頭に熱が集まってきて、頭の中が白んでいく。怒りで、我を忘れそうになった。だが、浮かび上がってきた疑念に、冷や水を浴びせられたようにその熱が冷めて行く。
「私は、そのことを止めなかった?」
どうして私は止めなかったのだろう。止めるべきだったのに。
「ああ、お前とサガルの仲は良くなかった。正直、お前がそんなに感情的になる意味が俺には分からない」
「仲が良くなかった。ーー疎遠だったと言うこと?」
「違う。お前が嫌っていた」
顎が外れそうになった。
私が嫌っていた。サガルを?
悪い冗談のような台詞だ。
私がサガルを嫌う? サガルに嫌われるではなく?
いったい、何があったというのだろう。サガルと私の間に諍いがあったのだろうか。
とはいえ、クロードが詳しい事情を知っている風ではない。本当に不思議そうにしているのだ。
「……『聖塔』への出入りは禁止されているが、サガルが可哀想だろう。身分を最大限利用させて貰って見舞いに行っている。もともと、王族という身分にも関わらず迫害を受けていた奴だ。あのまま誰にも気にかけられずにいるのは、良心が痛む。ーーただ、俺という存在を認識してるって感じじゃないがな」
「私が会いに行くことは出来ない?」
「会いに行きたいのか?」
本当に、変なことを言っているのだろう。クロードは確かめるように尋ねた。頷くと、思案するように顎を撫でて、ゆっくり頷く。
「少し時間はかかるだろうが、手配しておく。といっても、言葉はかわさせない。見に行くだけだ」
「分かった。……ありがとう、クロード」
クロードはデザートが出てきたタイミングで食事を再開し始める。
桃のタルトとオレンジのシャーベットだ。タルトは桃のコンポートが何個ものっていてとても美味しそうだった。
「それにしても、『聖塔』が反政府組織っていうのはどこから出たんだ?」
「正確には、反王政組織だと思っていたのよ。……そうだと勘違いしていて」
「ふうん。反王政組織と言えば空賊だろうに。この間も、サラザーヌ家が盗みに入られたと聞いた。あの家にはもう盗れるものなんてほとんど、残ってないだろうが」
「サラザーヌ公爵家に?」
「いいや、六年前の反逆の咎で、公爵位は剥奪されてる。そのあとは、サラザーヌ領はリストの土地になったしな。……っと。すまん」
サラザーヌ公爵家が没落した。その事実を受け止めていると、クロードが急に殊勝な顔をした。
「何?」
「いや、リストの名前を聞くのが嫌じゃないのか」
……?
どういうことだろうか。そういえば、ハルも不思議なことを言っていた。リストからの間者ではないとかなんとか。もしかして、ここにいる私は、リストとも不仲なのだろうか。
サガルとも不仲なのに? 何が起こっているんだ。
「いいえ。お前の弟でしょう」
「……そうか。とはいえ、俺はあまり進んでお前の耳に吹き込みたい名前じゃない。――サラザーヌ家が所有していたザルゴ公爵の『売られた娼婦』が盗まれたという話だ。誰もサラザーヌ家にあったところを見たことがないから、ただの噂話だろうがな」
「ザルゴ公爵!」
「なんだ、いきなり」
「ザルゴ公爵はどこにいるのか知っている?」
この世界のザルゴ公爵がどうかは知らないが、サンジェルマンの屋敷に来たあの男は事情を大分知っていそうだった。もし、まだザルゴ公爵として生活しているのならば、話を聞いてみたい。もしかしたら、私のこの不可思議な状態についても、何か知っているかもしれない。
「どこ? ……天国か地獄か俺には分からんが。地獄に堕ちていろとは思うがな」
強い言葉に、ひゅっと喉が鳴る。言い方からして、おそらく存命しているわけではないのだろう。
――死んでいるのか。
「……亡くなっているということよね? 偽装ではなく?」
クロードは不愉快そうに、眉を寄せた。
「……? 何を疑っているんだ。偽装はありえん。俺が殺したからな」
「クロードが!?」
「ああ、議会で突然、銃を向けられ怒鳴り散らされた。俺の隣にいたルコルス家の長兄が銃殺されてな。その他、十数人頭を撃ち抜いて殺したので、鎮圧のために俺が手にかけた。――これも覚えていないのか」
「ええ」
寝台の上に寝そべって、天井を見上げる。どうなっているんだ。ザルゴ公爵がなんでそんな真似を……?
「全く、覚えていなかったわ」
「……そうか」
何だというのだろう、この世界。
私の知っている世界と全然違う。だというのに、知っている人間が、登場している。名前も見た目もそのままで、舞台でも演じているよう。
髪をくしゃりと握る。私が作り出している、荒唐無稽な夢だと言われた方がまだ納得できる。
「一度、清族に見せるか?」
クロードの方を見ると、コンポートをスプーンですくって口に入れていた。
私に言ったというよりは、呟きのような声だった。
「記憶の混同というよりは、まるで夢を見ていたことを鵜呑みにして覚えているといった方がいいな。清族の術に、俺は詳しくはない。判断がつかんが、何か呪いをかけられた可能性もなくはない。明日か、明後日、ユリウスを呼ぼう」
「――ユリウス?」
「ああ、少し、電話をしてくる」
……電話?
いや、それより、ユリウスだ。ユリウスってまさか、あのユリウスなのか?
クロードが慌ただしく部屋を出て行く。混乱したまま、彼の帰りを待った。だが、いつまで経ってもクロードは戻らない。
おかしいと思って寝台から降りて、扉へと手をかける。
――開かない。
鍵なんかついていないのに。回しても押しても引いても、びくともしない。
幸い窓があった。誰か呼ぼうと、窓に手をかける。
だが、窓は開かなかった。
怖くなって、鈴を鳴らした。すぐに侍女が飛んできた。
「何かご用でしょうか、奥様」
「扉が開かなくて」
「ああ!」
納得したように、侍女が相槌を打つ。そして微笑みながらこう言った。
「奥様がご用の時はお呼び下さい。何でもご用意致します」
「で、でも、外に出たいときは?」
「お申し付け下さい」
「……一人で扉の開閉ぐらい出来るわ」
とんでもないと声を荒らげ、彼女は首を何度も横に振る。
「いけません、奥様。そんなことをさせては旦那様に怒られてしまいます。奥様は我々にお任せ下さればいいのです」
にこり。
彼女は笑みを湛えて、クロードが食べた空の皿をさげて出て行く。
扉の閉まる音が妙に重苦しいものに聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる